6歳未満の男児の「脳死」・臓器摘出に対する声明 6月14日、6歳未満の男児が法的「脳死」と判定され、15日に臓器摘出されました。 新聞各社は、「富山大附属病院では、6月7日に主治医は『脳死』という言葉は使わずに『重篤な脳障害で回復は難しい』と家族に説明し、家族が臓器提供を申し出た。そして、『脳死』と診断された10日までに家族は移植コーディネーターから2回計70分間話を聞いている」と報じています。そして、家族のコメントとして「息子が誰かの身体の一部となって長く生きてくれるのではないか…。このようなことを成し遂げる息子を誇りに思う」とし、美談・英断として報道しています。 臓器移植法改定後、個人情報保護を盾に「脳死」臓器摘出に関する情報が一層隠されるようになりました。今回も、どういった事故でどういう外傷を負い救命治療は尽くされていたのかなど、男児の命に関わる情報は全く明らかにされていません。 しかし、新聞報道のみの限られた情報からだけでも、極めて大きな問題を垣間見る事ができます。「脳死」と判断されうる状態(臨床的「脳死」)と診断されたのは10日であるにもかかわらず、7日の段階ですでに病院が「回復は難しい」と患者側に告げていることです。医師から「助からない」と言われたら、家族はあきらめるしかありません。また、報道では病院が「脳死」という言葉は使わなかったが、「家族の方から脳死での臓器提供を申し出てきた」事を強調しています。しかし、医師に「重篤な脳障害で回復は難しい」と告げられれば、世論の風圧(「脳死」での臓器提供を美談・英断・人助け)の中、家族が「脳死」と思いこみ臓器提供を申し出るべく追いこまれてしまうことは容易に考えられます。病院は「脳死」という言葉を使わずして、家族の「臓器提供」意思を引き出したと言えるでしょう。7日の時点で病院が「見込み脳死」と判断し、医療側の主導で臓器提供の意思が作られたのではないか、という懸念は拭いきれません。 さらに、「脳死」と診断されたのは10日でしたが、それまでに移植コーディネーターが家族に説明をしているのも極めて大きな問題です。「臓器の移植に関する法律」の運用に関する指針(ガイドライン)には、臨床的脳死診断後にはじめて臓器提供の機会があることを家族に告げることができると定められています。にもかかわらず、今回の例では臨床的脳死診断が行われる前から、主治医や移植コーディネーターによって臓器提供の説明が行われました。法的脳死判定も臨床的脳死判断もされていない、「見込み脳死」の段階で、早々と臓器移植の準備がおこなわれている可能性があるのです。 厚生労働省の検証会議報告(3月29日提出「脳死下での臓器提供事例に係る検証会議 102例の検証のまとめ」)では、主治医が今後の治療についての選択肢を説明する際に、臓器提供の可能性を提示した事例は、法改定後は改正前の約3.5倍増加していると報告されています。また、臨床的脳死診断の前に、コーディネーターが家族に臓器提供の事前説明を行った事例も、改正前の約1.7倍増加していることが報告されています。この検証会議報告は、今回の6歳未満男児の「脳死」臓器摘出で、病院主導で家族からの臓器提供意思作りがされた可能性や、「見込み脳死」の段階で早々と臓器移植の準備が行われた可能性があるという、私達の主張を裏付けるものと言えます。 小児の脳は、大人に比べて回復力があります。しかし厚生労働省のガイドラインは、2回の脳死判定の間隔を6歳未満についてたった24時間以上と定めているにしかすぎません。あまりに早くあきらめてはいないでしょうか。とりわけ、今回、低酸素脳症の幼児に無呼吸テストをしたことは、まさに最後の命の綱を切ることに他なりません。その行為そのものが死を早めています。数日から数百日、あるいは何年という日々を生きる可能性があったかもしれないこの男児の、まだ生きられたであろう命を早くに絶ってしまったことには変わりがないからです。そして、家族にその責任を負わせている医療側の残酷さは、どこにも語られてはいません。 私たちは、このことに強い憤りを覚えます。  移植医は「元気な心臓」と表現しています。ではなおさら、まだまだ生きられたのではないでしょうか。多くの疑問は残ります。移植医の「女児には移植しか治療法がなかった。子どもへの移植が広がることに、大きな期待を感じている」という会見での発言は、「重篤な脳障害」の状態で、一生懸命治療を受けて頑張っている子どもたちに、「人工呼吸器をとめて、無呼吸テストを含む脳死判定をうけ」させ、臓器提供を強いるものでもあります。「脳死」と診断された後も成長を続け、呼吸器をつけて在宅で生活している「長期脳死」といわれている子ども達もいます。重篤な病状であっても、生きようと頑張っている子どもの命を、早く絶つことにつながっていくことに危機感をおぼえます。  誰もがみな平等に生きる権利があります。医療側が、あるいはたとえ家族であっても、そこに線引きをし、その権利を奪うことはできないはずです。 家族同意のみで「脳死」・臓器摘出することに、私たちは、一貫して反対を表明します。 2012年7月1日 第4回やめて!!家族同意だけの「脳死」・臓器摘出!市民集会参加者一同