京都市長 門川大作殿 2017年8月23日 尊厳死法いらない連絡会 やめて!!家族同意だけの『脳死』臓器摘出!市民の会 代表 弁護士 冠木克彦 〒530-0047 大阪市北区西天満1丁目9‐13‐501 冠木克彦法律事務所気付 TEL 06-6315-1517 京都市の「終末期医療に関する事前指示書」回収に関する要望書 T.はじめに  私たちの団体はこれまで「脳死」による臓器摘出に反対し、「尊厳死法」を批判しその法制化に反対してきました。  「脳死」の問題については生きている人から麻酔をかけて臓器を摘出する行為であり、「尊厳死法」は「脳死」にも至らない人を明確な基準もない「終末期」として「早く死なせる」ことを合法化し、高齢者や障がい者、難病患者の生きる権利を否定するからです。 このたび、貴市は「終末期医療に関する事前指示書」(以下「事前指示書」と言います)を広範囲に配布していますが、医療過誤を助長しかねず、また客観的には助けられた命を本人の意思を理由に治療せず「死なせる」結果をもたらすものであり、住民の生命・健康・福祉を支える義務を有する行政が、真逆の結果をもたらす危険があり、地方自治の本旨にもとる行為と考え、以下のとおり要望します。 U.要望 1.「事前指示書」配布に対する批判の声に耳を傾けるべきです 貴市が、区役所などで2017年4月から「終活―人生の終末期に向けての備え」と題したリーフレットに「事前指示書」をセットして配布を始めましたが、これは、本質的には終末期の医療拒否の同意書ともいうべき書類です。行政が不特定多数の広範な市民に配布されたものですから、住民にとっては正しい行為として推奨されていると考えて、これに従わない人に白い眼を向けることは必定です。したがって難病団体や医師・法曹界から批判の声や障がい者団体から回収を求める意見書が出されているのは当然のことと考えます。 2.事前指示書の回収を要望します しかし、貴職は「終末期の医療などを元気なうちに考えてまとめる『終活』に取り組みたい、という世論の声は大きい」と撤回しない姿勢でおられると報道されています。 行政がなすべきことは、このような「事前指示書」の無理強いではなく、病や障害があっても、適切な医療、生活面での援助、経済的保障等の社会的支援を受けつつ、最期まで安寧に暮らし続けることができるよう制度や資源を充実させることです。 今回貴市が「終活」という今のはやり言葉に乗って「事前指示書」を書く雰囲気を作り出し高齢者切り捨ての浸透を狙う姿勢をとっていることに強く抗議し、回収をお願いする次第です。 V.理由 1.予想も、定義もできないあいまいな「終末期」について、事前に、具体的指示の意思を示すよう求めること自体、正当化できない 「終末期」は、とてもあいまいな概念であり、医療的介入によって快方に向かう場合もあるし、適切な医療行為を懸命に行ったにもかかわらず死に至る場合もあります。それは、個々の体力や病状、医療行為のタイミング等により変化するものであり、医療者にとっても予想しがたいものです。「終末期」は、事後的に、死に至った経緯を振り返ってみて初めて、ああ、あの時が終末期だったと規定できるものではないでしょうか。 しかし、確実なのは、医療側が「既に終末期」であるとみなして、実施可能な医療行為を差し控えたり中止すれば、その時から、確実に終末期になるということです。特に、患者が加齢によりあるいは病や障害によって弱っている場合には、必要とされる医療行為を実施しなければ、いつでも終末期を経て死に至る可能性が高いのです。 よって、そのあいまいな「終末期」について、あらかじめ「事前指示」を表明しておくというのは、ほぼ不可能に近いことです。そして生きる権利を奪うことになります。 2.「事前指示書」の押し付けは、差別の助長、弱者切り捨てにつながる さらに、貴市が配布した「事前指示書」のように、「もしものとき」などといった漠然とした状況しか想定されず、その時点での自分の体調・病状・将来的な予想も具体的に分からない場合、心臓マッサージ、人工呼吸器、抗生物質、胃ろう、経管栄養、点滴がどのような効果を及ぼすのか、快方に向かう可能性があるのか、苦痛を和らげることができるのか、期間が限られるとしても生を全うすることができるのかといった具体的な説明を受けることもできない状況下で、これらの処置を希望する/希望しないについて「事前指示書」を書くよう勧めること自体、「自己決定」の“無理強い”にほかなりません。 今も、障害や病を持ちながら生きる人々に対する差別・偏見が依然として強くあります。これらを背景に、「もしものとき」を経て生き延びたとしても障害や病を得る可能性を想定し、多くの人々が、治療の打ち切りを選択することを予想しながら事前指示を勧奨するとするならば、「自己決定」を装った弱者切り捨てにほかなりません。 京都市が行政として行うべきは、このような「事前指示書」の押し付けによる差別の助長や弱者の切り捨てではなく、全ての人が尊厳をもって生きることができるよう、社会的支援を充実させることです。 3.助ける医療の大前提が崩され、「事前指示書」の推進と「尊厳死法」の法制化の動きで命の切り捨てが公然と進む (1)「事前指示書」が普及すれば「処置を希望する」にチェックをしていないと処置をしてもらえなくなる方向に進むことは明らかです。それは、医療は救命が前提ではなくなるということを意味しており、医療の大原則が覆されることになります。 尊厳死法の法制化の動きがあります。しかし、法制化されなくても国や自治体が「事前指示書」を普及すれば、患者の「自己決定」として医療現場で治療の早期打ち切りが公然と進められていく危険があります。私たちはそのような動きに反対です。 (2)医療は救命のためになされます。法制度においても「死なせる医療」はありません。医師は患者の治療にあたって裁量権を有していますが、患者を死なせる方向での裁量権は認められません。患者が自殺を希望しても、その意向にそう行為をすれば自殺幇助となります。安楽死の場合は厳格な条件があります。 (3)貴市が配布している本件「事前指示書」を住民が信用してその指示書を書いた場合、例えば「抗生物質の強力な使用」を「不要」と「指示」していたとすると、肺炎を発症し抗生剤を使用すれば助かるのに、使用しないで死亡した場合、正しい治療をしたことになるのでしょうか。  終末期であったか否かは、可能な限り治療しても助からなかったときに後から考えて、あの時が終末期であったと判断できるのであって、抗生剤を使用せずに死亡した場合、終末期であったという判断自体ができないのではないでしょうか。医療過誤の可能性を否定できません。 W.結論  以上のように貴市が配布している事前指示書は法的にも医学的にも正当性を根拠づけることはできないものです。別に公開質問状を提出いたしますが、そこに具体的な事例をもとにして質問しています。その質問は法的にも医学的にもこの事前指示書に従った行動をとった場合の問題点を指摘しています。 その質問状にお答えいただくことと、本件「事前指示書」を撤回されることを強く要望します。