友人の皆様へ 2002年10月14日
私の人生のさまざまな時期に、いろいろな分野で私を支えてくださった友人の皆様に、今日はつらいお知らせをしなければならなくなりました。今月初めアフガニスタンを訪問したさいに、体に異常を感じて、急遽10月7日に帰国し、検査を受けましたところ、肝臓がんがもはや治療不可能なまでに進行しているという告知を受けました。
この夏はいくつもの国際会議に参加し、8月にはモンゴルの草原で馬を駆り、カブールへの途上のイスラマバードではプールで泳いでいたほど元気で、全く自覚症状がなかったのですが、"沈黙の臓器"といわれる肝臓を死に至る病がむしばんでいたのです。
せめてあと10年ぐらいは生きたかったのに、闘い半ばで倒れなければならないとは、あまりにも突然の、まるで天災のような悲運ですが、これも、68年間の人生を激しく生きた私に早めの休息を与えて下さろうという神様の摂理かも知れないと、何とか平静にこの残酷な運命を受け止めています。
というのも、皆様の支えもあって、充実した人生を送ることができたという思いがあるからでしょう。とくに、「女性国際戦犯法廷」を提唱して実現させ、すばらしいハーグ判決を得ることができたことが何よりの慰めです。この成果をどうか広めていただけますように、心からお願い致します。このような歴史的な「法廷」を日本のメディアは無視しましたが、とりわけひどい改ざん番組を放送したNHKの責任を問うために、昨年提訴しました。その原告としての責任を果たし終えることができないことは残念でなりません。どうか、公正な判決が出るようにNHK裁判の支援をどうかよろしくお願い致します。
振り返れば、33年間朝日新聞記者として、また、女性運動を通じて、アジアと関わって30年余りー各国で出会ったパワフルな女性たちに私はどれほど勇気づけられてきたことでしょう。また、アジア各地で活動する日本の若い人たちから、私の著書や講演がきっかけだったといわれ、私の人生の意味を肯定的に考えることができます。そしてまた、フェミニストとして自立した女性の生き方を実践したことが、この性差別社会を変えようとする女性たちに刺激になったとすれば嬉しいことです。
たしかに、裏切りや誤解や迫害や暴力などに深く傷つき、思い悩んだ日々もありますが、今となっては遠い昔のことのように思えてきます。今何よりも誇りに思えるのは、踏みつけにされている"いと小さき者"の側に立って、権力に抵抗する姿勢を貫くことができたことです。かつて、新聞の人物紹介コラムに「炎」という記号を使ったり、雑誌に「須賀晶子」という明治の2人の女性にあやかった「ペンネーム」で寄稿したりしたのも、差別や搾取や不正と闘う熱い想いを表したかったからです。つねに激しい怒りにつき動かされて行動した人生でした。それゆえに、いかなる公的な社会的地位とも無縁だったことをむしろ名誉に思います。
プライベイトには、高校時代4年間の闘病生活は別としても、暖かい家庭に生まれ育ち、多くの人々の愛情に包まれ、すばらしい友人たちに囲まれ、自由奔放に生き、世界の何十カ国を旅し、好きな映画を楽しむなど、本当に恵まれた歳月でした。
しかし、戦争と暴力の20世紀を生きて、平和と非暴力の21世紀を切に願っていたのに、今世界各地の紛争で人々が苦しみ、反テロ世界戦争が拡大する時代になったことを深く憂慮しています。それに対して闘うことができなくなったことは、本当に心残りですが、私が果たせなかった課題を皆様が受け止めて対応されると信じています。
私が関わってきたさまざまな活動をこうして離れることは心苦しく、申し訳なく思っております。とくに、私が代表として力を注いできたアジア女性資料センターと「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(VAWW−NETジャパン)の仲間たちに深く感謝するとともに、活動がさらに発展することを願っています。そのために、多くの方々が応援してくださるように、心からお願い致します。また、友人たちと語り合ってきた「女たちの戦争資料館」のようなものを作りたいという夢の実現も皆様に託したいと思います。
これから耐えなければならない肉体的苦痛や精神的不安を思うと心が揺れますが、一日でも一時間でも長くいのちを保つように努力しますので、奇跡的回復を皆様もどうか祈ってくださいますように。残された時間は、体力気力が続く限り、伝えたかったことをできる限り書き残し、語り残すことに活用したいと思います。
ここで、私がご迷惑をおかけしたり傷つけたりした方々にはお詫びし、また、もっとゆっくりと語り合いたかったのに忙しさにかまけてその機会のなかった方々にもお赦しを請いたいと思います。そして、私にすばらしい人生を与えてくださったすべての方々に、もう一度心からの感謝を捧げます。ありがとうございました。
このような病気の事実経過と心境のご報告は皆様お一人お一人にお伝えするべきですが、やむを得ず、メールでお知らせす致します。あまりにも唐突で驚かれたことでしょうが、何か私へのご連絡があれば、メールかファックスでお願い致します。
心からの感謝をこめて。
松井やより
yayori@jca.apc.org
Fax 03-3412-2765
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