公告縦覧拒否拒否訴訟(楚辺通信所)

被告(沖縄県)  第二準備書面



平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件

    被 告 第 二 準 備 書 面

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平成八年(行ケ)第一号
職務執行命令裁判請求事件

                    原 告   内 閣 総 理 大 臣
                          橋  本  龍 太 郎

                    被 告   沖 縄 県 知 事
                          大  田  昌   秀


    被 告 第 二 準 備 書 面


一九九六年七月二九日
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                        右被告訴訟代理人
                         弁護士  中 野 清 光
                          同   池宮城 紀 夫
                          同   新 垣   勉
                          同   大 城 純 市
                          同   加 藤   裕
                          同   金 城   睦
                          同   島 袋 秀 勝
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                          同   仲 山 忠 克
                          同   前 田 朝 福
                          同   松 永 和 宏
                          同   宮 國 英 男
                          同   榎 本 信 行
                          同   鎌 形 寛 之
                          同   佐 井 孝 和
                          同   中 野   新
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                          同   宮 里 邦 雄

                        右被告指定代理人
                          同   又 吉 辰 雄
                          同   粟 国 正 昭
                          同   宮 城 悦二郎
                          同   大 浜 高 伸
                          同   垣 花 忠 芳
                          同   山 田 義 人
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                          同   比 嘉   博
                          同   兼 島   規
                          同   比 嘉   靖
                          同   謝 花 喜一郎

福岡高等裁判所那覇支部 御中

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   目   次

第一 本件訴訟の審埋の範囲 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
 一 砂川事件の概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一
 二 破棄された東京地裁判決の内容 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二
 三 最高裁判決の検討と高裁判決批判 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・五
 四 最高裁判決の述べる司法審査固有の審判権の限界の意味 ・・・・・・・二二
 五 高裁判決に対する判例評釈 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四
第二 駐留軍用地特措法の法令違憲性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・三四
 一 憲法前文、九条、一三条の平和主義―平和的生存権の侵害 ・・・・・・三四
  1 平和的生存権誕生の歴史的背景 ・・・・・・・・・・・・・・・・・三四
  2 国際社会と平和的生存権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三八
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  3 日本国憲法と平和的生存権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・四〇
  4 平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性 ・・・・・・・・・・・・四八
  5 平和的生存権の展開 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・五七
  6 平和的生存権の直接的侵害 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六〇
  7 まとめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六二
 二 憲法二九条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六三
  1 財産権保障の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六三
  2 駐留軍用地特措法の財産権制約目的 ・・・・・・・・・・・・・・・六五
  3 制約が必要最小限度か ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・六九
  4 米軍の駐留目的と米軍基地の実態―立法事実論 ・・・・・・・・・・八四
  5 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・八九
 三 憲法三一条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九〇
  1 土地収用法一八条について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九一
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  2 土地収用法二四条、二五条について ・・・・・・・・・・・・・・・九二
  3 土地収用法二三条について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九三
  4 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九四
第三 駐留軍用地特措法を本件土地の使用のために適用することの違憲性 ・・九五
 一 適用違憲、運用違憲 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九五
  1 適用違憲の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九五
  2 運用違憲について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九七
 二 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反 ・一〇一
  1 砂川刑特法事件最高裁判決 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・一〇一
  2 憲法九条及び平和的生存権に基づく外国軍隊の駐留に対する制約 ・一〇二
  3 憲法九条及び平和的生存権に基づく日米安保条約目的条項の制約
   の存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一〇四
  4 日米安保条約目的条項を逸脱する米軍駐留の実態 ・・・・・・・・一〇五
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  5 安保「再定義」による日米安保条約目的条項逸脱の固定化 ・・・・一〇九
 三 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用
  のために駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害 ・・一一八
 四 憲法一四条、九二条、九五条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・一二一
  1 沖縄への基地集中の差別的実態 ・・・・・・・・・・・・・・・・一二一
  2 沖縄県民への差別的処遇の違憲性 ・・・・・・・・・・・・・・・一三四
  3 沖縄県に対する差別的処遇の違憲性 ・・・・・・・・・・・・・・一三六
  4 沖縄県にのみ駐留軍用地特措法を適用することの違憲性 ・・・・・一三九
 五 憲法二九条違反 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一四二
  1 公共性概念について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一四三
  2 原告の主張する公共性の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・一四九
  3 本件土地を提供することの反公共性 ・・・・・・・・・・・・・・一五九
  4 小括 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六五
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第四 本件強制使用認定の違法性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六七
 一 はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六七
 二 強制使用認定の要件について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六八
  1 使用認定の二つの要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一六九
  2 二要件に共通する「駐留軍の用に供する」ことの意義 ・・・・・・一七〇
  3 「必要性」の要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一八一
  4 「適正且つ合理的」要件 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一八九
 三 楚辺通信所における本件強制使用認定の違法性 ・・・・・・・・・・一九九
  1 施設の目的と概要 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一九九
  2 使用認定の要件の欠如について ・・・・・・・・・・・・・・・・二〇一
第五 公告縦覧代行と地方自治 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇八
 一 問題の所在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇八
  1 公告縦覧代行義務の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇八
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  2 主務大臣の処分違反の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・二〇九
 二 公告縦覧代行の法的性格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二一一
  1 公告縦覧の法的性格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二一一
  2 公告縦覧代行の法的性格 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二一二
 三 「機関委任事務」における主務大臣の指揮監督の性格 ・・・・・・・二一九
  1 「機関委任事務」についての従来の説明 ・・・・・・・・・・・・二一九
  2 国・主務大臣と地方公共団体の長との関係 ・・・・・・・・・・・二二一
 四 地方自治の本旨に反する「機関委任事務」の執行拒否―地方自治の
  保障と知事の職務 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三〇
  1 憲法による地方自治の保障 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三〇
  2 地方自治の本旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三一
  3 自治行政権と法令審査権 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二三三
 五 本件公告縦覧代行と違憲状態ー具体的内容 ・・・・・・・・・・・・二四二
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  1 住民の意思に反する本件公告縦覧代行 ・・・・・・・・・・・・・二四二
  2 住民の生活、人権、財産権、福祉(地域振興)を侵害する
   本件公告縦覧代行 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四四
 六 違法な公告縦覧申請及び代行申請 ・・・・・・・・・・・・・・・・二四六
第六 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件欠缺
  について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四七
 一 職務執行命令訴訟の意義と裁判所の審査権 ・・・・・・・・・・・・二四七
 二 審査権についての原告主張に対する反論 ・・・・・・・・・・・・・二五二
 三 公益侵害の不存在 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二六七
第七 財産権を侵害し、クリーンハンドの原則に反する違憲違法な
  強制使用手続 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二八二

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第一 本件訴訟の審理の範囲
 一 砂川事件の概要
   沖縄の米軍基地をめぐる職務執行命令訴訟にたずさわる者にとって今や周知と
  なった、貴重な先例として砂川事件がある。
   その事件の概要は、次のとおりである。
   米軍立川基地(当時)を拡張するため、東京都北多摩郡砂川町(現立川市)の
  土地を収用する目的で、東京調達局長(現防衛施設局長)が駐留軍用地特措法と
  土地収用法による所定の手続を経た後、東京都収用委員会に対して裁決の申請を
  した。
   そこで同収用委員会は、土地収用法の規定に基づいて裁決申請書や添付書類の
  写を砂川町長に送付した。
   土地収用法によると、市町村長はこれらの書類を受け取った時はただちに、裁
  決の申請があった旨及び収用の対象となる土地の所在・地籍・地目などを公告し、
  公告の日から二週間その書類を縦覧に供するとともに、公告の日を収用委員会に
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  報告しなければならないことになっていた。しかし、砂川町長は、基地拡張反対
  の立場からこうした手続を拒否したのである。
   そこで東京都知事は地方自治法一四六条(現在削除、現一五一条の二に相当)
  各項に基づいて、指定期限内に右の手続を履行するよう文書で命令したが、町長
  は履行しなかったので、東京地裁に職務執行を命令する裁判を請求する訴えを提
  起したのである。
 二 破棄された東京地裁判決の内容
  1 周知のとおり、砂川事件の一審の東京地裁判決は東京都知事を勝たせ、砂川
   町長に職務執行を命じた。町長は最高裁判所に上告し、最高裁はこの上告を容
   れ、右東京地裁判決を破棄し、事件を東京地裁に差し戻した(一九六〇年六月
   一七日第二小法廷判決。民集一四巻八号一四二〇頁。判例時報二二七号七頁。
   以下、「最高裁」判決という)。
    そこで、右東京地裁判決の構造を検討し、それと最高裁判決とを対比するこ
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   とによって、最高裁判決の論理を明らかにし、いわゆる代理署名訴訟について
   言渡された福岡高等裁判所那覇支部一九九六年三月二五日判決(以下、「高裁
   判決」という)が最高裁判決の論理に反するものであることを明らかにする。
    なお、最高裁判決による差戻後の東京地裁判決は、再び都知事を勝たせた。
   この判決は確定したが、それには、「差戻審中における宮崎町長の死去、新町
   長による不上告、という経緯となった。」(兼子仁「自治体法学」学陽書房一
   一五頁)という事情がある。
  2 最高裁判決によって破棄された東京地方裁判所昭和三三年七月三一日判決
   (判例時報一五九号四六頁。以下、「破棄された東京地裁判決」という)は、
   次のように判示している。
    「町長は国の機関として処理する行政事務については都知事と上命下服の関
   係にたち、上級機関である都知事の命令に拘束されると解すべきである。それ
   故町長は都知事の職務執行命令に対してはそれが形式的要件(当該命令が所定
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   の方式を具備すること、都知事が当該事項につき命令権を有すること又は命令
   事項が町長の権限内の国の事務に属することその他の要件)を欠き又は不能の
   事項を命じている場合等を除き、その命令に服従する義務があり、その命令が
   実質的に違憲又は違法な行為の執行を命じているとの理由でこれを拒否し或は
   無視することはできないものといわなければならない。」
    「職務執行命令訴訟制度の趣旨は・・・・・町長の権限に属する国の事務を
   強制する場合には、特に慎重を期して裁判所に関与させようとするものである
   から、いいかえれば、行政部内における上級機関の下級機関に対する監督権の
   行使方法として特別に法律が裁判所に権限を付与した本来行政に属する争訟の
   制度ということができる。それ故国の機関である町長が国の事務に関しては都
   知事の命令に拘束されること前叙のとおりであるとすれば、この訴訟における
   審理の対象もまた都知事の職務執行命令の前記形式要件に関する事項以上に出
   ることは許されず、裁判所は遡って当該命令の実質的な適否につき審査するこ
   とはできないものと解すべきである。」
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  3 宇賀克也助教授は、右地裁判決について、次のように述べている(地方自治
   判例百選(第二版)一二一頁)。
    「原審判決の結論は、以下の三つの前提の結合によって導かれている。第一
   の基本的前提は、職務執行命令を求める訴訟において裁判所が審査すべきであ
   るのは、受命機関が下命機関の当該訓令に拘束されるか否かという点であると
   いうことである。第二に、国の機関委任事務の遂行という局面に関しては、下
   命機関である都知事と受命機関である町長は、上命下服の関係に立ち、したがっ
   て、一般に下級機関が上級機関の訓令に拘束されるのと同程度に、町長は、都
   知事の職務執行命令に拘束されるということが前提とされている。そして、第
   三の前提は、下級機関は、上級機関の訓令が形式的要件を欠き、又は不能の事
   項を命じている場合等を除き、それに拘束され、当該訓令の実質的審査はでき
   ないということである。」
 三 最高裁判決の検討と高裁判決批判
  1 宇賀助教授は、最高裁判決について、解釈が分かれうるとした上で、次のよ
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   うに述べている(前掲書同頁)。
    ひとつには、原審判決の第一の基本的前提自体は是認したうえで、第二の前
   提を否定したとする解釈が成立しうる。換言すれば、国の機関委任事務につい
   ては、下命機関と受命機関の関係は、そもそも、上級機関と下級機関の間の一
   般的関係とは異なり、受命機関は、違法な職務執行命令には拘束されないから、
   職務執行命令を求める訴訟においても、裁判所は、実質的審査をなしうると解
   するのである。いまひとつは、第一の基本的前提自体を否定しているとみる解
   釈である。すなわち、訓令違反であるということと、裁判所が職務執行命令を
   発することとは、論理必然的に結びつくものではなく、国の機関委任事務につ
   いても、受命機関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権や罷免
   権を発生させるためには、裁判所の判断を経なければならず、その際、司法機
   関である裁判所を介在させた所以は、単なる形式的審査のみならず、職務執行
   命令の適法性についての実質的審査を行わせるためであるという解釈も成立し
   うるのである。以上のうち、第一の解釈は、国の機関委任事務につき、受命機
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   関にも、適法性についての実質的審査権を肯定し、その結果として、職務執行
   命令訴訟における裁判所の実質的審査権が導かれると解するのに対し、第二の
   解釈は、受命機関の実質的審査権を否定しながら、裁判所には、これを肯定す
   るもので、職務執行命令訴訟は、受命機関が訓令に拘束されるか否かを審査す
   るものではなく、実質的にも適法な職務執行命令についてのみ、代行権や罷免
   権を発生させるための制度であるとみるものである。」
  2 二の3に述べた宇賀助教授の、破棄された東京地裁判決の分析と、右地裁判
   決を破棄した最高裁判決との関係から言って、最高裁判決は、宇賀助教授の第
   一の解釈または第二の解釈のいずれかに必ず帰着しなければならないのである。
   実際、最高裁判決は、「職務執行命令訴訟において、裁判所が国の当該指揮命
   令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、したがってこの点、
   形式的審査で足りるとした原審の判断は正当でない。」と言っているのである
   から、指摘命令の内容の適否について、受命機関に実質的審査権を認めるか、
   そうでなければ裁判所に認めるか、しかないのである。受命機関に実質的審査
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   権を否定し、かつ、裁判所の審査すべき対象は受命機関の審査権の範囲に限ら
   れるとすることは、明らかに最高裁判決に違背するのである。
    高裁判決が、「裁判所は、本件訴訟において、本件命令の実質的適否、すな
   わち、都道府県知事が法律上本件命令に係る事項を執行すべき義務を負うか否
   かを判断する際に、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事
   項を審査して右義務の有無を論ずることはできないといわなければならない。
   これに対して、被告の審査権の範囲にかかわらずおよそ本件命令の適法性一般
   について裁判所は審査すべきであるとの被告の主張は失当を免れない。」と判
   示しながら(一九八、一九九頁。宇賀論文のいう破棄された東京地裁判決の第
   一の基本的前提である)、「特措収用法三六条五項が、使用認定に関する事務
   など元来原告において管理執行すべき駐留軍用地の使用に関する事務のうち従
   たる地位を占める署名等代行事務をこれから切り離してその管理執行を都道府
   県知事に委任するに当たり、原告が先行行為として行う使用認定が適法か違法
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   か、あるいは、有効か無効かについて、改めて当該都道府県知事の判断を介入
   させる余地を与えようとしたものとは到底解されないのであって、都道府県知
   事は審査権を有しない先行する使用認定についての違法又は無効を理由として
   署名等代行事務を拒否することは許されないといわざるを得ない。」と判示す
   るのは(二〇九、二一〇頁。宇賀論文のいう破棄された東京地裁判決の第二の
   基本的前提である)、明らかに最高裁判決に違背するのである。
    裁判所の審査の対象を受命機関の審査権の範囲に限定した上で、受命機関の
   実質的審査権を否定するのでは、最高裁判決が、「裁判所が国の当該指揮命令
   の内容の適否を実質的に審査することは当然であ」る、と宣した意味が全く没
   却される。本件の場合、総理大臣のした使用認定の適否を審査しないで、署名
   等代行や公告縦覧代行を命じる命令の「内容の適否を実質的に審査」したこと
   にならないのは誰の目にも明らかである。
    なお、さらに問題なのは、使用認定の違憲無効さえ、司法審査の対象とはな
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   らない、としている点である。被告は、右福岡高裁那覇支部の審理において、
   駐留軍用地特措法を各土地に適用してした使用認定は違憲無効であることを詳
   細に主張した。ところが、高裁判決は、「使用認定が有効か無効かについて、
   改めて当該都道府県被告の判断を介入させる余地を与えようとしたものとは到
   底解されない」、「この理は右無効の原因が憲法違反である場合においても同
   様というべきである」、として(二二七頁)、本件使用認定が違憲無効である
   かどうかについて何の審査も加えなかった。
    本件使用認定が違憲無効であれば、署名等代行や公告縦覧代行を命じる命令
   は、その前提を欠いて、無効または違法であることは自明の理である。使用認
   定の違憲無効について審査しなかった高裁判決は、「裁判所が国の当該指揮命
   令の内容の適否を実質的に審査することは当然である」とした最高裁判決に違
   背すること明白である。
  3 芝池義一教授は、主務大臣と都道府県知事の関係について論述するにあたり、
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   最高裁判決に触れて、裁判所の実質的審査権を、命令の拘束力とそれに対する
   受命機関の服従義務の範囲の問題にはね返らせない考え方と、はね返らせる考
   え方とがあることを指摘し、さらに後者を二つの考え方に分けている(地方自
   治大系〔第二巻〕一八六、一八七頁)。
    はね返らせない考え方が宇賀助教授の第二の解釈に相当する。
    そして、はね返らせる考え方の一つは、地方自治法一五〇条の指揮監督権の
   行使たる命令も、それが実質的にも適法である場合のみ、法的拘束力を有し、
   受命機関に服従義務がある、とするものである。これは、宇賀助教授の言う第
   一の解釈と同じである。芝池教授の言うはね返らせる考え方のもう一つは、一
   九九一年の改正前の地方自治法一四六条に基づく職務執行命令訴訟手続の第一
   の段階をなす主務大臣の職務執行命令と、一五〇条に基づく主務大臣の指揮監
   督権の行使たる命令とを区別し、後者をその本質において行政指導的なものと
   とらえ、その拘束力を否定するものである。
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    地方自治法一四六条の命令と一五〇条の命令とを区別する解釈も挙げるだけ、
   芝池教授の論述の方が、都道府県知事の自主独立性を尊重する点において、宇
   賀助教授の論述より幅が広いと言えよう。いずれにしろ、芝池説からも、右2
   に述べた主張が強く支持されることは明らかである(現に、芝池教授は、後に
   紹介する判例批評において、この点、強く高裁判決を批判している)。
  4 近藤昭三教授は、国の機関委任事務について、「思うに、職務執行命令の適
   法性について関係機関相互に対立があり、その対立の決着について裁判所の介
   入が認められているのであるから、適法な命令にのみ服従義務が生ずるとする
   方が行政の法適合性によりよく合致し、そう考えても右に述べた現実の行政過
   程における不都合は生じないであろう。」と記述して、適法な命令にのみ服従
   義務が生ずるという見解(宇賀助教授のいう最高裁判決の第一の解釈)を支持
   している。
    そして、最高裁判決との関連で次のように記述している。
    「最高裁は、『裁判所が当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査すること
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   は当然』であるとし、その根拠を職務執行命令訴訟の存在理由に求め、この制
   度の趣旨は職務執行命令の適法性が裁判所により是認されてはじめて、国の代
   執行権・罷免権の発動が正当化される点にあると説いている。
    思うに、原審判決の論旨はそれなりに首尾一貫しており、行政の統一、迅速
   性を重視したものといえる。これに対し最高裁判決は、法律判断機関としての
   裁判所の権限の十全性を尊重すると共に地方自治機関の自主性をよりよく保障
   するものである。そして最高裁のこの点の判示よりすれば、地方公共団体の長
   の服従義務を通説のように解することは、命令に無効原因に該当しない違法の
   瑕疵がある場合には服従義務がありながら義務違反に対する制裁を欠くことに
   なる。この点からいっても、服従義務について前述のように解する方が妥当で
   あり、最高裁の判決に論理整合性を与えることになる。」(地方自治判例百選
   (第一版)一〇九頁)
    近藤教授が高裁判決を読まれれば、前記2に引用した知事の審査権の範囲に
   いての判示を強く批判されるであろう。
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  5 金子宏教授は、最高裁判決について、次のように述べている(ジュリスト二
   〇八号所収「地方自治法一四六条における職務執行命令訴訟の諸問題」一〇九、
   一一〇頁)。
    「前提の最高裁判決が、その趣旨を、『地方公共団体の長本来の地位の自主
   独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮・監督権の実行
   性の確保との間に調和を計る』ことにあるとしているのは正当であり、この趣
   旨を重視する場合には、職務執行命令訴訟において求められているのはまさに
   職務執行命令の適法性の確認なのであって、裁判所は法適用機関としての本来
   の権限の範囲を逸脱しない限り、職務執行命令の適法性を実質的に審査しうる
   し、すべきであると解するのが、地方自治法一四六条の正しい解釈ではないか
   と思われる。前述のように、下級の行政機関は、上級機関への服従義務と国法
   を遵守する義務と性質の異なる二つの義務を負担しているのであるが、一四六
   条がわざわざ独立の法判断機関の判断を経させているのは上下の行政機関の間
   で法の解釈について対立がおこった場合どちらの解釈が正しいかを判断させ、
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   正しい法の執行を保障すること、すなわち組織法的関係から離れて一般国法の
   見地から命令の適否を判断させること、すなわち一般国法の見地からみた場合
   知事または市町村長は命ぜられたことをなす法律上の義務があるかどうかを審
   査させることに狙いがあると考えられるのである。」
    すなわち、知事は、組織法的関係から離れて、一般国法の見地から、国土の
   〇・六パーセントを占めるにすぎない沖縄県に全国の米軍基地の七五パーセン
   トを押しつけ、長きは五〇年以上にわたって、土地所有者の意思に反して土地
   の強制使用を継続しようとする国の施策(復帰前のことについても、米国に施
   政権を与えたのは国である)である本件使用認定が「適正かつ合理的」である
   と言えるのか、また各土地の個々について同じく「適正かつ合理的」という要
   件が充足されているのか、それを吟味し、使用認定が違法であるときは、当然
   署名等代行や公告縦覧代行を命じる命令も違法なのであるから、その点を判断
   することができるし、しなければならないのである。また、県民の身体、生命、
   財産を守り、平和のうちに生きる権利を保障する見地から、本件署名等代行命
---------- 改ページ--------16
   令に従うのと拒否するのと、どちらが公益に合致し、地方自治の本旨にかなう
   のかを、判断することができるし、しなければならないのである。
    金子教授はまた、次のようにも述べている(前掲書一一一頁)。
    「裁判所の審査権を以上のように考えると、職務執行命令の拘束力およびそ
   れに対する服従義務も、通常の訓令の場合とは甚しく異なってくる。すなわち、
   地方自治法一四六条は、違法な職務執行命令の拘束力とそれに対する地方公共
   団体の長の服従義務を遮断する意味をもっているということになるであろう。」
  6 磯野弥生教授は、最高裁判決について、次のように述べている(行政判例百
   選T(第三版)八五頁)。
    「本判決は、この制度の趣旨から、『裁判所が国の当該指揮監督命令の内容
   の適否を実質的に審査することは当然』であると裁判所の実質審査権を認めて
   いる。そのことは、国の機関と地方自治体の長の法令解釈、権限行使に対立が
   あったときには、適法な命令にのみ服従義務を生じるのであって、職務執行命
---------- 改ページ--------17
   令訴訟で長の主張が退けられるまでは、長は法令について独自の解釈をなしう
   る権利を有していることを認めた。いいかえれば、先述のように地方自治体の
   長に国の事務を委任したことは、その地方の特殊性に応じた裁量権を行使する
   範囲を認めることであるということを、この判決は明確にした。」
  7 原田尚彦教授は、その著書「地方自治の法としくみ(全訂二版)」(学陽書
   房)において、次のように述べている(一五六頁)。
    「法の執行権には法解釈権が当然に内包されているとみる本稿の視点からす
   ると、機関委任事務の執行に際しても、地方公共団体の機関が無批判に中央の
   解釈に従うべきいわれはない。国が機関委任事務の執行権を地方公共団体の機
   関に移譲した以上はこれに付随して法律の解釈権も移譲されたと解すべきだか
   らである。最高裁の判例もこれを承認した。」
    もちろん、原田教授があげているのは、砂川職務執行命令訴訟の最高裁判決
---------- 改ページ--------18
   である。原田教授は、最高裁判決を解説した上で、次のように述べている(一
   五七頁)。
    「最高裁は、中央省庁の法解釈と地方公共団体の長のそれとが異なる場合に
   は、裁判所がいずれが正当な解釈であるかを決定し、裁判所が中央の法解釈を
   正当と認めたとき、はじめて職務執行命令判決を下すとしたのである。中央の
   法解釈の優越性を否認し、中央と地方の法解釈の対等性を承認した判決と評し
   てよいであろう。」
    「右の最高裁判決は地方自治の実現にとって、きわめて重要な意味をもって
   いる。この判決の趣旨にそえば、地方公共団体の長は、機関委任事務について
   も国の職務命令に盲従する必要はなく、職務命令を違法と考える場合には、自
   己の所信を貫いていったん服従を拒否し、国からの職務執行命令訴訟の提起を
   まって裁判所の判断を仰ぎ、職務命令の適法性が裁判上で確認されたとき、は
   じめてこれに従えばよいという強い立場が認められることになるからである。」
  8 兼子仁教授は、その著書「自治体法学」(学陽書房)の一一三、一一四頁に
   おいて、次のように述べている。
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    「右の『職務執行命令訴訟』制度は、戦後当初に、一九四七(昭和二二年)
   年末の地方自治法の第一次改正で導入されたもので、戦後も存続を法認された
   『国の機関委任事務』制度における自治体の長の自主的地位を保障しようとす
   る趣旨であった。
    それが憲法上の『地方自治の本旨』に沿うと解されることは、その後一九六
   〇年の砂川基地事件の最高裁判決(昭和三五・六・一七)において、つぎのと
   おり公認されている。
    『国の委任を受けてその事務を処理する関係における地方公共団体の長に対
   する指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、国の本来の行政機構の
   内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、その本来の地位
   の自主独立性を害し、ひいて、地方自治の本旨に戻る結果となるおそれがある。
   そこで‥‥地方自治法第一四六条は、右の調和を計るためいわゆる職務執行命
   令訴訟の制度を採用したものと解すべきである』。(傍点筆者)
    また元来、地方自治法一三八条の二は、『普通地方公共団体の執行機関は‥‥
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   法令に基づく‥‥国の事務を、自らの判断と責任において、誠実に管理し及び
   執行する義務を負う』と書いてきたのである。同じく同法九九条一項も、『普
   通地方公共団体の議会は、‥‥長に委任された国の事務に関し、長の説明を求
   め、又はこれに対し意見を述べることができる』と書いてきた。
    これらの趣旨を解釈するとき、国の行政が各省の『地方支分部局』を通じて
   直営されるのでなく、各地域における自治体の長に委任されて執行される際に、
   それ相当に地元自治体の意向を反映せしめることが、法制上予定されている趣
   旨だと解される。」
  9 最高裁判決を論理的に分析するならば、三の1に宇賀助教授の論述を紹介し
   たとおり、「国の機関委任事務については、下命機関と受命機関の関係は、そ
   もそも、上級機関と下級機関の間の一般的関係とは異なり、受命機関は、違法
   な職務執行命令には拘束されないから、職務執行命令を求める訴訟においても、
   裁判所は、実質的審査をなしうると解する」か、「国の機関委任事務について
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   も、受命機関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権・・・・を
   発生させるためには、裁判所の判断を経なければならず、その際、司法機関で
   ある裁判所を介在させる所以は、単なる形式的審査のみならず、職務執行命令
   の適法性についての実質的審査を行わせるためである」と解するか、いずれか
   ということになる。
    高裁判決は、受命機関に実質的審査権を否定し、かつ、裁判所の審査すべき
   対象は受命機関の審査権の範囲に限られる、とするものであって、最高裁判決
   に違背することは明白である。
    右のとおり、高裁判決の誤りは明らかであるが、右4から8に見たとおり、
   圧倒的多数の学説は、右の二つの解釈のうち、受命機関に下命機関の訓令の実
   質的審査権を認めているのである。それは、知事や市町村長に、「組織法的関
   係から離れて一般国法の見地から命令の適否を判断させる」(金子)ことであ
   り、「地方の特殊性に応じた裁量権を行使する範囲を認める」(磯野)ことで
   あり、「国が機関委任事務の執行権を地方公共団体の機関に移譲した以上は、
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   これに付随して法律の解釈権も移譲されたと解すべき」 (原田)であり、
   「それ相当に地元自治体の意向を反映せしめることが、法制上予定されている
   趣旨」(兼子)なのである。
    これらは、まさに地方分権の時代にふさわしい、正しい考え方なのであって、
   この点、高裁判決は、時代錯誤とのそしりを免れないものである。
 四 最高裁判決の述べる司法審査固有の審判権の限界の意味
  1 最高裁判決は、「裁判所が実質的に審査するについては、司法審査固有の審
   判権の限界を守ることはいうまでもないところであ」る、と述べている。
    この判示の意味であるが、右最高裁判決が言渡されたのが一九六〇年六月一
   七日であり、例の伊達判決を破棄した砂川刑事事件の大法廷判決が言渡された
   のが一九五九年一二月一六日であるという時期的なことと、その大法廷判決が
   いわゆる統治行為論を用いて司法審査の限界を説いたこととをあわせ考えると、
   職務執行命令訴訟最高裁判決の言う「司法審査固有の審判権の限界」というの
   は、大法廷判決の説く司法審査の限界と同じ意味であると考えられる。
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    前記近藤教授の職務執行命令訴訟最高裁判決の評釈は、「判旨は、司法審査
   固有の審判権の限界に言及しているが、統治行為が審判に服しないとすれば、
   安保条約・行政協定の違憲無効をいう被告の主張は採りあげられないことにな
   る。しかし、憲法問題一般が職務執行命令訴訟の審査範囲から除外されると解
   すべきでない。」としているのである(前掲書一〇九頁)。
    同様に、成田頼昭教授も最高裁判決を評釈して、「本件は、職務執行命令の
   当否の判断をしないで、原審に差し戻しているが被告の主張の中に安保条約が
   違憲であるとの主張が含まれている。しかし、この点については、すでに、最
   高裁大法廷は統治行為論によって裁判所の審査権の範囲外であるとしているの
   で、本件の審理に当たっても、右の限度で司法審査権が限定されることになろ
   う。」としているのである(行政判例百選U(第一版)三四五頁)
  2 そうすると、最高裁判決は、どの点について実質的審理をつくせと言ってい
   るのであろうか。それは、明らかに、土地収用の必要性であり(その中には、
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   立川基地のなりたち、周辺住民の生活とのかかわり、日本および極東の軍事的
   状況等が含まれる)、当該土地を収用することが「適正且つ合理的」であるか
   どうか、である。だからこそ、最高裁判決は、「本件は司法審査の及ぶ限度に
   おいて本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審理をする必要
   があることが明らかである。」と判示して、東京地裁へ事件を差し戻したので
   ある。
    差戻後の東京地裁判決が、収用認定その他の先行行為の適否や有効性を審査
   すべきでないとし、駐留軍用地特措法および安保条約の効力、ならびに収用委
   員会の権限および土地収用法四四条三項の規定による報告事務の性質しか審査
   しなかったのは、明らかに誤りをおかしたのである。そんなことであれば、最
   高裁は自判できたのである。
    そして、高裁判決は、この東京地裁判決と同じ誤りをおかしたのである。
 五 高裁判決に対する判例評釈
  1 被告が、多数の学説を引用しながら考察し、右に主張してきたことの正しさ
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   が、高裁判決に対する二名の学者の判例評釈によって、さらに裏付けられた。
    一つは、ジュリスト一〇九〇号七三頁以下の、芝池義一教授による「沖縄県
   知事による米軍基地用地強制使用の代理署名の拒否と職務執行命令訴訟」であ
   り、もう一つは、法律時報一九九六年六八巻七号二七頁以下の、人見剛助教授
   による「職務執行命令訴訟における裁判所の命令審査権の範囲について」であ
   る。
  2 芝池教授は、使用認定の適否の審査について、次のように述べている。
    「本件使用認定の違法性に関する判示は、判旨5で示したところであるが、
   ここでも、都道府県知事の審理権に裁判所の審理権をあわせるという思考が明
   白に現れている。」
    「指揮監督権の行使に対する下級行政機関の適法性審査権については、様々
   な学説があるが、機関委任事務制度において特徴的なことは、都道府県知事が
   主務大臣の指揮監督権の行使(命令)に従わない場合に裁判所の関与すなわち
   職務執行命令訴訟制度が設けられていることである。このことによって、主務
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   大臣の命令に対する都道府県知事の適法性審査権という組織法上の問題と並ん
   で、主務大臣の命令に対する裁判所の審査権という訴訟法上の問題が生まれる
   ことになった。
    この都道府県知事の審査権と裁判所の審査権を同一に解する説もあるが(砂
   川事件・差戻し前東京地裁判決)、砂川事件・最高裁判決は主務大臣の命令に
   ついて裁判所の実質的適法性審査権を認めたのであり、このため、裁判所の審
   査権と都道府県知事の審査権について様々な議論が展開されているのである。」
    芝池教授は、右の最後の「裁判所の審査権と都道府県知事の審査権について
   様々な議論が展開されているのである。」という記述の注に、被告が二の3や
   三の1において引用した宇賀助教授の論述をあげているのである。そして、芝
   池教授の論述は次のように続くのである。
    「このように見てくると、本件裁判所が砂川事件・最高裁判決を踏襲するの
   であれば、まず、組織法上の原則から離れて、訴訟法上、主務大臣の命令につ
   いて裁判所に認められる実質的適法性審査権に着目する必要があったのであり、
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   この審査権の行使との関係で内閣総理大臣の本件使用認定をも審査できるかど
   うかを検討する必要があったのである。
    それでは、まず主務大臣の命令についての裁判所の実質的適法性審査権の範
   囲はどのように考えるべきであろうか。
    この問題に対する直接の解答は簡単である。すなわち、裁判所は、主務大臣
   の命令が形式的要件(命令を発した機関が上級行政機関であること、命令が下
   級行政機関の所掌事務に関するものであることなど)のみならず実質的要件を
   も充足しているかどうかを審査できるのである。」
    「そこで、裁判所の審査権が内閣総理大臣の使用認定の適法性にまで及ぶか
   否かという問題に戻ると、内閣総理大臣の使用認定と内閣総理大臣の命令およ
   びそれに基づく都道府県知事の署名等代行義務との間には、起業者(本件の場
   合は防衛施設局長)による土地・物件調書の作成という手続が介在しているが、
   都道府県知事の署名等代行の義務づけの基底要因になっているのは、内閣総理
---------- 改ページ--------28
   大臣の使用認定の存在であるということがここでは重要であろう(一般に、土
   地収用法上、収用の手続の進行の原動力は、使用認定に対応する事業認定であ
   る)。換言すると、本件訴訟において直接に審査の対象になるのは、主務大臣
   の命令であるが、それが実質的に適法であるためには、署名押印義務が生じて
   いなければならず、この義務が適法に生じるためには、内閣総理大臣の使用認
   定が適法に行われていなければならないのである。このように考えると、職務
   執行命令訴訟において裁判所は、内閣総理大臣の使用認定の実質的適法性を審
   査できるし、またしなければならないと考えられる。」
    「前述のように、本件判決は、権限分配の原則を援用することによって、内
   閣総理大臣の使用認定に対する裁判所の審査権を否定しているが、これは、前
   述のように、組織法上の原則と訴訟法上の原則の次元の違いを明確に区別せず、
   前者から後者のあり方を導くという思考である。」
  3(一)人見助教授は、砂川事件差戻審判決と高裁判決について、「両判決は、
---------- 改ページ--------29
    受命機関による下命機関の指揮命令の審査権の範囲と職務執行命令訴訟にお
    ける裁判所の審査権の範囲とが、一致するという前提に立脚している。」と
    述べた上で、次のように論を進めている。
     「しかし、このような前提は、職務執行命令訴訟において当然のものであ
    ろうか。最高裁判決は、地方自治法が職務執行命令訴訟という裁判所関与制
    度を採用した理由を、地方公共団体の長の地位の自主独立性の尊重という要
    請と国の指揮監督権の実効性の確保の要請とを調和させることに求め、当該
    命令が適法であるか否かをまず裁判所に判断させ、裁判所がその適法性を是
    認した場合にはじめて主務大臣等が代執行権を行使できることにしたものと
    理解している。すなわち、最高裁は、職務執行命令訴訟における審査対象は、
    受命機関の義務違反の存否ではなく、指揮命令の適法性の有無であるとし、
    受命機関の審査権の有無を問題としてはいないのである。かかる見地からす
    れば、職務執行命令訴訟における裁判所の審査権の範囲は、行政組織法上の
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    要請から一定の制限を受けると考えられる受命機関たる地方公共団体の長の
    審査権の範囲と合致する必然性はなく、むしろ法判断機関としての裁判所の
    権限の十全性を尊重することこそが、右最高裁判決が述べている二つの要請
    を調和させるものと考えられる。そして、最高裁判決自身も『職務執行命令
    ・・・訴訟において、裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審
    査することは当然』(傍点筆者)であるとして、命令の内容たる職務の当否
    の実質的審査を当然に必要とし、さらに『いやしくも、裁判所の審査権の限
    界内にあると認められる限りにおいては、裁判所はこれが実質的な審査を回
    避しもしくは拒否し得べきものではない』とも述べているのである。」
   (二)被告は、四の2において、差戻後の東京地裁判決が誤っている理由の一
    つとして、 同判決のような理解であれば、最高裁は、「本件は司法審査の
    及ぶ限度において本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審
    理をする必要があることが明らかである」として事件を差戻す必要はなく、
    自判することができたではないか、と主張した。
---------- 改ページ--------31
     人見助教授は、右の点について、次のように述べている。
     「同事件差戻審の述べるように『裁決申請書が東京都収用委員会から送付
    されたものであるかどうか、それが土地収用法第四四条第一項にいう裁決申
    請とその添付書類中の砂川町に関係ある部分の写しであるかどうか』、そし
    て指揮命令にかかる直接の根拠法である特別措置法の合憲性のみが当該職務
    執行命令訴訟の審理対象であると最高裁が考えていたとすれば、同裁は事件
    を差し戻すことなく、自判したであろうからである。前者の問題は、既に原
    審において充分に事実認定されており、後者の問題は純粋の法律問題であっ
    て事実認定とは関係がないのである。」
     その上で、人見助教授は、当時最高裁調査官であった白石健三氏の解説の
    次の部分を引用している。
     「たとえば、目的地を駐留軍の用に供することが明白に不適正・不合理と
---------- 改ページ--------32
    認められるような場合には、裁判所は内閣総理大臣の認定を違法と判断し得
    るわけであるから、右要件の存否につき裁判所は最小限度の実質的審査を辞
    するわけにはゆかない。
     ところで、原審は実質的審査は許されないとの見解をとったため、実質的
    審査の見地から必要とされる最小限度の事実についてすら、まったく、審理・
    確定していない。たとえば、土地収用の要件である土地所有者との協議が果
    たして行われたかどうかというような事実(この事実は当事者間に争があ
    る。)すら、原審は確定していない(もっとも、原審のような見解をとって
    も、協議の有無の如きは、形式的審査の範囲に属するとすら解する余地がな
    いではなかろう)。また『適正かつ合理的』の要件の存否の判断に必要とさ
    れる最小限度の事実すら原審は確定していない。そうすると、違憲の主張を
    含む法律的主張につき、仮に最高裁が直接判断を下すとしても、なお、右述
    のような点で、事実の審理のために、本件を原審に差し戻さねばならないこ
    ととなるわけである。そこで、今回の判決では、違憲の主張等にはまったく
---------- 改ページ--------33
    触れず、単に職務執行命令訴訟においては、裁判所は命令の適否を実質的に
    審査すべきものであり、実質的に審査するについては、なお事実の審理を要
    するという理由だけで、破棄差戻となった。」
     以上詳述したとおり、高裁判決の誤りは明らかである。

---------- 改ページ--------34
第二 駐留軍用地特措法の法令違憲性
   本件公告縦覧手続の根拠法たる駐留軍用地特措法は、違憲・無効な法律である
  から、原告が知事に本件公告縦覧手続を求めることは許されない。
   駐留軍用地特措法は、国が、「駐留軍の用に供する」という軍事目的を実現す
  るために国民の私有財産を、強制的に使用または収用することを内容とするもの
  である。したがって、憲法前文、九条及び一三条によって宣言・保障された平和
  主義、平和的生存権を侵すものである。のみならず、軍事目的の強制収用は、私
  有財産を「公共のために用いる」場合に当らないから、憲法二九条三項に違反す
  るものである。さらに、駐留軍用地特措法は、土地収用法に比較し、著しく収用
  手続が簡略されており、適正手続を保障しているものとは言えないから、憲法三
  一条にも違反するものである。
 一 憲法前文、九条、一三条の平和主義―平和的生存権の侵害
  1 平和的生存権誕生の歴史的背景
    平和的生存権は、想像上生み出された抽象的観念的な権利ではなく、人類の
---------- 改ページ--------35
   幾多の戦争、特に二〇世紀における戦争の経験を通して具体的な形で存在する
   権利として誕生したものである。
    平和的生存権を生み出すに至った背景としてまず挙げられるのは、二〇世紀
   における戦争が、これまでの戦争観・平和観を一変させてしまったことである。
   諸国の人々が二度にわたる世界大戦の経験から認識したことは、戦争が戦勝国、
   敗戦国に関係なく、ただ双方ともに甚大な被害をもたらすだけだということで
   ある。これによって、国家間の問題解決のために戦争に訴えるということは違
   法であるという一般的な考え方が形作られていった。例えば、一九二八年の不
   戦条約は国際紛争解決のための戦争を違法視し、国策の手段としての戦争の放
   棄を宣言している。また一九四五年の国連憲章も平和的手段による国際紛争の
   解決を国連の目的の一つとし、武力行使を原則的に禁止して、戦争を違法なも
   のとして捉えるというものである。このように、戦争に対する基本的な考え方
   の変化が平和的生存権誕生の大きな歴史的背景となったのである。
---------- 改ページ--------36
    また、戦争が国家そのものにもたらした被害は小さくなかったが、一般国民
   にもたらされた被害の方は、それをはるかに凌ぐものであったことも、平和的
   生存権の確立を求める原因であった。二〇世紀の戦争の特徴はいわゆる総力戦
   にあり、一般国民を直接巻き込んで行われてきた。従って、その被害の甚大さ
   は、これまでの戦争の場合の比ではないことは明らかである。ちなみに世紀ご
   との戦死者数を挙げれば、一八世紀は四四〇万人、一九世紀は八三〇万人と倍
   近くに増えているが、二〇世紀に入ると一挙に前世紀の一〇倍をはるかに超え
   る九、八八〇万人にも達する(World Military and Social Expenditures,1986.
   p26 .山内俊弘・古川純一「憲法の現状と展望」)。特に、広島、長崎の例に
   示されるように、核戦争という状況の下では、戦争の口実が何であれ、最も悲
   惨な被害者は一般国民であることが明白である。このようなことから、国民自
   らが戦争を拒否し、平和のうちに生存することを誠実に希求するのは、極めて
   自然な姿であった。
    さらに、平和と人権の不可分一体性が一般的に承認されてきたことも、その
---------- 改ページ--------37
   名の示すとおり「平和的生存権」の登場を促した必然的要因として挙げられる。
   平和のない戦争状態においては、軍事優先の国策がとられ、国民の人権が侵害
   されることは、戦前のわが国やナチスドイツの状態の例がよく証明している。
   したがって、平和を維持することが、人権保障の必須の前提であるといってよ
   い。たとえば、一九七五年の欧州安全保障協力会議の「ヘルシンキ宣言」は、
   「人権と基本的自由の尊重は、・・・平和、正義ならびに福祉にとって基本的
   な要素である」としている。
    また、逆に思想・良心の自由、言論・出版などを通してなされる政府批判の
   自由、国民意思の反映を図る参政権などの人権を保障することが独善的な政府
   の行為による戦争を防止し、平和を維持する有効な手段となる。このように平
   和と人権が密接に関連しており、両者は不可分一体であることは、たとえば一
   九七八年の「平和と人権=人権と平和」会議(オスロ会議)の最終文書が、
   「平和への権利は、基本的人権の一つである。いかなる国民も、いかなる人間
   も、人種、信条、言語、性によって差別されることなく平和のうちに生存する
   固有の権利を有する。」、「基本的人権と平和は、いずれか一方に対するいか
---------- 改ページ--------38
   なる脅威も、他方に対する脅威になるという意味で、不可分である」としてい
   ることにも強く示されている。これらの背景によって、平和が人権保障に不可
   欠のものであることが確認され、そこから、戦争のない平和な状態で生存する
   こと自体が、人権であると考えられてきた。
  2 国際社会と平和的生存権
    戦争や軍隊のない状態で平和のうちに生存する人間の権利を擁護する考え方
   は、国際社会においてもすでに採用されてきた経緯がある。一九〇七年の陸戦
   の法規慣例に関する条約や一九二二年の空戦に関する規則には、いわゆる軍事
   目標主義が定められており、一切の戦争と武力保持・行使を放棄した状態にあ
   る都市・住民は、武力攻撃を受けることなく、平和のうちに生存し得ることを
   保障したと考えられる。
    また第二次大戦後の一九七七年に署名されたジュネーブ条約追加議定書も、
   非武装地帯への攻撃禁止を定めており、非武装地帯の住民は、外部からの武力
   攻撃を受けることなく、平和のうちに生存しうることが国際社会でも保障され
   るに至ったのである。
---------- 改ページ--------39
    また、最近の国連決議の中にも、明示的に平和的生存権の保障をうたったも
   のが登場してきた。一九七六年の国連人権委員会決議は「すべての者は国際の
   平和と安全の条件のもとに生きる権利」を有する旨をうたい、一九七八年の国
   連総会決議「平和的生存の社会的準備に関する宣言」は「すべての国とすべて
   の人間は人種、信条、言語または性のいかんにかかわらず、平和的生存の固有
   の権利を有する」と定めている。また、同年の総会決議「軍縮のための国際協
   力に関する宣言」の前文も「すべての国とすべての人間が有する、戦争の脅威
   なく自由と独立のうちに平和に生きる不可譲の権利」を強調しており、さらに、
   一九八四年の総会決議「人民の平和への権利についての宣言」でも「地球上の
   人民は平和への神聖な権利を有することを厳粛に宣言する」と述べている。
    「平和に生きる権利」、「平和への権利(right to peace)」に示されるよ
   うに、戦争のない状態で平和に生きること自体が、基本的な権利、すなわち平
---------- 改ページ--------40
   和的生存権として、今日では国際社会、国連の場でも確認されるに至っている。
   このことは、日本国憲法の平和的生存権が、世界的な人権思想を受けて我が国
   の戦争体験の上に築かれたものであることを示している。この点、九条の戦争
   放棄条項をはじめとして徹底した平和主義を使用した日本国憲法は、国際社会
   における平和をめざす流れの先端を行く考え方を取り込んだものといえる。
  3 日本国憲法と平和的生存権
  (一)ポツダム宣言と平和的生存権
     五一年前の一九四五年八月一四日、ポツダム宣言の受諾に伴い日本の敗戦
    が確定した。ポツダム宣言の具体的内容は、戦争遂行能力の破壊、平和安全
    と正義の新秩序の確立、軍国主義権力の除去、軍隊の武装解除及び撤退、民
    主主義の復活強化および基本的人権の尊重、平和産業維持と軍需産業の廃止、
    国民の自発的意志による民主的政府の樹立などであった。同宣言のほとんど
    の項目が、日本国憲法の三つの柱となる原理である国民主権、基本的人権の
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    尊重、平和主義に関するものであった。すなわち、実質的にはポツダム宣言
    の受諾により、民主、人権、平和の問題について新国家建設のための方向性
    が示されていたということである。ポツダム宣言の特徴は、特に平和主義に
    関する項目が多く、「戦争遂行能力の破壊」、「平和安全及び正義の新秩序」
    など、戦争放棄を定める憲法九条に同宣言の趣旨が反映されていることであ
    る。世論調査によれば、平和に生きたいことを望む国民の気持ちは、この九
    条の戦争放棄条項に対する支持率に表れており、七割が必要と考えていた
    (毎日新聞、一九四六、五、二七)。
     このように、ポツダム宣言は、日本国憲法誕生と深く関わっているが、こ
    のポツダム宣言と重要な関連性を持つものがもう一つある。それは原爆であ
    る。当時の日本政府は、ポツダム宣言に対し、「政府としては何ら重大な価
    値あるものとは思わない。ただ黙殺するだけである。我々は断固戦争に邁進
    するのみである」という談話を発表したため、米国はポツダム宣言の拒否と
    断定し、広島、長崎に原爆を投下するという重大な結果をもたらした。ここ
    にポツダム宣言黙殺→原爆投下→ポツダム宣言受諾→日本国憲法制定、とい
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    う構図が浮かび上がってくる。ポツダム宣言九項は、軍の武装解除・撤退に
    ついて「平和的かつ生産的な生活を営む機会を与えられる」という平和的生
    存権の生成に関する規定があり、さらに政府についても一二項において、
    「平和的傾向を有し、かつ責任ある政府」の樹立を求めている。
     日本国憲法制定の背景には、おびただしい戦争の惨禍、特に原爆投下によ
    る惨禍を受けた経験と反省及び平和への渇望があり、その結果、日本国憲法
    は「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する
    権利を有すること」(前文)を強く確認したのである。
  (二)憲法前文と平和的生存権の保障
     日本国憲法の前文は、戦争を忌む並々ならぬ決意と憲法制定に至った経緯
    を切々とうたっている。日本国憲法前文における「諸国民との協和」、「人
    類普遍の原理」、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」、「専制と隷従、
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    圧迫と偏狭を地上から永遠に除去」、「国際社会において名誉ある地位」、
    「全世界の国民」などの文言は、この憲法の究極的対象が人類であり、その
    究極的目標は地上(全世界)に民主的で平和な社会を建設することであるこ
    とを示している。このように、憲法制定の動機の奧には、人類共通の願いが
    滔々と流れている。これは、すでに述べたように、日本国憲法の先進性を示
    すものといえる。
     広島・長崎に投下された原爆による一般国民の被害が甚大であることを身
    を以て体験した日本国民は、これからの戦争が核兵器によってむごたらしい
    ものになること、今度戦争が起これば、人類の滅亡・地球の破壊の危機に陥
    ること、戦勝国・敗戦国の無意味なことなどを訴え、全世界の国民に向けて
    憲法前文第二段において「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏
    から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」としたの
    である。
     この「平和のうちに生存する権利」の源は、米国のF・ルーズベルト大統
    領の「四つの自由」宣言(一九四一年一月)及び大西洋憲章(一九四一年八
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    月)であることはよく知られている。前者は、言論の自由、信教の自由、欠
    乏からの自由、恐怖からの自由をその内容とするが、特に欠乏及び恐怖から
    の自由はそれぞれ「すべての国家がその国民に健康で平和な生活を保障でき
    るように、経済的結びつきを深めること」、「世界的な規模で徹底的な軍備
    縮小を行い、いかなる国も武力行使による侵略ができないようにすること」
    などの文言と組み合わされており、「平和のうちに生存する権利」と関係が
    深い。
     また、これをふまえて後者は「すべての国民が、自国の領土内で安全な生
    活を営むための、及びこの地上のすべての人類が、恐怖と欠乏からの自由の
    うちにその生命を全うするための保障を与える平和を確立することを希望す
    る」と宣言し、日本国憲法前文の平和的生存権の直接の原型を示している。
     日本国憲法は、この国際的人権保障の潮流、および我が国の戦争体験を踏
    まえて、平和を確立する「希望」を「権利」にまで高めたのである。
  (三)憲法の基本原理
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     日本国憲法は前文において、基本原理として国民主権主義、基本的人権尊
    重主義、平和主義を採用している。
     すなわち、前文第一段は「日本国民は、正当に選挙された国会における代
    表者を通じて行動し、・・・ここに主権が国民に存することを宣言し、この
    憲法を確定する。」と規定して、国民主権主義は国家の基本原理であること
    を明らかにしている。
     また、同じく第一段において「そもそも国政は、国民の厳粛な信託による
    ものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを
    行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、
    この憲法はかかる原理に基づくものである。」と規定して、基本的人権尊重
    主義を前提に、国民主権主義の目的が基本的人権の尊重にもあることを明ら
    かにしている。
     さらに、第二段は「日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を
    支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正
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    と信義に信頼して、われらの生存と安全を保持しようと決意した。われらは、
    平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め
    ている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世
    界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を
    有することを確認する。」として、平和主義を定めている。日本国憲法前文
    は、この平和主義が国民主権主義、基本的人権尊重主義と相互に融和し、密
    接不可分に結びついていることを説示している。
     まず、前文第一段は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの
    ないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」て、
    平和主義を守るために国民主権主義が必要であることを明らかにしている。
    すなわち、過去の歴史上、戦争が、国民とは遊離した政府の独善と偏狭によっ
    て起こされてきたという事実に鑑み、そのような過ちを二度と繰り返さない
    ために、国民の民主的統制の下、政府の独善的行為を抑制排除することによ
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    り戦争の原因を取り除き、平和を確立する必要があることを示しているので
    ある。一方、国民主権主義は平和主義が万全に確保されて初めて、真に国民
    のために確立され、保証されるのである。
     また、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平
    和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定して、平和主義
    と基本的人権尊重主義が密接不可分の関係にあることを明らかにするととも
    に、平和的生存権が、これまでの国家の政策としての平和主義の反射的利益
    にとどまることなく、積極的に全世界の国民に共通する基本的人権であるこ
    とを宣言し、これを保障している。
     日本国憲法は、この前文における基本原理を美辞麗句に終わらせることな
    く、これらを本文において具体的に保障している。まず、国民主権主義は、
    本文の一条「国民主権」、一五条一項「公務員の選定罷免権」、四一条「国
    会の地位」などにおいて具体化されている。
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     また、基本的人権尊重主義は、第三章において豊富な基本的人権規定を設
    けて、具体的に保障されており、さらに、平和主義についても、九条におい
    て、戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認などを定めて、永久平和主義、戦争
    放棄主義として具体的に保障されている。
  4 平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性
  (一)前文第二段にいう「ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存す
    る権利」としての平和的生存権は、国民の具体的権利として保障されている
    か。
     この点について、これを否定する立場の者は、(1) 憲法前文は理念ないし
    目的を抽象的に表明するにすぎず、裁判規範となるものではなく、裁判規範
    となり得るのは本文の各条項であること、また、「平和」とは理念ないし目
    的としての抽象的概念であって平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性を
    基礎づける根拠とならないこと、(2) 憲法九条は戦争の放棄、戦力の不保持
    を定めた国の統治機構に関する規定であって国民の人権規定でないこと、
    (3) 憲法一三条後段は、基本的人権に関する一般的・包括的規定であること、
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    また、仮に、人権保障の根拠を求める余地があるとしても、権利の性質、内
    容、効果が具体的に特定されない限り、平和的生存権は憲法一三条によって
    保障された基本的人権と解することはできないことを理由に平和的生存権の
    具体的権利性、裁判規範性を否定している。
     しかし、いずれも平和的生存権の具体的権利性、裁判規範性を否定する理
    由にはならない。以下、この点について論証する。 
  (二)憲法前文は裁判規範となるものではなく、本文の各条項のみが裁判規範と
    なり得る旨を主張する説もあるが、本文にも前文と同様の抽象的な内容を持
    つ条項は多く、その意味で前文と本文の抽象性は相対的なものであり、抽象
    的であることを理由に前文を特に区別する合理的理由はない。また、前文の
    内容がすべて本文に具体化されているわけではないので、前文の裁判規範性
    を否定する説にあっても、憲法の根本規範に関し、本文の規定に欠けつがあ
    るときには直接前文が適用されることを承認している点に注意すべきである。
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     憲法前文は、憲法の基本理念、目的を規定しているが、それにとどまるも
    のではなく、前文第一段が「人類普遍の原理」に「反する一切の憲法、法令
    および詔勅を排除する。」と規定して、前文が本文とともに最高法規として
    の性格を有することを明らかにしている。
     日本国憲法制定の審議の際にも「唯前文であるから法規的なものでないと
    いうことは決定できない。それは個々の内容に従って決定すべきものと思い
    ます。」(金森国務大臣)と述べているように、前文の裁判規範性について
    は、それぞれの規定の内容の特定性・具体性に応じて個別に検討すべきもの
    で、一様に前文だから裁判規範性がないということにはならないのである。
    最高裁判所も、「憲法第三七条および前文は陪審による裁判を保障するもの
    ではない」(一九五〇年一〇月二五日大法廷判決)、「地方税の賦課徴収権
    が納税者訴訟の対象となるべき財産に含まれないと解しても、主権在民を宣
    言した憲法前文に違反しない」(一九六三年三月一二日判決)と判示して、
    前文の裁判規範性を認めている。
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     平和的生存権についても、前文に文言上の根拠があるというだけで、その
    裁判規範性を否定されるということはできない。
  (三)平和的生存権は、憲法前文の「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存
    する権利」を指すのであるが、その具体的保障を憲法九条に求めるというこ
    とである。確かに、九条を人権規定の根拠と考える場合、憲法第三章の人権
    規定として構成されているのではなく、独立して第二章を形成していること
    が問題とされるが、およそ現代国家の憲法は、国民の人権保障の法典として
    存在しているのであり、憲法のすべての条項は人権保障との関連で把握され
    ねばならない、従って、九条が国民にどのような人権を保障しているかとい
    う点が、規定の法典上の位置付けよりもむしろ重要なのである。
     戦争法規と戦力不保持を定める九条は、消極的側面では、日本国民を一切
    の戦争協力から解放したのであるが、それだけでなく、積極的には、財産や
    人的な力を戦争と軍備のない自由で平和な国家建設にのみ用いる権利、例え
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    ば自分の所有する土地を軍事基地のためには収用されない権利など、をも保
    障したといいうる。むろん九条がストレートに憲法前文の平和的生存権を保
    障するのではなく、第三章の基本的人権を制度的に保障するという媒介方法
    によって、平和的生存権を保障するのである。すなわち、この場合九条は、
    第三章(一〇条―四〇条)の前に置かれたことに意味があり、人権規定を全
    体として制度的に保障するものである(この意味では人権保障そのものに近
    い)ので、むしろ九条の存在そのものとその立法趣旨から、第三章以下に平
    和的生存権が含まれていることが裏付けられる。
     「個人の尊重」の意味は、人間の尊厳を根底においたうえで、国政におい
    て、個人を尊重するという基本原理を述べたもので、この「個人の尊重」原
    理と結びついて、「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」は、人
    間的生存に不可欠の権利・自由を包摂する意味で包括的な権利であり、裁判
    での救済を受けられる具体的な権利である。判例も一三条に基づくプライバ
    シーの権利などは早くから認めており(東京地裁判決一九六四年九月二八
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    日)、また、いわゆる包括的幸福追求権についても、その具体的権利性を認
    めるに至っている(最高裁大法廷判決一九六九年一二月二四日)。従って、
    憲法一三条後段は、基本的人権に関する一般的・包括的規定であるがゆえに、
    平和的生存権の根拠とすることができないとするのは、誤りである。
     そもそも、憲法典のなかに「平和のうちに生存する権利」として、明確に
    「権利」という文言を使用しながら、これを憲法上の権利ではないとするの
    は、憲法そのもののいう権利の意義を軽視するものであり、プライバシーの
    権利や知る権利など憲法典に文言上明記されていないものも権利として保障
    されているのであるから、原告が平和的生存権を否定しようとする主張は、
    法的根拠が薄く、政策的な主張にすぎない(小林武「平和的生存権の歴史的
    意義と法的構造(三)」南山法学一九巻二五三一頁)。
     また、人権保障の根拠を求める余地があるとしても、権利の性質、内容、
    効果が具体的に特定されない限り、平和的生存権は憲法一三条によって保障
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    された基本的人権と解することはできない旨主張する見解もあるがが、この
    点については次項で論ずる。
  (四)憲法一三条と平和的生存権
     前述したように、憲法九条は平和的生存権を制度的に保障するものである
    が、本文の人権規定の根拠としては、第三章以下の各条項、特に憲法一三条
    にこれを見い出すことができる。憲法一三条前段は「すべて国民は個人とし
    て尊重される」としているが、核兵器によって、人類滅亡までをも予想され
    うる現代においては、この個人の尊重は、個人が人間として尊厳を有するも
    のであるがゆえに尊重されるべき存在であるということであり、人間社会を
    支える基盤としての重要な意義を有している。すなわち、個人の尊厳を何よ
    りも重視することが、戦争を起こさないための大前提であり、戦争はいかな
    る形であれ個人の尊厳を、最も無残な形で侵してきたのである。それは、戦
    場に無頓着に放置された人間の死体を映した一枚の写真を見るだけで十分で
    ある。
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     世界人権宣言(一九四八年)は、「人類社会のすべての構成員の固有の尊
    厳と平等で譲ることのできない権利とを保障することは、世界における自由、
    正義及び平和の基礎である」と述べて、個人の尊厳が「平和の基礎」である
    ことを宣言している。また、これを受けて国際人権規約は、A規約・B規約
    ともその前文で「人類社会のすべての構成員の尊厳及び平等でかつ奪い得な
    い権利を認めることが世界における自由、正義および平和の基礎をなすもの
    である」と述べて、「これらの権利が人間の固有の尊厳に由来することを認
    め」ている。
     次に憲法一三条後段は「生命、自由、幸福追求に対する国民の権利につい
    ては、・・・立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」と定める。こ
    こで「生命、自由、幸福追求に関する国民の権利」とは、一三条前段の人間
    が「個人として尊重」されるがゆえに当然保障されるべき権利の内容であっ
    て、個々の国民が例外なく享有している人間としての生存と尊厳を維持し、
    生命の危険に脅かされることなく、自由と幸福を享有することができるよう
    にするために、その社会的、経済的諸条件・環境を整備することを求めるも
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    のであり、その一つが平穏な生活を営む権利である。これを憲法の基本原理
    である平和主義から考えると、平和的生存権は、戦争行為(広く戦争類似行
    為、戦争準備行為、戦争訓練、基地の設置管理などを含む、以下同趣旨)に
    よって、生命の危険に脅かされることなく、平穏な社会生活を営むことを阻
    害されない権利を重要な内容とするものである。
     生命に対する国民の権利は、明確な権利であって、人間が尊厳的存在であ
    るがゆえに、「立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする」ことを国の
    責務として定めている。したがって、「政府の行為によつてふたたび戦争の
    惨禍の起こることのないやうにすることを決意し」て制定された日本国憲法
    は、政府に対し、国民が尊厳的存在であるがゆえに、戦争行為によって、生
    命の危険に脅かされることなく、平穏な社会生活を営むことを阻害されない
    権利、すなわち国民の平和的生存権を守ることが最優先されなければならな
    いことを要求している(久保栄正「平和的生存権」ジュリスト六〇六号三一
    頁)。
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     この点、長沼訴訟第一審判決が、憲法前文第二段にいう平和的生存権は
    「全世界の国民に共通する基本的人権そのものである」が、それは一方で国
    民主権の原理と他方で基本的人権尊重の原理と密接不可分に融合していると
    強調し、「国家自らが平和主義を国家基本原理の一つとして掲げ、そしてま
    た、平和主義を採ること以外に、全世界の諸国民の平和的生存権を保障する
    道はない、とする根本思想に由来するもの」であるとしたこと、そして、
    「社会において国民一人一人が平和のうちに生存し、かつ、その幸福を追求
    することのできる権利を持つことは、さらに、憲法第三章の各条項によって、
    個別的な基本的人権の形で具体化され、規定されている。」として、前文の
    裁判規範性および平和的生存権の具体的権利性を認めたことは正当である。
  5 平和的生存権の展開
    平和的生存権は、基本的人権として捉えられるのであるから、その権利主体
   が国民(個人または集団)であることは明らかである。平和的生存権は、前述
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   の戦争行為によって、生命の危険性を脅かされることなく、平穏な社会生活を
   営む権利を中核的内容としながら、さらに次のような側面、内容を有するもの
   と解される。(浦田賢治「憲法裁判における平和的生存権」、『現代憲法の基
   本問題』早稲田大学出版部所収四一頁)。
    公権力の軍事目的追求によって平和的経済関係が圧迫されたり、侵害された
   りしないこと。この例として、自己の土地・財産を軍事目的のたに使用されな
   い権利などが挙げられるが、戦後、軍用地負担関係法令の廃止により財産権を
   軍事目的のために制限・侵害することを認めていない土地収用法の存在は、こ
   の権利を具体的に保障している。
    公権力による軍事的性質を持つ政治的・社会的関係の形成が許されないこと。
   例えば、徴兵制の採用、軍事的秘密保護法の制定などは、国民の平和的社会関
   係、信頼関係を破壊し、人間としての尊厳を侵すもので許されない。また、軍
   事施設を設けることにより、軍事的危害を誘発することや国民の健康または生
   活環境に被害を及ぼすことなどは具体的な平和的生存権の侵害となる。
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    公権力によって軍事的イデオロギーを鼓舞したり、軍事研究を行うことは許
   されないこと。例えば、軍事教育政策をとったり、マスコミを政策的に軍事利
   用したり、戦争または戦争準備のための科学技術の研究などは、国民を戦争へ
   導き、平和の精神的・科学的な基礎を揺るがすものとして許されない。
    また、平和的生存権は、単に消極的ないし受動的に戦争行為による人権侵害
   を排除しうる国からの自由という自由権的側面を有するにとどまるものではな
   く、戦争行為に反対し、あるいはこれを阻止・廃止し軍事力の削減・撤廃をも
   たらすためや、平和な世界を創造するために能動的に国政などに参加する参政
   権、また積極的に国や地方公共団体等の公権力によって、よりよい平和を確保・
   拡充せしめることができる社会権(国務請求権)的側面をも有する権利である
   (深瀬忠一『戦争放棄と平和的生存権』(岩波書店)二二四頁以下)。
    このように、平和的生存権は、具体的な内容を有する権利である。
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  6 平和的生存権の直接的侵害
  (一)憲法九条と統治行為論
     これまでの裁判では平和的生存権の根拠を憲法前文ないし九条に求め、在
    日米軍、あるいは自衛隊が憲法九条二項にいう「戦力」に該当するか否かと
    いうかたちで議論されてきた。
     すなわち、在日米軍が駐留する根拠が日米安保条約であることから、日米
    安保条約に対する違憲審査の問題として議論され、裁判所は日米安保条約は
    高度の政治性を有し、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、裁判
    所の違憲審査権は及ばないとして、実質的には統治行為論を採用した(砂川
    事件最高裁判決一九五九年一二月一六日判決・那覇地裁一九九二年五月二九
    日判決)。また、在日米軍については、憲法九条二項が保持を禁止した戦力
    とは我が国自体の戦力を指し、我が国に駐留する外国の軍隊はそれに該当し
    ないとした(前掲砂川事件最高裁判決)。
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     さらに、自衛隊の存在等が憲法九条に違反するか否かについても、統治行
    為に関する判断であり、国会、内閣の統治行為として究極的には国民全体の
    政治的批判にゆだねられるべきもので、違憲性が一見極めて明白でない限り、
    裁判所が判断すべきものではない(長沼訴訟控訴審判決一九七六年八月五日)
    等と判断している。全体的には、下級審のわずかな例を除き、統治行為の問
    題であるとして、憲法判断を回避する消極姿勢を示している。このように在
    日米軍や自衛隊の存在を憲法九条違反の問題とし、それに平和的生存権の主
    張を絡めた場合、憲法九条二項の「戦力」にあたるかは一見極めて明白でな
    いがゆえに、憲法判断を回避することと、平和的生存権が認められないこと
    とは結果的に同じ帰結になっている(長沼訴訟控訴審判決、百里基地訴訟判
    決等参照)。
     しかし、この論理的組合わせは誤っており、憲法九条の「戦力」該当性や
    統治行為論は、平和的生存権侵害を否定する根拠にはなりえない。 
  (二)すでに論証したように、平和的生存権は、憲法前文に理念的・文言的な基
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    礎をおき、憲法九条によって制度的に保障され、直接的には憲法一三条前段
    の個人の尊厳に不可欠の具体的な人権として保障されていると解すべきであ
    る。
     すなわち、個々の国民が人間としての生存と尊厳を維持し、自由と幸福を
    求めて生命の危険に脅かされることなく平穏な社会生活を営むことを、戦争
    行為によって実質的に阻害されない権利ということができる。
     そこで、仮に、砂川事件最高裁判決が示すように、「同条がその保持を禁
    止した戦力とは、我が国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し
    得る戦力をいうものであり、結局我が国自体の戦力」を指すとしても、世界
    一の軍事力を誇る米軍およびその部分を構成する在日米軍が、平和的生存権
    を侵害する典型的主体である一般的意味での「戦力」に該当することは明ら
    かである。
  7 まとめ
    以上憲法は国民に具体的な権利として平和的生存権を保障したものであるに
   もかかわらず、駐留軍用地特措法は、「戦力」である駐留軍に軍事基地を提供
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   することを目的とする法律であり、そのために国民の私有財産を、強制的に使
   用または収用することを内容とするものであるから、平和主義・平和的生存権
   を侵すものとして、憲法前文、九条及び一三条に明白に違反するものである。

 二 憲法二九条違反
  1 財産権保障の意義
    日本国憲法二九条は、「財産権は、これを侵してはならない」として、財産
   権を不可侵の人権として保障する。
    歴史的にも、市民革命以降、財産権は、国家権力によって侵すことのできな
   い個人の不可侵の人権とされてきた。史上最初の人権宣言と言われる一七七六
   年のヴァージニア権利章典は、「すべて人は、生来ひとしく自由かつ独立して
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   おり、一定の生来の権利を有するものである。これらの権利は、人民が社会を
   組織するにあたり、いかなる契約によっても、その子孫から奪うことのできな
   いものである。かかる権利とは、すなわち財産を所有取得し、幸福と安全とを
   追求獲得する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利である」(一条)と
   謳い、所有権が人権として保障されることを確認した。一七八九年のフランス
   人権宣言は、あらゆる政治団結(国家)の目的は、「人の自然の、時効にかか
   ることのない権利を保全することにある。これらの権利とは、自由、所有権、
   安全および圧政への抵抗である」(二条)と述べて所有権を自然権と位置づけ、
   所有権を「侵すことのできない神聖な権利」(一七条)としてその重要性を強
   調し、一八〇四年のフランス民法典(ナポレオン法典)は、「所有権は、法律
   または規則によって禁じられる使用を行わない限り、最も絶対的な仕方で物を
   収益し、かつ、処分する権利である」として、所有権の絶対性を規定した。こ
   のように所有権が天賦不可侵の人権、絶対権とされたのは、それが、本来自由
   で平等な各人の生存を確保するためのものであり、かつ、各人が生存のために
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   労働をして得た成果は、その者に属するという思想に基づくものであった。
    日本国憲法は、この沿革に鑑み、自律的な個人の自由な生存を確保するため
   に、財産権を基本的人権として保障したのである。
  2 駐留軍用地特措法の財産権制約目的
    駐留軍用地取得の必要性は財産権制約の根拠となりえない外国軍隊の日本国
   内への駐留を認めることが、日本国憲法の下で許容されているか否かの議論を
   さておくとしても、外国軍隊を駐留させるために個人の意思を制圧して人権を
   制約することは許されない。
    日本国憲法は、立憲民主主義に立脚し、多数者による圧政を否定する。すな
   わち、憲法制定時に、憲法制定権力によって、多数者の意思によっても侵しえ
   ない個人の自由・権利を確認し、これを人権として保障したのである。したがっ
   て、日本国憲法で保障された人権の制約は、憲法で認められた範囲、即ち、憲
   法上人権制約について明記されている場合か、憲法上保障されている他の人権
   との調整の限度でしか認められず、それ以外には、たとえ国会の多数決による
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   立法をもってしても、人権制約をすることは断じて許されないのである。
    したがって、例えば、仮に自衛隊が存在すること自体は日本国憲法が禁止し
   ていないとしても、憲法には、軍事目的のための人権制約を許容する条項が存
   在しない以上、国会の多数決をもってしても、徴兵制度を設けることは許され
   ない。また、後に詳論するとおり、自衛隊基地用地取得のために、個人の財産
   権を制約して公用収用することは認められていないのである。
    したがって、日本国憲法に外国軍隊の駐留目的のための人権制約を認める条
   項が一切存しない以上、仮に外国軍隊の駐留自体が憲法によって禁止されてい
   ないとしても、少なくとも、外国軍隊の駐留という目的のために、基本的人権
   を制約することは許されない。
    したがって、外国軍隊駐留のための軍用地取得という財産権制約の目的には、
   正当性を認めることはできない。このように、軍事目的を実現するために、国
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   民の私有財産を強制的に使用または収用することが、「公共性」をもちえない
   ことは、旧土地収用法(明治三三年三月七日法律第二九号)と現行土地収用法
   (昭和二六年六月九日法律第二一九号)の規定を対比してみても明らかである。
   旧土地収用法二条は、「土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業」の筆頭に
   「国防ソノ他軍事ニ関スル事業」を掲げていたが、平和主義に基づき「戦争の
   放棄」「戦力の不保持」を国の義務とする現行憲法制定の必然的結果として、
   それは削除されている。
    この点について、当時の建設省渋江管理局長は、その提案理由を、国会にお
   いて、「なお、実質的に事業の種類につきまして若干申し上げますと、従来の
   規定におきましては、国防・その他軍事に関する事業、それに皇室陵の建造な
   いし神社の建設に関する事業が、公益事業の一つとしてあがっておりましたが、
   新憲法の下におきましては、当然適当である考えられますので、これを廃止す
   ることにいたしております。」(「第一〇回国会衆議院建設委員会議録第一七
   号」)と説明し、更に、参議院建設委員会においても、「こういったような新
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   憲法の下におきましては(旧土地収用法には)非常に妥当性を欠いております
   公共事業が掲げてある次第でございますので、これらを廃止・削除することに
   いたしたのであります。」と、同様の説明がなされている。
    このような提案理由をみれば、現行土地収用法に、「国防その他軍事に関す
   る事業」が掲げられていないのは、単なる立法の不備とか脱漏とかいうもので
   はなく、それが憲法違反の事業として、立法者意思によってに廃止または削除
   されたことは明らかである。
    さらに、一九六四年に、第四六回国会の衆議院・建設委員会の審議において、
   「公共の利害に特に重要な関係があり、かつ、緊急に施行することを要する事
   業に必要な土地等の取得に関し」、土地収用法の特例を定めた「公共用地の取
   得に関する特別措置法」が国会で審議された際、この「公共の」範囲に軍事施
   設が入るかという質問がされたのに対し、当時の河野建設大臣は、「軍施設を
   「公共の」範囲に入れるということは適当でない。これはもう社会通念じゃな
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   かろうかと私は思います。そういったことに反したものについてこれをやるこ
   とは適当でない。こういうふうに私は解釈しております。」(「衆議院建設委
   員会議録第三一号、一三〜一四頁」)と答弁し、先の政府見解が再度確認され
   ている。
    これらにより、現行憲法・土地収用法の下において、国防・軍事に関する事
   業が「公共性」をもちえないこと、すなわち、軍事施設を設けるために、国民
   の所有する土地を強制的に使用または収用することができないことは明らかで
   ある。
    以上述べてきたことから、国民の所有する土地を強制的に収用または使用し
   て、米国軍隊に提供することを内容とする駐留軍用地特措法の目的は、「公共
   性」をもちえず不正であり、駐留軍用地特措法が、憲法二九条三項に反するこ
   とは明らかである。
  3 制約が必要最小限度か
  (一)国は、日米安保条約上の義務を履行するために、駐留軍用地特措法に基づ
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    いて強制的手段を用いてでも土地の使用権原を取得した上で、米軍に土地を
    使用させなけれはならないものであろうか。
     日米安保条約及び地位協定の解釈にあたっては、次の点留意する必要があ
    る。
   (1)現在の国際法は、領域主権国家を構成単位とする国際社会を基盤として、
     発生し発展してきたものである。それゆえ、国際法においては、一国が、
     自国内で立法、司法、行政権限を行使することについて、他国の干渉を受
     けないという領域主権の原則が基本原理とされ、すべての解釈の出発点と
     されているのである。したがって、外国軍隊の駐留のように駐留国の主権
     に重大な影響を及ぼす可能性がある問題を扱う条約の解釈にあたっては、
     一国の主権に対する制約はできるだけ制限的に解釈されなければならず、
     条約規定の用語が、いくつかの許容しうる解釈のどれを選ぶかについて明
     確でない場合には、当事国に課される義務を最低限とする解釈が選ばれな
     ければならない。
   (2)日米安保条約には、「日本国において施設及び区域を使用することを許
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     される。」(六条)とのみ規定され、日本国が米国に対して、土地・施設
     の使用権限を取得して、実際に使用させなければならない義務は、文言上、
     何ら規定されていない。すなわち、「条文の文言通りに解釈するかぎり、
     米軍が在日米軍基地を設置することを『許す』も『許さない』も、日本国
     の自由」(本間浩「在日米軍基地と日本国内法令)駿河台法学第七巻第二
     号・一七頁)のであるから、日米安保条約には、日本国が米国に対して、
     日本国内に軍事基地を設置することの許可を与えることが出来るというこ
     とが定められているに過ぎないと解釈すべきである。
      対等な独立した国家の間で、自国の軍事基地を他国に設置することがで
     きないことは、領域主権の原則上、当然のことである。したがって、米国
     が、日本国内の土地を取得や賃借しても、条約に基づいて日本国の許可を
     得なければ、その土地を軍事基地として使用することはできないのである。
     日米安保条約は、日本国が米国に対して軍事基地を設置することについて
     許可を与えることができる旨を定めているに過ぎない。
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      地位協定にも、日本国が土地の使用権原を取得して米軍に提供しなけれ
     ばならないという義務を定めた条項は存在しない。地位協定で定めている
     のは、日本国は米軍に対して、日本国内の地域について施設・区域として
     使用を許可することができること(日米安保条約六条、地位協定二条一項
     a)、個々の施設・区域の設定は、日米合同委員会で取り決めること(地
     位協定二五条)、日本国が経費を負担すること(地位協定二四条)に過ぎ
     ず、日本政府が施設・区域として使用される地域の使用権限を取得して、
     現実に米軍に使用させなければならない義務はどこにも定められていない。
     したがって、日米合同委員会において、ある土地を施設・区域とする旨の
     合意がなされた場合には、それは、当該土地について軍事基地として使用
     してもよいという許可を与えたこと及びその施設・区域について日本国が
     経費を負担することを定めたものに過ぎず、日本国が当該土地の使用権原
     を取得して、米軍に使用させなければならない義務を負担したことを意味
     するものではない。
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      日米安保条約及び地位協定について、日本国が強制的手段を用いて土地
     の使用権原を取得する義務を負わないと解釈すべきことは、国際社会おい
     て確立している基本的人権尊重と平和主義の理念からも裏付けられるもの
     である。
      第二次世界大戦後の国際社会は、大戦がドイツ、日本、そしてイタリア
     といった全体主義国家によって引き起こされた教訓のうえに成り立つもの
     である。すなわち、これら枢軸国では、多かれ少なかれ反民主主義的で人
     権抑圧的な体制がしかれ、この戦争を阻止しようとする国民の声は押さえ
     つけられ、戦争の惨禍をもたらした。第二次大戦は、反民主的で国民の人
     権を抑圧する国家が、国際的にはこの戦争へとつき進むものであることを
     具体的に例証したのである。これを踏まえて、戦争を阻止し、平和を確保・
     実現するためには、国内的にも国際的にも人権の保障がなされることこそ
     が必要であるという共通認識が国際社会において確立されたのである。
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      この人権の保障が平和の条件であるという考え方は、第二次大戦後、国
     際法規などによって繰り返し確認されてきた。
      一九四五年の国際連合憲章は、一条三項で「経済的、社会的、文化的又
     は人道的性質を有する国際問題を解決するについて、並びに人種、性、言
     語又は宗教的による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊
     重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること」を国
     連の目的の一つとして規定し、五五条に「人種、性、言語又は宗教による
     差別のないすべての者のための人権及び基本的自由の尊重及び遵守」を協
     力の目標として掲げ、五六条で「加盟国は、第五十五条に掲げる目的を達
     成するために、この機構と協力して、協同及び個別の行動をとることを誓
     約」し、人権の国際的保護を国際社会の普遍的課題とした。そして、国連
     憲章一〇三条には「国際連合加盟国のこの憲章に基づく義務と他のいずれ
     かの国際協定に基づく義務とが抵触するときには、この憲章に基づく義務
     が優先する」として憲章義務の優先が定められていることから、自国ない
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     し他国の国民の人権の制約をもたらす条約の義務の履行は許されなくなっ
     たのである。
      さらに、一九四八年に国連総会で採択された世界人権宣言は、前文にお
     いて「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできな
     い権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎であ
     る」との認識を示した。
      「世界人権宣言は、一八世紀以来、今日まで、世界中の各人権宣言が進
     化発展を続けてきた成果の国際的集大成として、人権の歴史において、き
     わめて重大な地位を占める」(宮沢俊義「憲法〔新版〕」有斐閣・七二頁)
     ものであるが、この世界人権宣言は、人権の尊重こそが国際平和の基礎条
     件をなすもので、人権擁護が国際社会の共通の目的であることが、国際社
     会における普遍的な認識であることを確認したのである。そして、人権保
     障に関する国際的な条約の中で最も重要なものとして一九六六年に採択さ
     れた国際人権規約は、A規約、B規約共に、その前文で「この規約の当事
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     国は、国際連合憲章において宣言された原則に従い、人類社会のすべての
     構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することが、
     世界における自由、正義及び平和の基礎である」と規定し、あらためて平
     和の基礎としての人権の重要性を確認し、人権を国際的に保障したのであ
     る。
      また、一九四七年に締結された、連合国とイタリア、ルーマニア、ブル
     ガリア、ハンガリー、そしてフィンランドとの平和条約は「(五カ国は)
     人種、性、言語又は宗教の相違に関わらず、その管轄下にあるすべての人
     に対して、表現、出版刊行の自由、信教の自由、政治的意見及び公の集会
     の自由を含む、人権と基本的自由の享有を保障するために必要なあらゆる
     措置を講ずるものとする。」と規定し、一九五二年に発効した対日平和条
     約の前文は「日本国としては、国際連合への加盟を申請し且つあらゆる場
     合に国際連合憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために
     努力し、国際連合憲章第五十五条及び第五十六条に定められ且つ現に降伏
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     後の日本国の法制によつて作られはじめた安定及び福祉の条件を日本国内
     に創造するために努力」する意思を宣言している。このように、旧枢軸国
     との平和条約で人権の保障が謳われたということは、人権の保障が平和を
     実現し、戦争の再発を防止するうえで極めて重要であるとの認識を表明し
     たものに他ならない。
      さらに、一九七五年に、東西ヨーロッパ諸国(米ソを含めて)三五カ国
     が集まって開かれた欧州安全保障協力会議の最終文書として発表されたヘ
     ルシンキ宣言では、例えば「参加国は、人権と基本的自由の普遍的意義を
     確認する。これら人権と基本的自由の尊重は、参加国間並びにすべての国
     家間における友好的関係及び協力の促進を確保するために必要な平和、正
     義並びに福利にとって基本的な要素である。参加国は、つねにこれらの権
     利と自由を、その相互関係において尊重し、協同してあるいは個別に、国
     連との協力をも含めて、これらの権利と自由への普遍的並びに効果的な尊
     重を促進することを努力するものとする。」として、基本的人権の尊重が
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     安全保障のために重要な役割を果たすことを明らかにしている。また、一
     九七八年の「平和と人権=人権と平和」会議(オスロ会議)の最終文書は
     「平和への権利は、基本的人権の一つである。いかなる国民も、いかなる
     人間も、人種、信条、言語、性によって差別されることなく、平和のうち
     に生存する固有の権利を有する。この権利の尊重は、他の人権の尊重と同
     様に、人類の共通の利益にかなうものであり、かつすべての地域における、
     大小を問わずあらゆる国民の発展にとって不可欠の条件をなす。基本的人
     権と平和は、いずれか一方に対するいかなる脅威も、他方に対する脅威と
     なるという意味で、不可分である。人権と平和は、人権を促進する行動は、
     平和の促進と維持と結合されなければならないという意味で、国内的にも
     国際的にも相互依存的である。平和と基本的人権は、いついかなる場所に
     おいても、不可譲かつ絶対的なものであり、人類の共通の財産である。上
     記の諸権利の完全な実施は、各個人の政治生活への積極的かつ自由な参加
     に依存するので、この基本的な権利は承認され、かつ、確保されなければ
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     ならない」と述べて、平和と基本的人権の保障の必要性が確認されている。
      このように、第二次大戦後の国際社会では、平和を保障するために基本
     的人権が尊重されなければならないということが共通目標とされているの
     でのある。したがって、条約の解釈は、基本的人権尊重と平和主義の理念
     に適合的になされねばならず、日米安保条約、地位協定の解釈についても、
     日本国が国民の基本的人権たる財産権を強制的に制約してまで土地使用権
     限を取得し、米軍に実際に使用させなければならない義務を負っているも
     のと解釈することは許されないと言うべきである。
      日本国憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約・・・は、これを誠
     実に遵守することを必要とする。」と規定しているが、軍事基地用地取得
     のために個人の意思を制圧して基本的人権たる財産権を制約することを拒
     否することこそが、国際連合憲章、世界人権宣言、国際人権規約、対日平
     和条約等を遵守することになり、平和主義と国際協調の理念に合致するも
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     のである。しかも、基本的人権保障を確認した前記諸条約や宣言は、国際
     社会の構成員によって一般的に承認され、普遍性を持つ「確立された国際
     法規」であり、強国によって事実上弱小国に押しつけられる可能性のある
     単なる個別の条約に優越するものであるから、米軍用地のために個人の意
     思に反して財産権を強制剥奪することこそが、憲法九八条二項に反するも
     のというべきである。
      日米合同委員会においては、当該土地について施設・区域として使用し
     てもよいという許可を与えること及びその施設・区域について日本国が経
     費を負担することを定めうるに過ぎず、日本国が当該土地の使用権原を取
     得して、米軍に使用させなければならない義務を定めることができないこ
     とは、地位協定の実施のための国内法である「日本国とアメリカ合衆国と
     の間の相互協力及び安全保障条約六条に基づく施設及び区域並びに日本国
     における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有の財産の管理に
     関する法律に照らしても、明らかである。
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      すなわち、同法七条は「合衆国に対して政令で定める国有の財産の使用
     を許そうとするときは、内閣総理大臣は、あらかじめ、関係行政機関の長、
     関係のある都道府県及び市町村の長並びに学識経験を有する者の意見を聞
     かなけれならない」と定め、政令で定める財産とは「第二条〔無償使用〕
     の規定により合衆国に使用を許そうとする財産のうち、その使用を許すこ
     とが産業、教育若しくは学術研究又は関係住民の生活に及ぼす影響その他
     公共の福祉に及ぼす影響が軽微であると認められるもの以外のもの」とさ
     れている。これは、米軍に対して国有財産の使用を許すことが産業、教育
     若しくは学術研究又は関係住民の生活に及ぼす影響その他公共の福祉に及
     ぼす影響が軽微でなく、使用を許すことが不適当である場合には、米軍に
     対して使用を許さないことを前提とする規定である。このような規定を設
     けているのは、日米合同委員会で施設・区域とする旨の合意がなされた場
     合でも、それは直ちに日本国が米軍に土地を実際に使用させなければなら
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     ないことを意味するのではなく、別途、米軍に土地を実際に使用させるか
     否かを判断して、取り決めることを示しているものに他ならない。
      日本国が、強制的に国民の財産権を制約しても施設・区域の使用権原を
     取得し、実際に米軍に施設・区域を使用させなければならないという合意
     を、日米合同委員会で取り決めることができないことは、日米合同委員会
     における合意手続から考えても当然のことと言える。
      基本的人権は何よりも尊重されねばならず、基本的人権の制約は、国民
     の国政への積極参加と公開が実質的に保障された民主制の過程でしかなし
     えない。また、国民の基本的人権に対する制約については、当該人権の享
     有主体、さらにはそれによる利害関係を受けるものについて、その手続に
     参加して防御をなしうる機会を保障し、手続的正義が確保されなければな
     らない。この民主主義、手続保障を欠く手続で、国民の人権を制約するこ
     とが許されないことは、現代の国際社会では自明のこととされている。
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      ところが、日米合同委員会の合意は、日本国外務省北米局長と在日米軍
     参謀長との間でなされ、そこに国会のコントロールはなく、しかも、日米
     合同委員会における合意事項は原則的に公表されておらず、国会、国民が
     合意事項を検証する手段、機会も保障されていない。さらに、施設・区域
     の設置について合意する場合にも、地主、当該土地の所在する地方公共団
     体等が、意見を述べる機会すらないのである。このように、民主的手続も
     なく、利害関係人の権利保障のための適正手続も用意されていない日米合
     同委員会において、国民の財産権を強制剥奪してまで日本国が土地使用権
     原を取得することを合意することは許されない。
      したがって、国は、米軍用地の使用権原を取得する義務を負うものでは
     なく、米軍用地の取得のためのという目的は、財産権制約の正当な目的と
     はなりえない。
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      以上のとおり、日米安保条約上、日本国は、所有者の意思に反してまで
     土地の使用権原を取得して、米軍に施設・区域として現実に使用させなけ
     ればならない義務を負っているものではない。
      したがって、そもそも日本国は、強制的に土地の使用権限を取得する義
     務はないのであるから、米軍に施設・区域を使用させるという目的で、国
     民の財産を強制的に取上げることは、右目的達成に必要な最小限度の範囲
     をはるかに越えるものであり、およそこの法律によって財産権を制約する
     ことは認められない。
  4 米軍の駐留目的と米軍基地の実態―立法事実論
    法律は、一定の事実状態を前提として存在するものである。従って、基本的
   人権を規制する法律の合憲性を判断するためには、規制目的の正当性、規制の
   必要性、規制方法・手段の相当性を、それを裏付ける事実状況(立法事実)が
   存するか否かと関連付け、検討・評価する必要がある。そして、法律の制定時
---------- 改ページ--------85
   のみならず裁判時において、かかる法律による規制を裏付ける状況が存しない
   場合は、当該法律は、基本的人権を不必要に制約するものとして、違憲・無効
   となる(佐藤幸治「憲法(第三版)」青林書院三七二頁)。
    駐留軍用地特措法は、国民の所有する土地を強制的に使用・収用するもので
   あるが、このような財産権制約を裏付ける事実状況が存するかどうかが検討さ
   れなければならない。
    駐留軍用地特措法は、日米安保条約六条及び地位協定に基づいて、米国軍隊
   に軍用地を提供することを目的とするが、その在日米軍の目的は「日本の安全」
   と「極東の安全」に寄与することにある。
    しかし、在日米軍特に沖縄の米軍基地の実態は、「日本の安全」と「極東の
   安全」に寄与するという、駐留軍の目的の範囲に止まっているか、その目的の
   範囲を越えて、存しているのではないか。
    日米安保条約六条は、「日本の安全」のみならず「極東の安全」のためにも、
---------- 改ページ--------86
   在日米軍の出動を認めている。これは、わが国が、「日本の安全」とは無関係
   な戦争に否応なく巻き込まれる危険が常にあることを意味する。しかも、近時
   の日米安保再定義により、日本及び米国政府が、この「極東の安全」を拡大解
   釈し、在日米軍基地を米国の世界戦略の一環として位置づけ、米国のアジア・
   西太平洋地域における国益の擁護を主たる目的とし、在日米軍の自由な行動を
   最大限保障しようとの合意が形成されつつある以上、この危険はいよいよ現実
   的かつ客観的に増大しているといわなければならない。
    今日の在日米軍は、「日本の安全」「日本の防衛」のためにあるのではなく、
   アジアにおける米国の韓国、台湾、フィリピンとの各軍事条約やSEATO
   (東南アジア条約機構)の義務を果たすため、いいかえれば、朝鮮半島から東
   南アジアにいたる西太平洋地域でのアメリカの世界戦略を遂行するために、こ
   れを第一次的な任務として日本にその軍事力を展開しているのである。
    その具体的な状況について、「軍事化される日本」(「世界」編集部三七〜
   三八頁)は次のように述べている。
---------- 改ページ--------87
    「このように、米国は日本を守り、日本は基地を提供する―というのがこの
   条約の表向きの構造だが、結局のところ、日本はこの条約を締結することによっ
   て、米国の戦後の世界戦略、とりわけ対中国、対ベトナムを中心とするアジア
   戦略の中で、米国の軍事力をさらに遠くに投入することを可能にするための
   『世界基地』に自らを位置づけることを選んだのである。
    実際、沖縄を含めた米軍基地は、絶大な力を発揮してきた。日本の基地なし
   には、米軍は朝鮮戦争もベトナム戦争も戦うことはできなかったし、今後もア
   ジア、インド洋での戦争を行うことはできないだろうといわれている。
    日本を守るためではない―。米国にとって日本の位置が重要であり、そこに
   軍事力を展開することが、米国の利益になるからこそ、米軍は日本にその最新
   鋭の部隊を駐留させているのである。これは、米国防省報告がくりかえし認め
   ているところである。」
---------- 改ページ--------88
    例えば、米国防省は、一九九五年二月、米国議会に、「日米間の安全保障に
   ついての報告」を提出したが、それによると、「わが国の陸軍、空軍、海軍、
   海兵隊の在日基地は、アジア太平洋における米国の最前線の防衛線を支えてい
   る。これらの軍隊は、遠くペルシャ湾にも達する広範囲の局地的、地域的、さ
   らに超地域的な緊急事態に対処する用意がある。」という。 すなわち、在日
   米軍と米軍基地は、日本の防衛のためだけではなく、遠くペルシャ湾にも展開
   して、米国を防衛する役割をもっていることが報告されているのである(梅林
   宏道「情報公開法でとらえた在日米軍」高文研三〇〇頁参照)。
    このように、在日米軍特に沖縄の米軍基地は、「日本の安全」「極東の安全」
   を確保するために存するのではなく、米本土をはじめ米国の国益を守るために
   存し、米国本土防衛の最前線基地の機能を果たしているのが実態なのである。
    このような米軍基地特に沖縄の米軍基地の実態を直視すると、「日本の安全」
   「極東の安全」のために、国民の所有する土地を強制的に収用して、米国軍隊
---------- 改ページ--------89
   に軍用地として提供するという駐留軍用地特措法を適用する前提事実(立法事
   実)を欠くというべきである。
    従って、駐留軍用地特措法は、その適用による規制を裏付ける事実状況が存
   しない以上、国民の財産権を不必要に規制するものであり、憲法二九条三項に
   違反し、違憲・無効であることは明らかである。
  5 結論
    以上述べたように、仮に日米安保条約が合憲であり、米国軍隊の日本国内へ
   の駐留が憲法上許容されるとしても、憲法に、米国軍隊の駐留目的実現のため
   の国民の人権制約を認める条項が存在しない以上、人権を制約することはでき
   ない。これは、仮に、自衛隊の存在が憲法九条に違反しないとしても、憲法に、
   自衛隊の存在目的実現のために、人権を制約しうる条項が存在しない以上、例
   えば、自衛隊への徴兵制度を設けることは許されないこと、自衛隊用地取得の
   ために、個人の所有地を公用収用することは認められていないこと等と比較す
   れば明らかである。
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    従って、駐留軍用地特措法の財産権制約の目的の正当性を欠くものであって、
   憲法二九条に違反することは明らかである。
    さらに国の安保条約上の義務は、国民と賃貸借契約を締結し、任意に使用権
   を取得して、米国へ提供するというのが限度である。従って、国は、国民の所
   有地を強制的に取得して、米国に提供する義務を負わないのであるから、国民
   の所有地の強制収用を内容とする駐留軍用地特措法は必要以上に国民の財産権
   を制約するものであり、この点からも、憲法二九条に違反することは明らかで
   ある。
    また立法事実論の点からも駐留軍用地特措法は、憲法二九条に違反し、違憲・
   無効であることは明らかである。
 三 憲法三一条違反
   駐留軍用地特措法は、以下に述べるとおり、土地収用法に比してその手続を著
  しく簡略化しており、使用及び収用される土地所有者等の権利保護に欠けるから、
  適正手続を保障した憲法三一条に違反するものである。
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  1 土地収用法一八条について
    土地収用法においては、起業者が建設大臣または都道府県知事に事業認定申
   請書を提出する際の添付書類として事業計画書の添付を義務づけている(土地
   収用法一八条)。この事業計画書には、事業計画の概要、事業の開始及び完成
   の時期、事業に要する経費及びその財源、事業の施行を必要とする公益上の理
   由、収用または使用の別を明らかにした事業に必要な土地等の面積、数量など
   の概要並びにこれらを必要とする理由、起業地等を当該事業に用いることが相
   当であり、かつ土地等の適正かつ合理的な利用に寄与することになる理由が記
   載されるようになっている(規則三条一項)この記載内容をみればわかるとお
   り、事業計画書は申請に係る事業の内容を具体的に説明するものであり、事業
   の認定機関は、この事業計画書に記載された事項をもとにして、事業が三条各
   号の一に掲げるものに関するものであること、起業者が当該事業を遂行する充
   分な意思と能力を有するものであること、事業計画が土地の適正かつ合理的な
   利用に寄与するものであること、土地を収用し、又は、使用する公益上の必要
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   があるものであることの四つの認定要件に該当するか否かを判断するものであ
   る。
    ところが、駐留軍用地特措法では、使用または収用の認定の申請に、このよ
   うな「事業計画書」もしくはそれに相当する使用・収益の内容を具体的に説明
   した書類の添付は要求されていない。
  2 土地収用法二四条、二五条について
    土地収用法においては、建設大臣または都道府県知事は、事業の認定を行お
   うとするとき、起業地が所在する市町村の長に対して、事業認定申請書及びそ
   の添付書類のうち、当該市町村に関係のある部分の写しを送付しなければなら
   ず(二四条一項)、右書類を受け取った市町村長は公告の日から二週間右書類
   を公衆の縦覧に供しなければならず(同条二項)、また、事業の認定に利害関
   係を有する者は、右二週間の縦覧期間内に、都道府県知事に意見書を提出する
   ことができる(二五条一項)。
    これに対し、駐留軍用地特措法では、この事業認定申請書、添付書類の送付
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   及び縦覧の手続はなく、利害関係人の意見書の提出についての定めもない。国
   民の権利保護手続として不十分である。
    また、前述したように、土地収用法においては、利害関係人は、事業認定書
   及び事業計画書の添付書類を閲覧することができるから、具体的な事業の内容
   を充分に検討したうえで、有効・適切な意見書を作成して提出することが可能
   であるが、駐留軍用地特措法の場合、同じく「意見書」の提出が認められてい
   るとはいえ、その使用・収用の内容については、ほとんど何も知らされない状
   態で意見書を提出しなければならず、現実的、実質的な権利保護の程度と内容
   は、両者間で著しい相違があるといわなければならない。
  3 土地収用法二三条について
    土地収用法は、事業の認定を行おうとする場合において、必要があるときは、
   公聴会を開いて一般の意見を求めなければならない(二三条)と規定している。
    公聴会は、必ず開かなければならないものとはされていないけれども、「必
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   要があるときは開かなければならない」ものであり、憲法三一条の適正手続の
   保障の一環として、事業認定の公正・妥当さを保障するために法が認めている
   重要な制度である(例えば、公害の発生が予測される事業や、あるいは本件の
   ごとき事例を考えれば、その重要性は明確であろう)。
    ところが、駐留軍用地特措法は、土地収用法二三条の適用を除外し、公聴会
   の制度を廃止している。
  4 結論
    駐留軍用地特措法において、この使用・収用の認定に至る事前手続における
   権利保護の手続きが、土地収用法に比較して、形式化・形骸化されていること
   は明白であり、適正手続を保障した憲法三一条に違反するものである。

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第三 駐留軍用地特措法を本件土地の使用のために適用することの違憲性
 一 適用違憲、運用違憲
   被告は、第二で駐留軍用地特措法の法令違憲を主張したが、仮に同法自体が違
  憲でないとしても、同法を本件土地に適用して強制使用をなすことはその適用に
  おいて違憲無効であり、従って、強制使用手続の一連の過程をなす本件公告縦覧
  の手続も違憲無効というべきである。
  1 適用違憲の意義
    被告が主張している駐留軍用地特措法の適用違憲とは、使用認定の違憲性に
   とどまらず、後続の各手続きそれ自体の適用において違憲性をもたらすことは
   当然である。
    駐留軍用地特措法による土地等の強制使用手続は、おおまかに言えば、起業
   者による事業のための準備手続、内閣総理大臣による使用認定手続、土地・物
   件調書作成など防衛施設局長による使用裁決申請の準備手続、収用委員会によ
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   る使用裁決手続といった一連の処分や事実行為の過程を経なければならない。
   それらの手続全てが、対象となる土地等の強制使用を目的とするものであり、
   それらの一つでも欠ければ土地等の強制使用はなされえないものである。使用
   認定は、その過程での重要な一つの処分であるということはできるとしても、
   その処分のみから直ちに土地等の強制使用権原の発生という法的効果が発生す
   るものではない。その後の各手続要件も充足して初めて強制使用ができるので
   ある。従って、各手続それ自体の適用が違憲か否かを検討しなければならない。
    これを本件に即して言うと、本件土地に対して駐留軍用地特措法を適用する
   ことによって、本件土地が駐留軍に提供される結果、被告の主張している適用
   違憲を基礎づける基地被害などの様々な事実がもたらされるのである。すなわ
   ち、それらの事実は、使用認定処分の違憲無効をもたらすのみならず、この一
   連の手続の全ての処分ないし事実行為について違憲状態を招来させるものであ
   る。
    この点に関して、例えば本件公告縦覧手続の効果は、収用委員会による使用
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   裁決に必要な手続要件の一つが整うことにすぎないのであって、本件公告縦覧
   の代行事務の執行が直ちに被告主張のような不利益を招来するものではないと
   して駐留軍用地特措法適用の各段階の効果を局限してとらえて矮小化してはな
   らない。なぜなら、同法適用の各段階の手続はそれ自体のみをもって完結的に
   強制使用の効果をもたらすものではないから、それら個別の手続きの違憲性を
   争えないとした場合、一連の行為は違憲であるのに、その一部をなす各個の行
   為が合憲とされることになり、違憲性を争う手段を著しく奪われることになる
   からである。また、公告縦覧の手続もその最終的な目的は当該土地の強制使用
   にあるのであって、その強制使用が違憲というのであれば、その準備手続であ
   る署名等代行手続も全く無意味であるばかりかその手続の一環である本件公告
   縦覧も違憲無効であり、これを法律上命令することは、結果として違憲な法的
   効果に向けられた準備行為への加担を命ずるという不当な結果になるからであ
   る。
  2 運用違憲について
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    被告による駐留軍用地特措法の適用違憲の主張は、本件強制使用手続そのも
   のの違憲性を明らかにするものではあるが、それにとどまるものではない。
    駐留軍用地特措法は、その他の関連法令の運用とあいまって、在沖米軍基地
   の存在について、憲法違反の状態をもたらしているのであるから、駐留軍用地
   特措法の運用自体が違憲であるというべきである。
    すなわち、運用違憲とは、法令それ自体を合憲としつつ、法令の運用の実態
   を審査し、そこに違憲の運用が認められるとき、その一環としての運用である
   当該事件の措置を違憲・無効とするものである(伊藤正巳「憲法第三版」弘文
   堂六四二頁)。
    もっとも、運用違憲という違憲審査方法について、当該行為への適用とは全
   く無関係に法令の運用を問題にする場合には事件性を欠くものとして裁判所の
   司法審査の対象外となるものではないかとの疑問が或いは生じうるかもしれな
   いが、問題となる行為が、違憲の結果をもたらす運用の一環として、現実に違
   憲の結果の一因となっている場合には、事件性に欠けるところはなく、その運
   用全般を司法審査の対象とすることに何ら問題は存しない。
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    この運用違憲という違憲審査の手法は、多数の行為が密接に関連、作用して、
   一連の行為の集積として憲法に適合しない状態を生じさせているが、この一連
   の行為をことさらに格別の行為に分断し、個々の行為の効果のみを取り上げた
   場合には、個別の行為の効果自体は直ちに憲法違反とまでは言い難い事案につ
   いて、事柄の本質に即して、正義衡平に適った結論を導くことのできる優れた
   手法である。そして、ここに言う法令の運用とは、必ずしも単一の法令の運用
   を指すものではなく、同一の目的のために、複数の法令が密接に関連して運用
   され、その全体の集積として一定の結果を生じさせている場合には、いわば複
   合体をなす一連の法令の運用全体が審査の対象となるものというべきである。
    そして、駐留軍用地特措法は、日米安保条約、地位協定に基づき、米軍に対
   して施設・区域(基地)を提供することを目的とする法律であり、また「日本
   国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及
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   び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う国有
   財産の管理に関する法律」などの米軍基地提供を目的とする一連の法令と密接
   に関連しているものであるから、かかる一連の法令の運用の実態、すなわち、
   米軍基地提供の実態について、その運用全体が憲法に適合するか否かを検討し
   なければならない。つまり、前述したとおり本件土地に対する強制使用手続そ
   れ自体の違憲性も問われなければならないのは当然として、本件土地の強制使
   用の経過と、それが直接もたらす効果、権利侵害のみを検討すれば足りるとい
   うものではなく、本件土地の存する施設、ひいては在沖米軍基地全体の米軍基
   地としての運用とそのもたらす被害の実態、これらに対する駐留軍用地特措法
   など関連法令適用の実態を踏まえた違憲性の判断をすべきなのである。本件土
   地の強制使用の効果を分断してとらえ、その一筆一筆の強制使用が直接もたら
   す効果のみに目を奪われれば、各施設の基地提供行為の集積による沖縄県民に
   対する重大な権利侵害の事実が、見過ごされことになるといわざるを得ない。
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    以上を前提に、本件土地に対する駐留軍用地特措法の適用が憲法の各条項に
   違反することを順次明らかにする。
 二 安保条約目的条項を逸脱する米軍の駐留の憲法九条、前文への違反
  1 砂川刑特法事件最高裁判決
    旧日米安保条約の合憲性について争われた砂川刑特法事件において、最高裁
   大法廷一九五九年一二月一六日判決は、次のとおり判示した。まず、憲法九条
   二項前段の規定の一般的意義について、「同条項がその保持を禁止した戦力と
   は、我が国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいう
   ものであり、結局我が国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれが我が
   国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。」
   とした。次に、米国軍隊の駐留が憲法九条、九八条二項及び前文の趣旨に反す
   るかどうかについて、「(同軍隊の駐留の)目的は、もっぱら我が国および我
   が国を含めた極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起こらないように
   することに存し、我が国がその駐留を許容したのは、我が国の防衛力の不足を、
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   平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補おうとしたものに外ならない
   ことが窺えるのである。果たしてしからば、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐
   留は、憲法九条、九八条および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反
   して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。」
   とした。
  2 憲法九条及び平和的生存権に基づく外国軍隊の駐留に対する制約
    日米安保条約自体の憲法適合性はさておき、仮に外国軍隊の駐留の合憲性を
   肯定する立場に立とうとも、「いかなる目的のいかなる軍隊であったとしても
   外国軍隊の駐留自体がおよそ憲法上禁じられていない。」とまで認める見解は
   成り立ちえない。なぜならば、憲法は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に
   信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意し」(前文)、更に九条に
   よって、国際紛争の平和的解決を選択するという徹底した平和主義を採用し、
   かつ「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存す
   る権利を有する」(前文)ことを確認しているからである。
---------- 改ページ--------103
    すなわち、憲法九条や平和的生存権の規定があるにもかわらず外国軍隊の駐
   留が違憲ではないとしても、それは、憲法九条も主権国家に固有の自衛権の保
   持を否定しているわけでないとした上で、その権利を行使するための自国の防
   衛力の不保持ないし不足を補う目的の限りにおいて存在する外国軍隊の駐留で
   あるからとしか説明できないのである。現在の政府見解をもってしても、集団
   的自衛権の行使は憲法上否定されていると解され、日米安保条約上の共同防衛
   の範囲が「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力
   攻撃」の場合に限定されており(同条一項)、我が国の側からすれば集団的自
   衛権の行使を認めたものではないと説明されるのは、このことと同じ文脈でと
   らえられるものである。
    右最高裁判決も、旧日米安保条約が、我が国と我が国を含む極東の平和の維
   持を目的としており、憲法九条にもかかわらず当然我が国が有している「固有
   の自衛権」というものを前提として、その防衛力の不足を補うものであるとい
---------- 改ページ--------104
   うことを根拠に、それが一見明白に違憲無効とは認められないとしているので
   あり、そうでない外国軍隊の駐留は違憲と判断される余地を十分に残している
   のである。
  3 憲法九条及び平和的生存権に基づく日米安保条約目的条項の制約の存在
    現行日米安保条約六条は、米軍による施設及び区域使用の目的を「日本国の
   安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」
   と定めており、その限りにおいて旧日米安保条約の有していた目的を継承して
   いる。先に述べたとおり、仮にこの日米安保条約を合憲とする見解に立ったと
   しても、外国軍隊の駐留に対して全く憲法上の規制がないということではなく、
   それが「日本国」の安全に寄与し、並びに「極東」における国際平和等に寄与
   する目的に限定されることによって初めて合憲といいうるのである。なお、我
   が国の自衛権行使の不足を補うという観点からすれば、この範囲を「極東」に
   拡大することに疑問無しとはしないが、一九六〇年二月二六日日本政府統一解
   釈によれば、「極東の平和と安全に寄与するということが、日本の平和と安全
   とうらはらになっている」とされており(「安保条約ーその批判的検討」)、
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   極東という日本に近接した地域の平和が日本の平和と安全に密接に結びついて
   いること、すなわち日本の自衛権の行使に関わることがその正当化の根拠とさ
   れているのである。
    右のことを裏返して言えば、日米安保条約の運用が右目的を逸脱した場合に
   は、日米安保条約の合憲性についていかなる見解に立とうとも、その運用は憲
   法九条と平和的生存権の規定に反する違憲状態と判断されるのは疑問の余地が
   ない。
    駐留軍用地特措法も、日米安保条約の右目的の範囲内の運用のための米軍用
   地を提供することを目的とした法律である以上、日米安保条約の目的条項を逸
   脱した運用のための米軍用地の使用に関し同法を適用することは、同法による
   「駐留軍の用に供する」との要件を欠き、ひいては憲法九条及び平和的生存権
   に違反することになるのである。 
  4 日米安保条約目的条項を逸脱する米軍駐留の実態
  (一)「極東」の意義について、前記日本政府統一解釈によれば、「極東の区域
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    は…大体においてフィリピン以北、ならびに日本及びその周辺地域で韓国及
    び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」とされている。しか
    し、在日米軍基地、ことに在沖米軍基地の活動の実態は、日本および極東地
    域に限定されてきたものでなく、むしろアメリカの世界戦略に従ってアジア
    太平洋地域全般のアメリカの国益を擁護することにその中心が存するのであ
    る。
  (二)ヴェトナム戦争、湾岸戦争などにおける在日米軍基地からの出動の実態を
    在日米軍基地の現実の利用の実態から具体的にみてみよう。
     ヴェトナム戦争において、在沖米軍基地は後方支援基地としてフルにその
    機能を発揮したことは周知の事実である。嘉手納飛行場からは北爆のための
    B五二爆撃機が出動し、那覇軍港からは戦闘用車両等が積み出され、牧港補
    給地区では、戦闘で破壊された戦車等の修理がなされ、また戦死した兵員の
    遺体が運び込まれるなど、まさに沖縄もその戦場にされたのであった。
     一九九一年一月一七日に始まった湾岸戦争では、在日米軍基地から、沖縄
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    の約八、〇〇〇人以上、横須賀を母港とする空母ミッドウェー戦闘群六隻、
    岩国の攻撃機二個飛行中隊三一機、横田の輸送部隊など合計約一万五〇〇〇
    人以上が出動した。
     なかんずく沖縄では、一九九〇年八月二日にイラクがクウェートを侵略す
    るや、同月七日(「砂漠の盾」作戦の初日である)から八日にかけて嘉手納
    基地から武装兵を乗せたC一三〇輸送機や空中早期警戒管制機(AWACS)
    が発進したのを始め、第三海兵遠征軍第三海兵師団の第四海兵連隊、第九海
    兵連隊、第一二海兵連隊などの歩兵、砲兵、戦車、水陸両用車、後方支援部
    隊を中心に、普天間基地の第三六海兵航空群の攻撃・輸送ヘリ部隊、海軍工
    兵隊、第三七六戦略航空団のKC一三五空中給油機などの空中給油、組織整
    備部隊、そして陸軍特殊部隊グリーンベレーまで次々と出動した。
     ヴェトナム戦争や湾岸戦争以外にも、一九七九年三月、米韓合同演習「チー
    ム・スピリット」に参加するため嘉手納基地に飛来してきたE3Aが、南北
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    イエメンの武力紛争に関連してサウジアラビアに発進して偵察任務についた
    事例もある。また、普天間基地の第三六海兵航空群は、緊急投入戦力として、
    湾岸戦争以前にも一九八〇年のイラン干渉の際に、ペルシャ湾に投入された。
    このような事例 は枚挙にいとまがない。
     以上のように、在日米軍基地は、これまで我が国はおろか「極東」にも入
    らない地域での戦争や紛争における米国の利益のために使用されてきたので
    ある。
  (三)アメリカ政府による在日米軍基地の位置づけ
     このような在日米軍基地の存在目的と活動実態については、アメリカ政府
    ないし軍当局者からもこれまで何度となく明らかにされてきた。
     例えば、一九七八年に在沖米四軍調整官は、「私の率いる部隊が出動する
    範囲に制限はない」と発言しており、右のことを裏付けている。
     このような在日米軍の位置づけは、後述する安保「再定義」によって、一
    層明確化されるとともに、日本政府自身も共同声明という形でその役割を公
    に認めようとしているのである。
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  (四)以上のとおり、在日米軍基地の運用の実態は、日本および極東地域安全と
    いう日米安保条約の本来の目的を逸脱したものである。
     それは、本件で強制使用認定の対象となっている在沖米軍各基地について
    も同様である。
     従って、米軍によるその目的を逸脱した活動のために使用する土地を提供
    するために駐留軍用地特措法を適用することは、憲法九条および前文の規定
    に違反するというべきであり、ひいては、被告には同法による強制使用手続
    の一環としての本件土地の公告縦覧の代行義務は生ぜず、原告による本件職
    務執行命令は理由がないというべきである。
  5 安保「再定義」による日米安保条約目的条項逸脱の固定化
    前項に述べた日米安保条約の目的条項を逸脱した米軍駐留の違憲性は、安保
   「再定義」により、ますます鮮明になりつつある。
---------- 改ページ--------110
  (一)日米安保条約の地球規模への拡大を目指す「再定義」
     日米安保の「再定義」とは、東西冷戦が終結して日米安保条約の存在の最
    大の論拠とされてきた「ソ連の脅威」が消滅したために、その存在意義が問
    われている今日において、冷戦後の日米安保体制のあり方を確認しようとい
    う日米双方の作業を指している。「再定義」の協議は、一九九四年一一月に
    米国のジョセフ・ナイ国防次官補(当時)らと日本政府関係者らによって開
    始され、一九九六年四月一七日に東京で開催された日米首脳会談で日米安保
    共同宣言として発表された(異議申し立て基地沖縄・琉球新報社)。
     安保「再定義」の内容は、右首脳会談で発表された日米共同宣言に端的に
    現れている。
     同宣言は、「(日米安保条約を)基盤とする両国間の安全保障面の関係が、
    共通の安全保障上の目標を達成するとともに、二一世紀に向けてアジア太平
    洋地域において安定的で反映した情勢を維持するための基礎であり続けるこ
---------- 改ページ--------111
    とを再確認した。」、「日米安保条約が日米同盟関係の中核であり、地球的
    規模の問題についての日米協力の基礎たる相互信頼関係の土台となっている
    ことを確認した。」と、日米安保条約を極東条項にとらわれず、地球的規模
    に拡大するとともに、日米関係を軍事同盟を中心にすえることを宣言した。
     そして、昨年一一月に発表される予定であった宣言の案(「旧宣言案」と
    いう)においては、それが「(米国の)死活的な国益の存在する地域に前方
    展開するという世界戦略の一部」であることがあからさまに示されていた。
    国民的非難が向けられることを恐れて今回の共同宣言では、表現がややぼか
    されたものの、その間米国の戦略に変化はなく、意図するところは同じとい
    える。
     日米政府は、この安保「再定義」の動きに合わせて、一九九五年一一月に
    新防衛大綱を策定し、また、本共同宣言の直前に物品役務相互提供協定(A
    CSA)を締結するなどその作業を着実に進めてきている。そして、より重
    大であるのは、日米安保条約を実質的に改定して、日米共同作戦体制を確立
---------- 改ページ--------112
    した一九七八年の「日米防衛協力のための指針」(いわゆる「ガイドライ
    ン」)の見直しを回避することが、本共同宣言で合意されたことである。ま
    さに、これによって、本来日本の防衛のため存在していたはずの日米安保条
    約が、グローバルな日米共同作戦体制へと重大な一歩を印すことになったの
    である。
     ちなみに、旧宣言案では米国防省国際安全保障局が一九九五年二月に発表
    した「東アジア・太平洋地域に対するアメリカの安全保障戦略」(「東アジ
    ア戦略報告」)を安保「再定義」の基礎にすえることを明言していたのに対
    し、今回の共同宣言では、これについて明示的にはふれられていない。しか
    しながら、「東アジア戦略報告」は、安保「再定義」の米国側の意図をもっ
    とも如実に示すものであり、当然この「再定義」の下敷きになっているもの
    である。
     被告も、その重大性に早くから危惧の念を抱いており、それが、本件公告
    縦覧手続の代行に応じない一つの動機にもなったものであるので、同報告等
    の内容についてもう少し明らかにする。
---------- 改ページ--------113
     「東アジア戦略報告」では、「アジア・太平洋地域におけるアメリカの軍
    事的前方プレゼンスは、地域的安全保障と、アメリカの地球的規模の軍事態
    勢の不可欠の要素である。」「太平洋における前方展開戦力は、世界中の危
    機に対する迅速・柔軟な対応能力を保障(する)」として、日本を含むアジ
    ア太平洋地域への米軍の前方展開の今日的根拠を明らかにし、そのために今
    後も「アジアにおけるわが国のプレゼンスは、地域の必要に応じ、中東その
    他、地球的規模の安全保障上の緊急事態にこたえるのに十分な規模に維持さ
    れる。」と宣言している。その実践的根拠として湾岸戦争が取り上げられ、
    「たとえば『砂漠の盾』作戦や『砂漠の嵐』作戦の時期に、アジアにおける
    わが国の軍事機構は、アジアの地域的脅威に対する抑止力を首尾よく提供し
    (た)」と評価している。そして在日米軍基地については、「アジアと太平
    洋におけるアメリカの安全保障政策は、日本の基地の利用や、アメリカの作
    戦に対する日本の支援に依拠している。」と最重要視し、「太平洋地域の距
    離的隔たりの大きさからして、日本の基地の利用権の確保は、侵略を抑止し、
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    打破するわれわれの能力において決定的役割を果たしている。」ので、引き
    続きその勢力を維持するとしているのである。これは、沖縄を含む在日米軍
    基地の機能強化と固定化を宣言するものに他ならない。この報告はまさに在
    日米軍基地の存在理由を米国側から率直に物語るものであるが、それが共同
    宣言案に盛り込まれることによって日本政府もそのような位置づけの質的転
    換を公式に確認することとなるのである。安保「再定義」と呼ばれるゆえん
    である。
     また、右報告と同時期の同年三月一日に米国防総省から発表された「アメ
    リカと日本の安全保障関係に関する報告書」(「日米安保報告書」)も日米
    安保と在日米軍基地に関して同様の認識を示している。この報告は、基地縮
    小を求める沖縄の世論が契機となり、一九九五会計年度の米国防認可法にお
    いて初めて日米安保関係に絞って米議会が提出を要求したものであり、在日
    米軍基地の米国にとっての存在意義を率直に述べたものとして重要である。
     その点についての具体的記載をみると、「日本におけるわれわれの陸軍、
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    空軍、海軍及び海兵隊の基地は、アジア・太平洋における防衛の第一線を支
    援するものである。これらの部隊は広範な局地的、地域的、並びにペルシャ
    湾にいたるまでの地域外の緊急事態に対処する準備を整えている。太平洋と
    インド洋の横断距離は非常に長いので、アメリカは、地域的緊急事態に対応
    できるように計画された、小規模で、機敏で、より機動性に富む部隊を重視
    しており、そのことが在日米軍基地の地理的重要性を大きく高めている。」
    というのである。
     更に、右報告書も湾岸戦争での在日米軍の実践的な役割を次のように評価
    している。「日本から作戦に出撃する米海軍が利用できる艦船修理施設は、
    世界でもっとも近代的なものである。これらの施設は、海軍の決定的な展開
    を維持するわれわれの能力に直接的に貢献しており、フィリピン共和国のスー
    ビック湾の施設からのアメリカの撤退以後はなおいっそう重要になっている。
    この価値は、『砂漠の盾』作戦や『砂漠の嵐』作戦の期間中の米空母ミッド
    ウェー戦闘群の展開のさいに実証された。ミッドウェーの航空団の航空機は、
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    他のどの空母航空団よりも多く出撃し、人員あるいは航空機の損失もなかっ
    た。この事実は、日本におけるアメリカの施設で行われた質の高い訓練と優
    れた整備を証明するものとなっている。」
     このように米国は、冷戦後の在日米軍の位置付けについて、日本の安全や
    「極東」条項の定めを超えたグローバルな戦力展開の一部と捉え、今回の安
    保「再定義」によってその意義を日本政府とともに確認することによって、
    日米安保条約の実質的改変を進めようとしているのである。
  (二)在日米軍基地は、これまでも日米安保条約の目的条項を逸脱した米軍の世
    界戦略のために利用されてきたのであるが、今日の安保「再定義」は、その
    ような実態を固定化するばかりでなく、かかる日米安保条約の機能を名実と
    もに地球的規模に拡大することを確認するというものである。
     従って、右のような「再定義」のもとにおける米軍基地のための駐留軍用
    地特措法による本件土地の使用は一層その違憲性を強めるものといわざるを
    得ない。
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  (三)沖縄県は、去る大戦で国内唯一の地上戦の戦場となり民間人を巻き添えに
    して多大な犠牲者を出し、更に戦後の米軍施政権下における基地あるがゆえ
    の様々な被害を受けさせられた歴史を有している。
     このような過酷な歴史を経験してきたがゆえに、自ら二度と戦争の被害を
    受けないというにとどまらず、反対に加害者になり、もしくは加害者に加担
    するようなことも決して容認することができないというのが沖縄県民の総意
    である。被告や関係自治体の積極的な平和行政の推進もこのような県民意思
    に裏打ちされているものである。
     しかるに、戦後五〇年間の米軍基地の駐留は、日本や沖縄の防衛に貢献す
    るというよりもむしろアジア各地での戦争による加害行為をもたらしてきた
    のが現実であり、もはやこれ以上このようなあり方の米軍基地の存続は許容
    できるものではない。かかる観点からも、右安保条約の目的条項逸脱による
    駐留軍用地特措法適用違憲の問題は避けて通れないといえるのである。
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 三 様々な基地被害ないしその危険をもたらしている在沖米軍基地の使用のために
  駐留軍用地特措法を適用することによる平和的生存権侵害
  1 在沖米軍基地が、個々もしくは総体としての沖縄県民の平和的生存権を侵害
   している事実は前項「米軍基地の違憲状態と法令違憲」において述べたとおり
   である。
    そのうち若干を繰り返しつつ述べると、まず、戦後五〇年の間にも米国はア
   ジア地域における戦争行為を繰り返してきており、その交戦国であった北朝鮮、
   ヴェトナム、イラクなどからの反撃として在沖米軍基地が攻撃されても何らお
   かしくない状況におかれてきた。沖縄県民は、かかる直接の戦争行為によって
   生命身体財産に対する危険にさらされ、具体的な平和的生存権の侵害を受けて
   きている。
    もっとも、米軍が交戦状態になれば、日米安保条約を締結して軍事基地の設
   置を容認している日本国民が平和的生存権を脅かされる一般的危険はありうる
   といえよう。しかし、ヘーグ陸戦法規二五条において「防守セサル都市、村落、
   住宅又ハ建物ハ、如何ナル手段ニ依ルモ、之ヲ攻撃又ハ砲撃スルコトヲ得ス」
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   と規定され、一九二二年の空戦に関する規則二四条一項において「空中爆撃は
   軍事的目標、すなわち、その破壊又は毀損が明らかに軍事的利益を交戦者に与
   えるような目標に対して行われた場合に限り、適法とする」と規定されている
   とおり、戦時国際法にあっては、軍事的目標に対する攻撃とそうでないものに
   対する攻撃に対する区別が明確になされており、交戦状態になれば、米軍基地
   が集中する沖縄本島地域は事実上優先的攻撃目標となるのみならず、それに対
   する攻撃は法的にも肯定される可能性が高い。従って、沖縄県内の米軍基地の
   集中度を考慮すると、米軍の交戦により、わが国への攻撃の危険性が一般的に
   存在するという程度にとどまらず、少なくとも沖縄本島地域居住の住民につい
   てはその平和的生存権が現実的な脅威にさらされ侵害されているといわねばら
   なない。
    また、戦争準備行為のための基地の設置と演習等は様々な生活被害を及ぼし、
   それらによる平和的生存権の侵害も継続している。嘉手納飛行場などでの航空
   機離着陸、キャンプハンセンなどでの実弾演習による爆音被害、演習事故によ
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   る人身被害、嘉手納飛行場のPCB汚染物質の流出による健康被害の危険など
   である。
  2 以上のような権利侵害について、個々の権利侵害のみをとらえてその救済を
   図るだけでは、その十分な救済は図れない。ここで留意しなければならないの
   は、基地あるがゆえのこれらの権利侵害は、およそ軍事基地を設置すること自
   体が平和的生存権を侵害するかどうかという問題ではなく、在沖米軍基地が人
   口密集地域にしかも多数集中して設置されているという、米国本土の基地にお
   いては到底ありえない異常なあり方をしているがゆえのものであることである。
   まさに右の被害がこのような基地のあり方に基づく構造的な権利侵害状態であ
   ることから、個別の生命、身体、財産に対する権利のみを取り上げて人権の救
   済を図るところに限界が生じるのであり、ここに地域住民の平和的生存権を法
   的に論じる意義が存するのである。これだけ甚大な権利侵害を伴う基地の立地
   の異常な現実については、政策的な是非の問題にとどまらず、人権侵害の観点
   から法的救済を図られなければならない。
  3 かように在沖米軍基地の存在と運用の結果、沖縄県民の平和的生存権が日常
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   的に侵害されている状態が継続しているのだから、かかる基地を米軍に提供す
   るために駐留軍用地特措法を適用して本件土地を強制使用することは、平和的
   生存権の規定に反して違憲となり、本件職務執行命令も違法というべきである。
 四 憲法一四条、九二条、九五条違反
  1 沖縄への基地集中の差別的実態
  (一)本土の二九五倍の基地負担
     国は、基地提供の根拠となる一連の法令を運用して、沖縄県の土地を米軍
    用地として提供し、その結果、国土面積の僅か〇・六パーセントに過ぎない
    沖縄県に、全国の米軍専用施設の実に約七五パーセントが集中している。そ
    のため、沖縄県の県土面積の一〇・八パーセントを基地が占め、約一一五万
    の人口が密集する沖縄本島の約二〇%が基地となっている。米軍専用施設の
    住民一人当たりの面積で見ると、本土では〇・六七平方メートルであるのに
    対し、沖縄県では一九七・八平方メートルであり、沖縄県民は実に本土の二
    九五倍の基地負担を負わされているのである。
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     このように、狭隘な島嶼県沖縄に極端なまでに米軍基地が集中し、過密化
    しているため、県民の生活の場が直接基地の影響下に置かれ、米軍航空機の
    墜落事故、航空機の爆音被害、実弾演習による騒音や環境破壊、基地からの
    有害物質流出による水質・土壌汚染、あいつぐ米軍人・軍属による犯罪など、
    米軍基地に起因する県民の被害は絶え間なく発生し、その被害は、県民の生
    命、健康、財産、教育など生活のあらゆる場面に及んでいる。
     そして地方公共団体たる沖縄県は、右基地被害の対処など、米軍基地が存
    在するが故の著しい行政事務負担を強いられ、また、沖縄県における米軍基
    地の大半が、地域開発上重要な地域に存在しているため、地域の振興開発及
    び県土の均衡ある発展を図る上で大きな制約を受けている。具体的には、都
    市再開発計画や環境整備を推進する上での障害、道路交通体系整備上の障害、
    住宅や公園整備上の障害、企業誘致や工業誘致の対象となる工業用地確保の
    障害、農業振興上の障害、自然公園や自然環境保全政策上の障害などが顕著
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    に生じている。
  (二)基地形成過程からみた沖縄に対する差別的処遇
   (1)薩摩の琉球侵入以来四世紀近くにわたって、沖縄には、被差別者として
     の苦難の歴史が続いてきた。島津の琉球支配、「