jw.orgの「聖書は実際に何を教えていますか」解説

第10章 神の被造物――人間にどんな影響を与えていますか

 「聖書は実際に何を教えていますか」の第10章では悪意のある霊がいかに現代人に影響を及ぼしているかを説明している。これからそれが実際に本当かを聖書から説明し、ものみの塔協会が信者たちに一連の偽りの予言をしてきたかを説明する。
第10章には次のように書かれている。

 悪霊が用いる餌の一つは占いです。それは、将来のことや、まだ知られていない何かについて知ろうとすることです
……邪悪な霊たちは人を誤った方向へ導く

 サタンが偽りの教義や偽りの予言を使ってものみの塔を操っていたし、これからも働きかけをしていることを説明しよう。

こうして、この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。(黙示録12:4)見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン(黙示録1:7)

 サタンと呼ばれる悪魔が、全世界を欺き、地上に投げ落とされる。古代から現代までどようにしてサタンが人々を欺いてきたかをさらに説明しよう。

  不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、 また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。(テサロニケ第二2:9、10)

 ここでは世界をだますためにサタンがしるしや不思議な出来事を通して、その力を行使してきたことが暗示されている。そのようにしてサタンが人の関心をほかにそらしたら、人々は真理の愛を受けられず、救いは無くなるだろう。どのように人々が救われるかを聖書が明らかにしているのに、サタンは自ら本当の福音を分かりにくくさせている。罪人であることを理解し、イエスが人類の罪のために死なれ、三日後に墓から甦った。それを信じなければならない。それだけである。神は人が滅びることを望まない(ペテロ第二3:9)、それが安直な救いの道を整えた理由である。サタンはこのたよりを分かりにくくさせている。 さらに、サタンが誰を使ってだましているのかを見てみよう。

また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。
にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。(マタイ24:11、24)

 今では偽預言者が出てきて大勢の人をだましている。「主」イエス・キリストはそれを直接、教えられている。世に現れて自分が本物だと主張する「宗教団体」は多い。十九世紀に頭角を現したものみの塔は、多くの偽りの教義と多くの偽預言を教えてきた。これは後ほど簡単に見直す。

 にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。(マタイ7:15)

 現代のものみの塔は羊のなりをした狼のようだ。エホバの証人は本物らしく見えていて、世の人に関心を持っていて、こぎれいに装っているらしい。エホバの証人は聖書の知識があるように見えるが聖句を誤って引用し、自分たちの教義に合わせて聖書をわい曲する。エホバの証人は「聖書は実際に何を教えていますか」を手渡されると、中の記述を調べ直す。しかし真理からはほど遠く、人々を協会に従わせるために誤導する。実際に聖書に教えていることを強制する。
 エレミアが活躍した時代に偽預言者を気にかける「主」が「主」の多くの民に語っている箇所がある。偽預言者かから本物の預言を識別するために指図をしている。

 主は私に仰せられた。「あの預言者たちは、わたしの名によって偽りを預言している。わたしは彼らを遣わしたこともなく、彼らに命じたこともなく、語ったこともない。彼らは、偽りの幻と、むなしい占いと、自分の心の偽りごとを、あなたがたに預言しているのだ。(エレミア14:14)

 エレミアは「主」の名で偽預言を語る者、「主」が遣わしていなかった偽預言者、語ることを命じなかった者を教えた。人の心をだまして、偽預言をする。これらの者は「主」の名において登場し、神の民にうそを語っている。現代ではエホバの証人はエホバの名で姿を現し、うそを語り、うそを公言している。エホバの証人は神が遣わした者ではない。自分の心にしまいこんだ計略があるからうそを語っている。
 旧約の時代、どのようにして地上の偽預言者を警戒したらいいか、旧約聖書から神の警告を読んで見る。

 預言者が主の名によって語っても、そのことが起こらず、実現しないなら、それは主が語られたことばではない。その預言者が不遜にもそれを語ったのである。彼を恐れてはならない。 (申命記18:22)

 ある人が「主」の名によってやってきて、起きるべきことを預言したとしても、それが実際に起きなかったときは「主」の民はそれは「主」が語ったことばではないと理解すべきだと分かる。偽預言者は勝手気ままに語っているのであり、恐れる必要がないことが分かる。
 現代の偽預言者はサタンのように、しるしや不思議な出来事を示している。だから偽預言者は「主」のことばを語っていない。サタンのことばだ。過去において、「主」がエレミアに偽預言者への警戒を語ったように、マタイは現代の民に、用心する必要があると説明している。これら不思議な出来事や偽りの予言をしたとしても、驚くほどではない。だからサタンは、人をだまして神の栄光の福音を理解しにくくし、民を真理から遠ざける。
 いずれの時も、ものみの塔は、ほかには無い出来事を予言してきた。しかし、予言した通りにはならなかった。百パーセント嘘であった。ものみの塔に信頼を置けるのだろうか。エホバの証人は過去にこれらの誤った考えを撒き散らし、誤りの無い真理として統治体を支持している。
 エホバの証人は「主」イエスが1914年に再臨したと主張した。この年に先立ってイエスは見えない様で1874年に地上に現れたと宣告したが、後になってそれを変更した。

 「主」イエスが1874年以来、再臨した。これには疑問の余地はまったく無い。(「ものみの塔」(英文) 1924/1/1 P.5)
 
  成就された事実によれば、十分な確信が持てる。キリストが再臨した年は1914年の秋であると聖書に預言されている。(「真理とは何か」(英文)1932年P.48)

 エホバの証人が1874年にキリストが地上に再臨したことには疑いの余地は無いと主張しだが、後になってその日付を変更するまでの間、それを広く言いふらしてきた。
 以下のリストには偽預言者の教えを証明するために、出版物のタイトルと頁の番号を併記した。

1899年  
 それは収穫期に起きた。花婿として、収穫者として、「主」は1874年から1878年の三年半の間に再臨したと認識できる。(「時は近づけり」(英文)P.239)
1911年
 収穫期の始まった年(1874年の秋)に再臨して三年半……(「汝の王国は来たりぬ」(英文)P.234)
1917年
 千年紀はキリストが1874年に再臨して始まった(「終了した秘儀」(英文)P.386)
1922年
 「主」の再臨の時である1874年以降、神が徹底した変化を起こしているのに、それが分からない者は現在の神の働きを理解できない(「ものみの塔」(英文)1922/9/15 P.278)
1924年
 確かに1874年以来、「主」イエスが臨在していた。神の御子に疑いをさしはさむ余地はまったく無い。(「ものみの塔」(英文)1924/1/1 P.211)
1927年
 1874年から1914年までの「主」の臨在に関する出来事を理解するには霊的な心が求められる(「創造」(英文)1927 P.312)。
1929年
 1874年に「主」イエス・キリストが再臨した。それは聖書的だ(「預言」(英文)1929 P.65)

 1914年の第一次世界大戦の勃発に伴い、ラッセルは1914年が終わりのときがやってくると再確認した。1914年10月が何事もなく過ぎたとき、ラッセルは再び1915年が終わりのしるしだとする考えを思いついた。
 次の文章は「時は近づけり」1915年版 P.99、P101、P.242からの引用である。

この異邦人の時に関する聖書からの強力な証拠に基づき、次のことは揺るがぬ真理であると考える。すなわち1915年の終わりにこの世界にある数々の王国は終わりを迎え、代わって神の王国が打ち立てられるということである。

驚いてはいけない。そこでは、次の点を示す証拠を提示する。第一に、神の王国」がすでに打ち立てされ始めていること。第二に、預言では西暦1878年に権力の執行が始まるとされていること、そして第三に「万能の神の大いなる日の戦い」(啓示16:14)はすでに始まっており、西暦1915年の終わりに地に現存する支配体制がくつがえされることをもって終結するであろうこと。

1915年の終わりに現在の体制がことごとく打倒される事態を「異邦人の時」が証明している。

 ものみの塔のいたるところで教えられたが実現しなかった預言はこのほかにもある。 1925年にアブラハム、イサク、ヤコブが地上に帰ってくると預言し、古代の君士のために家を建てたが後なって売却された。この事実はものみの塔の古い信仰が実現しなかったときにじゅうたんの下に隠されたから、駅の前にたたずむエホバの証人にはそれが分からない。

先にも述べた通り、大いなる聖年は1925年に始まる。(「現存する万民は決して死することなし」P.86)

これらの名士(アブラハム、イサク、ヤコブ)は数年後に地上に姿を現すだろう(「神の立琴」(英文)P.340)

 古代の名士が訪れる前、1929年にものみの塔はアブラハム、イサク、ヤコブのために一軒の家を建てた。ラザフォード判事が住むためだった。ラザフォードは、三通の不動産証書に署名した。
1. べス・サリムは、イスラエル民族の先祖の住居として、特別な目的のために建てる。
2. ラザフォードはその家に住めるが、ヘブル十一章の一人が来るまでに限られる。
3. べス・サリムはエホバの王国が永遠に使用する状態に維持する。ものみの塔は間違いなく、この不動産を所有する。
 説明するまでもないが、ヘブル11章の登場人物の中で宿屋であるべス・サリムを訪れた者は一人もいなかった。だからラザフォードは信者が1930年代の大恐慌のときに貧乏のどん底にいたというのに、この美しい宮殿で晩年を暮らした。ラザフォードが死んでから数年後にべス・サリムは売却された。1950年に古代の名士が帰還するという教義は静かに幕を降ろした。(「エホバの証人の研究」アラン・ロジャーソン P.481)
 「目ざめよ!」1969/8/8には次のように書かれていた。

 若い人々はまた、この事物の体制の下で年輩に達することは決してないという事実を直視しなければなりません。どうしてそう言えますか。なぜなら聖書預言という証拠はすべて、この腐敗した体制があと数年のうちに終わることを示しているからです。1914年に「終わりの日」の始まりを見た世代については、イエスがこれらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません」と予告しています(マタイ24:34)。ゆえに、若い人々この体制の差し伸べるいかなる立身出世の道をもまっとうすることができません。もしあなたがもし高校生で、大学教育を志していれば、大学を卒業して、専門的な職業に携わるには少なくとも四年、場合によっては六年もしくは八年かかるでしょう。しかしこの事物の体制はその時までどうなっているでしょうか。もし実際に過ぎ去っていないとすれば、ほとんどその終わりに達していることでしょう。

 1975年までに多くのエホバの証人が偽預言の希望に落胆して協会から離れた。いまでも、ものみの塔は多くの兄弟姉妹を失うのではないかという恐れに捕らわれている信者を黙らせている。
 その日は差し迫っているとものみの塔は教えてきたから、その間違った出版物を示せるし、偽りの日付の教えをも示せる。多くのエホバの証人が早くから、その時が迫っていると信じて、仕事も、大学進学もあきらめた。以下にものみの塔の失敗した偽預言や教えを上げるがそれでも氷山の一角だ。

1888年
  第一に、神の王国」がすでに打ち立てされ始めていること。第二に、預言では西暦1878年に権力の執行が始まるとされていること、そして第三に「万能の神の大いなる日の戦い」(啓示16:14)はすでに始まっており、西暦1915年の終わりに地に現存する支配体制がくつがえされることをもって終結するであろうこと(「時は近づけり」P.101)

1894年
 我々としては、年代に変更を加える必要はないと思いますし、仮にあったとしても変更はできないのです。……銘記していただきたいのは、1914年の終わりというのは艱難が始まる時ではなく、終わる時だということです。(「ものみの塔」(英文)1894/7/15 P.226)

1917年
 また1918年には、神が教会という教会を破壊し何百万人という教会員を壊滅させるだけではなく、難を逃れる者は誰もがラッセル師の著作によって「キリスト教」の倒壊の意味を知るであろう。(「終了した秘義」 P.485)

1920年
 1925年にはアブラハム、イサク、ヤコブその他古の忠実な預言者たち、特にパウロがヘブライ11章で語っている者たちが戻ってきて完全な人間の状態になるでことが確信を持って期待できるのである。(「現存する万民は決して死することなし」P.89、90)

1924年
 1925年は1914年よりも絶対的に、かつ明確なしるしを附された年である。(「ものみの塔」(英文) 1924/7/15 P.211)

1925年-1
 1925年が明けました。クリスチャンはこの年に大いなる期待をします。この年、キリストの体のすべてのメンバーは天的に栄化されるという確かな期待をしました。(「ものみの塔」(英文)1925/1/1 P.3)

1925年-2
 1925年は働きを終える年だとする考えをサタンが神聖な心に植え付けようとすることが予想されます。(「ものみの塔」(英文)1925/9/1 P.262)

1931年
 1914年、1918年、1925年に関しては、地上のエホバの忠実な者に深刻な落胆があります。落胆がしばらく続きます。後になると忠実な者が明確に聖書で定められたことを学びます。未来の日付の設定を止めて、特定の日付に過ぎ去るものを予告することを学びました。(「証明」(英文)P.338-339)

1941年
 贈り物(「子どもたち」のこと)を受け取ると、子どもたちはそれをしっかりと抱きしめて行進しました。これはおもちゃでも、暇つぶしでもなく、ハルマゲドンまで残された月日に行うことのできる最も効果的な奉仕のために「主」より与えられた道具なのです。(「ものみの塔」(英文)1941/9/15 P.288)

1942年
 まもなく、これらの名士が、完全な人間として、地上で働きをすることがダニエルの預言に書かれています。「終わりの日」に生きているという証拠が書かれています。ダニエルやそのほかの書に書かれている名士との出会いを期待してもよいでしょう(「慰め」(英文) 1942/5/27 P.13)

1969年
 残された時間の短さを考えると、事物の体制で求職をする決断は賢明でないばかりか、きわめて危険です。……多くの兄弟姉妹が進学や就職を決意しました。しかし、彼らはそれをあきらめ、霊的な利益を第一にしました。(「王国奉仕」(英文)1969年6月 P.3)

1974年
 家や財産を売って、開拓奉仕をしてこの古い体制における自分たちの残された日々を過ごそうとする兄弟たちのことをよく耳にしますが、確かにそれは、邪悪な世が終わる前に残された短い時間を過ごす優れた方法です。(「王国奉仕」 1974年6月 P.3)

 ものみの塔協会が予告したものの、失敗した預言はほかにもまだあるが、現在のエホバの証人の中にはそれを知らない者もいる。過去の偽預言を知っていてもまだ組織にとどまっているエホバの証人もいる。彼らは箴言の聖句を引いてごまかそうとする。

 義人の道は、あけぼのの光のようだ。いよいよ輝きを増して真昼となる。(箴言4:18)

 エホバの証人は、来るべき年に光がさらに輝きを増し、終わりの日までにいっそう輝きを増す真理を受けるべく、預言が実現しなかったと主張する。この聖句は、神のみことばの真理について語っていない。それは最終的な権威を持つ聖句である。啓示だと言ってこれに付け足す必要はない。
 「主」イエスは聖霊が来て、すべての真理を教え、真理に導くと説いている。

しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。(ヨハネ16:13)

 明らかにものみの塔の中には真理の御霊は存在しない。「偽りの父」と呼ばれているサタンの霊が入っている。


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