83 このサイトのアプロードが2ヵ月以上も空いてしまいました。すみませんでした。(2013年2月10日  掲載)  

 2ヵ月以上も空いてしまいました:  昨年の11月に本欄を載せてから、何と2ヵ月以上も何の情報も載せていませんでした。多くの方から、どうしたんだ? 病気か?という問い合わせもいただきました。ご心配を頂き、申し訳ありませんでした。身体上の問題もあり、病院や診療所への通いもずっと増えているのですが、サイトに手を付けられないほどの重病になったわけではありませんでした。一言で言えば、老齢で根気がなくなったとしかないのでしょうね。言いたいこと、書きたいこともあり、手を付けなければならないと思いながら、今日ではなく、明日に……などと思いながら、ズルズルと延びてしまったのです。
 『18分集中法』にすることにしました:  このダメさ加減をどうしたらいいんだろうか、と考え、最近、菅野仁『18分集中法――時間の「質」を高める』(ちくま新書)(右の写真)を読みました。そして、仕事を能率的に行なうのには、「時間の質的統御」が重要なのだとされ、やるべきことを、まず「18分間」という仕事に取り掛かることがとても効果的だと知らされました。
 私の性質から、何もかも全部やらねばならないと思い込み、そう思うたびに、やるべき仕事の増えてゆく量の多さに自分に圧倒され、ますます手に付けられなくなってしまうのでした。この「18分集中法」は、私にはとても合うやり方なのだと納得しました。全部をいっぺんに詰め込むのではなく、未完でも、一つづつ、出来た ところまででいいから、書いて載せてゆく、ということにしました。以下、今できたことだけをアプロードしてゆきます。それ以外に、今すぐ 言えたいことはたくさんあっても、それは次の18分に回せるということにしてしまいます。
 まず、遅れすぎた賀状報告: 毎年、最初にその年の賀状を紹介していました。遅れ過ぎですが、 今年にさし上げた賀状を以下に紹介
します。左の画像をクリックしていただければ、大きなものになり、読めます。
 毎年と同じ、この賀状の差出人は、私だけでなく、「天国からの割
り込み」として、連れ合いの吉川祐子も差出人になっています。それで、最近では、私に送られてくる皆さんからの賀状の宛名が、祐子と並んでいるものが多くなり、中には、祐子だけが宛名になっている賀状さえあるのです(右の写真)。私の文よりも祐子の文のほうが面白い、という評判も増えてきているのです。例えば「いただくお年賀状! いつも奥さまの方が存在感がおおきいですね……♡」などとあるのですよ。 また「祐子様、勇一先生の『たばこ』STOPさせて下さいね」などとあったものもありました。
 頂いた賀状: 今年もたくさんの方から賀状をいただきました。ありがとうございます。
 私は、選挙の結果に、「これほどのひどさには正直落胆しました」と書きましたが、これと同じような趣旨の文を多くいただきました。
 「選挙結果に呆然! これだけの目に遭ってなお原発推進の党が圧勝するとは、絶句です。と、またまた怒りながらの年末年始になりました。……」、
 「衆愚とはいわねど愚か、選挙の結果です。『国防軍』とは何。戦前に戻すつもりですね。あの男、祖父、ムカつきます……」、
 「昨年末の総選挙にはあ然としてしまいました。民主党のあのザマでは鉄槌もやむを得ないとしても、その反動で自民党が絶対多数とは、民意もそうは考えなかったでしょう。……やはり、投げやり・うっ憤晴らし・お任せでなく、国民が自ら政治を作ってゆくところまでゆかねば駄目なのだ、とつくづく考えた新年でした。」、
 「本当に最悪の結果になりましたね。日本のみならず、韓国でも朴正熙の娘が大統領とは。反改憲の運動にもちろん賛同します……」、
 「戦後がすべて元の木阿弥、とは思わないことにしています……」、
 「年末の“審判”で、『ちう位』どころか目出度さもないおらが春です。原爆や原発事故の責任も追及しない勢力を復権させて、一票のない若い人たちの未来を大事にしたのでしょうか……この程度の国民ですね!」、
 「『国防軍』だの『新規原発』という政権誕生には暗澹たる思いです。この国はいったいどうなってしまうのでしょう?」,
  「心境は、ブレヒトの『赤軍兵士の歌』の終節ではないですが、♪俺たち、テメエらの天国、覗いてやらあ、というところでしょうか。憂鬱なのはこういうクソのような政府を生んだのが、外部の『敵』ではなくて、我らニホンの主権者だという事実です。……」
といった文の続きでした。
 心配な健康状態な方からのお伝え: 頂いたお葉書で、ご健康の心配な状態や、お怪我の伝えなどの文がかなりありました。ここでお伝えしてもいいと思う方の情報を載せておきます。
 河合塾の著名な国語教師で、反戦運動などでも活動されていた牧野剛さん、一昨年の10月に突然、半身不随(右手右足)となり、3ヶ月も入院されていたのでしたが、昨年秋ごろから「以前よりも右手右足、そして腰が悪化して重く動きにくくなるという事態に陥っています」とあります。でも、「今は、耐え忍ぶことが何より要求されているのかもしれません。いずれにしても、今年もお互いゆったり頑張りましょう」とも書いておられます。
  数学者の福富節男さん(93歳)の脳梗塞のことは、すでにお伝えしてありますが、賀状によると、「現在は右半身にすこし麻痺が残り、長い文章の手書きにいささか不自由を感ずるだけです。外出も4点杖を使って一人でしております」とあります。市民の意見30の会の事務局会議に顔を見せられることもあり、リハビリ努力でかなり良くなられたと思っています。
 怪我では、元婦人民主クラブ書記長だった近藤悠子さん。昨年「暮に石段でころび左ヒザを骨折、拷問のようなギブスで年を越しました。関節炎も併発、ダウンしています。」とあります。 また、 国際評論家の北沢洋子さんは、昨年7月にお連れあいの佐藤愛輔さんが亡くなりましたが、北沢さんも右大腿部と左腕の骨折などになりました。しかし、暮れにはほとんど治り、官邸前での「脱原発」デモに参加できるようになったとのことです。元目黒区議の宮本なおみさんも、昨年、かなり大きな骨折その他の怪我をされています。ロシア史・朝鮮史の和田春樹さんは、暮れにお連れあいの和田あき子さんが、家の中での 転倒で骨折、手術になったとのことですが、治療は成功されたそうです。齢とともに、怪我の方がとても増えています。ぜひお気をつけて下さいませ。
 なお、賀状ではないのですが、心配は、旧ベ平連での活動家で、元福生市議の遠藤洋一さんの昨12月での脳梗塞です。現在も入院中で、リハビリを行なっていますが、回復は今のところあまり進んでいないようで、お見舞いもしばらくお待ちしていたほうがよいようで、お見舞いはお便りでお送り下さい。
 母は満100歳になりました: この今年1月18日で満100歳になりました。このことは、『市民の意見』136号(2月1日発行)の「反戦交友録12」に「最高年齢の本会メンバーでは?」という文章を載せましたので、それをご覧ください。右の写真をクリックして下さると大きくなり、読めます。
 なお、この文にも、また私の賀状にも拙著のタイトル「民衆を信ぜず、民衆を信じる」のことに触れています。ご希望の方は、「市民の意見30の会・東京」事務局にご連絡されれば、特別価格(半額の1,400円)でお頒けしています。
 日本帝国海軍が開発したジェット攻撃機「橘花」のことの訂正: 本欄の前号「82 西東京市での 11・18デモでは、先頭で歩きました」の中で、私は、かつて日本帝国海軍が開発したジェット攻撃機「橘花」のジェットエンジンが、石川島播磨の田無工場で製作されていたという話を書きました。
 ところが、2月3日に、「秋水会事務局」の柴田一哉さんからメールが送られ、私の記事には事実誤認がありますとのことを伝えられました。これによると、私が書いたような、特殊攻撃機「橘花」およびジェットエンジン「ネ20」が田無で製造されたものではないとの ことでした。これによると、私の認識は誤ったことのようです。以下にそのメールの全文を紹介します。西東京市(元の田無も含む)での戦争関連の問題は、このことも含め、検討した上、本欄であらためて書こうと思っていますが、とりあえず、このジェット攻撃機 「橘花」関係は、田無で製作したものではなかったように訂正することにいたします。ご指摘の柴田一哉さん、ありがとうございました。

 送信日時:2013年2月3日
 message:
 初めまして、柴田と申します。
 2012年11月20日 掲載の「おおぞら公園」についての記事拝見致しました。いつの間にか、公園になっていたとは知りませんでした。吉川様の記事中、事実誤認と思われる箇所がございましたので、失礼かと存じましたがメールさせていただきました。
 特殊攻撃機「橘花」およびジェットエンジン「ネ20」の開発は昭和十九年8月から始まりました。開発にあたったのは横須賀の「海軍航空技術廠」です。昭和二十年に入り、横須賀への空襲が激しくなったため機体は群馬県、エンジンは神奈川県秦野へ疎開して開発が続けられました。結局、昭和二十年八月七日に試験飛行が成功したものの、実戦に参加すること無く終戦を迎えました。従って、「橘花」「ネ20」ともに田無で製造されたものではありません。公園のプレートはIHIが関わった「ジェットエンジン」の歴史という意味も含めて「ネ20」を登場させていると想像しました。また海軍の「特攻専用機」には「花」の文字が使われていることから「橘花」も「特攻作戦」を前提に開発されたものと想像出来ますが、「本土決戦」を想定していた時期に置いては「全軍特攻」が主流であり、米軍の本土上陸に対しては通常攻撃はありえませんでした。零戦や隼、練習機「白菊」でさえ既に「特攻作戦」に使われていますが、これらが「特攻機」と呼ばれることはほとんどありません。
 「橘花」も上陸部隊への「片道爆撃」と考えられますので他の作戦機と同じ運命をたどったでしょう。人間をミサイルの「誘導装置」としてつかった「桜花」とは根本的に異なっていると思います。
 長文失礼致しました。

 西東京市での市長選挙: 2月の3日、私の住む西東京市での市長選挙がありました。3人の立候補者がでましたが、私は、これまで市議に支援し続けていた森輝雄さん(無党派、市民派)が立候補されたので、それに支援、賛同しました(下に支援はがきに載っている支援者のリスト)。これまで、市議選では、森さんは圧倒的な勝利で、トップ当選でしたが、今回の市長選挙への立候補での成否は、最近の右傾的な空気の中でしたので、確信は必ずしも持てませんでした。結果はやはり、残念ながら当選できませんでした。
 投票率は 37.19%と、これまでの最低、各候補者の結果は以下のとおりでした。
丸山浩一(無所属、自民党、公明党支援) 30,291、森てるお(無所属、市民派) 18,565、杉山昭吉(無所属、日本共産党支援) 8,402
 今後の問題については、近く森さんを含めた議論集会がある予定ですが、私は森さんへの支持を続けるつもりです。

わたしも森てるおさんを応援しています!
赤松年子(保谷町在住:元保谷市議会議員)/浅見ひろ子(泉町在住:主婦)/上原公子(元回立市長)/内田雅敏(弁護士)/落合ヒデ(南町在住:主婦)/重松朋宏(田立市議会議員)/福士敬子(東京都議会議員)/門間叔子(羽村市議会議員)/山田真(南町在住:小児科医)/吉川勇一(富士町在住:市民の意見30の合東京会長)            *50音順/敬称略

 私自身の健康状態: 本欄「80 デモにも何とか行きますが……」の中で、「もっぱら病院やクリニックに通い続けです」と書きました。これは依然として続いているのですが、ここ1〜2ヵ月、左の耳の難聴 がひどくなり、音は入りますが、補聴器を使っても内容がほとんど理解できず、右もそれほどではないものの、やはり難聴のほどが強くなってきています。一人だけを相手の話です と可能ですし、電話も使えるのですが、数人の会話になったり、多数の集会での発言になると、ほとんど内容がわからないようになっています。最近の市民運動での集まりでの討論に参加することは、かなり困難になってきています。
 先週、1年半前に難聴の検査と補聴器の調整をしてくれた東村山市の「多摩北部医療センター」 の耳鼻科に行って来ました。検査の結果、難聴の度合いはひどくなっており、とくに左耳は内部に水が溜まっている、まずは投薬で手当をしてみるが、2週間ほどたっても治愈してこないようだと、鼓膜に切開する手術が必要になるだろうとの判断でした。手術はかなわないなとは 思いますが、それもやむをえないかもしれません。しばらくは、この状況をご理解下さい。