news-button.gif (992 バイト) 57 心温まる思いもした「特集・『北朝鮮』異論」――隔月刊誌『IMPACTION インパクション』の感想 ( 『市民の意見30の会・東京ニュース』 No.81  2003.12.1) (03/11/29搭載   

■隔月刊誌『IMPACTION インパクション』の感想■   心温まる思いもした「特集・『北朝鮮』異論」

 畏友、栗原幸夫さんが、「……理屈によって感情を押し殺した結果、ろくでもない選択をしたとほぞを噛むことがあまりに多いのに気づいたのである。こういうのは嫌だなと思いながら、理屈に説得されて、あるいは自分で自分を説得してえらんだ行為が、とんでもない間違いだったことがすくなくない」と言われている(本号所載文)。これに大いに共感する。大衆運動の事務局的仕事をしていると、全体をなんとかしてまとめようと気を遣うあまり、自分の感性を押さえ込んでしまう癖が強くなってくるように思う。「民主集中制」を原則とする政党に属していたときなどは、とりわけそうだった。そしてもちろん、後で「ほぞを噛むこと」になった場合は、私にも何度もあった。「感情や感覚は理屈ほどは間違わないのである」という栗原さんの言に心を強くして、以下、最近読んだ雑誌について、理論的ではないが、感じたままを記してみることにする。
 『IMPACTION』(編集・発行=インパクト出版会)という隔月刊雑誌で、すでに
10月末に第138号(特集・解体される大学)が出ているから、少し古い話になってしまうのだが、ここで主として触れたいのは、8月末に出たその前号の137号(特集・「北朝鮮」異論)についてである。
 安部官房長官や拉致被害者家族会代表らの極端な発言に苛立つ思いをしながら、対北朝鮮問題の動向に憂慮している私たちにとって、この号は実に貴重な特集であった。今からでもぜひ手にとって、読んでいただけたらとお勧めしたい。
 だが、私個人にとっては、この特集は、理論的な分析とか、政治的な方向を解説してくれるというよりは、読んで心打たれる、あるいは心温まる思いのする鼎談やら文章やらが多くあったことから、ひさしぶりに充実した読後感を味わうことができた雑誌だった。
 まず、冒頭の「『北朝鮮』言説を解読する」という、太田昌国、金富子(きむ・ぷじゃ)、鵜飼哲さんによる鼎談だが、それは鵜飼さんから促された太田さんが、自著、『「拉致」異論』執筆の動機などについて語るところから始まる。
『「拉致」異論』は、本誌前号に吉田和雄さんが紹介を載せているが、それ以外でも多くの書評でとりあげられ、この本をめぐる集会が各地で開かれるなど話題をよんでいる問題作である。
私もそれから大きな感銘を受けたが、今度の鼎談の中で、太田さんがその著書の中で和田春樹さんへの批判的問題提起をした際の気持ちや姿勢を率直に語っていることに、とりわけ心を打たれた。「あちら側に行ってしまった人だとか、敵対的な立場になった人」ではない運動内部の人に対する批判、議論は、まことにかくあるべきだという感じを強くした。「心温まる思い」をした箇所のひとつである。
 ところが、それにしては、この『「拉致」異論』をとりあげた書評のなかには、そこがわかっていないのではないかと思えるものが少なくない。たとえば、ある政治グループの週刊機関紙に載った長文の「読書案内」にはこうある。
 ……太田は、佐藤(勝巳)が苦悩した問題を左翼・市民派が素通りしてきたことを示すために、美濃部亮吉、小田実、和田春樹などの雑誌や諸著作での主張や発言を材料に取り上げる。……このように、北朝鮮のおぞましい現実と対決することなく無責任な主張を振りまいてきた左翼・市民派知識人たちの問題点とその姿勢を、今日でも多くの左翼・市民派は無自覚に引き継いでいるのである。……
 私は、こうした大雑把なくくり方に強い違和感を感じる。太田さんは、決して和田春樹さんや小田実さんらを「おぞましい現実と対決することなく無責任な主張を振りまいてきた」などとして批判しているのではない。主要にとりあげられている佐藤勝巳さんに対する批判でもそうだが、できるかぎりその人のおかれている立場、それまでに積んできた運動体験などに寄り添い、どうしてそのような主張が出てくるようになったかをその人の側から考えようとし、しかし、その上でどこに分岐点があったかを指摘して、私たち共通の教訓としようとしているのである。
 和田春樹さんは、『IMPACTION』の次号に「われわれの過去の意味ある総括のために」という投稿を寄せ、太田さんの「尊敬と友愛の気持ちを失わない形」での批判には感謝しつつも、批判の内容それ自体については「納得いきません」として、全面的な反論を展開している。そこでは、太田さん自身の過去のいくつかの言説も含め、かなり多くの資料を指摘しつつ反論し、かつ、「朝鮮問題での左翼の伝統を考えるとすれば、まず日本共産党の立場が検証されるべき」なのに、太田さんはその点に「まったく注意を向けようとして」おらず、そのため、佐藤勝巳さんの北朝鮮批判を「先駆的なものとして非歴史的に高めてしまう結果に」なった、という太田批判も述べている。
 ここでは、その一つ一つを論ずることはできないし、私にその力もない。ただ、こうして始まるかもしれない論争、相互批判が、「尊敬と友愛の気持ち」を失わず、中断することなく継続されて、実りある成果が生み出されることを強く期待するのみである。(かつて私もこの『市民の意見
30の会・東京ニュース』の上で、和田さんと往・復・往という朝鮮戦争下の日本の平和運動をめぐる批判・反論のやり取りをしたことがあったが、残念ながら中断してしまった。『ニュース』9528号、30号、33号)
 それ以外でも、この鼎談では多くのことが示唆されているのだが、論ずる紙数がない。
心に迫ったものは、この特集にはほかにも多くあるが、鵜飼哲さんによるインタビューの金時鐘「『拉致』、お互いを見つめなおす契機」と栗原幸夫「あの日々の同志よ」の二つを挙げておこう。
金時鐘さんは、金正一による拉致事実発表直後に『毎日新聞』に掲載した談話が、多くの日本人運動者に衝撃を与え、それに対する意見が表明された。私自身も反天皇制運動連絡会の声明と関連して、この金発言への異論を唱えた。(私の個人ホームページの「市民運動」欄に掲載。
また、先に触れた吉川・和田論争もその「論争・批判」欄に前文掲載してある。http://www/jca/apc.org/~yyoffice )鵜飼さんは、その金さんに率直な質問をぶつけながら、金さんの心の中のひだを広げてもらっている。
  栗原さんのエッセイは、私も学生時代にほとんど同じ個人的経験を持つだけに、心温まるというよりは、甘酸っぱい一種の懐かしさのような感情に見舞われながらそれを読んだ。そして、その結論部分の最後の数行にとりわけ共感した。
長文の森宣雄「『拉致問題』をめぐるわたしたちの背中あわせの共同性」は、主として金時鐘さんと佐藤勝巳さんの論をとりあげながら、基本的には太田さんと同じ方向で論じたものと私は読んだが、なにしろこの文体には参った。多くの運動者に読んでもらいたいだけに、表現には配慮してほしいと希望する。
  なお、後ろの青紙部分の「インパクトレビュー 文化情報欄」も、天野恵一さんの『スパイ・ゾルゲ』と『ゾルゲ 引き裂かれたスパイ』をとりあげた「映画を『読む』・本を『観る』」欄の評や、酒井隆史さんの「フォーク・ゲリラ・(ノー)リターン」など、興味深いものが多かった。
(雑誌『IMPACTION インパクション』は普通の書店にはあまり並んでいない。連絡先は以下のとおり。
113-0033 東京都文京区本郷2511 服部ビル (株)インパクト出版会 電話 03-3618-7576 ファックス 03-3818-8676 Eメール impact@jca.apc.org 定価は、「『北朝鮮』異論」特集が1,400円+税、次号は1,200円+税)
『市民の意見30の会・東京ニュース』 No.81  2003.12.1 

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