薄弱なパウエルの証拠

マリア・トムチック
2003年2月9日
ZNet原文


コリン・パウエルが国連安保理で演説をして2日しかたっていないのに、彼が提出した「証拠」は崩壊しつつある。 専門家や諜報ソース、そして物理的証拠の検討により、レポーターたちは、パウエルの主な主張のほとんどを反駁する事実を描き出しつつある。

パウエルの演説にはほとんど情報源がない一方、主張に満ちている。 むろん、彼はデータを提示している。 衛星写真や、録音された会話テープ、ビデオ映像、図、イラクからの脱走者や拷問を受けた拘留者によるしかし誰のものかはわからない証言などである。 これらは、いずれも、綿密な検討には耐えないものである。

まず、衛星写真について。建物のぼやけた写真と、その外に停まっているトラックの写真である。 パウエルは、聴衆に対して、これらのサイトがすべて −例外なしにすべて− 何カ月も、国連の査察のもとにあったという事実を述べなかった。 タジの弾薬壕も例外ではない。 また、英国のレポーターたちがアメリヤ・セーラム・アンド・バシヌ研究所をを昨年9月に訪問し、そこについて、崩れつつある建物、からの冷蔵庫、ゴミの山であると述べていたことにも言及していない。 パウエルの粗い写真がサイトは「きれいにされ」ているということになっているとするときからたった2カ月前のことである。

生物兵器・化学兵器を専門にするもと武器査察官ジョナサン・タッカーは、ワシントン・ポスト紙に対し、写真がぼやけているのは、米国のスパイ衛星の能力を隠すためのようであると述べた。 ブッシュ政権の政策により懐疑的な私たちにしてみれば、写真がぼかされたのは別の理由ではないかと思われる。 パウエルの主張に穴をあけるような詳細が露呈しないように隠すためである。 たとえば、アル=ムサイブサイトの「事前」と「事後」の写真のスケールは異なる。 そのため、このサイトが最近ブルドーザーで整地されたことが本当なのかどうかも、また、「フォークリフト」と「ブルドーザー」が単なる生け垣や何かの貯蔵タンクでないのかどうかもわからないのである。

単純な論理にしたがっただけで、これらの写真には何かしら奇妙なところがあるとわかる。 なぜパウエルはからの荷台のトラックを見せたのだろう? 米国が衛星技術と航空監視につぎ込んでいる何十億ドルもの資金を考えるならば、CIAは恐らく、ゴミかミサイルを積んだトラックの写真の一つや二つを発見できるだろう。 実際、パウエルは化学物質に汚染された土や生物兵器、ミサイルなどについて示すことができるはずである。 むろん、パウエルは、米国がすでにそうしたもののリストを国連の武器査察団に提供していたことについては述べなかった。 武器査察団はこうしたサイトをすでに訪れ、何も発見していないのである。

ミサイル・サイトとミサイル試射台の写真についても同様である。 これらも、継続的な国連の監視対象とされているサイトである。 国連査察団は試射台を5回調べ、その仕様を調査して、そのサイトでのテストを定期的に監視している。 これまでのところ、査察団は何ら問題があるとは報告していない。 パウエルはアル=ムサイブの短距離ミサイル場の写真を示した。 ミサイルの山と運搬トラックをはじめ、「活動が活発化」していることを示しているものとされた。 パウエルの演説の2日後に、レポーターがこのサイトを訪問した。 レポーターたちは、毎日、カンやミサイルの部品が毎日搬入・搬出されており、また、国連査察官がこの場所を昨年11月以来10回訪問したことを報告している。 ミサイルのカンには国連の一覧ステッカーが貼られていた。

パウエルが安保理に提示した会話を記録したテープも、写真と似たり寄ったりのものである。 無意味なまでに曖昧であり、大量破壊兵器の毎日の管理から想像されるような詳細な話は含まれていない。 「どの容器が漏れているのか?技師に離れるよう命じよ」とか、「27号道路は今日渋滞しているので避けるように運転手に伝えよ」といった会話はどこにあるのか? パウエルが確言するように、米国がイラクの電話線と軍事通信を何カ月間も監視しているにしては、ほとんど何も示すものがない。

パウエルの証拠のほとんどは古いものである。 彼がイラクの核開発計画について述べたデータのほとんどは、イラクがアフリカからウラニウムを買おうと試みたという断言も含め、1980年代のものである。 強化ウランの入手先はアフリカには一つしかない。南アフリカである。 レーガン政権の仲間であった南アフリカの人種差別主義アパルトヘイト政権が、1989年、イラクに強化ウラニウムを売却していた。 けれども、1993年、南アフリカ政府は、核開発計画を国連に引き渡した。 現在、南アフリカで核兵器に関連する物質はすべて国際エネルギー機構(IAEA)の監視のもとにある。 この同じIAEAが1990年代半ばにイラクの核能力を無化した。 2003年1月27日、IAEAは、イラクが核開発計画を再開したという兆候は見られないと宣言している。

アフリカにはほかにもウランを入手できる場所がある。コンゴ、ニジェール、ボツワナ、ガボンでは、酸化ウランを採掘している。 けれども、核兵器に利用するためには、原石を精錬しなくてはならない。 これが、アルミニウム管が話題に上ってくる理由である。 IAEAの専門家は、1月27日、国連に、問題のアルミニウム管は、核分裂物質の円心分離機には、サイズ的にも構成としてもまったく適さないものであり、イラクが主張するように、通常ミサイル目的に完全に合致するものであると述べている。

ブッシュ政権のアナリストたちですら、アルミニウム管については意見の相違がある。 CIAは、それが核目的であると考えているが、エネルギー省の核専門家はそれを嘲笑している。

イラクの化学兵器についてパウエルが提示した証拠もすでに古いものである。 たとえば、テスト散布を行っているミラージュ戦闘機のビデオ映像は1990年代半ばにUNSCOMが入手したものである。 上で引用したジョナサン・タッカーは、ワシントン・ポスト紙に対し、イラクが所有しているとパウエルが主張した量の化学兵器は「軍事的観点からはあまり意味をもたない」と述べている。 さらに、パウエルは化学物質を搭載した弾頭と空の砲弾とを区別していない。 専門家とレポーターたちは「3万の化学弾頭」といった言葉を、事実であるかのように振り回しているが、実際に、国連査察団が探しているのは、3万の空の砲弾なのである。

パウエルが提示したほかの情報は、証拠として無効な部類に入る。 ミグ21戦闘機(湾岸戦争で爆破された)に搭載されたスプレー・タンクという主張、囚人に化学実験をやっているという主張(1980年代、米国の支援をイラクが受けていた時代にイランの捕虜に対して行われていた)、無人航空機についてのすべての情報(パウエルが提示した、スケートボードの車輪の上の一台の小さな小さな無人航空機は1990年代から嘲笑の対象となっていたUNSCOMの写真である)などである。

同様に馬鹿げているものに、パウエルが安保理で厳粛に撤回した、イラクの武器インフラと隠蔽についての報告がある。 この報告が英国諜報がインターネット上の二つの文書から剽窃したものであることが分かったとき、英国ではスキャンダルとなった。 元文書の一つは1997年に発表されたジェーンズ諜報レビューであり、もう一つはある大学院生の博士論文で、これは湾岸戦争時代に没収された文書に基づいていた。

そして、移動生物兵器研究室のダイアグラムがある。 生物兵器を造るために必要なだけの生物エージェントを生産するためには、定常的な電力と無菌処理された水、冷却、熱、栄養源、ガラス製品、特殊空気フィルター、先端機材、何百人という(何千人とまではいかないかもしれないが)専門家、生物汚染を防ぐための多数のドアと防護扉のある建物が必要である。 誰も、炭疽菌がつまった機材をトラックの後ろで扱いはしない。 パウルのダイアグラムは生物封じ込めの対処をまったく示しておらず、電力供給の方法も、空気フィルターもなく、職員が働くこともできない状況である。

パウエルはまた、これらの研究室が、木曜日の夜から金曜日の夜までの24時間の生産サイクルで活動していると述べた。 イスラム教の聖なる日である金曜日には、国連の査察官は査察をしたがらないということを利用しているとされた。 微生物学者で元国連査察官だったレイモンド・ジリンスカスは、ワシントン・ポスト紙に対し、「発酵だけで通常36時間から48時間はかかる。短い処理時間というのは、疑わしい」と述べている。 ジリンスカスはまた、ダイアグラムは、生物兵器研究所が造りだす大量の毒性の高い廃棄物をどのように破棄するかについて何の手段も示していないと指摘する。 このダイアグラムは「ちょっと信じがたい」と彼は言う。

パウエルの情報源は、生物兵器施設で働いていたと自称するイラクからの脱走者である。 けれども、脱走者たちは、自分の話をしばしば誇張する。 米国で免責と市民権を得るためである。 パウエルが演説で言及した証言を行った脱出者の一人ハディル・ハムザはデタラメを言っていることがすでに暴かれている。 サダム・フセインの親類を含むほかの脱出者たちは、最近の移民ではない。

拷問を受けた被拘留者たちの証言も同様に疑わしい。 グアンタナモ湾に捕らえられているアルカイーダの囚人の多くは精神的な病に陥っている。 鬱や心的外傷後ストレス傷害(PTSD:幻覚を生むこともある)、分裂症などである。 人権団体は、こうした症状がグアンタナモの状況の結果生じたものであるとして憂慮している。 グアンタナモの被拘留者の14人が自殺を図った。 パキスタンやシリアほかの国々のアルカイーダの囚人たちは拷問を受けており、アフガニスタンとディエゴ・ガルシアに米国が「租借」している基地に拘束されている囚人たちも国際法に反する「圧力」をかけられている可能性がある。 拷問により得られた告白が信頼できないことは広く知られている。 たとえば、コリン・パウエルが引用した、パキスタンで拘束されているアルカイーダの「トップランク」アブ・ズバイダは、昨年、米国の銀行をはじめとする公共施設に対するテロ攻撃について根拠のない傾向を発したもととなっているのである。

イラクとアルカイーダとの関係についてのパウエルの主情報源は拷問を受けた被拘束者たちである。 これについての諜報側の証拠は実質上無い。 たとえば、ニューヨーク・タイムズ紙は、北部イラクのクルド人に対して、アンサル・アル・イスラムとパウエルの毒物訓練キャンプ写真についてインタビューするためレポーターを派遣した。 その報告は次のようなものである。 「ある上級クルド人オフィシャルで、クルディスタン愛国同盟のメンバーでありアンサルの情報に詳しい人物は、パウエルが示した施設について耳にしたことはないと述べた・・・ クルド人たちはまた、パウエル氏が間違ったかあるいは写真に誤った説明を付けたのかと質問した。 写真に名指されている村Khurmalは、コマラ・イスラミ・クルディスタンというより穏健なイスラム団体が統制している」。

ロサンゼルス・タイムズ紙は次のように報じている。 「このキャンプについて部外秘のブリーフィングを受けた議員たちは、米国がなぜKhurmal村の近くのこのキャンプに対して軍事攻撃を行わないのかについての説明を何カ月も妨害されている」。 さらに、同紙は、「この施設は、すでに米国がかなりのプレゼンスを有している地域にある」とも述べている。

実際、米国は(不法な)飛行禁止地帯を通して、イラクのほとんどに対して大きなプレゼンスを有している。 なぜ米国がKhurmalを爆撃しなかったkという疑問は、パウエルが言及したほとんどあらゆるサイトに対しても同様に妥当である。 むろん、唯一の答えは、米国は、これらのサイトに大量破壊兵器があるというきちんとした証拠を有していないことにある。

米国は、アルカイーダの毒物テロ分子の中心であるとされるアブ・ムサブ・アル=ザルカイとイラクとのあいだのリンクについても証拠を有していない。 トロント・グローブ・アンド・メイル紙は、アル=ザルカイを「FBIの重要手配者リストにすら記載されていないほとんどしられていないパレスチナ人」と報じている。 同紙はまた、英国とイスラエルの諜報がパウエルの「証拠」に説得されていないことも報じている。 ニューヨーク・タイムズ紙は、存在しない関係をあるものとするために証拠をねじ曲げるというブッシュ政権のやり方を警戒しているというFBIとCIA筋の言葉を引用している。

アル=ザルカイが英国の毒物テロ分子と関係しているということさえ疑問である。 英国筋は現在も調査中とだけ述べ、この関係を肯定することを拒否した。

皮肉なことに、アル=ザルカイには、アフガニスタンを出入りしていたときに安全な家を提供し、また、ヨーロッパでのネットワークのために100万ドル以上の資金を提供した強力なスポンサーがいる。 それはサダム・フセインでも裕福なイラク人でさえなく、カタールの王族のメンバーであるアブドゥル・カリム・アル・タニである。 CIA長官ジョージ・テネットは、カタール王族の多くのメンバーがテロリストのスポンサーとなっていることに激怒していると伝えられている。 けれども、ブッシュ政権は、イラク攻撃のためにカタールの軍事基地を必要としているのである。

パウエルの薄弱な証拠を検討すれば、フランスとドイツ、中国の使節、そして安保理のほとんどの理事国が意見を変えなかった理由は見えてくる。 パウエルの証拠を、古くさく、貧弱で説得力がないと述べたのは、まったく正しいのである。


本記事の情報源:

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"Former Top Iraqi Scientist Says Iraq Has No Nukes," Jeffrey Hodgson, Reuters, 2/3/03. Interview with Iraqi former Iraqi nuclear expert now teaching in Canada.



一つ上へ   益岡賢 2003年2月10日
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