「朝米査察合意」と米朝関係の現在、そして北朝鮮のいま

荒沢 峻


編集注:北朝鮮の動向と現実、そして世界情勢の変化から、今後の北朝鮮民衆との連帯をどのように考えていくのかが私たちにも問われています。北朝鮮拝外主義キャンペーンが、新ガイドラインとともに推し進められ、「軍事国家北朝鮮」というマスコミのキャンペーンに流されることなく、北朝鮮の民衆に関心を持っていきましょう。昨年アジア連帯講座で「北朝鮮の今」と題して荒沢さんにお話をしていただきました。その時の講演録も間もなく掲載する予定です。


安定局面に入った米朝関係
三月十六日に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は北朝鮮・クムチャンリにある地下施設に対する米国による複数回の立ち入り調査(参観)を認めることで合意した。この合意に至るまでには日本国内で「三月危機説」をはじめとしたさまざまな朝鮮危機論が展開され、また北朝鮮も国内外で臨戦キャンペーンと準戦時動員を繰り広げ、また日本では自民党危機管理対策チーム議員らによる「北朝鮮干ぼし論」など北朝鮮に対する排外主義的主張が噴出した。こうした中、金正日総書記就任以降の北朝鮮は対米関係をどのように打開しようとしているのか。
 アメリカによる北朝鮮への執拗な核査察要求のなかで北朝鮮の国際的“孤立”が当たり前のように語られているが、実際には北朝鮮はアメリカとの間にいくつもの外交チャンネルを確保し、また欧州連合(EU)とも昨年末から交流を開始している。また経済面では市場経済の本格的研究のためにシンガポール、タイ、ハンガリーなどに計百人規模の専門家を海外研修のために派遣するなど外交的経済的打開に向けた表面化した動きだけでも数多くある。
 今回合意に達したアメリカとの核査察協議以外にミサイル協議、MIA協議(朝鮮戦争行方不明米兵の米朝合同遺骨捜索)、食糧支援協議、そして九七年から始まった四者協議(南北朝鮮と米中)など。
 もはやアメリカは北朝鮮にとって極めて親密な交渉相手国であり外交的打開の糸口をそこに賭けている。公表される協議結果だけでは明らかにされない米朝間の合意事項(今回の核査察合意では食糧支援がこれに当たる)の存在、回を重ねる協議を経て醸成される相互の外交スタイルへの理解力などからみて、米朝関係は一時的な険悪化の局面を挟みながらも長期的には安定的局面に入りつつあり、このすう勢に逆転はありえない。
 こうした動向のなかで中朝関係の行方が注目される。七〇年代末以降、ケ小平が金日成・金正日との会談の度に一貫して北朝鮮の改革・開放を促していた一連の経過が、昨年末に中国共産党直属機関から出版されたケ小平関係の出版物の中で明らかにされている。
 これは、改革・開放を一貫して拒否してきた北朝鮮と中国との関係が冷却化していることを、中国側資料が傍証するものだ。そして今年十月には中国建国五十周年、そして中朝国交樹立五十周年を迎える中、節目を飾る国家的行事に際して両国がレベル的にも内容的にもどのような交流を展開するかが今後をみる上で大きな指標となるだろう。


北朝鮮三紙の新年共同社説
 「労働新聞」など北朝鮮主要三紙による恒例の新年共同社説では、経済再建の現局面について「人民経済の各部門で生産を正常化し、国の経済全般をしっかり軌道に乗せ、人民生活を安定させること、これが今年われわれが遂行すべき経済建設の基本課題である」とした上で「ジャガイモ栽培で革命を起こし、適地適作、適期適作の原則に基づいて農業構造を改善しなければならない」「金属工業の主体性と自立性を強めて鉄鋼材生産を引き上げ、緊張した鉄道輸送問題を解決しなければならない。国の天然資源を大々的に開発して経済的復興の土台を築かなければならない」などと、チュチェ農法からの転換 や機能不全に陥っている工場稼働、運輸交通体系の土台からの再建を示唆する言及がみられる。
 この四月に開かれた最高人民会議第十期第二回会議では五年ぶりに国家予算について審議され、前回(九四年)公表予算の半分と言われる九九年予算案(一兆一二二〇億円)の中で、配分内容では前年比で農業分野一一%増、電力工業部門一五%増、鉄道輸送部門一〇%増とされている。これは予算案の形式はとっているものの、北朝鮮の実体経済との相関関係、歳入内容などは不明な点が多く、こうした数値は今後の経済再建や農業改革の動きを論じる根拠とはならない。
 しかし「新しい環境に合わせた活動方法と仕事」(新年共同社説)はすでにいくつかの試みが先行している。九八年にはシンガポール、タイ、ハンガリーなどに合計約百人の専門家を派遣、国際通貨基金(IMF)や国連開発計画(UNDP)の研修プログラムに参加させている。さらに昨年十月にはバーコードの番号を管理する国際EAN協会への加盟を申請しており、この五月には承認される見通しで市場経済への参入への一歩とみられている。
 「農業構造改善」(同)についても、EUや欧州各国のNGOからは農業技術の指導員らがピョンヤンに常駐しており、まもなく始まるジャガイモの共同栽培事業にはアメリカからの技術指導員らが北朝鮮に常駐することになり、こうした動きと農業改革の関連には留意しておきたい。

現代グループ進出の意味は
 昨年から韓国の大手財閥は北朝鮮の観光開発進出に乗り出し、韓国最大財閥現代グループは金剛山観光開発の独占権を持つ「現代峨山」を設立し、九九年から六年間のあいだに約一千億円の「入札金」を北朝鮮に支払うことになった。
 この現代グループによって昨年十一月に開始された韓国人の金剛山観光ツアーには七十回約四万人が参加している。また北朝鮮にとってもう一つの名山であり、朝鮮民族の聖地とされる白頭山についても、韓国財閥の三星との間で観光開発計画があることが伝えられている。
 金正日が総書記就任後初の外国要人との会見相手に、政治家や外交官ではなく同族で北出身の事業家(資本家)であるこの現代グループの総帥を選んだことは、北朝鮮の今後をみていくうえで象徴的出来事だろう。巨額の「入札金」と引き換えに金剛山一帯の観光開発独占権を認めたことは、かつて金日成が同族で同じく北出身の統一協会・文鮮明の潤沢な財力に飛びついたのと同様に、拝金主義に染め上げられた金正日王朝体制の延命策が韓国財閥の利害と見事に一致したということである。南北同族の交流増進といった建前よりもこの現実をまず直視しよう。


不審船追撃事件をめぐって
 日米両国・両軍によって用意周到に演出された不審船追跡事件に際してマスコミを賑わせているいわゆる北朝鮮の「工作船」「工作員」潜入説についてどうみるかは、今回の不審船がどの国のものかを論じるのとは別個に必要なことだ。
 諜報活動・防諜活動一般からすればどの国でも程度の差こそあれ行っていることであり、北朝鮮が韓国や日本を諜報活動の対象にすることは、その逆の諜報活動もあり得ることからして当然のことである。ただしそれが無関係の人々を巻き込んだり、国際法に触れたりすれば批判と追及の対象になることもまた当然だ。
 これまでいくつかの北朝鮮工作員潜入事件や疑惑が報じられてきたが具体的な被害が生じたわけでもなく、断片的事件として社会的関心事項とはならなかった。むしろ八〇年代初期までなら「工作員」とか「拉致」と言えば韓国中央情報部(KCIA)による金大中や尹伊桑の拉致事件を想起させるものだった。
 また当時のKCIAの流す北朝鮮情報(とりわけ金日成や金正日の動静)には誤報やデタラメなものも多く、「デッチ上げ」「謀略」と反論していた北朝鮮側の主張にはそれなりの説得力があった。
 しかし八三年のラングーン爆破事件、八七年の大韓航空機爆破事件のその後の一連の経過は、北朝鮮関与説に対するこうしたステロタイプ化された北朝鮮当局の反論では到底説明できないものとなった。いずれも当事者が逮捕され、あるいは具体的に証言した。その後の北朝鮮からの亡命者の相次ぐ証言も北朝鮮工作機関の関与説を補強した。そしてこの事件から十年以上が経過した今も事件の見直し、再発掘を迫るような新証言や分析はない。
 ここで韓国政府要人や人民を大量殺傷したこれらの事件に触れるのは、「北朝鮮のテロ工作が日本に向けられている」とする論調が不審船追跡事件以降一段と高まり、さも信ぴょう性があるかのように振りまかれているからだ。これらの事件について証言した人々は同じく「工作活動の目的は韓国への浸透」「日本はそのための経由地」と誰もが率直に述べており、実際に摘発された潜入工作事件もそうした事実を裏付けている。
 北朝鮮諜報機関が日本国内で韓国潜入を目的とした工作活動を行なってきたことは事実であり、同様に韓国の諜報機関が日本で自国民や北朝鮮に対する工作活動を行なってきたことも事実である。この前提にたって、先の不審船事件について「謀略事件」「反共和国策動」とする北朝鮮外務省の主張に与することはできない。これは日本政府による何の根拠もない「北朝鮮工作員が日本国内で相当数活動」説や深夜の日本海の闇の中で繰り広げられた追跡劇の一部始終を日本政府の公表通り信用するわけにはいかないことと同じである。




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