米兵へのオープン・レター

スタン・ゴフ(退役米軍兵士)
CounterPunch原文
2003年11月14日


イラクの米兵のみなさんへ

私は米軍の退役軍人で、私の息子はあなたたちの一人として、かつて私がそうだったように落下傘部隊の兵士としてイラクにいる。あなたたちの一人一人に起きている変化---とりわけ激しい人もそうでない人もいるだろう---について、私はよく知っている。だから、あなたたちみんなに、馴染みの言葉でいくつかのことを話そう。

1970年、私は、当時ベトナム共和国と言われていたところの北部ビン・ディン地方に駐屯する第173空挺旅団に加えられた。そこに行ったとき、私の頭はクソが詰まっていた。ニュース・メディアがたれ流すクソ、映画からのクソ、男になるとはどういうことかをめぐるクソ、これまで一度もベトナムにも戦争にも行ったことがないくせにベトナムについてやたらと饒舌に話す何も知らない近所の奴らがたれ流すクソ。

こうしたクソみたいなことすべての本質は、我々は「ベトナムでは踏ん張らなきゃいけない」ということ、悪いベトナム人から良いベトナム人を救出しなくちゃならないということ、悪いベトナム人がオークランドの海岸ほを攻撃しないようにすることといった使命を持っているということだった。そして我々は、5万8000人のアメリカ人が殺されさらに多くが手足を失い、300万人の東南アジア人を殺すまで、ベトナムで踏ん張った。退役軍人や現役兵までもが、この犯罪をついに終わらせるために、大きな役割を果たした。

米国を脅かすイラク---10年近いイラン・イラク戦争とそれに続く侵略そして12年におよぶ経済制裁を受けて破壊された国---の大量破壊兵器について耳にし始めたとき、私はまず、この受難した国が米国の脅威であるなどということを、一体全体誰が信じると言うのだろう、と自問した。けれども、それから、ベトナムが米国を脅かしていると、私を含め、どれだけ多くの人々が信じたかを思い出した。

兵器に関するゴミのような話が2ドルのシャツのように破れ去ったとき、この戦争を仕組んだ政治家たちは、兵士たちを含む皆に向かって、イラクでは偉大なる解放者として歓迎されるだろうと言った。政治家たちは我々に、ベトナムに行くのは、誰もが確実に投票できるためにするためだと言っていた[注:実際には米国はベトナムにおける総選挙の実施協定を武力で阻み、あらゆる政治的解決を阻んでいた。国務省は当時、投票が行われればホーチミンとその支持者たちが圧倒的な勝利を治めることをベトナム現地の分析から理解しており、それを阻止しようとした]。

私が聞かされていなかったのは、1970年にベトナムに行く前に、米軍は村々を焼き払い、家畜を殺し、農地と森林に毒をばらまき、スポーツとして民間人を殺し、村全体を爆撃し、拷問と虐殺を犯し、そして、それに悲しみ怒りを抱いていた人々は、私のようにベトナムに着いたばかりの人間と、そうしたことをベトナムの人々に加えた人々とを区別していないということだった。

みんなが聞かされていないのは、1991年から2003年のあいだに、150万人のイラク人が、栄養失調や医療欠如、劣悪な衛生状態により死亡したことである。死者のうち50万人以上は、最も弱い人々、すなわち子供、特にとても小さな子供たちであった。

今イラクにいる私の息子には赤ん坊が生まれた。私たちはできるだけ孫に会いに行っている。彼は今11カ月。みんなの多くが子供を持っているだろう。だから、子供を愛することがどんなことか、そして子供に何か起きたら世界全体が崩壊するように感じるまで子供を愛すことがどういうことかわかるだろう。イラクの人々も、自分たちの子供について同じように思っている。そして、イラクの人々は、50万人の子供たちの死に大きな責任を負っているのが米国だということを忘れないだろう。

解放者として歓迎されるだろうなどという嘘はまさに嘘である。嘘。この忌まわしい行為のために米国の人々に財布を開かせる嘘、みんなを戦いに投げ込むための嘘。

そしてこの視点を考慮するならば、もしあなたがイラク人だったらば、恐らく米兵が自分の町や都市を占領することを歓迎しないだろうことがわかるだろう。私もベトナムでこの厳しい現実に直面した。ベトナムにいたとき、もし私がベトナム人だったら、ベトコンに参加していただろうと私は思った。

けれども我々はベトナムにいた。他人の国に命令で赴き、人々も、その言葉も、文化も知らず、我々の指導者と呼ばれる奴らが派遣のための訓練と準備期間そしてそこに到着してからも我々に吹き込んだデタラメを頭一杯に詰め込んで、占領者の役割を果たすために。我々はそこにいた。支配するよう命ぜられた人々に面と向かい、そしてその誰もが、夜になれば我々に迫撃砲やAKを撃ってくるような状態で。我々がした質問は、誰が我々をこんな立場に投げ込んだのかというものだった。

我々は生き延びるために、そして彼ら彼女らは自分たちの威厳を犯し、財産を破壊し、罪のない人々を殺した侵略者を追い出すために、我々は、5000ドルのスーツに身を包み、ワシントンDCで笑いながらお互いの方を叩き、太ったクソ腹に一流の料理とキャビアを詰め込んだ者たちが下した決定により、戦いあうこととなった。

こうした奴らは我々を騙したのだ。誰もが騙される。みんなも知っているだろう。

我々はまだ、ワシントンDCにいる青白い顔をした石油に飢えた紳士然とした奴らを止める方法を見つけていない。そして、みんなは少し長くそこにいることになるように見える。だから、残りの話もしておきたい。

私はベトナムで変わったが、それも良い変化ではなかった。他人の苦痛を切望する状態に引き入れられた。「クソ宣教師」や臆病者と見なされないために、手出し無用のグループに属することとなった。ただしたいために誰かの家に火を付け、男も女も子供も何も考えずに殺せるように。ただそうできるからというだけで、生と死の力を握る人間に。

怒りが助けとなった。状況が状況だから、信じられない人間をすべて憎むのは簡単だ。見たことや自分の身に起きたこと、やってしまって取り返しがつかないことに怒りを覚えるのも。

そうふるまっていた。名付けることの出来ない深い恐怖を隠すために。それがわかるのは、我々がやったようなことをするためには、まず、犠牲者を非人間化しなくてはならなかったからだ。我々は心の奥底で、自分たちがやっていることは間違っていると知っていた。だから犠牲者をクソベトや東洋のサルと見なした。いまちょうどイラクの人々をターバン野郎とかイスラム野郎に仕立て上げたように。ここ米国では、リンチの前に人々を「ニガー」としておかなくてはならなかった。それと同じだ。我々は、生き延びるためには奴らを殺さなくてはならないと自らに信じ込ませた。そうでないときでさえ。我々の中で何かが、相手が、我々が人間として持っている価値と同じ価値を持っている人間である限り、相手の家を焼き払ったり家畜を殺したり相手を殺したりしてはいけないと告げていた。だから、クソベトとか東洋ザルとかいった新しい言葉を使い、新しい名前を使い、相手の人間性を奪い取って、大砲の狙いを泣き叫ぶ赤ん坊に合わせたのだ。

けれども、その赤ん坊は、黙らされるまで---これが大切なところだが---黙らされるまで、決して人間性を放棄しようとはしなかった。私は人間であることを放棄したのだ。我々は、人間であることを放棄したのだ。これこそが、手遅れになる前には理解できないかも知れないことだ。他の人の人間性を剥奪するときに、人は自分の人間性を殺しているのだ。自分の心を、邪魔になるから、殺しているのだ。

こうして遠征を終えて家族のもとに戻ったとき、家族は、我々が動いてはいるけれど、空っぽで人々と交流することがもはやできないことに気付く。そして恐らく、我々が人間性を放棄してしまった空虚を埋めるために何カ月も何年も化学薬品---麻薬やアルコール---を試し、ついには、我々は自らを殺したのだからこの空白が埋められないと気付くか、あるいは社会の屑として路上に消えるか、あるいは他の人々---とりわけ我々を愛してくれようとする人々---を傷つけるかし、投獄者数の統計に加えられるか精神病者となるかするだろう。

生き延びるためという言い訳をして人種差別主義者になることから、決して返すことができないものを人々から取り去ることから、決して取り戻せない自分の一部を殺すことから、逃れることができるかも知れない。

中にはそういう者もいる。幸運で、誰かが十分な感情的注意を払って我々を生活に引き戻してくれることもある。多くは、そうではない。

私は毎日憤りを持って生きている。誰もそれを見ることができないときでも。言葉からそれを聞き取れるかも知れない。騙されるのは大嫌いだ。

私からあなたたちへのメッセージ。あなたたちは、生き延びるために必要なことをするだろう。生き延びることをどう定義するにせよ。そして我々は、これを止めさせるためにしなくてはならないことをする。けれども、人間性を諦めてはいけない。慣れてしまってはいけない。自分を示そうなどとしてもいけない。アドレナリンに身を任せてはいけない。怒りを覚えいらいらしているときに飛び出すな。自分の殺しをするために切符を切るようなクソみたいな軍のキャリア組に従ってはいけない。とりわけ、ブッシュ=チェイニーの石油ガス・コンソーシアムに。

大ボスたちは、未来の経済的競争相手の腕をねじ上げるために世界のエネルギー供給を制圧しようとしている。それが今進められていることで、それを理解する必要がある。それから、人間性を保つためにすべきことをすべきだ。システムは、あなたがヒーロー映画の登場人物ででもあるかのように言いながら、ガンマンとして使うのだ。ボスたちは、あなたを騙す。

文民指導者と言われる者たちは、あなたたちを消費可能な商品として見ている。あなたの悪夢など知ったことではないし、あなたが吸い込んでいる劣化ウランも気にしない。孤独も、疑問も、苦痛も、少しずつはぎ取られる人間性についても、気になどしていない。あなたの福祉を削減し、病気を否定し、怪我人や死人を人々の目から隠すだろう。既にそうしているのだから。

ボスたちはそんなことは知ったことではない。だから自分たちで気にしなくてはならない。そして自らの人間性を保つためには、今自分が占領している国の人々の人間性を認識し、あなたたちも彼らもともに、戦争を始めた不潔な金持ちのクソたちの犠牲者なのだと知る必要がある。

このボスたちこそがあなたたちの敵であり、平和の敵であり、あなたの家族の敵なのだ。とりわけ、家族が黒人や移民や貧困層ならば。この奴らは泥棒の暴漢で取れるだけとって決して与えることをしない。奴らはイラクから「決して逃げ出さない」と言うが、イラクにいないのだから、こうした輩に逃げ出す必要などないことを、私もあなたたちも知っている。けれども、あなたたちはイラクにいるのだ。

奴らはみんなから手に入れたいものを手にし、利益を巻き上げほくそ笑むだろう。そして使用済みになったらコンドームを棄てるようにあなたたちを捨て去るだろう。今自分たちの福祉をはぎ取られている退役軍人たちに聞いてみるとよい。ブッシュフェルドとその複製たちは寄生虫で、今あなたたちが生きることを覚えつつある混沌から利益を得ている唯一の者たちだ。奴らが金を手にし、あなたたちは義足や義手と悪夢、そして謎の病気を手に入れる。

あなたたちの怒りに標的が必要だというのなら、その標的はワシントンDCにいる。あなたたちをイラクに送り込み、そこに留まらせている者たち。服従するなと言うことは出来ない。それは法律に衝突することになるだろう。状況と自らの良心が告げることに従って自分で決めることになるだろう。けれども、違法/不法な命令を拒否することは完全に合法的であり、文民を攻撃したり虐待することは違法である。そうした犯罪について口を閉ざすよう命ずることもまた、違法である。

法的な帰結を恐れずに、次のように言うことができる。つまり、あなたは、イラクの人々を憎む義務を全く決して負ってはいないこと、人種差別主義やニヒリズム、人殺しのための人殺しに身を任せる義務など全くないこと、そして奴らにあなたたちが自分自身で真実を見て自分と世界に真実を告げる最後の力を剥奪させるに任せる義務など何もないこと。あなたの魂を奴らに負ってなどいないのだ。

安全に、正気で帰国して欲しい。あなたを愛している人々、あなたを愛してきた人々がここで待っている。そして、あなたたちが帰ってきて我々の顔を見つめることができるよう望んでいる。もう一つの遺体のように埃の中に魂を置き忘れないよう。

人間性を守って欲しい。

スタン・ゴフ

スタン・ゴフは"Hideous Dream: A Soldier's Memoir of the US Invasion of Haiti" (Soft Skull Press, 2000)の著者で、"Full Spectrum Disorder" (Soft Skull Press, 2003)の近刊が予定されている。「今すぐ兵士の帰還を」の調整委員会の委員で、米軍特殊部隊の退役一等曹長、また現役兵士を息子に持っている。「今すぐ兵士の帰還を」のメールはbthn@mfso.org、スタン・ゴフのメールはsherrynstan@igc.org。

反戦兵士の声は、これまで、兵役を拒否した海兵隊員イスラエルの兵役拒否者から米国の兵役拒否者への手紙という兵役を拒否した人の情報を2つ、米軍兵士の異論というイラクで軍務についている兵士の声を紹介してきました。この記事は、「毒の遺産」に次ぐ二つ目のゴフの記事になります。

日本では政治家や自衛隊上層部が、自らの犯罪をやらせる兵隊として自衛隊員をイラクに送り込もうとしています。憲法に反して自衛隊が送られようとしてるところはどんなところか、一部メディアが「イラク解放」と宣伝した「解放」がどんなものであるか、そして何よりも、イラクの人々にこうした苦痛を課すことに平然と協力しようとしている政治家たちがどんな人間であるか。それを阻止できないとすると我々はどんな存在になるのか。

日韓併合条約は合法だったとか、日本の植民地支配は人間的だったとか、当時は植民地主義が受け入れられていたとか(植民地支配した人々もそれを受け入れていたというのだろうか?だとすると教えて欲しい。抵抗は何故続けられたのか?単にテロリストだからというのか?そして、そのような理屈がわずかにでもまかり通るならば、常に、大量の殺人を犯した後で、それが事実だからという理由で、その当時は大量殺人が受け入れられていたという論理が成り立ってしまうのではないか?)、異様な妄言をばらまく者たちが、今また、犯罪を上積みしていこうとしています。
益岡賢 2003年11月18日

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