法務省営繕課の職員研修に招かれる

海 渡 雄 一


去る2月19日に法務省大臣官房営繕課の職員研修があり、私が講師として招かれました。この話は、1月に私が監獄人権センターで集約した東京拘置所改築に関する署名を提出に行った際に、これまで弁護士会との協議の窓口になって頂いていた石神一郎営繕設計調整官から依頼を受けたものです。テーマは「海外の矯正建築について」というもので、法務総合研修所の研修室で午後1時から3時30分頃まで行われました。なぜ刑務所の見学をするようになったのか、弁護士会の刑事施設法案に対する対案作成作業とのかかわり、国内の刑務所見学やこれまで5回に及ぶ欧米の刑務所訪問について、具体的にお話しました。

刑務所建築の歴史的な変遷

 そもそも自由刑においては「正しい規律と訓練」が重視され、ベンサムが考案したとされる一望監視システムのように、刑務所は日常の市民生活とは大きく断絶された異常な場所であり、国家権力が個人の自由を拘束する場所であるとされていました。しかし、国際人権自由権規約10条によって、自由刑の意味も大きく捉え直されるようになりました。

国連最低基準規則の想定する刑務所の建築とは

 国連被拘禁者処遇最低基準規則は1957年に国連総会で採択され、以降、世界中で刑務所改革の基本文書となってきました。この規則の定める最も重大な原則が「苦痛増大禁止の原則」です。これは、自由刑における刑罰の内容は自由の剥奪そのものであり、それに付加される追加的刑罰を認めない考え方です。ここから導かれるもう一つの重大な原則が「自由生活との差異の最小化原則」です。同規則60条1項は、他律的な規則の押しつけが受刑者の責任感を弱めることを指摘しています。このような考え方から刑務所建築の様式も大きく変容を受けることになりました。その第一の帰結は生活編成の通常化(ノーマライゼイション)です。昼間は共同生活、夜間は個室という普通の市民生活と同じような生活が人間の社会性とプライバシーの要請の調和の観点からも最も望ましいことがはっきりしてきました。したがって、昼間独居は極めて例外的、短期間に限り正当化でき、夜間の雑居房も施設のスペースの余裕がある限り無くしていくべき、ということになります。二点目の帰結は昼間の活動に作業以外の多様なバリエーションをもたせ、作業中心の刑務所からの脱皮を図ることです。イギリスのベルマーシュ刑務所では、作業は3時間に限定され、8時間の居室外活動が保障されていました。施設の建築面でも、教育や運動、自主的なクラブ活動、読書などに時間を過ごせる設備の整備が求められることになります。また、大規模な施設は非人間的、軍隊的な環境になりがちであることが反省され、スウェーデンなどでは数10人規模の施設が主流になっています。家族・地域社会との結びつきを強めることも目指されています。面会設備を改善して、できるだけ自然な会話ができる面会室にすることなど等が設計の課題となるでしょう。欧米では一緒にお茶を飲みながら仕切板のない机を挟んでの面会が一般化し、さらにオランダや北欧では夫婦でプライベートな時間の持てる面会室も認められています。電話設備の設置も一般化してきています。

求められる政府とNGOの協力

 最後に刑罰制度の改善のために、市民のNGO活動に政府機関の人々の理解を求めました。刑務所を設計する方々への希望としては、「常に人間が生活する場であることを忘れずに設計してほしい」「世界の刑務所建築の動向を見極め、現在建築する建物は今後長く使用されるものであるから、今すぐ実施できない施策についても改良のできる余地を残してほしい」「例えば、被拘禁者の共用スペース、電話設備、毎日1時間以上の戸外運動設備などについて、前向きに取り入れてほしい」等の希望を述べ、「東京拘置所の建て替えについて大臣官房営繕課のとられた柔軟な姿勢は評価できる」と講演を締めくくりました。その後の質問では、イギリスの最新鋭のベルマーシュ刑務所のセキュリティ管理がどうなっているのか、アジア、ラテンアメリカなどの刑務所の状況はどうなのか、ヨーロッパの刑務所が進んだ処遇を行っていることはよく理解できたが、市民からこのようなやり方への批判はないのかなどの質問がありました。

 イギリスにおける、4段階のセキュリティに基づく分類の方法、ベルマーシュでは施設内に二重に壁を築いてIRA関係の被拘禁者用の重警備施設が建てられていること、しかし、この施設でも、最低限の社会生活は保たれ、独居処遇はされていないことを説明しました。
 アジア、ラテンアメリカでは、施設の老朽化や過剰拘禁などにより、厳しい環境が一般的であること、現在問題となっているペルーについても、以前から人権団体から問題点を指摘されていたことを説明しました。
 どんなに処遇の進んだ国でも、例えば北欧のような国々でも、「犯罪者を甘やかすな」という論調が見られること、最近のイギリスでは国民の人気取りのために、内務大臣が刑罰を重罰化し、刑務所の民営化を進めていること、しかし、矯正当局内部にも、これらの政策への批判があり、人権団体も反対していることを説明しました。

営繕課の設計したタイ青少年社会復帰センター

 研修の終了後、営繕課スタッフとお茶を飲みながら懇談した際に、営繕課では矯正施設だけでなく、少年施設や入管施設も設計しているし、最近はタイの青少年社会復帰センターを設計したことをお聞きしました。これは不人気な政府開発援助の多い中で、現地からも大変喜ばれている、とのことです。また、最近建設したばかりの神戸刑務所と大阪刑務所は自慢の建物のようで、ぜひ視察してほしいとも言われました。
私の感想をひとことで述べれば、法務省にも我々と対話できる人たちができたということは、大変大きな進歩だと言うことです。監獄人権センターとしても、こうした人々と色々な回路を通じて接触を絶やさないようにしていく必要があると思います。