『香港・中国は何処へ−香港民主派左派の声−』


劉宇凡/早野一訳 つげ書房新社 900円
 

社会主義再生めざす先駆社の中国論

 本書は、アジア連帯講座でも4月に招待した劉宇凡さんが、香港返還直前に『先駆』誌に発表した論文と、本書のための書き下ろしが収録されている。中国民主化運動の最左派といえる先駆社の主張が日本語としてははじめて一冊の書物にまとめられ、中国国家・共産党に対する彼らのいま現在の分析を知ることができる一冊だ。
 劉さんは、現在の中国をトロツキーの原則的立場(官僚的に堕落した労働者国家)に教条的に固執することなく、また安易に「国家資本主義」というような規定づけもしない。劉さんは冷静に淡々と分析をすすめていく。
 劉さんは、中国共産党を「官僚社会主義党から資本主義復活党へと変質してしまった」とし、官僚の堕落の極限的進行と資本主義化の進行は必然的なものとする。中国政府は、香港を「資本主義路線を歩むための格好のパートナー」として、84年の中英共同声明以降、官資一体となって製造業を削減し、「貿易、金融およびサービス業の中心」として、中香の経済融合を推し進めてきた。
 しかし「7・1」以降も官僚と資産階級が良好な関係を保てるか。劉さんは、「法治に関しては、全く無能」な官僚と「良ければとどまり、悪ければこっそり出て行く」だけの資産階級の矛盾があるとする。
 また中国本土においては、「1994年、政府筋が発表したところによると、私営企業は工業総生産の10%を占めた」とされている。しかしこの数字は資本主義化の現実をおおい隠すものでしかない。劉さんは中国の経済学者の研究を豊富に引用しながら、中国においてすでに、資本主義経済が主導する状況になっていることを明らかにしている。
 こうした中で官僚の腐敗と資本家への転身はかつてない規模に達している。劉さんは、「汚職をしない役人はいない」と言われるほどの「官僚資本集団」が「さらに速度を上げて国有財産と人民の血と汗の結晶である財産を飲みこみつつある」という。官僚自ら投資を行い、損失は国家に、利益は自分のものにし、独占的市場の不公正な競争のもとで官僚はますます私腹を肥やしているとする。
 劉さんは、「中国共産党は中国を民営化した」として、「資産階級財産の存在を禁止していたという意味においてのみ、毛沢東時代の中国政権を官僚的変種の労働者国家であると一応認めることができる。しかし、遅ればせながら1988年の憲法改定で、中国共産党は、正式に資産階級に奉仕する政権に変質してしまった」とする。
 官僚独裁のもとでの腐敗した官僚の個人的な利潤追求と、計画経済がほぼ崩壊した状態での無秩序的な自由競争によって「人民は先に裕福になった人間の搾取対象になってしまった」として、劉さんは、最後にこう締めくくる。
 「中国が資本主義を実行するのであれば、目の前にあるこのような官僚資本主義しかありえない。資本主義の復活は、すでにほぼ完成されたにもかかわらず、それは資本主義が永遠に人民の上にあぐらをかいて存続していけることを意味するものではない」。
 本書では、中国の政治・経済分析にとどめ、変革の道筋にはほとんどふれられていないが、劉さんはこうして資本との闘いなくしては、スターリニスト官僚との対決もありえないことを明らかにする。
 本書は、中国の現在を知るうえで、有益な手がかりを与えてくれると確信する。それはわれわれの「官僚的に堕落した労働者国家」論を前提としつつ、今後どのように分析を深めるかの手がかりにもなるだろう。
 先駆社は大局ばかりを語るイデオロギー集団ではない。他の民主派との統一戦線のなかで左派の旗も鮮明に奮闘していることは、香港を訪問したアジア連帯講座の仲間の報告のとおりである。また、『先駆』誌では、大局論はもちろん、人権・環境・女性などの諸問題にも左派の立場からの提起がなされている。
 われわれの中国民主化連帯運動は、まだその一歩を踏み出したばかりである。それは来たるべき官僚・資本と民衆の対決に備えていこうとするものではあるが、それはまた、中国の人権状況、環境破壊、マイノリティーへの抑圧などにビビッドに反応していくものでなければならない。
(ふじいえいご)





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