news-button.gif (992 バイト) 196 小田実没後一年記念講演会 小田実の文学」300人が参加。 (2008/10/05掲載)

 10月4日(土)の夜、東京・小川町のベルサール神田の集会室で、「小田実没後一年記念講演会 小田実の文学」が開催され、約300人が参加して盛会でした。京都、大阪など、各地からの参加者もかなりおられました。司会の黒田杏子さんの開会の挨拶のあと、ドナルド・キーンさん、鶴見俊輔さん、澤地久枝さんの講演がありました。いずれ、正確な記録は主催者(岩波書店、集英社、大月書店、古藤晃事務所)のほうでまとめられると期待しますが、とりあえずの模様をお知らせします。言葉足らずや不正確な叙述もあるかもしれませんが……。

 最初のキーンさんは、『玉砕』を寄贈されたが、小田さんから本を贈られたのはこれが初めてのことだった、その時思ったのは、自分が第二次大戦中、22歳で通訳としてアリューシャンのアッツ島におり、日本軍守備隊の恐ろしい玉砕を目にしているので、それで送ってくれたのだと思ったのだったが、小田さんへの礼状でそれを伝えたら、小田さんの返事は、そんなことは知らなかった、というものだった、というエピソードを紹介して笑わせ、そこから話は始りました。しかし、そうだとしたら、数十年前に一度会っただけで、その後まったく交流のなかった小田さんから、初めて贈られた著書が『玉砕』だったということは、小田さんに天の啓示があったのかと思うしかない、と続け、この本を読んで、その文学的価値に打たれ、どうしても自分が翻訳したいという思いに駆られた、とのべました。日本語からの翻訳はずいぶんしたが、小説の翻訳はひさしぶりで、とくに日本軍隊の描写の部分の翻訳にはえらく苦心したとして、翻訳上の苦労を具体例をいくつも挙げて紹介しました。そして、この小説は実に文学的価値が高いものであり、戦地での描写など実にリアルで、最初は、小田さんが実際の兵士の手記でも入手して、それを使ったのではないかと思ったほどだったなどど30分にわたって話しました。
 二人目の鶴見さんは、小田実はトマス・ウルフから影響を受けた。ウルフの言葉に「新しい啓示」という表現があるが、小田さんはそれを共感をもって受け取ったのだろう、と始めました。鶴見さんは、そのあと、小田さんの作品から『何でも見てやろう』、『「アボジ」を踏む』、『玉砕』、『終らない旅』などを取り上げ、その文章をいくつも引用しながら、それぞれの持っている文学的価値を高く評価しました。そして、だいぶ以前に呉茂一が訳した古代ギリシャの詩集があり、自分はそれを戦時中、軍属として連れてゆかれていたジャワ島での軍の酒保(軍隊内の兵士向け売店)で買って読んだことがあるのだが、それは60年前のことだった、小田実はそれを読んでいるに違いないと思った、『玉砕』にはその古代ギリシャの詩のエコーが響いているように思う、とも話されました。
 鶴見さんは、今年の春に「九条の会」が主催した小田実を偲ぶ集会での講演で、日本を世界史的な視野の中でとらえた人物として、ジョン万次郎と小田実の二人を並べて位置づけるという話をした、そして今日は文学者としての小田実の話をした、あと一つ、組織者としての小田実というテーマで論じてみたい、その三つが揃えば私の小田実論は一応まとまることになる、とのべて、次の構想の予告をされ、話を結びました。45分のお話でした。
 最後の澤地久枝さんは、元野球選手会の会長だった古田選手の活動を紹介しながら、彼の2重の役割を指摘し、それと文学者としての小田実さんが、ともすれば市民運動家、社会運動家としての評判のほうが上回ることから生じる感情を、捕手としての古田の気持ちに通じるものがあったのではなかろうか、ということから話を始めました。澤地さんは、小田さんの晩年の作品の優れた点をいくつもの事例をあげながら次々と詳述しました。とりわけ『終らない旅』での男女の関係の描写を取り上げて、それは純粋で清潔な男と女の愛の物語であり、古い表現にまったく新しい生命を与えて使いこなした作品であって、小田さんが優れた表現者であったことを如実に示す傑作だと指摘しました。ついで最後の作品『河』の評価に移ったのですが、会場の時間に追われ、かなり話したかった点を省略されることになったようです。最後に、未完に終わった『河』を仕上げる時間を彼から奪ったのが、鶴見さんや自分も関係している「九条の会」や「市民の意見30の会」の活動ではなかったかと思うと、心が痛む、「ごめんなさい」と言いたい、という言葉で話を結びました。1時間弱のお話でした。
 会の最後に、小田さんの夫人、玄順恵さんからご挨拶がありました。玄さんも小田さんの暮らしぶりと文学について話されたいことがたくさんあったはずですが、残念ながら会場の終了時間の制限のため、十分にはお話しできなかったようです。
 受付には、小田さんの著書がいくつも並べられ、多くの参加者が買い求めておりました。