17 サンフランシスコ大デモの報告 (現地時間 2003年1月19日 18:09:11発 日本時間 20日 19:39:55受信)

昨日アップロードした私のウェブサイトを、更新しました。サンフランシスコ・クロニクルのオンライン版の写真ギャラリーから、写真を二枚コピーしてしまった。ヘリコプターから撮った写真なんか。ぼくの写真は転載自由ですが、クロニクルからの写 真は、知らないよ。
もう一度、以下にぼくのウェブサイトのアドレスを書いておきます。

http://www.geocities.com/kenjimuro/ 
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しばらく報告を書きませんでした。
書くことがなかったのではなくて、書く気にならなかったのです。不愉快で。
アメリカの反動期、右傾時代は、まだ何年も続くでしょう。唯一の希望は、経済がもっと悪くなって、ブッシュが身動きできなくなることです。ブッシュ政権は、戦争だ、テロだ、核兵器だ、とアメリカ市民を脅かすことによって、支持を受けていますが、そうすればするほど、ひとびとは消費に向かわなくなります。昨年の感謝祭からクリスマス、そして新年のセールに至るまでの消費は、惨憺たるありさまです。

友人のジムは、まだ二年ある。経済がこの調子で落ち込んでいけば、ブッシュが再選されない可能性がある、と必死の夢を語りますが、そうはいかないだろう。ブッシュは再選されて、それから4年は続く。そしてうまくいけば、6年後に、ブッシュを引 き継ごうとする共和党の政権が敗北する、これがもっとも楽観的な見通しです。

二年前のブッシュとゴアの選挙は、いまから見れば、その大きさが分かります。911がなかったら、ブッシュは4年で終わった政権でした。クリントン政権が8年かけていろいろとやったことを、ともかく一挙に変えようとしています。三分の一ちかく に落ちた軍事予算もどんどんと上がるでしょう。ブッシュは、善悪単純モラルとビジネス(軍事産業と石油産業)と政治をごちゃまぜにして、非常時政治をやっています。もはや、アメリカ国憲法もへったくれもない。クリントンは軍事費も下げたけど、ズボンも下げた。その影響が、選挙に出たのは確かです。それにゴアの選挙の失敗が重なり、いまの政権になった。ズボンを下げた失敗は、多くの男がもっているけど、クリントンのズボンは、歴史的だ。ぼくらのズボンは、個人の問題だ。

もちろん、そのブッシュの右翼非常時政治に反対するひとびともいるわけですが、その力はまだ小さいですね。しかしともかく、昨日は、その力が集まった。サンフランシスコ・クロニクルによれば、ワシントンDCの集会は、50万人規模であった、とのことですが、昨日のテレビ・ニュースは、ワシントンDC集会は3万人であったと言っていました。ちょっと差が、大きすぎます。ただ、サンフランシスコの集会とデモが、全米で最大のものであったのは、確かなようです。クロニクルによれば、警察発表で5万5000人、主催者発表で20万人。ぼくの経験した集会とデモの中でも、最大規模のものでした。
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集会には、若い人がたくさん来ていました。赤ん坊と子供を連れた若いカップルも多かった。そこには、新しい感じがある。それとストリートシアター文化は、面白い。アフリカと南米のドラムのリズム、これも新しい。でも黒人は少ない、メキシコ人も すくない。かろうじて、アジア人がいます。そういう新しい要素があちらこちらに見えますが、全体の基調は60年代後半から始まった古い文化です。政治演説なんか聴く気にもならない。おいおい、久しぶりの大集会に、そんなに興奮してアジ演説をするなよ。

もっとも、古い文化が悪いわけではありません。(だいたいぼくは、その一部なのです。)その文化があるから、その上に、いまの若い世代がいて、だからこそ、一挙に、ブッシュに反対する10万人以上の集会とデモが立ち上がった。でも、これは6 年から10年続くことの始まりなので、だから新しい文化が立ち上がってこないと、長続きしないし、インパクトがないように思えます。デモが到着したシティーホール前広場の舞台では、誰が歌い始めたと思いますか? ジョーン・バエズですよ。もっとも、ぼくは混雑で、その姿も見えず、誰だか分からなかった。芝生で隣に座っている男がラジオ中継を聞いていて、ときどき人が来て、いま舞台で何が起こっているのですか、と聞く。あるとき、あの歌手はだれ、とイヤホーンでラジオを聞いている男が聞かれて、彼が、ジョーン・バエズだ、と答えた。その質問をした若い女性は、ジョーン・バエズが誰なのか知らなかったと思う。

新しい歌手を見たいし、新しい歌を聴きたい。トイレを待つ列に向かって歌っている人の歌も、地下鉄の駅の混雑の中で、みんなに歌いかけて、みんなも歌っていた歌も、みんな公民権運動から60年代のものだった。しかし、デモが通過する道筋で、ラップ風の即興詩を延々とやっている若い白人もいた。即興的に韻をふんで、めちゃくちゃ、いんちき、即興詩。あれの方が、未来がある。舞台ではバーバラ・リーの演説もあったけど、もう少し若い人がいないかなあ。きっと、出てくるだろう。そうでないと、ブッシュ右翼反動政権とアメリカは変わらないよ。道路で机を出して、いろんなことをやっている。あのストリート・シアターの方が、アフリカ、南米ドラムで、踊り狂いながら、行進していくる、エエじゃないか、の方に未来があるよ。ヒッピー文化とも違うよ。変わってきている。道路に机を出して、ノート型パソコンに小さなビデオカメラをつないで、ワイヤレスのモデムで、インターネットへのデモ実況中を一人でやっている中国系の若い女性もいた。あれは、新しいジャーナリズムだ。

今回の集会とデモは、インターネットのメールで組織されたものだと思う。ぼくは、一枚のビラも読んでいない。誰が主催者か知らなかった。友人たち、あるときは名前も知らない友人たちから来たメールで、ぼくはこの集会とデモとか、どこで集合して どうやっていくこうとか、芝生の上で40分間の仏教メディテーション(ぼくのアップロードした写真を見てください)をやろうとか、そういうことを知ったのです。そしてぼくもまた、それらのメールを転送して友人たちを誘ったのです。これは新し い。(実はメールで組織会議へ参加のさそいもきたのだけど、行かなかった。)携帯電話で、みんな興奮して話していた。携帯電話でのオルグ、携帯電話での集会とデモの中での会話、この方が、舞台での演説より新しいインパクトがある。携帯電話は、新しいジャーナリズムです。ぼくは、サンフランシスコのデモ行進の中から、ワシントンDCの集会にニューヨークから参加した息子のテッドと結婚したばかりのナオミさんに、携帯電話で連絡を取ろうとしたけど、つながらなかった。残念。

私が一番気に入ったサインは、あるバスに貼ってあった"Relax George"というもの。その横に、ダライ・ラマの写真が貼ってある。この写真も、ぼくのウェブサイトにアップロードしてあります。
Kenji Muro

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