中国政府の威圧的統一要求を批判する



 二月二十一日、中国政府が台湾問題に関する白書を発表した。昨年七月に李登輝台湾総統が台湾と中国の関係を「特殊な国と国との関係」と発言し、それに対して「分裂策動である」として中国政府が交渉を拒否。統一に関する交渉が暗礁に乗り上げていた。中国政府は三月十八日に投票が行なわれる総統選挙で新しく選出される総統が、再交渉のきっかけをもたらすことを期待して白書を発表したと考えられる。
 台湾では総統選挙戦が加熱する中、主要な候補者の対中政策が、対話路線を強化することを掲げてはいるが、「特殊な国と国との関係」(連戦・国民党公認候補)、「二つの国家間の特殊な関係」(陳水扁・民進党公認候補)、「準国際関係」(宋楚瑜・無所属)というように、李登輝の発言を前提としている。これは、台湾民衆の圧倒的多数の「現状維持」意識を反映・吸収したものである(注)。
 このような事実上、台湾の独立化を促すような世論が今回の総統選挙でさらに拡大、定着することに危機感を抱いた中国政府は、今回発表された白書の中であらためて統一への決意を述べている。白書は「平和統一、一国二制度」を大前提にしつつ、「台湾を中国から分割させる事態」や「外国の台湾占領」の発生、「台湾当局が交渉による統一問題の平和的解決を無期限に拒否する」なら武力行使を含めたあらゆる方法で統一を実現するとしている。「台湾当局が交渉による統一問題の平和的解決を無期限に拒否する」という条件は、今回の白書で初めて追加された。これは、世論が現状維持や独立への方向へ向かうことに一定の歯止めをかけたいという中国政府の危機感を反映している。しかし、このような「北風」政策は、中国政府の要求をなんら現実のものとはしないだろう。
 中国政府のいう「交渉」の前提は「一つの中国」であり、それを認めないのであれば交渉はできないというものである。事実、李登輝の「二国論」発言で、統一に関する交渉は中国側の拒否によって一時ストップしている。しかし、李登輝は中国政府の言うように「分裂政策を推し進め」たのではなく、現状を語ったに過ぎない。もちろん発言の背後には現状維持と国際社会でのより一層の自立化を見込んでの発言であることは確かであるが。事実の確認に対してそれを「分裂政策を推し進めた」「両岸の平和統一の基礎を損ない、台湾同胞を含む全中華民族の利益やアジア太平洋地域の平和と安定を危うくした」とする中国政府の非難は極めて威圧的であり、かつ民主的統一を遠ざけるものである。
 中国政府の見解が、ほとんど中国民衆の世論によっているものではなく、また台湾民衆の考えとも大きくかけ離れている一方で(しかし、中国民衆の多くは台湾は中国の一部であると考えている。それは自発的な意識というよりは中国政府による宣伝によるものである)、李登輝や総統選の各候補者の見解が台湾民衆の意識をかなりの程度汲み取ったものであるということにも注意しなければならない。
 あるいは中国政府は、台湾のブルジョアジーが台湾政府に圧力をかけることを見込んでいるのかもしれない。というのも、台湾と中国の経済的つながりは、とりわけ台湾ブルジョアジーにとってはきわめて緊密なものになっているからだ。九九年の台湾の対外投資額四十四億八千万ドルのうちの二十八%、十二億五千万ドルが大陸向け投資である(ちなみに李登輝の「二国間関係」発言以前の九七年には、対外投資額七十一億ドルのうちの六〇%、四十三億ドルが大陸向け投資)。中国政府の関心が台湾の労働者階級にではなく資産階級に向いているのであれば、それは労働者民衆にとっての平和統一にはならない。大陸にある台湾資本の工場では、劣悪な労働条件や人権を無視した労務管理が問題になっており、労災が頻発している。九九年六月十二日には深センにある台湾資本の工場で火災が発生し十六人(うち女性が十四人)の労働者がなくなっている。労働者の生存する権利を脅かす台湾ブルジョアジーの力を利用した「統一」要求ではなく、平和と民主主義と抑圧のない社会を求める中国・台湾民衆の力を背景に統一を要求しなくてはならない。
 中国政府の度重なる威圧的な「平和的」統一要求は、台湾民衆の「独立」意識を促さないまでも、現状維持という意識を多いに促進している。そういった意味では中国政府は無自覚に(あるいは意識的に)台湾民衆とその意識を背景とした台湾政府の現状維持的傾向を強化しているのだ。しかし、主観的には武力行使を含む統一を主張し、そのためにますます統一の実現を遠くに追いやってる中国政府は、将来その矛盾を解決するために自らの主張を実現させなければならなくなるかもしれない。矛盾をコントロールすることができなくなる前に、中国政府は一刻も早く武力による統一を放棄しなければならない。また中国国内での自由な討論や意見表明、そして結社の自由を認めること、それこそが台湾民衆が李登輝の「二国論」を放棄し、統一問題に関する自立した考えを促すことにつながる。そうして初めて「アジア太平洋地域の平和と安定」のための基礎を確かなものにする。
(早野 一 2月23日)


(注) 台湾行政院大陸委員会が九九年四月に発表した調査は、五年間に行なわれた四回の民意調査(対象者は千六百四人)で、八割の人が現状維持を望むという結果を示した。また、「一国二制度」については七割の人が反対で、賛成は七%を超えなかった。台湾政府による調査ということもあって、いくらかは控えめに見なければならない調査結果ではあるが、台湾民衆の気分を反映しているものであることは確かだ。また李登輝の「二国論」発言以前に行なわれた調査の結果であるということにも注目しておく必要がある。



資料
香港・先駆社の統一問題に対する見解

「先駆」53号「分裂の現実を認め、平和的統一をかちとろう 最近の両岸関係の危機を論じる」(向青)から

……私は昨年(九八年)はじめの文章で、現在両岸当局は真に力を尽くして合理的な平和的統一をかちとる努力をしてはいないので、民衆の平和的統一運動が非常に重要であると書いた。ここ一年来、すでにこのような性質の団体と活動が存在している。李登輝がまさに二国論を打ち出そうとしていたその前後数日の間に(九八年七月初め)、香港ではシンポジウムが開かれていた。しかし残念なことに、この運動はまだ大きくはなく、大きな影響を与えるにはなっていない。私は以前の文章で七項目の意見を提案し、民衆の運動の立場とすることができると考えている。いま、私の考えは変わっていないので、その七項目をここに示し読者の参考にしてもらおう。

(一)われわれ人民は台湾と大陸の双方の政府に、統一問題に関する交渉を即時無条件で開始することを要求しなければならない。交渉内容は随時人民に公表しなければならない。
(二)民衆(団体・個人を問わず)も統一問題に対して積極的に意見を発表しなければならず、またどちらか一方の政府と討論する機会を勝ち取らなければならない。政府の交渉が進んでいないときには特にそうである。
(三)政府間の交渉か民衆の討論にか関わらず、統一実現の際に台湾がどのように変わるかあるいは変わらないかに限るのではなく、大陸の側と全国的な問題を包括しなければならない。例えば国家憲法や統一後の国名、国旗などについて。
(四)台湾海峡両岸において強力な大衆的な統一運動が必要である。
(五)統一運動の最高目標は、統一を実現すると同時に、十分に民主的な方法で新国家の憲法を制定することである。最低限の目標は、双方が自主的にかつ各内部の自主権が十分に保障される前提で先行的に統一するということである。
(六)民衆の統一運動が発展するかどうか、民衆運動に対する政府の弾圧や統制の程度が、その政府に平和的統一の誠意があるかどうかを測る第一の基準となる。
(七)武力を用いて統一問題を解決することには断固反対する。侵略行為に対しては、両岸人民は団結して抵抗しなければならない。支配者の利益のために平和的統一を拒否し、人民に戦争の災禍を与えることにも反対する。

 最近の両岸関係の変化に対して、民間の統一運動は以下のような態度を宣言しなければならない。
(一)台湾が二国論を持ち出したことで、両岸の対話、交渉の前提がなくなったという見解には反対する。台湾には中華民国の名称で、中華人民共和国という政府と交渉する権利がある。大陸には当然それに反対してその他の名義を提案する権利はある。この問題の根本を解決するために、接触の停止ではなく、双方による対話が必要である。
(二)両岸人民および中国の統一問題に関心のある在外華人が一致して、両岸当局が短期間のうちにそれぞれの平和的統一の基本政策を打ち出すことを求めるように呼びかける。台湾に対する一国二制度政策の内容を具体的に説明するよう大陸に求める。少なくとも一九八四年に「中華人民共和国とグレートブリテン・北アイルランド連合王国政府の香港問題に関する共同声明」(英中共同声明)を発表したときの香港対する政策説明のように詳しくなければならない。台湾による政策説明も同じように詳しくなければならない。
(三)両岸人民と海外華人は一致して、大陸が平和的統一をかちとり、武力による手段を決して使わないと決心することを正式に宣言することを要求するよう呼びかける。

 もし民衆の平和的統一運動が失敗すれば、遠くない将来大陸と台湾の間で戦争が勃発する。台湾では五十年前と同じく国民党が政権を担っており、その敵はやはり中国共産党になり、表面的には以前の国共内戦の継続と見えるかもしれないが、実際の性質は根本的に変化している。なぜなら現在の共産党と国民党双方の政策は以前の大きく変わっており、共産党は特のその変化が甚だしい。それゆえ物事の道理をよくわきまえている人間は以前の態度で現在の戦争に対応してはならない。五十年前の内戦中には、多くの人民は中国共産党を支持し、その勝利に対して歓迎、あるいは少なくとも受け入れる理由があった。しかし現在は、同様の態度を取る理由は全くない。もし、中国共産党が台湾を征服したら、その独裁と反動をさらに深めるだけであり、何ら進歩的なことを実現できない。長くても五十年もかからずに、大多数の中国人がこのような考えに同意し、また公言することができると信じている。 
一九九九年八月二日





ホームに戻る