99.8.28 アジア連帯講座 国際フォーラム

経済危機における香港労働運動の現状と課題
丁 洋(香港・先駆社)



1.ブルジョア階級の全面的攻勢
 香港の経済衰退の深刻さは、ここ十数年来見られなかったものである。このような状況のなか、董建華(香港行政のトップ)のブルジョア政府は、労働者階級に対する全面的攻勢を進めており、危機を労働者に転化しようとしている。政府の発表した失業率は六%だが、実際はそれよりもさらに高い。ベースダウンも一般的になっており、賃金の減少の割合もはなはだしく、四分の一から三分の一も賃金が切り下げられたという業種もある。
 公務員の賃金はまだ切り下げられていないが、政府はすでに新規採用者の初任給を引き下げた。しかし、公務員にとってさらに大きな脅威は、民間委託を含めた民営化である。政府が民営化をしようとしているのは、公共住宅、郵政、水道、機械設備・電気設備建設部門である。民間委託に関しては、その他多くの部門が導入を検討しており、なかでも福祉部門が最も深刻である。これまで国民総生産に占める政府支出の割合は非常に低く、二〇%前後しかなかった。また赤字予算も少なく、さらに一人あたりの外貨準備高は世界第二という最も裕福な政府のひとつが香港政府である。このような事実からも、政府が民営化をしなければならないという理由はまったくない。香港政府が民営化を推進する理由は、純粋にブルジョアジーと高級官僚の金儲けのためである。たとえば、公共住宅の管理を民営化すると、少なくとも毎年百億香港ドルの市場が創出される。またそれ以外の理由として、政府は一万一千人いる公共住宅管理部門の労働者の、数千から半数をリストラしたいと考えている。貧しい者から奪い、豊かな者に与える。これが経済危機の対する政府のやりかたである。

2.香港の労働組合の弱点
 香港の労働組合は、現在厳しい局面に直面している。民間部門では、ここ一年の間に、キャセイ航空や香港テレコムという、比較的闘争条件のいい大企業の労働者が、真剣に闘争を展開してこなかった。キャセイは、一九九一年の初めて戦闘的なストライキを行ったが、今回は、資本のリストラ案とベースダウンに対してなすすべもなかった。公共部門では、闘争は始まったばかりなので、決着はまだついていない。しかし勝利するには大きな困難を乗り越えなければならない。総じていえば、香港の労働組合の力量は、非常に脆弱で、それに経済危機が加わり、闘争の展開が困難になっている。
 香港の労働組合の第一の弱点は、それが分散化されており、それぞれの組合も小さいということである。多くの組合は職能別組合で、産業別組合ではない。これらの小さな組合の多くはナショナルセンターに加盟しているが、香港のナショナルセンターは「左」、中道、右の三派に分裂している。職業別組合は、それらのナショナルセンターに加盟はしているが、レクリエーション活動に力を割いているだけで、強い組織性のあるものではなく、それぞれがそれぞれの活動を行っているだけである。また、政府の政策も意識的に組合の分散化を促している。香港の法律では、労働者は簡単に組合を結成できるが(七人集まれば組合として登録が可能)、複数の組合の統合や産別組合にしようとするのは難しい。これらは比較的規模の大きな組合の出現を困難にしている。
 二つ目の弱点は、香港の組合はほとんど現場組織とその活動がないことである。そもそも香港の組合組織率は高くはない(九七年で二十二%)。しかし、組合に加盟している労働者は、一般的に組合への帰属意識がほとんどない。また現場活動などもあまりない。組合員が組合の必要性をあまり感じていないからだ。多くの人が組合に加盟している理由は、組合員価格で買い物ができるからだ。
 現在以上に組合費を払いたくないと思っている組合員も多い。私たちのメンバーが組合の幹部をしている福祉関連の組合員は、少なくとも一万二千元の収入があるが、年間の組合費はわずか百元である。しかしこれすらも高額であると感じる組合員がいるのだ。これは組合に対する信頼感がないことの現れである。労働者の支持のない組合は発展できない。台湾で結成されようとしているナショナルセンターは、ストライキ基金を設立しようとしていると聞く。香港の組合ではこのような基金の設立は考えられない。なぜなら、組合指導部がどれだけ戦闘性をもっていても、労働者に比較的高額のカンパを出すように説得ができないからだ。
 このような理由から、現在労働者は非常に大きな危機に直面していてはいるが、多くの労働者の考え方は、集団的な闘争を通じてではなく、個人的な方法を通じて解決を考えるというものである。
 三つ目の弱点は、組合の指導部である。労働者が組合に対して信頼をおいていない理由の多くは、これまでの労働組合の裏切りにある。香港の労働者は、最初から現在のような集団的闘争に欠けていたのではない。一九二六年から二七年にかけてのゼネストは、これまでもっとも長いストライキとして歴史に名を残している。また五〇、六〇年代においても、中国共産党の影響下にあったナショナルセンターの工聯会に所属していた労働者は一定の闘争性と現場細胞を有していた。しかし、残念なことに中国共産党は一九六七年の冒険主義的な闘争と、その反動としての右傾化によって、闘争の伝統を持った労働者を完全に葬ってしまった。古い世代の消極性と新しい世代の経験の欠如というのが、七〇年代以降の香港労働運動の精神的側面である。中国共産党の一国二制度は、右派組合の後塵を拝するような工聯会のイエローユニオン化をさらに推し進めている。返還以降の大衆運動への対応はそれを物語っている。工聯会は、大陸からの移住労働者の導入に反対するデモは組織するが、ブルジョア階級の攻勢にたいするいかなる闘争も組織しないだけでなく、批判すらも控えている。各公務員の組合が何度もデモを組織していたが、工聯会の影響下にある水道部門の労組は、下部からの圧力でデモを組織することになったが、それに参加した他の労組の横断幕などは掲げさせなかった。
 中国共産党は、現在まで、表立って香港の組合には干渉していないが、工聯会を通じて労働者を束縛し、最近では直接的なスト破りという役割までも担うようになっている。というのも、少し前にキャセイ航空のパイロットが山猫式ストを行ったが、中国政府は数十名の大陸のパイロットを派遣し、間接的に資本が山猫ストを解体するという役割を果たした。これは、香港の返還後、中国共産党がブルジョアジーの代理人となっていること、またその影響下にある工聯会がイエローユニオンになっていることを示している。それは香港の労働運動のもっとも大きな障害のひとつになっている。
 七〇年代以降、一方では工聯会のイエローユニオン化が進み、一方では独立系組合のわずかながらの発展があった。組合の組織率は、八〇年代に低下した後、現在は七〇年代のレベルに回復している。その中でも多くの小規模組合が結成された。現在の工盟は八〇年代、九〇年代の独立系組合の産物である。工盟は香港では唯一イエローユニオン化していないナショナルセンターである。しかし、その指導部は決して強力なものではない。私がそういう風に言う根拠は、工盟が現在の状況でストをしないからではない(ストを発動するのには、確かにさまざまな困難が存在するから)。その根拠は、現在の状況で原則的で明確に民営化に反対し公営事業部門を防衛する方針を掲げたがらないからだ。工盟は、政府が「労働者の意見を聞いていない」「改革の速度が速すぎる」という類の批判しかしていない。このような弱い姿勢では、労働者階級の思想的武装をさらに解除だけである。また、工盟は工聯会ほどは右傾化してはいないが、動員力では工聯会に遠く及ばない。メーデには毎年百人前後の参加しかなく、今年は数百人に増加したが、それは公務員労組の一連の該当行動が引き起こした熱気にすぎない。

3.公営部門労働者の闘争
 公営部門の組合は、民間部門の組合に比べて闘争の条件は有利である。二十万の公務員の多数が組合に参加しているからである。また、組合は正式に交渉できる地位を有しており、職場で合法的に活動もできる。これらすべて民間の労働者にはない権利である。それゆえ公務員の労組は民間の労組に比べて争議が多い。五月には続いて何週間も、日曜日に数万人規模のデモが行われた。しかし政府は基本的にそのような抗議行動を無視している。現在の状況はこれらの組合が、大胆かつ聡明な方法でストを発動して成功するかどうかにかかっている。もし、成功すればブルジョアジーの攻勢に対していくらかの反撃が可能になる。その逆であれば、香港三百万の労働者階級の生活と尊厳が大きな打撃を受けるだろう。
 公務員労働者のほかに、教師、弁護士、社会サービス労働者などの半公営部門労働者が二十万人いる。かれらの賃金は基本的には公務員と同じで、固定的昇給制で景気の影響を受けない。現在、民営化および民間委託化の攻撃は、まさにこの半公営部門の労働者に向けられている。政府はまた固定昇給制度をやめて、賃金が景気の影響を直接受けるように計画している。労働者の抗議は始まったばかりだが、現在はまだ発展途上段階にある。というのも労働者はどうしていいかわからない状態で、組合指導部も往々にして非常に保守的だからだ。
 ある業種の福祉労働者の組合を例に話そう。この組合は、先駆社の二名のメンバーが委員長と執行委員を担っている。この組合の歴史は浅く、規模も二十人と小さい。しかし、この種の福祉労働者の組合はひとつしかないので、一定の意味はあるだろう。福祉労働者は社会サービス労働者と仕事が似通っているので、この両者の組合は若干の共闘がある。政府の攻撃に直面して、社会サービス労働者の組合指導部はきわめて軟弱で、職を防衛するなどということもいわず、サービスの質を守るということしかいわない。われわれの同志は他の福祉労働者の組合や比較的反対の立場を堅持している組合(たとえば工盟のホームヘルパー組合)とともに、社会サービス労働者の組合がしっかりとした立場をとるように圧力をかけている。最初の成果は、政府の攻勢に反対している公務員組合からなる大連盟が正式に民営化反対の立場を表明したということである。しかし、社会サービス労働者の組合はまだそうなってはいない。最終的にどうなるかはまだわからないが、少なくともわれわれのような左派の声が登場している。われわれの現在の任務は、どのようにして組合員を増やすかということと、いくつかの立場のしっかりした組合と協力して社会サービス労働者組合にしっかりとした立場をとらせるということである。

4.われわれの任務と展望
 われわれははじめて組合活動に参加したので、経験などというものを語ることはできない。組合活動に関する討論は始まったばかりなので、ここでは初歩的な見解を示す。
 はじめに、社会主義組織の建設と組合運動を推し進めるという関係について。私たちが知っている何人かの自称社会主義者の組合専従は、現在の労働運動にとって最も重要なのは組合の結成であって、社会主義の政治組織の結成ではないと言っている。われわれはこのような考えには賛成できない。組合指導部の保守化はごく自然なことで、いかなるときでも組織的な左翼が左から、組合の右傾化に対して左からの圧力をかけなければならない。組合に対する社会主義組織の任務は、それを「革命的」組合に変えることではなく、階級闘争を推し進める左翼を形成することである。実際に、最近の欧米各国の組合闘争が増加している理由は、社会主義左派の長年の流れに抗した闘いと大きな関係がある。われわれの福祉労働者組合の経験から言えることは、社会主義者は労働者の権利に対する最も断固とした防衛者として、左翼勢力を形成する上で影響力を発揮するということである。資本家がいなくても生活できるということを労働者が理解したときにはじめて徹底した闘争を展開できる。それゆえ、われわれは組合活動を展開すればするほど、社会主義組織はますます必要になると考える。たとえどんなに小さな勢力であっても、何らかの積極的な影響力を発揮できる。逆に、社会主義組織の発展を軽視するのであれば、組合活動もよい結果を得ることはできない。

 二つ目に、歴史的な要素から、香港の労働者は中期的にこのようなさまざまな弱点を克服して大きく発展することは難しい。香港労働運動の盛り上がりは、これまでと同じように大陸の労働運動の刺激が必要だろう。現在、大陸では非常に多くの闘争が発展している。韓東方(八九年民主化運動のとき北京で独立組合を作り、天安門事件以降香港に亡命して活動を続ける)は、彼のテレビ番組の中で、たくさんの大陸からの労働者の電話を受けている。多くの人間が、中国では革命を起こさなければならないといっているが、韓は労働者に対して改良の道を勧める。われわれはもちろんこのような立場には反対する。しかし、これらは労働者の不満が新たな段階に到達していることを説明している。それゆえ、社会主義者が中国のことを真剣に考えなければならないし、大陸労働者の状況を分析し、基本的立場を打ち固め、香港と大陸との間の隔絶を打ち破らなければならない。これまでの数十年と異なるのは、中国と香港の労働者の連帯の物質的基礎は、過去に比べて強固になっているということである。中国共産党の資本主義化路線の成果、大陸と香港はある面で一体化した。香港の返還は両地域の労働者の運命をさらに密接に結びつけた。現在、中国共産党と香港ブルジョアジーの全面的攻勢は、両地域の労働者を苦境に陥れているが、一方ではこの両地域の労働者間に共通の課題が増加し、お互いの直接的な任務も日増しに一致している。それは民営化反対、民間委託化反対、就業の権利を保障しろということである(台湾も同じような状況)。現在、香港の一部の労働団体は頻繁に大陸に人を派遣して、労働者へのインタビューなどを行っている。数年前、深センの工場の大火災で百数十人がなくなったとき、香港の労働団体は大陸の女性労働者に対して関心を寄せた。また、香港の女性団体が、深センで女性労働者センターを開設し、女性労働者にさまざまなサービスを提供している。これらすべては、両地域の労働者の相互認識と交流にとって助けとなる。社会主義者はこのような交流を促し参加し、大陸労働者に対する認識を豊富化させなければならない。
 われわれは、現実の大衆運動に参加することは重要であると考えるが、もっとも必要なのは思想的準備であると考える。特に新自由主義、市場至上論に対するイデオロギー闘争が必要である。この方面についてはわれわれは日本や台湾の友人に学ばなければならない。
一九九九年八月二十八日





ホームに戻る