WTO  
WTOシリーズ6 「これ以上のラウンドはない」という約束を守れ
2000年4月
Mark Ritchie
Institute for Agriculture and Trade Policy
北沢洋子訳
 訳者註:農業と貿易政策研究所は、米国のミネソタにあり、1970年代から知られたNGOのシンクタンクである。とくに農産物の貿易については、どのように北が南を搾取しているか、南北の不平等性について、早くから警告を発してきた。WTOの農業問題に関しては、現在最も権威のあるNGOである。Ritchieさんは、所長である。
この論文は「新ラウンド」問題について、歴史的に重要な事実が暴露されている。

 本文

 私は、ウルグアイ・ラウンドの貿易交渉の結果には、大いに批判的である。だが、重要な点について例外がある。
 それは、「WTOの創設以後は、もはやラウンドによる貿易交渉はない」というコミットメントがなされたことであった。長い長いウルグアイ・ラウンドが終わり、常設のWTOが創設されるというのが、数多い「マラケシ合意」のなかでも重要なコミットメントであった。これにもって、それまでのラウンドの特徴だった終わりのない議論を続けるのではなく、秩序ある、礼儀正しい貿易交渉が実現される筈だった。
 不幸なことに、これは実現されなかった。このコミットメントは、大きな楽観論の上にたっていたか、あるいは、意図的に誤った解釈をしたと思われる。マラケシ合意について、米議会の承認を得るためというのが、真の意図ではなかっただろうか。
 この問題だけではなく、マラケシ合意について、議会の承認を得ようとしてなされた他の多くの予想やコミットメントも同様の状況である。公約と実際に起こっていることとのギャップには、悩まされるところである。
 政府の交渉担当者と同様、私は、ウルグアイ・ラウンドが残した未解決の問題と取り組むことに忙しい。私は、新ラウンドのメリットを議論するなどといった問題に、貴重な時間を潰したくない。
 私は、WTOに対して、マラケシでなされた「2度とラウンドはない」という公約を守れと要求する。

 なぜ、私は、これを強く主張するのか、ここで説明させてほしい。
 第1に、貿易交渉担当者と貿易問題に取り組んでいる市民社会グループは数が少ない上に、あまりにも多くの既存の議題に取り組まねばならない。ガルガンチュアンのように巨大な新ラウンドの包括交渉を始めるということは、すでに不安定な多国間貿易システムを壊し、WTOそのものを麻痺させてしまうだろう。
 現在最も関心が高い貿易課題は、現在交渉中の3つの議題に集約される。それは、ウルグアイ・ラウンドの未解決の問題、いわゆる「ビルト・イン」問題、つまり農業、サービス、知的所有権である。これらの問題は、すべて紛争をはらんでおり、これまでの5年間、しばしば緊張した定期会議において、議論されてきたが、何の進展も見られなかった。
 事実、ウルグアイ・ラウンドの締結時、交渉担当者が不完全な妥協を受け入れた時に比べて、現在は、はるかに事態は後退している。
 これらの未解決の問題を単純に無視し、包括的な交渉のための新ラウンドを開始しようというのは、ありうる考えである。多分、これは論理的ですらある。なぜなら、難しい問題の進展が望めないとき、他の問題に切り替えて、どうなるか見ようとする。しかしこれがうまく行く筈はない。私は、新ラウンドがすべてを魔法のように解決するという空約束より、むしろ、農産物のダンピング輸出といった、重大な問題にあえて取り組みたい。
 WTOの政府交渉担当者と事務局は、このような3つの重大な未解決問題ですでに手が一杯である上に、現行のルールの下で解決を迫られている紛争を山のように抱えている。 
 緊急に取り組まねばならない未解決の紛争事項は、数え切れないほどある。その中には、10年前のもので、解決の見通しが全くないのもある。批判に晒されぱなしで、不安定で、オバーワーク気味のWTOの事務局が、新ラウンドの包括交渉という追加の仕事をこなせるかは、大いに疑わしい。
 彼らは、未決の交渉と未解決な紛争で手一杯であり、その上、WTOの協定の実施という仕事もある。協定の尊守という点については、ウルグアイ・ラウンドは、全く未解決であった。繊維から始まって、鉄鋼、農業、熱帯産物にいたるすべての分野の交渉においてなされたコミットメントは、無視され、遅らされ、崩され、ときには、あべこべになっている。例えば、農業の分野では、協定では補助金やダンピングを止めるこどになっていたにもかかわらず、米国とEUは、アグリビジネスに対する補助金と輸出ダンピングを倍増させた。貿易に関連した知的所有権の協定(TRIPs)についても、米国は、協定の中で自分の都合の良い部分だけを取り上げたり、選んだりしている一方、他国に対してはTRIPを上回る改革を要求している。
 貿易交渉のテーブルの上にすでにある仕事の量を考えると、多くの政府が新ラウンドの包括交渉を開始することに反対しているのもうなずける。米国では、一年後、僅かな差で多数派を維持している議会の選挙を乗り切らねばならない共和党政権にとって、米州自由貿易地域(FTAA)や、うまくいっている2国間協定の方が、魅力的であるに違いない。上下議席を死守しなければならない共和党にとって、新ラウンドによる貿易交渉は、危険すぎる。世論が現行の貿易協定に不満をもっているので、ウルグアイ・ラウンド以来、大統領が貿易交渉の包括的権限を議会から得ることが出来なくなっている。貿易自由化に賛成する政治家たちも、議席差が非常に僅かであるとき、選挙区の意向に大きく左右される。
 途上国の多くは、世銀、IMF、EUが新しい融資や援助を餌に新ラウンドへの支持を強制しているにもかかわらず、新ラウンドに反対しているのは、驚きである。途上国政府は、圧力に抵抗して受けるであろう報復よりは、今のような不充分な事務局の人員と財源では、新ラウンドははるかにマイナスの結果をもたらすであろうと、計算したに違いない。
 ほとんどすべての人がカタールの閣僚会議の成功を望んでいる。しかし、何をもって成功と呼ぶか、議論の分かれるところである。
 私にとって、成功には、少なくとも3つの要素が満たされなければならない。(1)現在進行中の交渉について、徹底的な、まじめな見直し、(2)実施問題と、実施できなかった要因を含めて、ウルグアイ・ラウンド協定を、慎重に、公開で評価する、(3)貿易交渉と紛争解決を、より透明な、民主的に行う、などである。
 もし新ラウンドの開始をもって「成功」と呼ぶとしたら、すでに、シアトルの失敗が繰り返されるというリスクが十分にあるところへもってきて、閣僚会議だけでなく、WTOそもものを崩壊させるというリスクを負うだろう。