死刑囚の確定訴訟記録、閲覧不許可を取り消す決定

監獄人権センター訴訟部会事務局


 学術研究を目的として死刑囚の刑事確定訴訟記録の閲覧を求めたが、「検察 の事務に支障がある」と拒否された大学教授(以下I氏という)が、福岡地検 小倉支部の保管検察官を相手に不許可処分取り消しなどを求めた準抗告で、福 岡地裁小倉支部刑事一部(濱崎裕裁判長)は今年三月二八日、同処分を取り消 し、閲覧を認める決定を出した。


1 一審で確定した死刑判決


この死刑事件は「門司母娘殺傷事件」と報道されていた。加害者とされたX 氏は十九歳の時の強盗殺人事件で無期懲役刑となり、熊本刑務所に服役中、 『典子は今』というハンディキャップを持った若い女性が懸命に生きる映画を 見て感激し、以後模範囚となり、仮釈放を受けた。その後、結婚し子供もでき たが、ふとしたきっかけからギャンブルにのめりこみ、借金苦に陥る。一九九 〇年、窃盗をしようと侵入した家で、帰宅した女性に発見され、捕まれば一生 刑務所暮らしになると思い、女性を殺害、窃盗犯の犯行を装うために室内を物 色中に母親が帰宅し、逃走しようとして母親の喉に重傷を負わせ、さらにそれ を目撃した女性にも傷害を負わせた、とされる。
裁判は事実認定や責任能力の判断などで争いがあり、量刑に関しても一人殺 害という死刑と無期の線上にあったが、九三年、福岡地方裁判所小倉支部は死 刑判決を下した。弁護人は即日控訴したが、X氏は一審判決後、二審の国選弁 護人が選任される前、弁護人が不在の「国選弁護の空白」期間に自ら控訴を取 下げて、一審判決の死刑が確定した。I氏はこの事件について福岡弁護士会に 人権救済を申し立て、現在弁護士会で調査が進んでいる。また「国選弁護の空 白」問題も関係機関で協議が行われている。I氏は裁判傍聴では明らかになら なかった有罪認定の理由や量刑事情を研究するため、調書や鑑定書を閲覧しよ うと思い地検に申請した。

2 閲覧拒否


 一九九五年三月、I氏は学術研究を目的として福岡地方検察庁小倉支部で、 この事件の確定訴訟記録の閲覧を求めた。ところが、検察は「死刑判決につい ては、記録は全部本省にあるので、閲覧できないことになっています」と閲覧 を拒否。I氏は、その後、四月一四日付で書面により刑事確定訴訟記録の閲覧 を求めたが五月十六日付で不許可の通知を受けた。このため六月二八日、検察 官の閲覧不許可処分が、裁判の公開の原則、国民の知る権利、学問の自由など に反する違憲な処分であり、死刑確定記録であるという理由だけで閲覧を認め ないことは刑事確定訴訟記録法に反し、検察官の裁量権を著しく逸脱する違法 な処分であるとして、不許可処分の取消しと関連記録の閲覧・謄写を求める準 抗告を福岡地方裁判所小倉支部に申し立てた。

3 準抗告審


準抗告審の中で検察側は閲覧拒否の必要性について、過去のI氏の北九州法 学会での報告などを引用して、@死刑事件の記録は法務大臣が死刑の命令を発 するまでの間は常に使用中である、A記録の閲覧を認めた場合、死刑確定者の 心情の安定を乱し、逃走、自傷などに及ぶ恐れがある、B死刑廃止論者であっ てX氏への死刑執行阻止を目的としており、学術研究とは認められない、など と主張していた。
I氏は、学会の場で諜報活動めいたことを行うことは学問の自由の侵害であ ると強く反論、北九州法学会も福岡地検に異例の抗議を行なった。I氏はまた、 死刑を存置する現行法制の下でも死刑の執行までに通常最低一〇年程度を費や すような慎重な手続きを設けていることは当然のことであるが、そのために死 刑確定記録をすべて法務省本省に送ってしまい、死刑執行までの間「検察庁の 事務に支障がある」として閲覧を許さないとすれば、刑事確定訴訟記録法では 原則として確定後三年経過すれば閲覧を認めないこともあって、死刑事件の確 定記録の閲覧は事実上不可能になってしまう、と反論した。

4 福岡地裁小倉支部の決定


福岡地裁小倉支部は、検察による閲覧不許可処分を取り消し、閲覧を認める ことを求めた。理由の中で、「わが国では確定から長い年月を経て死刑執行に 至るのが通常であり、殆どの場合、確定後長年にわたり記録を閲覧できなくな る」と指摘、「このような事態は、憲法八二条の裁判公開原則を拡充し、公正 を担保するとともに国民一般の裁判に対する理解を深めるため規定された刑事 訴訟法五三条(訴訟記録の公開)や刑事確定訴訟記録法四条(保管記録の閲覧) の趣旨を著しく没却するもの」と、検察側の姿勢を厳しく批判。また「死刑囚 の心情の安定を乱す」、「執行阻止目的」との検察側主張も採用できないとし、 I氏の閲覧目的を「法律学の研究と教育のため」と認めた。検察側は最高裁に 特別抗告の手続きを取った。

5 情報の公開と行刑の密行主義


ところで現在開かれている第一三六回国会には民事訴訟法の改正案が上程さ れている。これには最高裁への上告制限など多くの批判があるが、特に問題な のが「公務員の職務上の秘密に関する文書について、その監督官庁が承認しな いものは、裁判所の判断手続を要することなく、文書提出命令の除外対象とさ れる」点である。薬害エイズ訴訟であれだけ官庁の秘密主義が批判されて、な お、この法案である。拘置所や刑務所での処遇や死刑の違憲性を問題にする国 家賠償請求訴訟など、行政を相手にした裁判の場合、ほぼすべての証拠類は 「公務員の職務上の秘密に関する書類」に属している。また、「秘密」だから こそこれまで裁判所の文書提出命令を得なければ、公開されてこなかったので ある。現在、日弁連などは政府・各政党に見直しを働きかけている。今後の動 きに注目したい。
また、四月二四日には行政改革委員会が情報公開法要綱案を発表した。これ にも「不開示情報」として非常に広範な行政情報が規定されている。特に、 「犯罪の予防・捜査、公訴の維持、刑の執行」といった情報が明文で非公開と された。これでは情報公開といいながら、死刑の問題など、法務当局の行刑実 務は一切公開されないことになる。この要綱はまだ法案ではない。情報公開の 理念を生かす方向に改善が行われることを求めたい。
ともあれ今回の福岡地裁小倉支部の決定は、確定訴訟記録の閲覧を不許可と した保管検察官の処分を違法とした初めての司法判断であり、情報公開の流れ に沿って、刑事訴訟記録の開示に消極的な法務省・検察の姿勢に再考を迫るも のとして、非常に大きな意義を持っている。引き続き最高裁においても公正な 決定が下されることを期待したい。