TEL 0797-38-2585
JR芦屋駅下車、山の手方向の歩道橋を渡り「ラポルテ」本館 3F
戦後、自身ものの考え方の出発点とした戦争と戦後の体験、「難死」の思想を原点とする作家小田実が、こだわりつづけた戦争には、戦争末期にこの国が直面した「玉砕」「特攻」「原爆」があった。原爆は、『HIROSHIMA』(1981年)に、玉砕は、この度読書会でとりあげる『玉砕』(1998年)に、特攻は、「知覧・五円銅貨」(1999年『さかさ吊りの穴』収録)として結実した。中でも『玉砕』は、アッツ島に従軍し日本軍の自死を不可解な体験として50年もの間抱きつづけたドナルド・キーン氏を唸らせた、会心の一作である。その後、この作品はキーン氏によって英訳出版され、またラジオ・ドラマとしてシナリオ化され、BBCで放送された。名実ともに『玉砕』は、世界文学として存在する。
戦争を知らない世代の私にとってこの作品は、作家小田実の重要性を教えてくれた個人的にも大切な作品であった。小田実と言えば、『何でも見てやろう』(1961年)しかすぐ思い出せなかった私にとって、「小田実再発見」となった記念すべき作品といえる。なぜなら『玉砕』を読んでから、小田文学を読むという旅が始まり、少し大げさにいえば今日における全てが始まったのだ。私の主催する演劇も変わり、新たな人間関係も始まった。
『海冥』、『HIROSHIMA』、『さかさ吊りの穴』、思えば私の小田文学は、戦争文学からはじまったといえる。そして戦争文学を書く作家小田実の原点へ、つまり『明後日の手記』『わが人生の時』へと遡行し、「難死」ということばが誕生する以前へと私の〈読み〉は進められた。そしてわかったことは、高校時代に執筆された『明後日の手記』には、既に「難死」が描かれていたということだ。
小田文学には、共通するものがある。それは、〈身体的な共感〉とでもいえるようなものである。戦争を頭で理解し生きた世代と、身体で体験し育った世代とでは、戦後の生き方は違うのではないか、と小田実自身よく口にしていたように、この身体感覚化こそが小田文学を豊かなものにしている。そして、他の戦争文学と小田文学が決定的に違うのは、描かれている世界観の広さ、含みこんでいる世界の細部が他とは決定的に異なっていることである。視点の多層性、多様なものの見方が、そこでは亀裂や断絶を生み、ドラマの中にドラマが幾重にもひき起こされる。それが小田文学の細部に宿るユーモアな面持ちと、またそれとは裏腹に、読了後にどこか〈さみしげ〉な感想を読者には与えずにはおかない。きっとそこには、多くの取材(『玉砕』ではペリリュー島)で見聞きし、身体化させ我が事とする中であふれ出てきたものではないかと思うのである。
『玉砕』の最後の女性の登場に、『ファウスト』の影を見るのは私だけだろうか。(北野)