富永正一氏写真

富永正三氏〈1〉

※ビデオ「証言 侵略戦争――人間から鬼へ、そして人間へ――」(日本中国友好協会企画・製作、1991年、電波ニュース社)より

プロフィール

写真右:1993年2月撮影



首を斬った瞬間、鬼に

 軍隊に徴収されて中国の戦場に行った富永正三さんは、野戦小隊長としての教育を受けました。


 富永証言:その終わりで、田中少尉がですね、連隊長に向かって一礼して、「ではただいまから始めます」、こう言って。で、横の方には、目隠しをした中国の捕虜が、これは私たちが行く直前に作戦があって、そのときに捕まえた捕虜らしいんですけど、それが20数名、われわれは22名なんですけど。で、「これから始めます」と言って、その田中少尉が、私たちの面前に出てきまして、私たちに向かって、「人間の首はこういうふうに斬るんだ」と宣言すると同時にですね、その前に捕虜を一命兵隊さんがつれて、大きな穴のふちにひきすえてあったわけです。で、斜めに軍刀をかまえまして、「えいっ」と気合もろとも振りおろして、とたんに首がですね、2メートルぐらい飛びまして、両方の頸動脈から、ちゃーっと血の柱といいますかね、2本飛びまして。そしてこの遺体はその穴に転げ落ちた。そしたら右の方から、田中少尉が、「おい!」「誰だれ見習士官!」と指名するわけで。それでわたくし出ていきまして、もうとにかくぶざまなことはできない。やれない、という気持ちばっかりです。それで、田中少尉がやったとおりにやって、簡単に首が斬れて、そして、遺体がその穴ん中に転げ落ちた。
 その斬った瞬間にね、わたしの実感として何か腹がすわったといいますか、腹にじーんとくるものがあったんですね。

 小隊長の富永さんは、すでに多くの中国の人たちを殺して、殺気を帯びた眼をしていた歴戦の部下に引け目を感じていました。

 富永証言:けものの目つき、いわゆる殺気を帯びてるわけですね。虎や豹の三角の眼といいますかね。そりゃもう当然のことですけれども、彼らはもう何回となく、砲煙弾雨の中をくぐっている、歴戦の勇士であったわけです。で、わたくしだけまだ戦闘の体験がない。
 要するに、こういう場合にはこうせにゃいかんと、その地形に応じてですね、天候もありますけれども、具体的な指導をやったわけです。で、それを毎日やっているうちにですね、だんだん、これだったならいけると、自信といいますか、兵隊さんの眼の前で喪失した自信がだんだん回復してきた、ま、小隊長をやれそうだというわけですね。それで毎日帰って、中隊で、就寝前に点呼があるわけです。就寝点呼といいますね。人員がみんなそろっているかどうかですね。確認するわけです。で、点呼の時はまた、その兵隊さんと向かい合うわけですよね。で、若干の自信は回復したと思ってるのに、夜行って面と向かうとですね、やっぱり引け目を感ずるわけですよ。

 捕虜の首を斬った瞬間、富永さんは変わりました。

 富永証言:その日、中隊に帰りまして、また点呼をやったわけです。で、点呼のとき兵隊さんとまた向かい合ったとこがですね、全然今度は引け目を感じない。つまり人間が変わったわけですね。結局人間が変わったというんじゃなく、変わったわけですけど、人間でなくなったというですかね、一線を踏み越しちゃった、平気で人を殺すわけですね。そういった情況に立ちいった。そして今まで目つきが悪いと主っとったその兵隊さんの目つきが悪く感じなくなったわけです。あたりまえに。ということはおそらくわたしは、捕虜の首を斬った瞬間に、目つきが変わったと思うんですよね。で、わたくし自身がそういった、こんどは殺気を帯びた、殺人鬼の眼になっとったと思うんですけど。

(つづく)



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