どちらの場合でもほかに取る道が無いと言っているのではない。妻が証人になったばかりの場合、あるいは組織を離れるか証人にならないよう、夫に迫っている主婦の場合など、いろいろな事例がある。しかしそうした場合には虐待の可能性は、ふつうは少ない。なぜだろう。その大きな原因はものみの塔が女性をどのように見ているかにある。
エホバの証人は女性を比較的低い創造物であるとは見なしてはいないし、神は男と女を平等に創造したと説明するだろう。雑誌「ものみの塔」は物質的取り決めにおいてはギブ・アンド・テイクであると、しばしば肯定的な文章を載せ、どのように夫が妻を尊敬すべきかを語る。しかしものみの塔はきわめて階層的な機構であり、女性解放運動が現代社会に影響を与えるはるか以前に育ったブルックリンの数人の老人たちによって管理されているから、女性に対する老人たちの態度がその他の組織の中の者にも起こることは別に驚くべき話ではない。特に、女性の病気の治療に対してある種の傾向を持つ者はそうだ。
もちろん、一般のエホバの証人信者の中には妻を愛している夫たちも大勢いる。私はここで聖書のどの箇所を証人たちが注目しようとしているのか、頭(かしら)の性質の理解、そして教えていることと実際の行動がどれほど違っているのかを見てみたい。加えて、会衆の立場のためにどんなに妻に過分の負担を加えているのかを見てみたい。
次のような例がふつうに起こる――夫は古い友人や知人とばったり会う。彼はエホバの証人や世界の情勢などについて教え始める。夫は研究を始め、新しい進路に合わせれば彼の生涯は今までとは違う新しい意味を持つかもしれないと気がつく。それは世界を救うことである(家族も救う)。より活性化する麻薬のようになる。そのため熱狂性を帯びる。夫は長い眠りから目覚め、生活は今や、以前よりも刺激的であり、過激であるかのように見えるてくるかもしれない。ものみの塔は、夫に悪魔がとりついて「真理」にいることを思い止まらせるように狙っていること、悪魔は集会や野外奉仕から離れさせるようあらゆる可能な手段を用いるのだと教える。夫は、特に妻や子供に徹底的に働きかけたいと求めるだろう。「家の者の頭(かしら)となれ」との長老からの強烈な激励と関連したフォビア(病的恐怖感)は一人の男性を狂信的に追い立てる。次の手紙で起きていることのように、総合的な人格の変化が起きるかもしれない。
私は心底、あなたのニュースレターを必要とし、それを楽しみにしてます。
夫は5か月だけ研究しただけなのに、6月にバブテスマを受けたばかりです。
私は大部分、まったく見知らぬ人と生きています。彼は、粗野で、尊大で
口汚くなっています。ロボットのようです。昨年の背中の大手術の時に預託し
た自分の血液を拒絶するように彼らが教えたので彼はそうしました。彼が警察
官の職を止めるべきだと彼らが教え、たった2週間前、それに従ったのです。
彼は週に13から14時間も集会に出たり、「奉仕」に出ていて、常に小さな
本を読んでいます。何度も私が改宗するか、「出ていく」よう言っています。
‥‥‥彼は私に押しつけています。たぶん彼らの差し金だと思います。私は、
結婚が破綻するよう望んでいるのはサタンだけだと彼に言いましたが、しかし
私はもう疲れ切ってしまいました。あなたなら、そのシナリオを今まできっと
ご存じでしょう。
私が本当に必要としている援助は、あなたやあなたの読者が私どものように
別れ別れになった子供たちに起きているか、その統計を持っているどうかです。
私は2歳と3歳の幼い子供たちがとても心配になります。この点、二人とも
いまだに王国会館に出席しておりません。私と教会に出ます。しかし、夫は、
連れて行くと強い調子で、言い始めました。もう、どうしていいか、判りません。
週末に交代でどちらかの教会などに出席することは、子供にとって恐ろしく
困惑することではないでしょか。私が引き離すと、夫は私をひどく憎んでいる
ようです。私の赤ちゃんたちが天罰の元に赴くことしか想像できません。
私の教会は、すばらいところで、それに活動的ですから、やがて王国会館に
は飽き足らなくなるだけです。
夫がそうであったように、イエスと聖書を奪われたくありません。彼らの永遠
の生活に触れたくありません。それほど艱難が大げさに大きくなっているとは
とても信じられません。元エホバの証人のすばらしい援助グループや彼らに親
密になって、ともに祈ってくれる人たちを持って本当の恵みを受けてきまし
た。できましたら、私を助けてください。
クリスチャンの愛にあって。
(匿名)
この種の怒りを伴う夫の突然の人格の変化は、何が原因で起きたのか。おそらくは、数年の結婚生活を送っているけれども、結婚当初は責めを負うべき立場でなかった夫に起きる。夫は失敗と欠点に気がついていて、多少はそれに罪を感じる。新しい世界観を「すばやく定着させるよう」夫におしつけ、生活を統制する快感を提供する証人が一人、やってくる。家族生活を改善しようとして、彼は結局、妻と子供を追い出してします。なぜだ。
ふつう、妻や子供たちは、この新しい人物を本当の夫とか本当の父親とは見ないからである。彼は怪物になった。いつもものみの塔の教えに挑む者に怯えているか、新しい生活様式やエホバの証人と時を過ごすことへの批判に恐怖を感じているかのどちらかだ。もし夫はカルトと手を結んでいるとか、ただの狂信者になっているだけだと妻が非難するなら、それは迫害である。オートメーションの機械のように、悪魔が妻を操って語っている、と判断する(妻はあなたの霊性を破壊するために悪魔によって用いられていると信じることほど、家族を引き離せるものはない)。順に、ひとりよがりの感覚が生じる。夫は霊的な事柄に親しんでいる妻に気がついているけれども、同時に何事も聖書に従い、行動していて、それが神の意志に叶うと思っているかのように思える。そして妻の決定的な道徳上の欠点に気づき始める。夫は神を求め、妻は神に抵抗しているのだ。それは避けられない論争の導入部だ。夫が王国会館に出席するとき、それは「不信仰」の妻を持つ立場への同情を得る機会にほかならない。そこでは「兄弟」からの陰からの助言がごまんとある。
いかなる助言をしているのか。たいていの証人、特に長老は、妻が実際に「真理」と格闘しない限り、離婚の勧めを躊躇する。しかしそれは解釈を遮るものではない。妻が王国会館に連れていることに強く反対し、家族と時を過ごす代わりに奉仕に行くことに反対すると、夫はそれを「真理に逆らっている」としか見ないかもしれない。そして最後通牒をする。相手に合わせるか、拒否するか、「出ていくか」、どっちだ。しばしば、それはたいてい望まれていない結婚を止めるための善良な行為となる。しかし、夫は離婚のための正当な理由を明らかに持っていない。いまや離婚することができても、それをひとりよがりだと感じる。何人かの男たちにすればこの機会を取り逃がすのは難しい。
夫が長老や「奉仕の僕」に指名されると、さらに「家族を入信させる」ための重荷が加えられる。他人へ及ぼす権力を内蔵している、魅力のある地位である。その地位を維持しようとする欲望は、そのほかに愛の感覚や家の者への献身を圧倒する(ちょうど上に手紙に書かれてあるように)。従って、妻は夫の身に起きた劇的な変化のゆえに、彼の新しい地位をひどく嫌悪するかもしれない。それは妻が夫の立身出世や昇進を妨げたりぶち壊しにすることであると、夫は解釈するかもしれない。その結果、憤怒と口論に至る。
その人は地元の教会にいるかもしれない。専門的カウンセラかもしれない。
・教会と関係を持ったり、その他の活動をすることは生活の落ち着きを取り戻し、人が失望に落ち込まない手助けになるだろう。しかし情況を無視するための策として用いてはいけない。
・"Free Minds Journal"に手紙を出してきた女性に手紙を書くか、その人を訪ねなさい。そして勇気と知恵を得なさい。狂人になっているとか、自分は孤独になったと感じている大勢の人たちが、同じ経験を潜り抜けてきた。ほかの人たちと語り合うことで女性は劇的に助けられてきた。
・離婚がこの世の終わりではない。そのために神があなたを軽蔑することはないだろう。もし、あなたがこれ以上の虐待に耐えられないと感じているとしたら、神はあなたの立場を理解しており、あなたを愛していると信じることを恐れてはならない。
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女性をあやつるために用いられる聖句 創世記3:16 女に対してはこう言われた。
テモテ第一2:11-15 上の聖句は、女性をその地位にとどめるためにものみの塔がよく使う聖句である(印刷物ではなく、たいていは口頭で用いられる)。ものみの塔がこれらの聖句を注解すると。 エバは決定すべきいかなる問題に関しても,注意深く夫に相談すべきでした。そして禁じられた実を食べるよう誘惑された時にはとりわけ,夫に尋ねることに機敏であるべきでした。なぜならへびの誘惑は,夫アダムを通して与えられた,禁じられた実を食べてはならないという神のそれまでの命令に背くよう勧めるものだったからです。こうした仕方で夫の頭の権威を認めることは,エバにとって保護となったことでしょう。夫に相談し協力することによってその頭の権威に服従していたなら,エバが神に対してふさわしい崇拝を従順にささげる面で大いに助けとなったことでしょう。 エバに対する判決を下した際,エホバはこう言われました。「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお,あなたは夫を慕い,彼はあなたを治めるであろう」―創世 3:16,口。 エホバは,エバ,および遺伝によってその子孫の娘たちすべてに及ぼされる罰として,直接こうした状態を生じさせた訳ではないようです。むしろエホバは,男と同様女を神の恵みから切り離すことによって生じる結果や弊害を指摘しておられたのです。不完全な状態の下で子供を産むことは非常に困難になるでしょう。エホバは,人間が罪を犯した後,結婚の取り決めにおいて不完全さが欲求不満や不安,混乱を引き起こすことを予知しておられました。性的満足だけでなく,家庭や子供,安心感や親しい交わりを望むゆえに,女性が夫を慕うのは自然の欲求です。こうした欲求をかなえることが不完全な夫からの支配を意味しているにもかかわらず,女性のそうした欲求は非常に強いものとなりました。(「ものみの塔」1976/6/15読者からの質問) 何はともあれ、ものみの塔は創世記3:16が女性に当てはまるといまだに考えている。そこでは、女性は過剰に夫を必要とし、家族とその安全を追求させられる。ものみの塔本部(ベテル)では女性がいてもしょうがないと長い間考えられてきた。女性は自発的な奉仕から身を引いて結婚するからだ。たまにはベテルで頭を使う仕事に使役されたこともあった。その考えは変わったが、ベテルでも、会衆でも、多くの証人の中にそのメンタリティは残っている。次に女性は「この世の体制の終わりが間近」だから40代、50代のときに子供を持たないように勧められる。ものみの塔のたよりを伝道する偉大な仕事をしているのに、家庭生活を望むなんてわがままだと考えられている。だから多くの証人女性はかなり遅くまで子供をもうけないよう言われたし、その結果、今でも多くの者が辛い思いをしている。 創世記3章とテモテ第一2:11-15に基づき、女性は簡単に支配を受け、騙されると考えられてもいる。女性は男性のようにはすぐには信用されない。証人同士の夫婦に個人的な諍いがあれば、ほとんどいつも女性よりも男性が好意の目で見られる。パウロの言葉を根拠として、数多くの身体的な虐待、精神的な虐待が実行されている。 |