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会報「JWの夫たち」バックナンバー
13号

Science Eyes  地震の数

      竹内欽一

1.地震の数は増えている?
 ものみの塔聖書冊子協会(以後協会)は、”終わりの日”の重要な特徴の一つは地 震の数の増加であり、これが1914年以降確かに増大していると繰り返し主張して います。例えば以下の文献をご覧ください。(資料編の資料1参照)

”聖書より論じる”、118頁
「1914年以後の大地震の発生回数は、実際に重大な意味を帯びるほどのものだっ たでしょうか。1984年に、コロラド州ボールダーの全米地球物理学データ・セン ターから得たデータと幾つかの標準的な参考文献を補足資料として用いた表が作成さ れました。その表にはマグニチュード7.5かそれ以上を記録した地震、または50 0万(米)ドル以上の金額に相当する財産を破壊したり、100人以上の死者を出し たりした地震だけが載せられています。1914年以前の2、000年間にそのよう な地震の発生は856回と計算されています。ところが、1914年以後のわずか6 9年間に、そのような地震が605回あったことを同じ表は示しています。これは、 1914年以前の2、000年間と比べて、それ以降の年間平均地震発生率が20倍 も増加したことを意味しています。」(下線は原文のまま)

”あなたは地上の楽園で永遠に生きられます”、151頁
 「1914年から現在までに大きな地震がたびたび起きていますが、その数は、記録 に残る歴史の中のどの同じ長さの期間に生じた地震の数をもはるかに上回っています 。西暦856年から1914年までの1、000年余りのあいだに起きた大地震はわ ずか24で、死者の数は197万3、000人でした。しかし、1915年から19 78年までの63年間には、43の大地震があり、合計160万ほどの人が死んでい ます。」

”生命”、225頁  「平均すると、1914年以降の地震による毎年の死者の数は、それまでの幾世紀 もの時代と比べて約10倍にも達しています。」

 ”聖書より論じる”が述べているとおり、確かにコロラド州ボールダーの全米地球 物理学データセンターでは、毎年それまでに起こった地震の数のデータベースを公開 しています(同様のデータベースは東大地震研究所でも公開しています)。そこでこ のセンターから、直接この資料を取り寄せてみました。資料から、”聖書から論じる ”にあるマグニチュード7.5かそれ以上を記録した地震、および100人以上の死 者を出した地震の数は、図1のようであることが分かります。

 図1 アメリカ地質調査所(USGS)、コロラド全米地球物理学データセンターのデー タベースに基づく今世紀の大きな地震(死者が100名以上およびマグニチュードが 7.5以上)の数。協会の主張に反して、1914年以降特に増加していないことは 明白である。


 協会の主張に対してそんなばかなと思いながらも、アメリカの権威あるセンターが出版している資料に基づいているなら、「ひょっとして」と思っていた皆様。ご安心ください。図1から 明らかなように、1914年以後大きな地震の数が増えているなどということは全く ありません。東大のデータベースを用いても結論は同じです。図1からもお分かりのように、皮肉なことに最近の20年くらいは”大きな地震の数”はむしろ減っているくらいです(有意ではありませんが)。
 なおこの図1には、”聖書より論じる”が述べている「500万(米)ドル以上の 金額に相当する財産を破壊した地震」は含めておりません。被害額の推定は古い地震 ではほとんど不可能であり、また被害額を基準にするのは貨幣価値の変動を考えれば あまりにも客観性に乏しいからです。例えばこの全米地球物理学データセンターの資 料によれば、1989年のサンフランシスコ地震(死者63人)の被害額は800億 ドルとなっていますが、これよりずっと被害が大きかった1906年の同じサンフラ ンシスコ地震(死者700人)の被害額は5億ドル以下と評価されています。

2.過去2000年の大きな地震の数
 協会の幹部は、データベースから図1のようなプロットをしてみて、内心さぞがっ かりしたでしょう(あるいはそんなことは百も承知だったかも知れません)。それで も長年主張している協会の教えを曲げる訳にはいきません。そこでもっと長い時間を とってみるとどうでしょう。同じ全米地球物理学データセンターからのデータを過去 2000年にわたって図にすると、確かに比較的最近の19世紀の後半頃から地震の 数が増えているように見えます。例えば図2(a)は過去2000年のマグニチュー ド7.5以上の、また図2(b)は死者100人以上を出した地震の数です。マグニ チュード7.5以上の地震は19世紀の終わり頃から急激に増加し、また後者の死者 の多い地震は15世紀くらいから徐々に増えているように見えます。しかしちょっと まってください。これらの数はどのようにして決められたのでしょうか。

 図2 全米地球物理学データセンターのデータベースに基づく(a)過去2000年 間のマグニチュード7.5以上の地震、および(b)死者100人以上の地震の推定 数。マグニチュードの測定が可能になったのは19世紀末以降である。従ってそれ以 前のデータは間接的に推定が可能であった地震の数であり、実数を表わしている訳で はない。また、死者の数についても、19世紀以前のものは古文書等に基づいており 、時代をさかのぼるほど減少するのはそのような情報の得られにくさに起因している 。また人口の増加や都市化等の影響も考慮する必要があり、( b)も大きな地震の 数の変化を客観的に示すものではない。


 震源域における地震の物理的な大きさを定義する”マグニチュードは”、19世紀 の末に近代的地震計が発明されてはじめて用いられるようになりました。それ以前の マグニチュードの大きさは、古文書や地質学的な証拠に基づいて後で間接的に 推定された値に過ぎません。地震にはいくらマグニチュードが大きくても、地表には ほとんど被害を及ぼさない多くの”深発地震”があります。また、人の住んでいない 砂漠の真ん中や海の底で起こった地震は、地震計があって初めて検出可能です。即ち 、地震計が確立された19世紀末以降は、地球のどこで地震が起ころうが、そのマグ ニチュードを決めることがでるようになりましたが、それ以前はいくらマグニチュー ドが大きくても全く記録に残らない地震がたくさんありました。
 死者の数はどうでしょう。通信や報道手段が発達した現代では、地震による死者の 数について十分信頼に足るデータがあります。しかし、そのような記録は年代が古く なるほど保存が悪くなり、たとえ記録があったとしても大部分が消失しているでしょ う。従って図2(b)に示されているのは、記録に残っている死者100人以上の地 震の数であり、実際に起こった地震の数を意味する訳ではありません。
 このように図2における19世紀以前の地震の数が、実際に起こった数ではないこ とは容易に理解できるかと思います。科学面にも明るい人材を擁する協会がこのよう な基本を見逃すとはとても思えませんが、もし仮にこのことを全く知らず、図2の数 が実際に起こった地震の数だと信じていたとしましょう。では図2から1914年以 後地震の数が10倍も20倍も増えていると結論できるでしょうか。協会幹部の思惑 とは裏腹に、この図からはどう見てもこのような結論は導けないように思えます。

3.協会の論理:数字はうそをつかない
 そこで協会は、これまで固執してきた1914年が特別な年であることを示すため に、つぎのような”操作”をおこないます。1914年までの1000年、あるいは 2000年の長期間の地震の数と、1914年以降の地震の数を比較するというやり 方です。冒頭に紹介したように、「1914年以前の2、000年間にそのような地 震の発生は856回と計算されています。ところが、1914年以後のわずか69年 間に、そのような地震が605回あったことを同じ表は示しています。これは、19 14年以前の2、000年間と比べて、それ以降の年間平均地震発生率が20倍も増 加したことを意味しています。(聖書から論じる)」といった比較は協会の文書の至 るところに見受けられます。この比較の意味について、少し考えて見ましょう。

 図3 図2に見られる大きな地震の”見かけ上の変化”をモデル化したグラフ。協会 の論理では1914年までの地震の数(図の曲線の下の面積に相当)をそれまでの年数 (X)で割った”平均地震発生率”を、1914年以降の数(図の斜線部)を年数( y)で割った”発生率”と比較して20倍になっていると結論している。図の曲線部 が実際の地震の数を表わしていないことから、このような”発生率”の比較は無意味 である。更に重要なことは、このような”見かけの発生率”はグラフの直線部(19 世紀後半以降)のどの年を選んでも、その後ではそれ以前より”発生率”が10倍に も20倍にも計算されることである。このような比較が1914年に意味を持たせる ための、協会による意図的トリックであることは明白である。


 図3は図2(a)、(b)に見られる大きな地震の数の(見かけ上の)変化をモデ ル化したものです。確かに1914年までの地震の数をそれまでの年数で割った値を 、それ以降の同様の値と比較すると後者が20倍程度大きくなります。しかし、賢明 な読者の皆様は図からもうお気づきのように、このような比較において1914とい う年は何の意味もありません。即ち、地震の数の記録が意味のあるデータとして得ら れるようになった19世紀末以降のどんな年、例えば1904年の日露戦争開始、あ るいは1939年の第2次世界大戦の開始の年代を基準にとっても、常にそれ以降の 最近の”地震の割合”のほうが10倍も20倍も大きくなります。
 ここでちょっと協会自身が述べている統計についての見解を見てみましょう:
「数字はうそをつかない、と言われています。しかし、用心しなければなりません。 正直な仕方で用いれば、統計は非常に役に立つ、有用なものとなり得ますが、統計が 人を欺くような仕方で提供されることもあるのです。」(”目ざめよ!”1984年4月 22日号、25頁)
 協会の主張する1914年と地震の数を関係づけるためには、上記のような統計の トリックを使わざるを得ません。このような数字の操作は、果たして”正直な仕方” といえるのでしょうか?

4.協会の倫理:全米地球物理学データセンターからの回答

 これまで見てきたように、協会の1914年以降地震の数が増えているとする主張 は、権威ある地震データセンターの情報を基にして、以下のような2段階のステップ を経て導かれています。
[1]19世紀以前のデータは、実際に起こった地震の数を示しているわけではない ことを無視する。
[2]1914年に以前の地震の総数をそれまでの年数で割った”年間平均地震発生 率”を、それ以降の率と比較する。

 [2]については、協会の意図的な操作であり、前節でみたように現実には191 4年に何らの意味を加えるものではないことは明らかでしょう。確かにうそをついて いる訳ではありませんが、権威あるデータセンターの資料をもとにして、これに手を 加えることにより誤った結論(「1914年以前の2、000年間と比べて、それ以 降の年間平均地震発生率が20倍も増加したことを意味しています」)を導いている と言わざるをえません。
 [1]についてはどうでしょうか。協会幹部は全米地球物理学データセンターの資 料を、そのまま実際の地震の数を示していると受け取ったのでしょうか。通常 ならばそのように理解することはないと思われますが、もしそのように受け取る余地 があるように資料が書かれているとすれば少し問題です。そこで、インターネットを 通じて、協会が用いている資料を発行しているコロラドのデータセンターに問い合わ せてみました。
 同センターの研究者Lowell Whiteside氏からの返事には、公表データ、特に19世 紀以前のものは実際に起こった地震の数を示してはいない旨の返事をいただくととも に、そのような誤解を招かないために、また意図的に解釈されないように強い警告文 (Caveat)をつけていることを教えていただきました。その一部を抜粋すると:
「Caveat: .... Therefore, it is misleading to use the numbers of significant earthquakes in that publication to suggest statistically that there has been an increase in worldwide seismic activity since 1900 or any time period.」
「警告:....従ってこの出版物に記載されている主要地震の数を利用して、19 00年代から、あるいはどのような時代においても、世界的な地震活動が増えている と統計的に論じることは誤りである」(筆者訳)

 このことからも明らかに協会は警告を無視してまで、更にそのデータに意図的な操 作を加えてまで自らの主張を裏付けようとしたのです。協会の”(形式的に)うそをつかない”姿 勢は実に見事です。同時に、ある種の操作により真実からはかけ離れた結論を導くと いう”正直ではない”体質もまた大変一貫しています。そして、その際必ずといって いいほど、その道の”権威”を利用します。権威者の言葉や権威ある資料を利用し、 その一部を抜き出すことにより、あるいはそれらに何らかの操作を加えることにより 自らの(真実からかけ離れた)特異な主張を合理化します。地震の数に関連した、こ のような協会の倫理感に関連したもう一つの実例をみてみましょう。

5.引用された地震学者の文章

 ものみの塔の文献には、自らの主張を裏付けるため多くの科学者の言葉や文章が引 用されています。日本人科学者が登場することは極めて稀ですが、地震の数に関して は次のような引用があります。

「一部の地震学者は、地球は今地震の活動期にあると考えています。例えば、マサチ ューセッツ工科大学のケイイチ・アキ教授は、1500年から1700年までの期間 にも地震は活動的であったが、「過去100年間に大きな地震の規模とひん度が増大 したことは明らかである」と述べています。」(”ものみの塔”1983年8月15 日号、6頁)。

 ここで述べられているケイイチ・アキ教授とは、日本人地震学者安芸敬一氏のこと です。同氏は地震学の分野で世界的に著名な学者であり、科学分野における我が国か らの”頭脳流出”の一人です。同氏は確かに当時マサチューセッツ工科大学教授でし たが、その後南カリフォルニア大を経て、現在はインド洋にあるフランス領 Reunion島の火山観測センター所長としてご活躍中です。では、本当にこのような一 流の地震学者が、「地球は今地震の活動期にある」と考え、「過去100年間に大き な地震の規模とひん度が増大したことは明らかである」と述べたのでしょうか。
 上記の協会の引用は、協会が安芸教授に出した質問状に対する、同教授からの返事 の手紙に基づいています。以下にその写しと、筆者による和訳を示します。

           30 September 1982
Watchtower Society
25 Columbia Heights
Brooklyn, NY 11201
Dear Sir:

This is in response to your inquiry about earthquakes [September 24, 1982]. The apparent surge in intensity and frequency of major earthquakes during the last one hundred years is, in all probability, due to the improved recording of earthquakes and the increased vulnerability of human society to earthquake damage. The main reason is the well established plate tectonics which indicates a very steady fault motion over the past many millions of years.
A measure of earthquake strength more objective than casualty is the Richter scale. It is in general difficult to assign the Richter scale to earthquakes more than 100 years ago. An attempt, however, has been made in China, where historical records are kept in better shape than in other regions. Enclosed figure shows the Richter scale (M) of earthquakes in China during the period of about 2000 year. The past 100 years are certainly active, but there have been periods as active as that, for example, from 1500 to 1700.

Sincerely yours,<>br Keiiti Aki

                            1982年9月30日

ものみの塔協会
コロンビア ハイツ25番
ブルックリン、ニューヨーク 11201

拝啓
 この手紙は、地震に関するあなたがたの問い合わせ[1982年9月24日]に対するご 返事です。過去百年の間に主要な地震の大きさと頻度が見かけ上増大したように見え るのは、まず間違いなく地震の記録が改善したこと、および人間社会が地震に対して より被害を受けやすくなったことによります。(地震の数が地球規模でほとんど一定 であることの)主な理由は、過去数百万年間の非常に安定した断層の運動を説明する 、十分に確立されたプレートテクトニクス理論に基づきます。
 地震の大きさを計るのにより客観的なのは、被害の大きさよりもリヒター・スケー ルです。百年以上も前の地震に対し、リヒター・スケールを当てはめることは一般に 困難です。しかしながら、他の地域よりも歴史的記録がよく保存されている中国にお いて、この試みがなされました。同封した図は、過去約2000年間の中国における地震 のリヒター・スケール(M)を示しています。過去100年間は確かに活発でしたが、例 えば1500年から1700年の間のように、これと同様に活発な時期がありました。
敬具
安芸敬一

(下線は筆者による。括弧内は安芸教授のお話しをうかがい、また地球科学の常識か ら考えても文脈を理解するために必要と思われるので筆者が挿入しました)

6.引用のマジック
 さて、安芸教授は本当に協会が述べているように、”地球は今地震の活動期にある と考えている一部の地震学者”の例なのでしょうか。上記の手紙においてまず第一に 重要な点は、安芸教授が過去100年間は地震が活発であったと述べているのは、中 国に関してであるという点です。安芸教授は地球が地震の活動期であると主張した訳 ではなく、比較的古い文献も残っている中国に限ってみれば、過去100年間は地震 活動が活発であったが、過去にもそのような時期は何度もあることを述べているにす ぎません。
 地震の活動の頻度は、特定の地域に限っていえば、(場合によってはある周期で) 多くなったり少なくなったりします。このことはプレートテクトニクスを枠組みとし た、現代地球科学の考えで十分に理解可能です。地震は地殻の変動による歪の蓄積が 一あるレベルに達したとき、それを解放する断層運動がその本質であり、ある地域に 目をつければその発生頻度は変動します。場所によって異なりますが、大きな地震が ある地域では100年に1度くらい起こるのはそのような一例です。
 第二に重要なのは、安芸教授も過去百年に地震の頻度が一見増大したように見える のは、地震の記録が改善したこと、および人間社会がより地震の被害を受けやすくな ったことによる見かけのものに過ぎないと述べている点です。地震の記録の改善に関 しては、前に述べました。安芸教授の主張は、更にこれに加えて人口の増大や都市化 により、近代の地震は古代の地震より大きな被害をもたらす点を考慮する必要があり 、死者の数を比較しても無意味であると答えているのです。
 このように、協会は安芸教授の手紙の最後の部分だけを切り離して引用していますが、さらにこの一文さえもその趣旨を大きく変えています。即ち、原文は”過去100年間は確かに活発であったが、これまでにもそのような時期は何度もあった”という内容であり、明らかに後半に力点がおかれています。ところが、協会の引用ではこれを逆にし、”1500年から1700年までの期間にも地震は活動的であったが、「過去100年間に大きな地震の規模とひん度が増大したことは明らかである」と述べています”という表現に変えています。"but"の位置をつけかえて前後を入れ替えているのですから、もとの文章を捏造したともいえる行為でしょう。また、安芸教授の発言の一部だけにかぎ括弧をつけることにより、いかにもこの部分だけが安芸教授の発言であるように見せかけています。原文を見ていない人は、同教授が「過去100年間に大きな地震の規模とひん度が増大したことは明らかである」とだけ述べていると受け取るのが自然でしょう。これも協会にとっては”正直な仕方”なのでしょうか?
 以上のように協会は安芸教授の手紙から一部分のみを取り出し、さらにその文に二重三重に手を加えることまでして、いかにも同教授が”地球が今地震の活動期であると考えている”ようにみせかけています。しかしこの 手紙の原文全体を読めば、そのように考えているわけではないことは明らかです。私自身日本地 震学会やアメリカ地球物理連合の会員ですが、「一部の地震学者は、地球は今地震の 活動期にあると考えています。」という協会の主張を裏付ける研究が発表されたとは 聞いたこともありません。”一部の地震学者”の例として紹介された安芸教授の主張 が、実際はこのような考えからかけ離れたものであることを考慮すると、このような ”一部の地震学者”は、協会の願望とは裏腹にどこにも存在しないといえるでしょう 。

    7.安芸教授との出会い

 私が安芸教授の文章が協会により引用されていることを知ったのは、ウッド牧師の 本がきっかけでした(エホバの証人 マインド・コントロールの実態、76頁)。し かし、この本の中で触れられている協会の引用に対する解説は、科学的観点からは必 ずしも納得のいく内容ではありませんでした。
 この本では安芸教授が地震の記録が進 歩したことや、これ以外にも活動的であった時期もあることについて触れているのを 協会が隠している点を問題にしています。それは確かにその通りなのですが、同教授 が(地球規模で)地震が活発な時期があったと述べているように書かれていること自 体が、私にとっては理解できませんでした。地震の活動度の地球規模での有意な変化 が、ここ千年や二千年の期間に見られるとはとても考えられないからです。
 そこで更に事実関係を明らかにすべく、直接安芸教授とコンタクトをとろう と試みました。同教授は現在はほとんどインド洋の仏領の火 山島で過ごされていることを知り、Eメールとファックスを現地に送ると、何故かパ リからファックスによるお返事をいただきました。たまたまこの時はパリでバカンス をとっておられたそうです。この返事には果たして”JW(ものみの塔)に出た記事は 、JWからの直接の質問に答えたもので、結論に行く途中の文章を切り離して、結論と 反対のものがでてしまった次第です”と書かれておりました(資料編資料2)。
 このファックスが届いたのは1998年の8月25日ですが、実はこの数日後に私 は家族を伴ってパリおよびトウールーズへ出張の予定でした。それで同教授にお会い できないか尋ねると、しばらくはパリに滞在予定で、ホテルまで会いに来てくれると の返事をいただきました。願ってもないチャンスでこれに妻も同席させようと考え、 実際8月29日には”ホテルニッコー”のレストランで3人で話す機会を得ました。
 妻は最初気味悪がりましたが、以前から私が地震のことについて色々指摘していた ため少し協会の主張がおかしいと思いはじめており、すなおについてきて話しを聞い てくれました。ここで、協会により引用されたご本人の口からその不当性とインチキ について語っていただき、妻もこの点については認めざるを得なかったようです。
 私も直接お話しを聞き、”地震が今世紀になって増えている”というのは、当時同 教授が研究されていた中国のある地域について述べたことであることを知り、初めて 謎が解けました。その後同教授の手紙の原文を手に入れ、先に述べたようにその趣旨 が中国については今世紀に地震活動が活発になっているが、これはこの地方における 地震活動の周期性の現われであると言及したにすぎないことを確かめました。このこ とを協会はわざと隠しているのは明らかです。ウッド牧師の前出著書の改訂版では、 若干のミスプリ(アキ・ケイイチ教授がアオキ・ケイイチ教授になっている点と、マ サチューセッツ工科大学がマサチューセッツ大学になっている点)の修正とともに、 この点も考慮していただければ一層説得力のあるものになるのではないかと思います 。
   そのような訳で、安芸教授との出会いは大変意義深いものでした。しかし話しの後 半では先生が他のマスコミにも同様な報道をされたことを話され、妻のほうもそれみ たことか協会だけが悪いのではないと変に意気投合してしまいました。少 し雲いきが怪しくなってきたので、早々に会見をきりあげることにしました。残念な がらこの件だけでは妻のJW信仰がゆらぐものではありませんでしたが、協会への疑念 の種が植えられたのは確かのようでした。

8.一貫した協会の引用手法

 確かにここで述べた地震についての記述に関する協会の見解を正すことは、一見的 はずれで重箱のすみをつついているだけのように見えるかもしれません。しかし宗教 上の教義論争や歴史解釈にかかわる諸問題等にくらべ、このような科学的問題は客観 的事実に基づいた判定がしやすく、協会の体質をみるうえで大変良い判断材料を提供 してくれるように思います。私が”生命”の本などで協会が引用している原典にあた って調べた結果、協会が一般的な通念とはかけ離れた独自の見解を述べるときに使わ れる方法は、大変一貫していることが分かりました。
 協会の”権威者”の引用法にはいくつかのパターンがありますが、ほとんど共通し ているのは以下のような点です。(1)著名人やその道の権威の言葉や文章の一部を 直接引用する、(2)多くの場合その出典は示さない。示したとしても、一般には簡 単に手に入れられないものが多い、(3)著名人や権威者が協会の主張を支持してい るかのように引用する。この手法により一般の信者は、著名人や権威者も支持してい るのだから協会の主張は間違いない、あるいはこれまで信じていた”常識”はあてに ならないものだ、という思いが強まっていくでしょう。しかも出典を調べることはほ とんど不可能であり、協会を信頼するしかないのです。
 ところで協会が引用する”科学文献”には大きく分けて2種類あります。一つはデ ィスカバー誌、ポピュラーサイエンス誌、ニューサイエンティスト誌といったいわゆ る大衆的商業科学雑誌であり、協会の引用の多くはこれらからのものです。これらの 雑誌は一般新聞と同様で、基本的には記者の取材にもとづくニュース記事からなり、 その内容は必ずしも学問的に正確なものではありません。むしろ読者をひきつけるた め、場合によっては実際の内容からかけ離れたセンセーショナルな書き方がされるこ とも少なくありません。
 私自身昨年ある研究についてディスカバー誌(ニューヨーク)の取材を受け、その 内容について説明しましたが、出た記事は述べた内容とはかなり異なり、しかも大げ さに書かれておりました。それでも特に抗議をしなかったのは、そのような記 事が記者の責任で出されていたからです。また訂正してもらうためのやりとりをする のもめんどうでした。多分、このような雑誌に記事を書かれた方は、多かれ少なかれ そのような経験をしているのではないかと思います。
 研究結果がこのような形でマスコミ報道されると、直後に必ずといっていいほど何 通かのお便りをいただきます。その多くはちょっと”普通ではない”アマチュア研究 家からのものであり、自分のオリジナルな”理論”を示してそれに対する見解を求め てくるのです。多分安芸教授の場合もこのような質問が協会から届き、同教授がまじ めに答えたものが、先に述べたような形で利用されたのでしょう。協会が引用先を示 していない場合は、このような私的な手紙の返事に基づいていることが多いのではな いかと推察します。
 協会が引用する科学文献のもう一つは”サイエンス”、”ネイチャー”といった一 流の科学雑誌です。この場合、掲載された論文は厳しい審査をくぐっており、一般的 には十分に信頼に値する内容と考えていいかと思います。もっとも、協会の文書にお いてこのような科学雑誌からの引用はあまり多くなく、例えあったとしても私が調べ た範囲では地震の例や次に述べるように、ほとんどすべてがインチキ引用でした。残 念なことに、協会側もこのような手法が暴露されるのを恐れているのか、最近は引用 先をきちんと示すことは少なくなりつつあるようです。多分「反対者からの悪意に満 ちた攻撃から守るため」というのが表向きの理由なのでしょう。

9.もう一つの引用例:年代測定について

 地球科学に関連した話題として、年代測定法に関して協会の”生命”(96頁)に は次のように書かれています。

”聖書による年代計算は誤りである、と決めてしまう前に、放射能による年代測定の 方法が幾人かの科学者たちから激しい批判を受けていることについて考えてください 。一科学雑誌は、「放射能の自然崩壊によって決定される年代が、ただの数年ではな く、幾けたも違ってくる」ことを示す(R.ジェントリーによる)研究結果について 伝えました。同誌はこう述べました。「人間は地球の上を360万年も歩いてきたも のではなく、登場してからわずか数千年しかたっていないのかもしれない」”。

 また「聖書から論じる」によると、この後半の部分は”その記事の指摘するところ によると、ジェントリーの研究結果からすれば、「人間は地球の上を360万年も歩 いてきたものではなく、登場してからわずか数千年しかたっていないのかもしれない 」という結論になるであろうということです。”となっています。
 上記の一科学雑誌というのは、先ほど述べた大衆的科学雑誌の一つ”ポピュラーサ イエンス”誌(1979年11月号)のことであり、この部分はRobert Gannonとい う記者が書いた解説記事の一部です。この記事は主に放射性元素の崩壊を利用した( 当時の)最新の年代測定技術について概観しており、その有効性が多くの分野におい て認められていることを報じたものです。
 確かにこの6ページにわたる長文の解説記事の一番最後には、R.ジェントリーに よって提出された"odd speculations" (奇妙な憶測)についても触れられています 。ただし上記の「人間は地球の上を360万年も歩いてきたものではなく、登場して からわずか数千年しかたっていないのかもしれない」という記述は、文脈からすると 同記者が本当にそう思っているのではなく、ジェントリーの主張に対する皮肉のこも った表現であるととるべきでしょう。実際、その直後の文章には"Most scientists simply dismiss the idea" (ほとんどの科学者はこの考えを一蹴している)と説明 されており、彼の考えが全く受け入れられていないことを報じているのです。
 このようにこの記事全体をみれば、協会が引用している部分はポピュラーサイエン ス誌がその主張として述べているのではありませんし、ましてこのように結論づけて いるわけではないことは明らかです。これが協会の手によれば、いかにもこの科学雑 誌の主張のようにすり変えられてしまいます。
 科学の世界ではこのような手のこんだインチキに理がないことは、すぐに客観的デ ータによって明らかになります。この解説記事が出てからすでに20年近くを経てい ますが、その後上記のようなR.ジェントリーの"odd speculations"を支持する報告 がなされたという話はありません。年代測定については、より現代的な測定手段を用 いた、また異なる手法による多くのクロスチェックがなされており、若干の修正が必 要な場合もありますが、以前の測定年代に大きな(桁で変るような)変更をせまるも のではありません。

  10.科学から空想へ

 これまでに見てきた地震や年代の話題以外にも、同様のトリックは私の調べた範囲 でも化石や地質学等、地球科学関係の分野で数多くみられました。私自身は専 門家ではありませんが、協会の主張を少し調べると生物学や宇宙物理学など、この手 法は科学のあらゆる分野で用いられているように見えます。科学的な議論を装いつつ 、その実は全くの虚構・空想の世界へと信者を導いているのが実情です。
 このことは科学の分野にとどまりません。十字架や神の名前、輸血問題等、協会の 特異な教理に関連してそれを裏付けるために多くの権威者が登場します。これらにつ いても全く同様のトリックが用いられていることは、ウッド牧師の本などでも明らか にされている通りです。
 エホバの証人になる前に、”どうぞご自分で十分調べてください”と司会者からい われるのが常のようです。また、証人としてバプテスマを受けた方も、自分は十分調 べたと思い込んでいます。しかし科学論文や宗教上の原典について、その真偽を確か めることは必ずしも容易ではありません。協会が引用している文章を、原典までさか のぼって調べた方が本当にいるでしょうか。会衆の人達は皆正直で、いい人ばかりで ある。それを指導する協会幹部=統治体がうそをつくはずがない。このような思い込 みが、原典まで調べる必要性を感じさせない心理状態にするのでしょう。しかし妻が そうであったように、一旦協会の論理と倫理を理解すると、その教理が空想に立脚し た虚構の世界であることがはっきりと見えてくるのです。
 私の妻は、最終的にはD牧師の力を借りて協会の誤りに気付き脱会しました。しか し後で聞いたところ、地震の件について私が話した時点で内心かなり動揺したそうで す。たまたま私は地球科学の専門家だったのでこのような”研究”が可能でしたが、 それぞれの得意な分野で自ら調べることは、カルトからの救出において重要かと思い ます。
 それは、1)大変苦労して調べているという姿勢を示す、2)”背教者”の情 報ではなく自分の力で調べていることを示す、3)自分自身の反対理由を明確にする 、といった点で有効だからです。私は”一点突破、全面展開”を目指しました。救出 を考えている皆様も、大変な苦労は伴うと思いますが、ある一点に絞ってでもご自分 で深く調べてみることをおすすめします。

追記
  前出の全米地球物理学データセンターのLowell Whiteside氏に、妻の救出後今年 は久しぶりに楽しくクリスマスを過ごした旨報告すると、以下のような返事が戻って きました。

I am happy to hear that your Christmas was bright and merry. I watched a show on Television on the celebration of Christmas in Japan this evening. I was in Tokyo for several days this summer, and found it quite pleasant. We have also enjoyed the Christmas season, although Christmas day has just arrived.Of course, we realize that much of the Christmas tradition is mythological, but people enjoy and need traditional celebrations, and this is one of those which is now celebrated throughout most of the world and has been since ancient times throughout the western world. It is a pity that some cults try to control the minds of their members, but fortunately most people such as your wife have loved ones who care for them and help them out of these situations. I commend you on your faithfulness to her through this difficult period.
May you both have a prosperous and happy New Year.

 あなたがたのクリスマスが明るく楽しいものであったことをうかがい、うれしく思 います。今夜ちょうどテレビで日本のクリスマスの様子を見ました。実はこの夏、私 は東京で数日楽しく過ごしたのです。
 私たちもクリスマスシーズンを楽しんでいます。今日がちょうどそのクリスマスの 日です。勿論私たちもクリスマスの伝統が多分に神話的であることを知っています。 しかし人々は伝統的なお祭りを楽しみますし、またそのようなものを必要としていま す。クリスマスは西洋では昔から祝われており、また今では世界中で祝われているそ ういったお祭りの一つです。カルト教団がそのメンバーをマンドコントロールしてい るのは悲しいことです。でも幸なことに、あなたの奥様をはじめ多くの方が、そのよ うな状況を心配し救出してくれる愛しい人をもっています。私はこの困難な時におい ても、あなたが奥様に示された誠実さを賞賛いたします。
   お二人が素晴しく幸せな新しい年を迎えられることを祈っております。(筆者訳)

 地震の件については、インターネット”エホバの証人情報センター”の村本さんの サイト(http://www.jwic.com/home_j.htm)に更に詳しい解説があります。本稿にお いても、一部参考にさせていただきました。また、地震の数のデータについては東大 地震研究所のサイト(http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/UTSU/search.html)を参照さ れるのがいいかと思います。
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