news-button.gif (992 バイト) 55 「絶望」の中の希望 (  『市民の意見30の会・東京ニュース』 No.80  2003.10.1) (03/10/07搭載

 八月一四日、大阪大空襲の日に毎年開かれている市民の意見30・関西(代表=小田実さん)の集会に出席するため、久しぶりに関西へ出かけた。雨天だったが、主催者の予想を超えて八〇人以上もの各地からの参加者があり、東京から出かけた私には、学ぶところが多くあったが、この集まりについては同会事務局長北川靖一郎さんの別掲原稿にゆずる。
 翌一五日、敗戦記念日の日に、京都に鶴見俊輔さんのお宅を訪ね、いろいろお話を伺った。お話を伺うというはずの訪問だったのに、部屋に通されると、鶴見さんはすぐメモの紙片をとりだし、吉川さんを待ってました、質問が二つあります、と言い出され、びっくりした。その一つは、日本はこれからどうなるでしょうか?というものだった。それこそ私が伺おうと思ってきたことですよ、と私は言い、そして二人で笑い出してしまった。
 いろいろ話題は飛んだが、要するにこの問題についての見通しは、二人とも明るいものではなかった。すでに、本誌前号への寄稿で、鶴見さんは「たそがれどきは、はや、すぎぬ」という言葉を引用しながら、「いずれにしても、私に残された年月に、アメリカ合州国がかわると思わないし、日本国がかわるとも思いません」と結論されていた。小松左京の『日本沈没』のように、この国は沈没してしまうかもしれない、それならそれでいいだろう、ただ、おとなしく沈没するのではなく、碁盤をひっくり返すように、またまた朝鮮や中国、フィリピンなど近隣諸国の民衆に大変な迷惑をかけながら沈没するのだけは、なんとしても避けねばならないですね、そんな話になった。
 見通しは確かに明るくない。その後の一月の間にも、絶望を深めるようなひどい事態がつぎつぎと報道されている。いや、報道されるべきことが報道もされずに続いている。言うだけのことは言っておかねばなるまい。

 「逃げるな! 茶会じゃない」
 アーミテージの威嚇発言

 まず、アーミテージ米国務副長官の一連の発言だ。九月九日、同副長官は、訪米中の中山太郎衆院憲法調査会長に対し、日本の集団的自衛権行使の問題に関し「内閣法制局が柔軟な(憲法)解釈をすべきだと思ってきた」などとのべた。このことは、各新聞も報道していたが、日本の憲法解釈の変更を迫るこの発言は、これまでの国際関係の常識では考えられない内政干渉だ。すでにアーミテージは、三年前に作成した特別報告書(アーミテージ報告書)の中で、「日本が集団的自衛権を禁止していることが、同盟協力の制約になっている」とのべている。彼はこの種の発言を繰り返してきているのだが、ほとんどのマスコミが報道しなかった最近のとんでもない発言がある。
 八月二〇日、アーミテージ国務副長官が、中東担当特使の有馬龍夫日本政府代表に対し、日本政府はイラク復興支援から「逃げるな
(ドント・ウォーク・アウト)、茶会(ティーパーティ)じゃない」と言い、厳しい口調で、早期の自衛隊イラク派遣を要求したというのだ。
 『沖縄タイムス』
831日)によると、「日本の閣僚から自衛隊派遣で慎重論が相次いでいることに『頼むから何も言うな』と強い不快感を示した」という。このアーミテージ発言を報道したのは、全国紙の中では『産経新聞』(三段見出し)だけで、朝毎読などは一切ふれなかった。地方紙では、沖縄で出されている『沖縄タイムズ』と『琉球新報』とが、八月三一日に六段抜きの大見出しでトップ記事として報じていた。(『赤旗』は、これら沖縄の新聞を引用した記事を92日に三段見出しで報じた。) 何故、大新聞は、こんな重大な発言を一行も報じなかったのだろう。
 九月一日、福田康夫官房長官は、記者会見で、自衛隊のイラク派兵のための政府調査団を「できるだけ早くと思っている」と語り、各紙は、政府は調査団を九月「下旬に派遣する方針を固めた」と報じた
(同日各紙夕刊)。当初、政府は、防衛庁を中心とする調査団を八月に派遣するつもりだった。だが、その後の相次ぐ爆弾事件など治安悪化を理由に、派遣を見送ってきており、政府内にも慎重論が次第に広がってきていた。それが、九月早々、急遽一転して、慎重論から早期派遣へと変わったのだ。
 『朝日』は、「イラクでは依然、テロが相次いでいるが、現在約
30カ国が復興支援活動を進めており、日本としても貢献をアピールする必要があると判断した」と説明しているが、その直前の日本政府代表に対するこの「逃げるな、茶会じゃない」という威嚇発言を見れば、変化の背景事情は明らかだ。アメリカのこの種の対日発言は、最初に引用した内閣法制局批判のように、露骨の度をますます強めながら続いている。九月一〇日、小泉首相は、防衛庁での第三九回自衛隊高級幹部会で、イラク派兵に「周到な準備をしていただきたい」と訓示した(『赤旗』11日)。強く言いさえすれば、小泉政権は、何でも従うとアメリカは見抜いているのだ。

  世界の世論の前に孤立する米政策

 アメリカは、911事件二周年の前日、「地球規模の対テロ戦」と題する報告書を発表、「対テロ戦には170カ国以上が参加し」、アルカイダを壊滅させ、フセイン体制を崩壊させたと、自画自賛、「反テロ愛国法」の強化などの必要性を訴えた(『朝日』911日夕刊)。この「170カ国以上」という大水増し数字の根拠はさっぱりわからない。
 八月二〇日の米国務省の発表によれば、米軍主導のイラク治安維持活動を支援する形で派兵している国は27カ国とされている。七月二八日には、国務省報道官は、日本を含む30カ国の参加が確保されたとしてリストを公表しているが、八月のリストでは、この30か国のリストから、日本、フィリピン、ポルトガルの3カ国が外れている。発表ではほかに、「派兵を確約した国」として4カ国を挙げており、中には新たに登場したモルドバ、タイとともにフィリピンとポルトガルが含まれており、結局、脱落したのは日本だけ
(『毎日』821日夕刊)
(国務省が20日の発表で列挙した派兵中の27カ国は次の通り。アルバニア、アゼルバイジャン、ブルガリア、チェコ、デンマーク、ドミニカ共和国、グルジア、エルサルバドル、エストニア、ホンジュラス、ハンガリー、イタリア、カザフスタン、ラトビア、リトアニア、マケドニア、モンゴル、オランダ、ニカラグア、ノルウェー、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、韓国、スペイン、ウクライナ、英国)

 八月二六日、バグダッドの北西約25キロのハマリヤで、米軍の車列が爆発物による攻撃を受け、兵士一人が死亡、二人が負傷したが、AP通信によると、三月二〇日の開戦以降の米兵の死者総数は277人。五月一日のブッシュ米大統領による大規模戦闘終結宣言後の死者数は139人となり、終結宣言前の138人を上回ったという。
(『毎日』827日)
 
ブッシュらの自讃にもかかわらず、アメリカの対イラク政策がまったく頓挫し、世界の中で孤立の度を深めていることは余りにも明瞭だ。以下に、それを具体的に示す最近の世論調査の結果をいくつか紹介しておこう。 
 まず、アメリカ国内の数字。八月二九日に公表された米CBSテレビの世論調査では「米国はイラクをコントロールできているか」との問いに47%が「できていない」と答え、「できている」(42%)を上回った。また、イラク占領政策を「順調」と見る人は七月上旬の60%から51%に減少、「順調でない」という回答が36%から47%に急増している
(『毎日』830日)。また、『ニューヨーク・デーリー・ニューズ』が九月二日に公表した世論調査は、ブッシュの対テロ戦争を支持する市民が34%、支持しない市民が56%に達し、前年に比して支持・不支持が逆転した。昨年は支持が50%、不支持は42%だった(『赤旗』94日)。
 次はイギリス。八月二四日日付の英日曜紙『サンデー・テレグラフ』は、イラクの大量破壊兵器疑惑に関し、政府が「国民をだました」とする意見が67%に上るとした世論調査結果を掲載した。大量破壊兵器専門家ケリー博士の自殺の経緯などについて、ブレア首相を信用するかとの質問では、58%が「以前ほど信用していない」と答えた
(共同通信)

 

イギリス

フランス

ドイツ

オランダ

イタリア

ポーランド

ポルトガル

欧州7カ国

アメリカ

国際問題に対する米国の指導性

(かっこ内は昨年)

とても望ましい

15

2

4

8

12

10

9

8(17)

43(31)

望ましい

40

25

41

49

34

43

34

37(47)

37(48)

望ましくない

24

43

37

24

34

27

28

33(22)

7(10)

まったく望ましくない

14

27

13

17

16

7

16

16(9)

6(7)

ブッシュ大統領の対外政策
運営を支持するか

まったく支持しない

27

41

32

31

24

8

25

28(14)

23(13)

不支持

30

41

49

30

33

22

26

38(42)

11(31)

支持

26

12

12

33

32

48

34

24(34)

22(40)

とても支持

9

3

4

4

8

10

7

6(4)

38(13)

イラク戦争は生命や財産をかける価値があったか

なかった

51

84

81

55

68

62

71

70

36

あった

42

13

15

38

26

30

24

25

55

米国が北朝鮮への攻撃を決定した際、軍事行動への自国の参加を支持するか

不支持

57

53

76

61

70

52

72

64

31

支持

37

41

20

33

24

37

25

30

58

今後10年間に米国の単独行動主義が脅威となるか

とても重大な脅威

25

34

40

24

29

24

28

31

21

重大な脅威

43

54

48

53

46

43

44

47

46

重大な脅威ではない

28

11

11

19

21

18

17

17

24

 ひろく全世界では、別掲の表が実に明瞭に傾向を表している。これは米・独マーシャル基金(GMF)など米国系調査機関が九月四日に発表した「欧米関係の趨勢2003」による数字で、今年の六月、仏独伊英など欧州七カ国とアメリカに住む18歳以上の男女約八千人=各国から約千人=を対象に実施されたもので、括弧内の数字は、昨年の同様な調査「ワールドビュー2002」による数字だ(『赤旗』98日)
 アメリカの国際的指導力を望ましいとしたヨーロッパの人びとは、昨年の64%から今年は45%に激減していることに気がつく。この表のその他の数字も、ぜひ、じっくりと比べながら検討してほしい。アメリカがいかに国際的に孤立しているかが明瞭に理解できるだろう。そして、これらの世論を背景に、アメリカでのブッシュ大統領への支持率は低下し、イギリスでのブレア首相の地位は極めて不安定となり、フランス、ドイツなどの政府は、アメリカの対イラク政策、国連提案などへの批判を強めている。西アジア、アラブ諸国からも同様な分析が報じられている。それだけに、日本の小泉政権の異常なまでの対米同調ぶりが目立ってくる。(なお、この表の中で、北朝鮮への軍事行動をアメリカが起こした際、それを支持するとしたアメリカ人が
58%を占めていることは恐ろしい。)

    希望への期待

 日本の世論調査でも、アメリカのイラク政策へは批判的見解のほうが多数なのだが、次期選挙の予測では、依然として自民党や小泉首相への支持が多数をしめている。
 鶴見さんや私のように、高齢なものにとっては、「残された年月に、アメリカ合州国がかわると思わないし、日本国がかわるとも思いません」という見通しは当たりそうな気がする。だが、こんなひどすぎる状況が、あと数十年も続くとも思えない。長い目で見た場合、人類はそれほどの大バカ者ではないだろう。各国の世論調査の数字もそれを示していよう。
 鶴見さんと私とは、「でも、生きていて動ける間は、やれるだけのことはやらなければいけませんよね」ということでも一致した。別掲の「市民の戦争不協力意見広告」の発起人として並んでいる全国各地の市民グループのリストをずっとたどりながら、希望への期待をよせることができるものがここにはあると思う。しばらくは、これでまた忙しくなりそうだ。
(よしかわ・ゆういち 事務局)
(  『市民の意見30の会・東京ニュース』 No.80  2003.10.1 に掲載) 

(注)なお、下記の「追記」も原稿には付したのだが、紙面の都合で印刷されなかった。

追記)石原慎太郎都知事の右翼テロ容認発言、イスラエルのシャロンによる殺害を含むアラファト追放宣言、そしてその撤回を求める国連安保理決議へのアメリカの拒否権発動による否決など、もう言語道断と言うほかない事態が、その後も続いている。