イタリア刑事施設訪問紀行

神 洋明(第一東京弁護士会)


一、はじめに

 第一東京弁護士会の刑事法制委員会(刑事処遇問題対策委員会と刑法改正対策委員会を統合)は、本年5月31日から6月3日にかけて、イタリアの刑事施設の視察を実施した。5月31日は、パレルモにある、マフィア裁判で有名な重罪裁判所(通称「要塞法廷」)を、6月3日は、ローマにあるローマ県警本部留置場とレピッピア刑務所を訪問した。ドーム状の広いスペースの「要塞法廷」では、視察当日、多数の職業軍人の監視の下で、檻(この檻の房は30ある)に入ったト・トリーナ(映画「ゴッド・ファーザー」のモデル)他62名の被告人が33の殺人事件で裁かれる審理(警察官の証人尋問)が行われていた。ここでは、この前者の報告は省略させていただき、後二者の概略を報告する。

二、ローマ県警本部留置場

 この留置場は、軽犯罪(窃盗、詐欺、公務執行妨害など長期4年以下の懲役刑に該当する犯罪)の被疑者を裁判所に出頭させるために使用されている。ローマ県警本部管内で独自の留置場を持たない警察署で逮捕された18歳以上の被疑者が対象となっている。これらの被疑者は、ほとんどが、留置された翌日の午前8時に裁判所に出頭し、裁判を受ける。逮捕した警察署から留置場に対しては、@被疑事実の概要を記載した報告書、A被疑者の事情聴取書、B外国人の場合の滞在許可書、C医師の診断書等が送付されてくる。医師の診断書は、逮捕時にすでに負傷している場合に、後から留置場で係官から暴行を受けた等のクレームを防ぐ趣旨であるという。
 本留置場の収容対象となっている被疑者の裁判は即日結審がほとんどで、判決後に控訴しても、ここにはもどらず、未決囚としては刑務所に収容される。一泊だけの利用しか想定されていないことから、弁護人との接見室はなく、被疑者は、逮捕時に電話がかけられるが、留置場収容後は外部に電話をかけることを許されていない。
 ローマ県警本部の留置場は、全部で13房あり、ひとつの房は約5メートル四方の広さである。ドアにはノブがなく、開閉式の覗窓がついている。房内には、床に固定された簡易ベッド、蓋のないトイレ、洗面台が備えつけられている。洗面台は水とお湯が出るようになっている。ここでは、警察の留置場に収容中に取り調べをするという考え方は全くなかったのが印象的であった。

三、レピッピア刑務所

 レピッピア刑務所は、ローマの郊外に位置し、東西南北に四つの放射状の収容棟を有する刑務所である。この放射状の刑務所は、夜間、ひとりでも、中央棟から東西南北の収容棟を見回し、コントロールできるようにするために考えられた構造だという。
 我々は、副所長のアンソネラ・イニョーラ女史の出迎えを受けて同刑務所の視察を行った。同刑務所の収容人数は約1,600名、その半分を少し越える者が未決囚である。既決囚は、刑期として、数ヶ月の者から終身刑の者まで収容している。既決囚は、8つのカテゴリーに分類され、いろいろな処遇が実施されている。軍警察が自動小銃を抱えて刑務所の周囲を警備していたパレルモの刑務所(「要塞法廷」はこの中にある。)と異なり、かなり自由で開放的な処遇がなされている。他の欧米諸国と同様に、半自由制や休暇制度などももちろん実施されている。もっとも、同刑務所内にはマフィア用の重警備棟もあるということで、こちらについては、内部の視察ができなかったが、パレルモの様子を見る限り、厳しい処遇が予想される。
 イタリアの刑務所で特徴的だったことは、行刑に「監督判事」という裁判官が関与している点である。同裁判官は、受刑者の改善更生状況等から判断して、1年につき3ヵ月刑期を短縮できる。この恩恵に浴したいためか、刑務官をてこづらせる受刑者は少ないという。イタリアでは、1600年代から、行刑に裁判官が関与しているという。
 我々は、まず、囚人控室、監督判事の部屋、接見の待合室、一般の接見室、一般の弁護人接見室等を案内された。
 一般の接見室は、遮蔽板の有無、物の授受の可否等により4通りあり、いずれの場合も、面接状況が監視棟の三種類の監視カメラでチェックされている。しかし、この監視は、あくまでも見るだけで会話内容には立ち入れないことになっている。
 弁護人との接見室は、@遮蔽板がなく全く自由に会話ができ、物の授受が可能な接見室、A遮蔽板があるが物の授受が可能な接見室、B日本の場合と同様に、遮蔽板があり物の授受が一切できない接見室の三種類あり、罪種、犯罪性向によって、その部屋が決められる。一律に、遮蔽板で仕切り、物の授受を一切認めていない日本の現状に比して、広いホールで、家族ごとにテーブルを囲み、自由に面会できるという英米の面会室はすばらしいと感じたものだが、せめて、日本でも、イタリアのように、罪種や犯罪性向によって面会の対応を決めるという考え方があってもいいのではなかろうか。
 受刑者の居室は2ないし3人用の共同室が多いが単独室もある。我々が見せてもらった単独室は、ベッドが立てられるようにしてあり、洗面所やトイレは居室内にあった。受刑者は、他の欧米諸国と同様、私服を着用し、各居室には、テレビの備えつけはもちろん、各種の着替えや中間食品等の多数の私物が置かれている。キャンプ用のコンロの持参も認められ、厨房で食事を作ることもできる。電気は終日つけられているので、音量に注意さえすれば、テレビ、ラジオは自由に見聞きすることができる。午後6時30分から午後8時30分までは自由時間で、卓球をするなど各種の施設を利用して楽しんでいるようだ。
 食事は、事前に届け出れば、別の収容棟の者とでも一緒にとることができるという。服装の自由という観点から言えば、遠くから見ると女性かと見紛うばかりの女装の受刑者さえいたほどだ。喫煙も自由だが、我々がコンピューター・ルームで会話を交わした禁煙権者の受刑者は、日本では刑務所内でタバコを吸うことができないと言うと、タバコを吸っている刑務官を見ながら、「タバコを吸うような奴は日本の刑務所へ行った方がいい。」というジョークまで口にするほど、刑務所内はおおらかである。
 刑務所内には、運動場、協会、学校、職業訓練校、厨房、テニスコート、サッカーコート、トレーニングルーム、コンピューター・ルーム、娯楽室、劇場等が備えつけられている。
 これらのうち、劇場には目を見張るものがあった。劇場は、3〜400人の観客の収容が可能で、椅子や舞台は東京の一流の映画館並みといっても過言ではないものであった。観客席の椅子のデザインもイタリア的で魅力的ですらある。もちろん、劇団員は、受刑者でに役を持たせ、人とのコミュニケーションをつけさせある。刑務官の説明によると、演劇を通して、心の中に手を差し伸べるのが目的だということである。この演劇は、外部の演劇団体等からの評判も良く、外部の者でも観劇できるという。
 家族との面会も盛んで、1ヵ月に4回実施されており、善行者に対しては、1ヵ月に1回、運動場で、家族と共に食事ができるようにしたという。毎回15人単位で、1年間に3回は、4つの収容棟が全員で家族と会う機会も設けている。運動場での集団面会はイタリアでもこの刑務所だけが実施しているという。面会をしない場合は、15日おきに1回、6分間の電話ができる。対象は家族だけに限られている。月4回の面会を月2回の電話に代えることができる。しかし、電話の内容はすべて録音され、チェックされるということであった。弁護人と収容者とが電話で連絡がとれるかを尋ねたところ、電話はできず、収容者からの手紙を受けて接見できるだけだという回答を得た。
 各収容棟には、24時間体制で医師が待機している。心理学者、民生委員、ボランティアの部屋も刑務所内に設けられている。
 刑務所内での労働に対しては賃金が支払われている。この賃金は、イタリアの労働組合の強さを反映して、組合との協定額(最低賃金以上のもの)が支払われる。この協定額の150万リラ(約10万6000円)から、刑務所における諸経費が控除され、70万リラ程度が手元に残るという。残った賃金は、家族への送金や被害者に対する弁償金等に用いることもできる。作業賞与金という低額の手当ての日本との対比では興味深いが、イタリアでは、この制度が国の財政を圧迫しているというのも見逃せない。
 よく、欧米諸国では、教育刑主義は破綻し、応報刑主義が主流になっており、だからこそ、受刑者は隔離するが、隔離された施設内ではできるだけ外部と同じ生活をさせているのだという話を耳にする。しかし、イタリアにおいては、どの刑務官からも、社会でまっとうな生活ができるように処遇するのが刑務所の役目だという教育刑の強い意識が感じられた。