WTO  
WTOシリーズ3 WTOと南北問題
1999年11月
 「貿易の自由化」は、強者の論理である。すなわち最大の受益者は、米国である。一方、後発途上国(LDCs、52カ国)と呼ばれる最も貧しい国WTOは貿易の自由化を促進する機間である。貿易の自由化とは、加盟国の関税の撤廃と市場の完全な開放である。
 WTOは、その推進機間であると同時に、紛争についての裁決機間でもある。したがって加盟国に対して拘束力をもつ。この点がゆるやかな合意に基づいていたそれまでのGATTとは異なる。は、貿易の自由化の恩恵を受けることができず、南北の格差が広がっていく。これは誰が見ても明らかなことである。

1)後発途上国への支援について


 WTOは、輸出志向型の経済成長政策をとっている。ならば、LDCsも成長を目指すなら、輸出を伸ばさねばならない。しかし、LDCsが輸出するのは、農産物、鉱産物といった一次産品や、繊維など安い労働力を武器に
した軽工業製品である。先進国は、LDCsからのこれら輸出品の市場アクセスを保証しなければならない。
 そこで、これまでのWTOの2回にわたる閣僚会議において、先進国へのLDCsの輸出品をゼロ関税にする、さらにLDCsにたいする技術援助基金に拠出するなどといった「LDCsむけの包括的枠組み」が提案されていた。
これにたいする先進国側の対応は鈍く、これまで進展は見られない。
  シアトルにおいて、LDCsの最大勢力であるアフリカが、ゼロ関税も、技術協力についても何の前進も見られないこと、さらに、審議過程から完全に締め出されたことに抗議をする声明を出した。アフリカがこのような公然と行動したのは、WTOでははじめてのことであった。

2)「QUADイニシアティブ」について

 シアトル以後、3月14日、ジュネーブWTO本部で、米、EU、カナダ、日(QUADグループと呼ばれる)がLDCsと非公式会議を持った。これは、暗礁に乗り上げていた「新ラウンド」の可能性を探るために、貧しい国を取り込も
うとする先進国の策略という見方もある。ここでは、「QUADイニシアティブ」と名付けた一括提案が提示された。

 (1)LDCsからの先進国市場への輸出は、"主要には、すべての"品目を、ゼロ関税、および数量制限をゼロに
する。(2)技術協力を約束する。(3)「実施問題」を討議するメカニズムに同意する。(4)WTO内部の討
議、決定過程の透明性を保証する、などであった。
 この「QUADイニシアティブ」にたいしては、LDCsの代表たちばかりでなく、ムーア事務局長までが不満の意を表明した。これまでと同じ内容で、先進国の歩み寄りが全く見られなかったからである。
 
  まず、(1)のゼロ関税については、"主要にはすべて"という字句が挿入されている。外交用語では、これは、"主要にはノー"と同意語である。
 これまでWTOで合意を見た繊維協定では、10年間(2005年まで)に繊維輸入の関税を撤廃することになっている。そこで、米国は、今ここで、LDCsの繊維の関税をゼロにすれば、国内の反対を煽ることになり。米議会
での繊維協定そのものの批准が困難になる、といって、反対した。
 また、EUは、アフリカ、カリブ、太平洋の旧植民地71カ国(APC)と「ロメ協定」を結んでいる。この協定では、EUはAPCからのバナナ、牛肉、米、砂糖などの農産物について特恵待遇を与えている。このAPCには、LDCsでない中進国も含まれている。そしてAPCにおいては、国を差別してはならないという不文律がある。EUはこれを理由に、LDCsだけのこれら農産物の輸入関税ゼロ、数量制限ゼロという措置に反対した。

 (2)の技術援助については、WTOは、1999年7月に、LDCsにたいして「グローバル信託基金」を設立している。目標額は年間6億ドルである。しかし、これまで拠出を約束したのは、ドイツが50万ドル、ノルウエイの60万
ドルの2カ国にとどまっている。「QUADイニシアティブ」において、何ら新しい公約はなかった。

 (3)の「実施問題」については、途上国側は、これまでのWTOの諸協定を多国間レベルで取り扱うことを主張してきた。しかし、先進国、とくに米国はケース・バイ・ケース、あるいは国別に進めるというやり方に拘っている。

 (4)の「透明性」については、先進国側は、NGOの参加といったWTOの外部にたいする透明性を含めることを主張している。これは、全く異なる種類の問題である。途上国が非難しているのは、少数の国による「グリーン・ルーム」方式といった審議、決定過程の非民主性である。先進国は、このWTOの内部の透明性の問題に、途上国が嫌がるNGOの参加問題を絡めているのは、単に嫌がらせというより、WTO自体の民主化を避けようとするものである。途上国は、NGOの参加については現状の措置で十分としている。国連の諸会議と同様に、WTOに承認されたNGOは、会議にオブザーバーとして参加を認められている。
 QUADグループは、LDCsとの非公式会議を「信頼醸成」のためであったと言ったが、あるNGOの活動家は、逆に「信頼破壊」に終わったと批判した。

3)知的所有権協定(TRIPs)について


 これは、あまり知られていないが、南北間においては重要な問題である。
 1992年、リオで開かれた地球サミットにおいて採択された「アジェンダ21」において「生物の種の多様性協定」が締結された。これは、途上国の自然やコミュ二ティにおいて存在する生物の種の保護を目指したものである。一方、先進国の医薬品会社は、その豊富な資金力をもって、これら生物や菌を、新薬開発のために特許権を申請した。その結果、途上国は、自国の生物や菌を原料にした高い医薬品を購入しなければならない。WTOの「貿易に関連した知的所有権協定(TRIPs)」は、このような先進国の多国籍企業の特許権を保護するものである。
 TRIPsは、途上国が2000年までに特許権の保護についての国内法を制定しなければならないとしている。しかし、この期限までに制定したのは、インドなど少数の政府に限られている。とくに、協定の27条3(b)項は、特許権を製品に限定しているので、同じ生物や菌を原料としても、製造過程が異なれば、途上国においても製造できる。そこで途上国側は、自国の生物や菌についての保護を盛り込んだ国内法を早急に制定する必要があるのだが、貧しい国は、TRIPsの条項すら理解していないし、また多国籍企業に対抗した法案の作成能力をもたないのが実情である。
 HIV感染者に対して、DDLと呼ばれる薬が有効なのだが高くて購入することが出来ない。そこで、タイや南アフリカ政府は、TRIPsの31条に、「公共の健康と栄養を保護するためには、特許権を制限できる」としているのを援用して、自国内で安く製造しようとした。しかし、ここでも、途上国政府は売上げの中から一定額を特許権を持っている多国籍医薬品会社に賠償金として支払わねばならない。
 シアトルにおいて、米国政府はTRIPs第31条の適用に同意したが、実は、1999年にタイと南アフリカ政府を脅迫した前科がある。この時は、「医薬品会社の利益が減ることになり、その結果、新薬の開発意欲が削がれることになる」にで、好ましくない、というのが米政府の理由であった。
 TRIPsの中に、「実際に協定違反の事実がない時でも、将来想定される利益の喪失にもとづいて、WTOに訴えられる」という条項がある。これにたいして、EU、カナダ、日本、オーストラリア、東欧諸国などと、韓国、シンガポール、インド、パキスタンなどが、この条項の発効についての「モラトリアム」を要求した。これにたいして、米国は、TRIPsは2000年1月1日にすでに発効しているとして、反対した。
 TRIPsをめぐる南北の基本的な対立は、先進国が、こういった協定の個々の条項についての実施問題に議論を限定しょうとしているのにたいして、途上国は、伝統的な知識、生物と種の多様性についてのコミュ二ティの権利、あるいは生物を知的所有権の対象にすることの倫理性などについて、議論することを主張している点にある。

4)農業問題について

 先進国においては、農業人口は5〜10%にすぎないが、途上国においては50〜80%にのぼる。先進国では、この少ない農業人口にたいして多額の補助金が支給されているが、途上国政府には、このような補助金を出す財源がない。
 途上国にとっては、先進国にたいする一次産品の輸出が制限されることや、外国からの輸入農産物の関税引き下げなどといった措置は、直ちに小農民の生活を脅かし、農業の破壊につながる。また、途上国にとって、農業問題は、食糧の安全保障、食糧主権と切離すことができない。食糧安保とは、「人びとが手に入れることができ、かつ適切な栄養摂取についての権利」である。食糧主権とは「土地、水、天然資源、種についての国家の主権」である。農産物の貿易において、途上国のこれらの権利を脅かすようなWTOの措置には反対である。