熊本一規明治学院大学教授(漁業法)による
石間部落が有する磯草の権利の法的正当性についての証言(概説)
(公有水面埋立免許取消訴訟、2月28日、大分地裁)
注:以下は、公有水面埋立免許取消訴訟(原告 佐伯市大入島石間区、被告 大分県、
2005年2月28日、大分地裁)において、漁業法の権威である熊本一規明治学院大学教授が
証言した内容を熊本教授が一般人向けにわかりやすく再説したものです。
石間区の権利を、できるだけわかりやすく説明します(そのため、入会漁業権であることについてはここでは触れません)。少し難しいかもしれませんが、石間区のあの純朴な素晴らしい方々を支援したいと思う方は、頑張って読んで下さ
い。
石間区の磯草の権利は、明治34年漁業法の地先水面専用漁業権の免許を受けていたものですが、昭和24年漁業法の共同漁業権の免許を受けなかったため、明治漁業法下で形成された慣習が昭和24年以後もずっと続いているものです。慣習は、それが始まったときにはまだ「慣習上の利益」に過ぎませんが、継続するにつれて成熟し、「慣習上の権利」になります。「慣習上の権利」は、所有権と同じような効力を持つ強力な権利とされています。地先水面専用漁業権の免許を受けた明治41年以後、昭和24年まで41年間もありますから、その間に磯草採取の慣習は、十二分に「慣習上の権利」に成熟したことになります(以上のことは、争いの余地のないことです)。
しかし、大分県及び裁判所(仮処分決定)は、磯草の権利は、「慣習上の権利」でなく、「潮干狩り程度の利益」に過ぎないというのです。昭和24年までに十二分に「慣習上の権利」に成熟していた磯草の権利が、いまは「潮干狩り程度の利益」になったというには、その後、磯草採取の慣習がなくなったことを証明しなければならないはずです。磯草採取の慣習が現在に至るまでずっと続いてきたことは、あまりにも明白なことなのに、よくそんな主張ができるものです。
海面は公共用物(一般公衆の共同使用に供されているもの、道路・港湾や海浜・海面・河川など)であり、その使用には、自由使用、許可使用、特別使用の三種があります。自由使用とは公共用物本来の使用で、一般公衆による自由な共同使用(たとえば道路の通行、海浜の散歩、海水浴など)です。許可使用とは、それを自由に認めると他の自由使用を妨げるので、一般的には禁止しておいて、特定の場合に禁止を解除して一時的に認めるような使用(たとえば、道路工事、道路上のデモなど)です。特別使用とは、特定の者による継続的な使用で、特許(特権の付与)か「慣習上の権利」のいずれかにより成立するものです。たとえば、水利権には許可水利権と慣行水利権がありますが、前者は特許(公共用物に関する法では「占用の許可」と呼ばれています。そのため許可水利権と呼ばれますが、法学上は特許です)により、後者は慣習により成立しているのです。
潮干狩りは、自由使用で、どこの海面でも国民の誰もが自由に行えます。それに対し、石間区の磯草の権利は、石間区住民及び石間区住民が認めた者でないと行えません。その一点だけからも、自由使用である潮干狩りであるはずがありません。また、過去に漁業権の免許を受けたことのある潮干狩りなどあるはずがありません。
石間区住民及び石間区住民が認めた者のみが行えるのですから、磯草採取は特別使用であり、特別使用が特許に基づかずに行われているから、それは慣習上の権利に基づくほかはないのです。何より、埋立を命をかけてまで守ろうとする石間区住民の姿勢が、慣習上の権利であることを身をもって証明しています。
裁判官及び大分県は、「磯草採取は自由使用」、「潮干狩りと同じ」と言い張ることでしか、埋立を強行できません。誰が見ても明らかな嘘ですから、皆さんが以上のことを理解し、広く知らせ、共有化して、県や裁判所が嘘を押し通すことを防いで下さい。知識の広範な共有化が力になるのです。
(読み直して、誤解を受ける恐れのある個所について補足します)
石間区の磯草の権利は、「明治漁業法下で形成された慣習が」と書きましたが、石間区の磯草採取の慣習は、恐らく江戸時代以来のものです。明治35年の漁業慣行調査に石間区の漁業慣行が掲載されているからです。
しかし、江戸時代の慣習は、「一村専用漁場」の慣習と呼ばれ、地先海面を土地と同じように排他的に支配するような慣習です。海面を土地と同じように支配することは明治34年漁業法で否定され、地先海面で「漁業を営む権利」(漁業権)とされたのです。
したがって、一村専用漁場の慣習は、江戸時代から漁業法まで、漁村部落(石間区)の規範(ルール)のもとに採捕を行う(漁業を営む)慣習は江戸時代以来現代に至るまで続いていることになります。
埋立免許がなされれば工事ができる、と思われている方が多いでしょうが、それは誤りです。公有水面埋立法には、埋立手続きについて漁業権者等の埋立同意(4条3項)→埋立免許→漁業権者等への補償(8条1項)→着工、と規定されています。つまり、免許を得ても補償しなければ着工できないのです。
4条3項及び8条1項の権利者は5条に列挙されていますが、それらはいずれも特別使用の権利です。特別使用の権利は、特許に基づくものであれ、慣習に基づくものであれいずれも物権的権利(所有権と同じような強力な権利)であり、妨害排除請求権を持ちます。ですから、代表的な特別使用の権利者から予め同意を取って免許を出す、そして、補償をして着工する、という手続きになっているのです。
しかし、海面に存在する権利は、5条に列挙された権利に限りません。それらの権利が財産権(経済的価値を持つ権利)であれば、補償なしに侵害すれば、財産権の侵害になり、憲法29条違反になります。公有水面埋立法は、大正10年に作られた法律ですから、5条以外の財産権を無視していますが、新憲法の下では、財産権に補償することなくして埋立はできないのです(運輸省も国会答弁で認めています)。補償をするには、任意交渉を通じて契約を交わして補償をするか、強制収用して補償をするかしかありません。したがって、権利者が補償に応じなければ、強制収用をしない限り埋立はできません。
磯草の権利は、慣習に基づく特別使用の権利であり、またいうまでもなく財産権です。したがって、磯草の権利の権利者(石間区=石間区住民集団)の同意なくしては、埋立免許も出せないし、ましてや(強制収用しない限り)工事はできないのです。実は、強制収用してもできないのですが、それについて述べると長くなりすぎるので省略します(川辺川ダムの漁業権収用に関する熊本県収用委員会に提出した私の意見書で詳しく述べています)。
したがって、権利者が補償に応じなければ、強制収用をしない限り埋立はできません。磯草の権利は、慣習に基づく特別使用の権利であり、またいうまでもなく財産権です。したがって、磯草の権利の権利者(石間区=石間区住民集団)の同意なくしては、埋立免許も出せないし、ましてや(強制収用しない限り)工事はできないのです。実は、強制収用してもできないのですが、それについて述べると長くなりすぎるので省略します(川辺川ダムの漁業権収用に関する収用委員会に提出した私の意見書で詳しく述べています)。
「明治34年漁業法」というのは明治34年に制定された漁業法の呼び名で、漁業法は、その後明治43年に、漁業権の法的性格を明確にするなどの変更を加えて、改めて制定されています。明治43年制定の漁業法を「明治漁業法」と呼んでいます。石間浦に設立された石間浦漁業組合(構成員は石間区の構成員とまったく同じ)に、「明治34年漁業法」に基づく地先水面専用漁業権が免許されたのが明治41年です。
ちなみに、2月28日の大分地裁証言で明らかになりましたが、裁判官は、一村専用漁場と漁業権の区別も全く分かっておらず、私が詳しく説明してあげました。また、共同漁業権(入会漁業権)が、「一定の水面において漁業を営む権利であること(漁業法6条に定義までしてあります)」すら理解しておらず、現にあわび等を採っている、その場所だけの権利と思い込んでいました。さらに、漁業法14条11項に「関係地区に住所を有する漁民(漁業者及び漁業従事者たる個人)」という言葉が出てきますが、裁判官は、仮処分決定で、それを「地元漁業者」としていました。漁業者には個人の漁業者のほか法人漁業者(有限会社など)も含まれるのですが、14条11項には、法人漁業者は含まれていません(28日にはそのことをも指摘しました)。なぜ、法人漁業者が含まれていないかは、共同漁業権が「関係地区に住所を有する漁民」の総有の権利(入会権)であることからしか説明できないのです。したがって、この誤りは、裁判官が漁業法をいかに理解していないかを意味するのです。
こんな、漁業法を全く理解していない裁判官が磯草の権利を否定する判決を書くとしたら、そしてそれによって石間区住民の生活の基盤が埋め立てられるとしたら、それこそまさに犯罪行為ですね。そんなことをしたら、まずいい死に方はできないでしょうね。
漁業法14条11項について触れたので、またこれは、現在の大入島の争いを理解するうえで鍵になる条項ですので書き足します。
地先水面において貝や海草を採る権利は、江戸時代以来、漁村部落の持つ権利です。江戸時代に形成されたこの権利は、藩主から部落が免許を受けていました。幕藩体制の崩壊とともに藩主からの免許はその授権の基礎を失いますが、慣習は従来どおり続きます。そして、明治34年に、慣習を認める趣旨の下に漁業法が制定されます。その際、部落には近代法における法人格がなかったため、部落に免許することはできませんでした、そのため、部落住民をして漁業組合を創らせ、そこに免許することとしたのです。これが、石間浦漁業組合に免許された地先水面専用漁業権です。
昭和24年に現行漁業法が制定されましたが、そこでは漁村部落の採貝・採草の権利を第一種共同漁業権として漁協に免許することとしました。水産庁原案は、漁業組合と同じ性格の漁民公会という団体を創り、そこに免許する案だったのですが、GHQがそれを理解せず、やむなく、既に昭和23年水協法に基づいて設立されていた漁協に免許することとされたのです。ところが、漁協は、漁業組合と異なり、脱退自由などの協同組合原則を持つ団体ですから、漁村部落の構成員が漁協に加入しない自由も認めなければなりません。そのため、14条11項が設けられ、漁協に加入しない部落漁民が共同漁業を営めることを前提として、員外者(組合員でない者)の部落漁民が営む共同漁業と組合員の営む共同漁業とが衝突した時には、海区漁業調整委員会が指示を出す、と規定されたのです。
この漁業法14条11項は、「員外者の保護」と呼ばれています。その呼び名が示すように、調整委員会の指示は、員外者の漁業が営めるような内容で出すほかありません。条文にも、「調整委員会は、漁業権の行使を適切にするため、指示を出す」と、制限を受けるのは組合員のほうであることが示されています。また、もしも員外者が指示によって漁業を営めなくなるとすれば「脱退自由の原則」に反するので、認めざるを得ないのです。この、「員外者の共同漁業を営む権利」こそが「磯草の権利」なのです。
ところが、大分県及び仮処分決定は、「漁協の容認があって初めて員外者が営める」としています。もしもそうだとすれば、調整委員会の指示を出す必要などないはずです。また、脱退自由の原則にも反します。漁業法を無視した、こんなひどい主張をして埋立を強行しようとしているのです。
※ちなみに、大分県海区漁業調整員会の内田健委員長は、県の顧問弁護士で、28日の大分地裁法廷にも見えていました。そして、私の説明に一点(石間区に原告適格があるという点)を除き、終始相槌を打っておられました。調整委員会の委員長で、かなり漁業法を勉強されているはずですから、私の説明が正しいことがわかったはずです。
大入島紛争は、海区漁業調整委員会が指示を出せば、それだけで解決する問題です。内田委員長が、他の委員にも漁業法14条11項を説明し、できる限り早く指示を出されることを期待しています。
もしも、指示が出されないまま、大分県がまた着工にかかることになれば、内田委員長をはじめ、調整委員の責任が厳しく問われることになるでしょう。