2004戦争展レポート(8/14フィールドワーク)

陸軍軍医学校跡地とその周辺をめぐる


 2004年8月14日(土)、去年と違って良く晴れた暑い日になりました。通称「731部隊コース」として、新宿区戸山にあった軍医学校跡地周辺を巡るフィールドワークを行いました。案内役の講師は、「軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会」の鳥居靖さんです。

▼集合場所の大久保駅から「公営社」前へ移動。 ▼ここは、陸軍軍医学校跡地で発見された人骨が保存されていました。

 孫文のスポンサーとして中国革命を手伝い、日中戦争に反対して最後まで軍部と交渉した梅屋庄吉の屋敷跡です。ここで、孫文と宋慶礼の結婚式が行われました。
 また、都立健康安全センター(旧都立衛生研究所)の辺りは、毒ガス研究をしていた施設があったのか、敗戦直後には毒ガスが発見されたらしい。また、半ば埋まっている陸軍境界石より東には、戸山ヶ原射爆場がありました。
▼梅屋庄吉屋敷跡 ▼海城学園の陸軍境界石(中央左上)

 明治6年、陸軍兵学寮戸山出張所が置かれ、各地の上・下士官を招集し、陸軍全体の教育を統一した。明治7年に戸山学校と改称し、主に下士官候補生に対して、戦術、射撃、体操剣術などの教育・研究を行った。

▼箱根山にある戸山学校のモニュメント
 「国立感染症研究所/国立健康・栄養研究所」の脇にある、発見された人骨の納骨施設です。
▼納骨施設正面 ▼納骨施設背面
▼横にある説明板 ▼参加者による献花

▼すぐそばにある「天皇行幸記念碑」(1929=昭4年)

 近くの会議室で、まとめの説明をして、フィールドワークを終えました。

▼汗びっしょりになって説明をする鳥居さん

バックボタン