「エホバの証人」とはどんな宗教か
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キリスト教系新宗教
エホバの証人 Jehova's Witness
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エホバの証人はチャールス・ラッセル(Charles Russel 1852-1916)によって始められたアメリカ生まれのキリスト教である。ラッセルが青春時代を過ごした19世紀の後半のアメリカは、合理主義や無神論が興隆した時代であった。そのような時代にあって、彼は真実とは何かを常に考えていた。彼が得た結論は『聖書』にこそ真実がある、というものだったった。1879年、聖書研究会の仲間と共に「シオンのものみの塔およびキリストの臨在の告知者」(Zion's Watch Tower and Herald of Christ's Presence)という雑誌を創刊し、文書伝道に着手した。その後、「シオンのものみの塔冊子協会」(Zion's Watch Tower Tract Society)という名称の宗教団体を作り、ラッセルが初代の会長に就任した。伝道は、現在でもそうであるように、家から家への訪 問伝道と多くの聴衆を集める講演会が中心であった。だが、いずれの場合でも自分たちの正当性を主張するあまり、他宗派を攻撃した。その結果、大きな反感を買うことになった。彼らはそれを「真実を語る者が受ける試練である」と言い、結束を固める手段としたのである。
ラッセルは、1916年、テキサス州を伝道中に死亡した。二代目の会長となったのはジョセフ・ラザフォード(Joseph Rutherford 1869-1942)である。ラザフォードの時代はまさに迫害の連続であった。なぜなら、(一)他宗教への攻撃が続けられていたこと、(二)第一次大戦中に信者の多くが徴兵を拒否したこと、(三)アメリカ国旗に対する敬礼を拒否したこと、等々の理由で極めて反市民的な宗教、との烙印が押されることになったからである。その結果、リーダーはもとより、多くの信者が逮捕され有罪の判決を受けた。また、各地で彼らの教会であった王国会館が焼かれた。さらには、暴徒に襲われて死亡する者もあったほどである。
ラザフォードは、1942年、カリフォルニアで生涯を終えた。彼は受難の時代にもかかわらず多くの功績を残した。とくに文書伝道に力を入れ、15冊の本と32冊の小冊子(小冊子でもかなりの頁がある)を会長時代に著し、印刷された部数は3億数千万部にも達した。
三代目のネイサン・ノア(Nathan Knorr 1905-1977)は教会のリーダーの育成と文書伝道に力を入れた。第二次大戦後は、迫害もほとんどなかったこともあって信者数は急増していった。その結果、現在では200以上の国や地域で伝道活動を行い、全世界の信者数は500万を超えている。
エホバの証人の教義は新・旧両聖書をもとにして説かれている。現在の世界を「犯罪、暴力、戦争、汚染等によって苦難に満ちている」とし、その手先になっているのが他宗派の聖職者、資本家、政治家、等々だ、と説明する。だが、その支配もまもなく終わる。なぜなら、まもなく、「ハルマゲドンの大戦」が始まるからだ。
この戦いはキリストを総司令官とする神の軍団と悪魔を総司令官とする悪の軍団との戦いだが、もちろん神の軍団が勝つ。悪魔の軍団に加担した人々(前記の悪魔の手先、偽りを言う人、泥酔する人、他を惑わす組織に属する人々、等々)は、「酒舟のなかでぶどうのように打ち砕かれる」か「生きたまま硫黄で燃える火の海に投げ込まれる」という恐ろしい目にあう。
この戦いの最中に信者たちは、ただ神(エホバ)の証人として戦いのなりゆきを見ていればよい(ここからエホバの証人という名がついた)。そして、戦いが終わると最初のエデンの園のように美しく生まれ変わった地球で、キリストとおもに千年間の素晴らしい生活ができる。また、千年が過ぎると、神の最終審判があり、それに合格すると永遠の命が与えられる。
ひとたび信者になると実にさまざまな規則に従わなければならない。そのなかで最も話題となっているのが輸血拒否に関する規則であろう。日本でもすでに20数名が輸血を拒否して死亡している。拒否の理由について『聖書』を引用し、「生きものの魂すべて血のなかに入っている。それゆえ、それを食べるのは他の生物の魂を食べることになる」と説明する。輸血もそれは同様で非聖書的と断定している。
日本にエホバの証人が紹介されたのは第二次大戦前で、「灯台社」と呼ばれていた。だが、徴兵拒否や天皇制に反対したこともあって伝道は途絶した。信者数が急増し始めたのは1970年代後半以降で、75年--3万4千、80年--5万5千、85年--11万、そして現在では20万を超えている。また、会衆(すでに紹介した王国会館)は3500と発表している。
信者たちは教会活動に全身全霊を捧げるのを義務づけられている。すでにふれた輸血拒否のほかに偶像崇拝の禁止、国の祝祭日の否定、特定の学校行事への不参加、等々を守らなければならない。同時に長時間の伝道の義務が課せられる。彼らの伝道の熱心さは有名だ。この宗教の名を一度も耳にしたことのない人でも、二人づれの信者たちの訪問を受けたり、「聖書のことをお話ししたいのですが」 と話しかけられた経験があるはずだ。多い人で月に140時間、少ない者で60時間、伝道誌の『ものみの塔』と『目ざめよ』を手にしてどこの家であろうと決して躊躇することなく訪ねて行く。
規則を守り、伝道をしていればそれで良いか、というとそうではない。それ以外に毎週5つの集会(公開聖書講演会、ものみの塔研究会、会衆の聖書研究、神権学校、奉仕会)に出席しなければならない。こうなると、家庭はもとより、職場や学校から次第に離れていくようだ。それゆえ、「社会に背を向けた宗教集団」としばしば言われている。そのようなコメントに対し、「真理外の人々と社交的な交わりをするのは危険」とし、ますます信者同士の結束を強めているのである。
日本では信者が増えているものの、外国ではややかげり見えてきたようだ。とくに先進国では輸血拒否がネックとなっている。ハルマゲドンの大戦が最初は1914年、と言い、次いで42年、75年、等々と予言を変えている点もマイナスのイメージを与えているようだ。
(執筆者=生駒孝彰<いこまこうしょう>。1938年生れ。
宗教学専攻<日米現代宗教を専攻>。京都文教大学教授。
著書『アメリカ生れのキリスト教』『神々のフェミニズム』。)