hon-small-red.gif (121 バイト)   図書紹介  圧倒される膨大な量とその事実のひどさ――ウィリアム・ブルム著・益岡賢訳『 アメリカの国家犯罪全書』(03/08/21

ウィリアム・ブルム著 益岡賢訳

『アメリカの国家犯罪全書』(作品社 2003年刊) 定価2000

 「(アメリカの)神話を構成する要素のなかでも、二つの要素が、歴史を通じて特に悪い形で結びついてきた。ひとつは、世界を善と悪とに二分する二元論的な見方であり、いまひとつは、善をもたらすためには暴力が必要であるという考え方である。……こうして、アメリカによる武力の行使は善行となり、アメリカが関わる戦争は聖戦としての正義をまとうようになる。」
 この文章は、対イラク戦争を強行したアメリカを論じていると思う人が多いだろう。いや、これは、ベトナム戦争後に、この戦争からの帰還兵が受けたトラウマを研究し、この戦争によってアメリカのアイデンティティがいかに崩壊したかを論じた著作『打ち砕かれた夢――アメリカの魂を求めて』(
W・T・デイヴィス・Jr.著 大類久枝訳、玉川大学出版部 1998年刊、原書は一九九四年刊)の中の言葉である。ベトナム戦争を振り返る作業の中で最近読んだ本の一冊だが、私は、あらためて、アメリカがベトナム戦争から、学ぶべきことを何一つ学んでおらず(戦争技術、マスコミのコントロール法、世論操作、民衆管理などは徹底して学んだのだが)、この著作のように、ベトナム戦争後に、それを分析して警告されていたことを、現在、さらに輪をかけた形でやり続けているのだということを痛感したのだった。
 「確かに、ブッシュの政策は、あまりにあからさまである。しかし、ブッシュでなければよかったのか? ゴアだったら? あるいは、2002年度ノーベル平和賞受賞者であるジミー・カーターが大統領だったら?」 こう問うのは、ここで紹介する著作、ウイリアム・ブルム『アメリカの国家犯罪全書』の訳者、益岡賢である。同書の「訳者あとがき」で益岡はつづける。「本書は、米国の外交政策の基本が、政権次第で変わるものではなく、より構造的な問題であることを極めて明瞭に示している」と。
 この『アメリカの国家犯罪全書』は、1945年、第二次世界大戦が終了してから現在に至るまでに、アメリカが行なってきた不法な軍事介入、不当な外交政策、人道に対する罪などの「国家犯罪」を網羅的にまとめた著作である。その「国家犯罪」の数々が、暗殺、拷問、洗脳、テロ、大量破壊兵器使用、他国の政治や体制への介入、選挙操作、国連での横車、盗聴、拉致、略奪、麻薬等々、
27の章に分けられて叙述されてゆく。読み進むうちに、そのあまりにも膨大な量とその事実のひどさに圧倒される思いがつのってゆく。「全書」と称するだけに、そのカバーする領域と内容は、時間的にも空間的にも、包括的、網羅的である。(ただし、「全書」は日本訳の書名で、原書名は『Rogue State: A Guide to the World’s Only Superpower (ならず者国家――世界唯一の超大国へのガイド))
 著者ブルムは、ダニエル・エルズバーグ博士と同じように、1967年に、米国のベトナム侵略に抗議して国務省を辞任した。以後、地道に米国の海外介入や国内での人権侵害を調査してきた人で、69年にはCIAについての告発書を刊行、二百名以上のCIA職員の名簿を公開して波紋を呼んだりした。また、72年から73年にはチリに滞在、アジェンデ政権の実情や、CIAによる同政権転覆のリポートを世界に発信したりもした。現在は、ワシントンに在住して執筆活動に従事しているという。
 イラクへの戦争に怒り、アメリカの手を何とかして押しとどめたいと願う人が、どうすればアメリカの政策を変えさせることが出来るのかを考える際、本書は、まず知らねばならぬアメリカという国家の実態を教えてくれる最適な文献のひとつと言いうるだろう。もちろん、最初からの通読が希望されるのだろうが、「まえがき」と「はじめに」と第一章「テロリストたちがアメリカをいじめる理由」を読んだあとは、それぞれの章のうち、関心のある項目を拾って読んでゆくことも可能だろう。しかし、400ページを超えるこの本の厚さに逡巡する人は、必要に応じて事実を調べる辞典、ハンドブックとして手元におくだけでも、有用であると保証できる。
ただし、本書のカバーする範囲は、あまりにも膨大である。そのため、一つ一つの事件の記述は簡略にならざるをえない。たとえば、拷問の章でのベトナム戦争のそれは、8行にすぎない。化学兵器の章に、もちろん、ベトナムでの枯葉剤(ダイオキシン)攻撃のことはあげられているが、わずか20行、1ページ分である。そして本書の中で
60ページという一番長い量をもつ第17章「米国による介入の歴史――1945年〜現在」のなかでも、ベトナムへの介入の記述はなんと、16行の叙述なのである。
私などの世代は、ベトナム戦争で解放軍兵士や一般民衆に加えられた拷問のすさまじさを、多くの映像や文献で知らされ、記憶に焼きつけられている。ダイオキシンの被害のひどさについても同様である。戦争の経過も、10年以上にわたって、同時体験をしてきている。だから、それによって、この簡潔な叙述の裏にある事実を想起し、思い浮かべることが出来る。と同時に、それ以外の叙述についても、その一行一行の背後にあるはずの、正視にたえぬようなアメリカによる不当、不法な行為の現実を思い描くことも出来る。
だが、そのように想像力を発揮させ、また、知らなかった事実を本書をてがかりに更に究明しようとする作業なしに、著者が淡々と簡潔に事実をあげてゆくリストをただ眺めているだけだと、私たちの感性まで麻痺させられるようなことになるかもしれない。「一九八三年一〇月、米国はついに侵攻に踏み切り、米国の外交目的にかなう人材が政権に据えられた。米国人一三五名が死亡または負傷した。またグレナダ人四〇〇名とキューバ人八四名が犠牲となった.キューバ人のほとんどは建設作業員だった。……」(本書
249ページ) あ、少ないな、などと。
本書の価値を、真に生かそうとするなら、そうした知的作業も求められるだろう。そうでないと、最終章の
376ページ以下にある、信じがたいような現在のアメリカ国内における事実の記述(これだけには出典の明示がない)を、一方的で極めて誇張された反米的表現ととってしまうような読者がでてくるかもしれない。(著者の立場が決してそうではないことを、訳者はあとがきで力説しているのだが) だが、著者が「新版へのまえがき」で「行き着く先は警察国家である」とのべているように、アメリカの後を追う日本にとって、これは無縁のことどころか、訳者が「あとがき」のなかでのべているように、これは、私たちにとって重大な警告である。
厚さにもかかわらず、定価は
2000円に抑えられている。ブッシュ、小泉の政策に対抗しようとする人びとにとって、必携の書のひとつというべきだろう。
(よしかわ・ゆういち、市民の意見
30の会・東京)
【『派兵CHECK』No.131 2003/08/15 に掲載】

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