コロンビアの隠されたテロ

2002年4月8日
ギャリー・M・リーチ コロンビア・ジャーナル

38歳のホルヘ・エリエセル・ロドリゲスが自分の家と呼ぶ小さな農場は、見渡す限り裾野に向けて緑の熱帯風景が広がる丘の上にある。ホルヘと家族は、何年にもわたり、様々な食用作物と小規模な畜産により自給自足に近い生活を営んで生き延びてきた。けれども、ホルヘは今や、このコロンビアの地方にある小さな家族農園を運営するために必要な肉体労働を行うことができない。2年半前、彼は自分の土地に仕掛けられた地雷を踏んで左足を失ったのである。その致命的な日以来、ホルヘは家族の必要を提供するために妻のアニアナに頼らなくてはならなくなった。悲しいことに、コロンビア政府とメディアは、ホルヘや、同じような隠されたテロの犠牲となった何千人もの市民に対してほとんど注意を払わない。

コロンビア内戦でメディアが報道するのは、一般に、ゲリラによる誘拐や準軍組織による虐殺、米国の介入主義といった目立った活動に限られており、あらゆる武装グループが用いる不法な地雷などについてはしばしば単に無視する。コロンビアでは、今日、少なくとも168の行政区で、10万の地雷が設置されており、毎日のように罪のないコロンビア人を殺害したりけがをさせたりしている。2001年には、この隠れたテロによると知られている203名の犠牲者の半数以上が一般市民であり、その半数以上が子供であった。実際には犠牲者数ははるかに多い可能性がある。というのも、遠い地方部での事件は報告されないままにされるからである。

ホルヘは、自分の小さな農場の小径を歩いていて地雷に遭遇した悲劇を思い出し、次のように述べる:「私は爆発を感じ、そして倒れた。立ち上がったとき、私には足がなかった。私の足を吹き飛ばしたのだ!私は大丈夫な方の足で飛びながら進もうとしたが、気絶してしまった」。親戚たちが彼を最も近くの病院に連れていったときには、左足を治すには遅すぎた。

ホルヘは、これまでずっと自分でやってきた農作業を今や妻のアニアナに依存しているが、それでも自分の家族農場に残る決意である。けれども、アニアナは3人の小さな子供のことを心配している。「子供たちは家から外に出られない。というのも、もっと地雷があるかどうかわからないから。私たちは軍にこれを報告したが、軍は地雷探知機を持っていないと述べている」。

コロンビア政府は地雷の埋められた地方部の住民を助けるためにほとんど何もしていない。2002年3月上旬、政府の国家計画局は、コロンビアも署名している1997年のオタワ条約(包括的地雷禁止条約)が設置した地雷除去目標を達成することができないだろと述べた。この最近の宣言は、オタワ条約の義務達成に対するコロンビア政府の消極的態度の最新のものである。コロンビア反地雷キャンペーン(CCCM)のディアナ・ロアによると、コロンビアの地雷除去活動、地雷犠牲者への支援、2001年8月28日期限の現在備蓄についてを詳細に述べた政府報告はまだ発表されていない。

政府は条約履行義務を達成できていないばかりでなく、コロンビア軍が地雷使用を続けてオタワ条約に全く違反しているという報告もある。「我々は、コロンビア軍が、ボゴタ南部のスマパスで、駐留している部隊を守るために、地雷を用いているという報告をいくつかの情報源から受け取っている。我々は、防衛省に調査許可を要求したが、返事をもらっていない。この地雷は新しいものに違いない。というのも、部隊自体が6ヶ月前に設置されたものだからだ」とロサは述べる。これらの地雷に加え、1997年12月3日にコロンビア政府が地雷禁止条約に署名する前までに軍が設置した2万の地雷(そのうち1万2000以上が米国から提供されたものである)がある。

コロンビア軍は、対人地雷を一般市民から取り除くための人道的地雷除去作戦をまだ開始していない。けれども、軍は、軍事作戦の中で兵士たちを守るための地雷除去は行っているのである。最近数ヶ月で、軍の地雷除去は北東アンティオキア州のサラゴサの地方コミュニティで行われた。ここでは、兵士が作戦中にけがをしたため、37の地雷を軍が発見したのである。

唯一この地域で行われた人道的地雷除去活動は、同じ場所で3日間を隔てて40歳の男性と10歳の少女が地雷により手足を失ったために、町当局が政府を説得してサラゴサに地雷除去国家警察隊を派遣したときだけである。けれども、地雷が埋められていると予測されるサラゴサの地方部30%を探索するかわりに、地雷除去隊は、事件が起こった周辺だけの地雷しか除去しなかった。そしてこの小さな地域でさえ、除去隊はさらに6つの地雷を発見した。しかも、すべて学校の近くでである。

1998年以来、サラゴサの地方部では、地雷と不発物により少なくとも11人の犠牲者が出ている。8名は一般市民で、そのうち4名は子供である。サラゴサ市長フレディ・アンドレス・ピニェダによると「ゲリラと準軍組織はコカのコントロールと税金徴収をめぐってこの地域争奪戦を行っている。ゲリラは撤退するときに準軍組織向けの地雷を埋め、一方準軍組織も同じことをする。これにより、地方に住んでいた人々は家を離れてサラゴサや他の地域に行かざるを得ないこととなる」。

住民が地雷を見つけるのは難しい。というのも、不法武装グループが異なるタイプの手製地雷を使うからである。多くは、圧力をかけると化学的あるいは電気的な起爆装置が起動するものである。榴散弾と多くの場合Indugel・Plusという爆発物が混ぜられたカン(しばしば空っぽの食べ物のカン)が使われたりする。プラスチックの注射管がカンの上部に挿入され、これが、注射管のピストンだけが土から出るように土中に埋められる。このピストン部分を犠牲者が踏むと、化学仕掛けの場合には、酸化イオウが起爆装置に流れ込む。電気仕掛けの場合には、電池が接続されて地雷が爆発する。

犠牲者のほとんどは足を失うが、4人に一人は命を失う。地元のグレゴリオ・ラモス医師によると、「多くの自己が地方部で起こり、その道路状況はとても悪い。そのため、ここの病院に到着するまで4時間もかかることがあり、その間に患者が失血で命を失うことがある」。サラゴサの小さな病院に着いたときに患者が生きていたとしても、病院の設備は重大な傷を手当するのに十分ではない。ラモス医師は、患者を大きな病院に送る前に血を止め、傷口をきれいにしようと試みる。大病院へ行くためには、メデジン行きの小さな飛行機をつかまえるために隣の行政区まで川を船で下ったりしなくてはならないのだ。

現地の医者や看護婦を地雷による事故が起きた地域に派遣することは、特に事故現場が戦闘地域である場合には、可能な代替策ではない。しばしば武装集団は医療団を地域に受け入れたがらないし、受け入れたときにも、「武装集団が自分たちのけが人を診察させようとすることを恐れなくてはならない。というのも、ある集団のけが人を診察すると、他の集団は、その医者がその集団と共謀していると見なすからだ」とラモス医師は述べる。

CCCMがコロンビア革命軍(FARC)に地雷の問題を提起したとき、FARCは、地雷は貧者の武器であり、政府が爆弾・飛行機・衛星の利用を止めるならば、自分たちも地雷の利用を止めると述べた。その間、CCCMは、犠牲になりそうな人々を教育するための地雷覚醒プログラムを行うことにより、この地雷という隠れたテロに影響されるサラゴサのようなコミュニティに対する支援を続けている。

これまで、武装集団はCCCMを標的とはしていないが、ロアは、地雷の大部分を設置したゲリラたちが、反地雷キャンペーンを反ゲリラキャンペーンと見なすかも知れないと心配している。これと闘うために、CCCMは、自分たちのキャンペーンが対象としているのは武器であり、特定のグループではなく、最終的には、地雷禁止条約の義務を履行する責任が政府にあると強調している。ロアが言うように、「我々は、政府が人権への要請を強化すべきであるという了解のもとで活動している」のである。

 益岡賢 2002年4月10日

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