「外国人犯罪とその処遇」について
―国際人権法学会での議論の紹介―

北 村 泰 三 (熊本大学法学部)


 外国人犯罪の増加傾向に対しては、社会的な関心もあるようですが、外国人被拘禁者の人権保障については世間の関心は薄いようです。しかし、昨年10月28日号の英語週刊誌タイム誌上でもわが国の外国人受刑者の処遇に関する問題が大きく採り上げられたように、外国人受刑者の処遇上の問題は、最近ようやく照射が当てられてきました。また、未決拘禁期間中の外国人の法の適正手続についても通訳の問題を中心として幾多の問題があります。
 このような問題関心を背景に、昨年11月23日・24日の両日、大阪国際大学(枚方市)において開催された研究大会の1日目の午後のセッションで「外国人犯罪とその処遇」が共通テーマとして採り上げられました。国際人権法学会は、既存の法領域に係りなく、人権の国際化現象に関心のある学者、実務家によって1988年に設立された若い学会です。毎年1回の定期大会を開催している他、機関紙として「国際人権」(信山社刊)を発行しています。
 ここでは、この紙面を借りて他の報告者の報告も含めて学会においてこの問題がどのように議論されたかを手短に紹介しようと思います。
 報告者は、国際人権法の立場から私と実務の立場から海渡雄一弁護士の2人、コメンテイターとして刑事法学の立場から葛野尋之静岡大学助教授、それに国際人権法の立場から立命館大学の薬師寺公夫教授でした。座長(司会者)は、河野敬弁護士が務めました。以上の議論について、順を追って簡潔に紹介致します。
 私の報告は、「外国人刑事被拘禁者と国際人権法」というテーマでした。まず、国際人権法の関連規定では、特に、自由権規約7条、10条及び14条などが問題となります。外国人にたいしては日本人と等しく適用したのでは却って問題を起こすことに注意しなければなりません。外国人受刑者の処遇の問題は、外国人としての文化的、宗教的、言語的な背景を十分に考慮した処遇が必要とされます。わが国でも刑務所収容関係において国際人権規約を適用した徳島地裁平成8年3月15日判決があります。国際的には、自由権規約委員会の最近の事例にも注目されます。受刑者の処遇問題は、日本人の場合と根は同じであるように思います。これまでは日本人受刑者は、多くの場合に刑務所当局の処遇に有無を言わずに黙従してきたが、外国人受刑者はそれに耐え切れず悲鳴を挙げているようにも思うのです。まずは、処遇の常態を国際人権の観点から見直す必要があるのではとの意見です。
 海渡弁護士は、「外国人犯罪とその処遇」と題して、主に既決囚の処遇について統計的資料と実務体験を生かした報告を行って興味を引き付けました。外国人受刑者のケビン・ニール・マラさんの事件を例に挙げて、「ひとりごと」を理由とする懲罰、独房での奴隷労働などの処遇の実態がいかに非人道的なものであるかを報告しました。これらを受けて、領事面会制度の重要性、刑務所監察監(オンブズマン)制度の導入、人種差別的行為に対する調査と法的措置の必要性等を指摘しました。
 葛野助教授は、「外国人未決被拘禁者の処遇をめぐる法的問題」と題して、未決拘禁者の問題を報告しました。特に、外国人被疑者・被告人に対する通訳の確保、起訴状等の文書の翻訳、法廷通訳等があります。たとえば、通訳費用の本人負担原則などは、国際的にも改善が指摘されていると報告しました。
 薬師寺教授は、「犯罪人引渡しと自由権規約」と題して非人道的な処遇を受ける可能性のある場所への犯罪人引渡しが自由権規約7条の禁止に該当するかどうかという問題について、最近の国内外の事例を紹介しながら議論を深めました。人権規約は犯罪人引渡しのプロセスにも適用されるという先例が国際的にも確立していることを実例を検討しながら論じました。
 こうした報告及びコメントの後、フロアからの質疑応答がなされました。詳しくここで言及する紙幅はありませんが、例えば、一般論として受刑者の開放処遇の導入に対する危惧論の指摘に対してどう応じるのかという指摘がありました。信書の宛先制限や文書の検閲など非常に厳格な基準が適用されている点については、逃亡の危険防止等の理由が挙げられる訳です。この点について、私は緩和の方向が望ましいと思います。例えば、英国では、現在、信書の宛先制限は原則的にはなく、例外を明確化するようになっています。また、弁護士との連絡には検閲すらありません。これは、ヨーロッパ人権条約の適用の結果イギリスの従来の法慣行が是正を余儀なくされてきて、現在のように改まったからに他なりません。わが国も遅れ馳せながら、刑務所収容関係を国際人権法の観点から総点検することが求められそうです。学会の議論では、多くの点検項目があることが明らかにされました。今後、益々、活発な議論ならびに法廷での実践が求められそうです。  以上の学会の諸報告についての詳細は、「国際人権」(8号、97年夏頃発行予定)に掲載されますので参照してください。<以上>