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1994年
12月 1日 自民党の国会議員が「戦争謝罪国会決議」(「戦後50年国
会決議」)に反対して「終戦50周年国会議員連盟」(会長
・奥野誠亮元法 相)を結成
〔95 年1月31日付「活動方針」の一部〕
「とくに、 戦後、占領政策や左翼勢力の跳梁によってもた
らされた、 一方的なわが国に対する断罪と自虐的な歴史認
識を見直し、 公正な史実の検証に基づいて歴史の流れを解
明し、 日本および日本人の名誉と誇りの回復を期すべきで
ある」
1995年
2 月21日 新進党議員が 「戦争謝罪国会決議」に反対して「正しい
歴史を伝える国会議員連盟」(会長・小沢辰男)を結成
(以下「正しい歴史・議連」と略す)
〔同議連設立趣意書の一部〕
「戦後50年。私たちのなすべきことは、先の大戦に倒れた
将兵と戦没者を慰霊することと、戦傷者並びに遺家族を慰
藉することが第1でありましょう。 そして、謙虚な反省と
誇りの下に、いまだ解明されていないわが国の戦争の歴史
を繙き、戦争の原因を突き止めることで再び戦争が起きな
いよう英知をしぼることが求められています。そしてこれ
らの歴史を後世が的確に審判できるよう、必要な作業に着
手する第1歩として本年を迎えるべきではないでしょうか。
17 世紀に着手された『大日本史』が20世紀初頭に完成を
見たように、21世紀の子孫たちにわが国近代の歴史検証の
端緒をつけることこそが、今日を生きる私たちの責任であ
ると考えます」
6月 9日 衆議院が「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」
(「戦後50年国会決議」を可決 7 月「自由主義史観研究
会」が発足。代表は藤岡信勝東大教育学部教授。
同研究会への「おさそい」にはこうある――私たちは、
本誌『「近現代史」の授業改革』を支え、 その内容を創
り出す組織的母体(執筆者グループ)として、このほど、
「自由主義史観」研究会を発足させました。 この会は、
イデオロギーにとらわれない自由な立場からの大胆な歴
史の見直しと、 歴史授業の改革を、多様な形で進めるこ
とを目的としています」(『「近現代史」の授業改革』
は明治図書発行)
藤岡の創刊の辞の一部=「近代日本が行った戦争の評価
については、日本だけを悪者にする『東京裁判史観』も、
日本は少しも悪くなかったとする『大東亜戦争肯定史
観』も、 ともに一面的です。日本がとる政策によってあ
の戦争は避けることができたのではないかという観点か
ら、 戦争回避の可能性と現実性を歴史の具体的脈絡の中
で追究する必要があります。 右のような『近現代史』へ
のアプローチを『自由主義史観』とよぶことにします」
8月15日 「戦後50年に当たっての首相談話」(村山富市首相)
〔備考 94年秋から95年夏までに地方議会で採択された「戦没者追悼感謝
決議(侵略・英霊賛美決議)」は、県議会で26、市町村議会で90(推定)。
同決議推進の議会への陳情攻勢がなされたのは、「日本を守る国民会議」
と「英霊にこたえる会」が展開した全国縦断キャラバンの働きかけによる。
これは「戦争謝罪国会決議阻止500万人署名」と車の両輪の関係で推進さ
れた。今回の「教科書問題」をめぐる地方議会の動きも同じパターンでつ
くられている。ふたつの国会議員連盟と諸右翼団体・右派論客の同盟が、
各地の《草の根保守》勢力を基盤に形成されているが、今回のキャンペー
ンにおいては、それに加え、藤岡信勝東大教授が新手の右派知識人として
前面に出て現場の教師をリードしているほか、作家・エッセイスト・漫画
家などマスメディアで有力な人々をフルに活用しているのが特徴〕
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(c)井上 澄夫