覚せい剤に金切りノコギリの差し入れ(?)
―宇都宮拘置支所と福岡拘置所で「不祥事」の報道―

<坂 本 敏 夫


 昨年12月24日に宇都宮拘置支所で差し入れの衣類から覚せい剤が発見された。同じく12月末、福岡拘置所では、死刑判決を受け上告中の被告の破獄逃走が未然に防止された。
 この二つの事件の報道は、マスコミに口を閉ざした法務当局の秘密主義の弊害と停滞する監獄行政を象徴するものであった。

事件の概要

  1. 覚せい剤取締法違反で拘置中の組員に差し入れられたダウンジャケットの襟の部分に数グラムの覚せい剤が1回の使用量を量ったのだろうか、袋に小分けされて縫い込まれていた。襟元の縫い目に不審を抱いた職員によって発見されている。
  2. 12月末の未明、金切りノコで鉄格子を切断しようとしているところを刑務官に発見された。独房内から逃走経路を記入した地図、現金、時計も発見されたというものである。
     被告は1987年(昭和62年)、熊本県玉名市で大学生を殺害、身代金目的誘拐、殺人などで1988年(昭和63年)3月一審の熊本地裁で死刑判決、1991年(平成3年)3月福岡高裁は一審を支持、控訴を棄却した。
怖い誤解……
 宇都宮の事件については、地元の新聞が大きく取り上げた。
 事件がマスコミに伝わったのは、通報を受けた検察庁が捜査を宇都宮中央署に指示し、拘置所が家宅捜索されたからである。
 支所長が記者会見を行なった。
「今まで、覚せい剤が拘置所内に持ち込まれた可能性は?」
 新聞記者の質問に支所長は、「……拘置所内で覚せい剤が使用されたことは絶対ない」と回答したという。
 どこで誤解を招いたのか、新聞の報道の仕方は拘置所にずいぶん冷たい。拘置所が覚せい剤で汚染されているかの表現もある。本来は重大事件を未然に防止したことに対する賞賛があってもいいのだが……。数日後の同紙には、発覚した男子刑務官による女性被告に対するセクハラ事件を「相次ぐトラブル、不祥事」という大見出しで取り上げている。

 福岡の事件も同じである。
 新聞各紙は1月14日の朝刊と夕刊で大きく取り上げた。「死刑判決被告、脱獄図る」というような見出しである。
 ここでもマスコミは拘置所に冷ややかである。中には「刑務官が手引きをしたのではないか」とでも読める書き方もある。
 もし、この被告が脱獄したらどうだろうか。昨年起こった東京拘置所のイラン人集団脱獄とは訳が違う。死から逃れるための脱獄をした者が逮捕されそうになったときに取る手段は? そんなことを考えると、逃走を防止した刑務官の功績は大である。
 差し入れの現状からは、この種の事件はいつ起こっても不思議ではないのである。前代未聞でもなんでもない。内々で処理している未遂事件は多い。
 法務省が固執する行刑秘密主義は、いつの間にか現場施設にもマスコミは敵、揚げ足を取られないように注意しろ……、というような思いが浸透してしまった。本音は言わない。すべてが管理の問題で片付ける。つまり、当局と現場幹部の指導力は万全、それに応えられない刑務官こそが不祥事(?)の原因と言わんばかりのコメントが繰り返されているのである。
 マスコミも想定問答で準備したもの以外には固く口を閉ざす拘置所にマイナスの憶測を抱き、敵対する。当然の結果である。

起こって当然の事件
 拘置支所の刑務官は少ない。宇都宮は常時100名以上収容しているのに刑務官は40名余り、福岡拘置所も一年前まで支所だった。常時500人前後収容しているのに刑務官が130名余りとはいかにも少ない。常態的な人手不足に当局が机上の理論で指示するような厳重な管理が出来るはずがない。器材も時間もスタッフも不足している。検査を要する差し入れ品をくまなく検査するのにどれだけの時間がかかるか、数字に置き換えて計算してみれば分かる。不正品を塀の中に入れない完璧な管理は不可能なのである。

支所刑務官の勤務条件は悪い。
 本所の刑務官は完全週休二日制で有給休暇も取れる。しかし、拘置支所の刑務官は休みは満足に取れないし、残業も多い。病人の入所等明日の予想も立たない。非番(24時間勤務後)の残業で午前中居残ることもある。残業手当は予算がないので、半分も支給されない。本所は支所に人も予算も注ぎ込まないのである。

危惧される取り調べ
 宇都宮は警察に捜査を任せた。正解である。
 福岡は「司法警察職員」が捜査するという。刑務官の一部の者が司法警察職員と司法巡査を命じられている。塀の中の犯罪捜査をするのである。しかし、刑務官に捜査は出来ない。指紋採取一つ、技術も器具もないのである。
 一年前の熊本の刑務官大量処分事件を思い出す。あの時捜査の発端は贈収賄事件だった。しかし何一つ解明されなかったのである。騒ぎの顛末は、当局と幹部が処理の正当性を誇示するための無実の刑務官の大量処分だった。
 あの福岡管区が絡んでいる今回の逃走未遂事件も、新聞報道のように刑務官も疑われているとしたら、またも悲劇が起こりかねない。刑務官は万に一つも逃走を助けるようなことはしない。絶対にしない。『私語を交わした』という難癖を付けられて真面目な刑務官が処分されることがないように祈りたい。
 逃走未遂も立派な犯罪である。金切りノコギリを差し入れしたことも犯罪である。一日も早く専門家に捜査を依頼して貰いたいと思う。