私の夢の実現を皆さまに託します
「女たちの戦争と平和資料館」の提案

松井やより

2002年10月28日

 「私の健康回復を願う友人の集い」に来てくださって本当にありがとうございます。さ る14日に「つらいお知らせ」を皆さまにお送りして以来ちょうど2週間、連日のようにメ ールやファックスで暖かい励ましと慰めのメッセージをいただき、読むごとに涙があふれ ました。日本各地からだけでなく、海外20数カ国から百数十通のメールにも力づけられま した。どれも、私の回復を祈る必死の思いが込められていて、とにかくできるだけ長くこ の世で皆さまと共にありたりという思いを強くしています。しかし、生命には限りがありますので、皆さまに私の夢を伝え、その実現にぜひとも力を貸していただけるように、お 願いしておきたいと思います。

思えば、今月4日、訪問中のアフガニスタンのカブールで体調を崩して、医師からぐ帰 国して検査を受けるようにすすめられたとき、悪い予感がしました。死の恐怖がよぎって 眠れないままに夜が更ける中で、ふと、戦争資料館というアイディアがひらめきました。 友人たちと漠然と語り合ってきたのですが、私なりの構想が沸きあがってきたのです。そ れは、ちょうど、98年春のある夜、「女性国際戦犯法廷」を開こうと突然思いついたのに似 ていました。その資料館のために、老後の貯えや自分のマンションなどを全部提供しよう と思いました。そう考えているうちに、私は、今死に直面することの無念さや悔しさが消 えて、これが今私に与えられた使命ではないかと思い至って、心が鎮まり、眠りに落ちる ことができたのです。

翌日午前中の予定は全部キャンセルし、午後、アフガニスタン女性団体RAWAとしんど い体で話し合いました。以前から「女性国際戦犯法廷」に関心をもっていて、アフガニス タンの戦争でどれだけ多くの女性たちが性暴力の被害を受けたか、たとえば、強かんされ て精神に異常を来たした8歳の少女のことなどを語り、そのような女性に対する戦争犯罪 を犯した北部同盟の人々が今政権についていることの不当さをRAWAの女性は切々と述 べました。そして、ぜひとも、犠牲になった女性たちに正義を回復するために法廷のよう なものを開きたいというのでした。私は、できる限り協力したいと約束しました。この話 し合いで、戦争資料館には、日本の過去の戦争だけでなく、現在の紛争のことも含めたい と思ったのです。

帰国してがん告知を受ける中で、構想をずっと考えてきました。まだ、全く私個人のアイディアに過ぎませんが、とりあえず、あらましをまとめてみます。

第一に、「慰安婦」問題に関する資料をできるだけ集め、保存し、公開する場にしたいと思います。「女性国際戦犯法廷」の4年にわたるプロセスで、実に膨大な資料が日本だけでなく、参加各国でも集められました。また、「慰安婦」訴訟でも貴重な資料が蓄積されており、たとえば、判決がいくつも出ているのをまとめて読めるようにできればと思います。「慰安婦」に関する本も日本でおそらく200冊以上出版されているでしょうが、それを集めて一箇所で手にとれるようにし、海外の本も集められればなおよいでしょう。そして、海外での支援連動を知る貴料も入手できればと思います。
活字資料だけでなく、写真もぜひ集めたいものです。私自身、多くの国々の被害女性とインタヴューして、何百枚という写真をとりましたが、箱にいれたままです。どの写真も彼女たちの体に残る傷跡から日常生活まで強いインパクトで迫ってきます。恐らく、この10年「慰安婦」問題に関わってきた多くの方々がそれぞれ写真をとってしまいこんでおられるでしょう。それを共有することの意味は大きいと思います。
さらに、ビデオ・アルカイブも大変重要で、資料館の核の一つです。「女性国際戦犯法廷」の記録ビデオを撮った女性たちは被害者の証言ビデオもいくつも制作していますし、各国でそれぞれ、「法廷」記録ビデオやテレビ番組が作られています。これらの映像を集めて、公開することは意味があるでしょう。
このように、「慰安婦」問題に関する内外の文書、写真、映像資料を集めることは、歴史的記録保存という意味だけでなく、未来の世代への教育のためにも役立つことだと思います。とくに、教科書からも削除され、「慰安婦」制度それ自体を歴史から抹殺しようとする勢力が強まっているだけに、そして、被害女性が亡くなっていく中で、資料館の存在意義はますます大きくなるでしょう。また、「慰安婦」問題の研究や調査をさらに続けるのにも役立つでしょう。こうした資料館(博物館)をつくることは、「女性国際戦犯法廷」ハーグ判決の日本政府への勧告の中にも含まれていますが、日本政府は無視しているので、まさに「国家が義務を果たさないなら、民衆がそれを行う」という民衆法廷の思想を、この資料館も受け継ぎたいものです。

第二に、平和を創る活動の拠点にしたいと思います。この夏、私が参加した韓国、フィリピン、インドネシアなどでのいくつもの会議は、どれも、米国の反テロ戦争と各地での武力紛争をテーマにして、女性たちがいかに被害を受けているかということだけでなく、いかに反戦や紛争解決に貢献できるかを話し合ったのです。
そこで、資料館には、世界各地での武力紛争と女性への暴力に関する資料を集めたいと思います。私自身、女性たちによる調査報告書や国際会議報告など多量の資料を持ち帰っていますが、それを広く活用していただきたいのです。また、米軍基地の性暴力に関しても、本土でもっと関心を広げられるようにぜひ加えたいと思います。
そして、単に資料の収集、公開だけでなく、教育や行動の場にも利用できればと思います。平和教育や、紛争予防・解決・復興協力などで女性たちが積極的な役割を果たすべきだという国際的潮流に日本は取り残されているので、そのための人材をつくるような学習や教育をしたり、紛争地への事実調査団派遣や国連などへのロビー活動など、女性による平和を創る活動を促進したいからです。

 第三に、大変厚かましいことかも知れませんが、資料館のほんのささやかなコーナーに、私の著作などを保存公開させていただいて、私のことを記憶するよすがにしていただければ、嬉しい限りです。

 このような資料館の建殻は、「女性国際戦犯法廷」の思想を受け継ぎ、あくまで民衆運動として実現させたいものです。それは、国家ではなく市民の力で、女性が中心になって男性もともに、そして、国家を超えてグローバルな連帯で、過去の歴史を踏まえて未来をめざした行勒だと思います。

この実科館は、インターネット、データベースなど情報技術を活用し、海外にも開かれたものにし、また、アーティスティックなつくりにしていただきたいものです。
                                   
 場所や規模などは、具体的にはまだ何もいえる段階ではありませんが、希望としては、できれば東京都内で、人々が出入りしやすい地域に、ある程度の広さがほしいものです。そのためには、私が提供する資金だけでなく、一般からの募金もお願いしたいです。すでに、何人もの方から協力したいというメールが届き、海外の友人からさえもー緒に作りましょうなどというメッセージが来ています。できれば、海外とも連携して作れるとよいと思います。これまで、さまざまな運動でいつもカンパをお願いし、また、活動発金を得るために刊行物などを売り歩くという大変さを私がもう担えないことは申し訳ありませんが、これは最後のお願いとなるでしょう。

この私の夢が、あまり先ではなく、2、3年以内に実現することを願って、昨日友人たちに話しましたところ、真剣に受け止めてもらえました。どうか、皆さまも私の気持を汲んで、ぜひとも、すばらしい資料館を共につくる仲間になっていただきたいと心からお願い致します。それが、何よりも私の生きる意欲の支えと励ましになります。