WTO  
WTOシリーズ2 シアトルの課題
1999年11月
1.GATTからWTO設立まで

 WTO(世界貿易機関・本部はジュネーブ)は、先進国が支配しているIMF(国際通貨基金)や世界銀行と並んで、ブレトン・ウッズ体制の中に入っている。しかし、その成立の歴史と組織構成は、米、日、独、仏、英などのG5が投票権を独占しているIMF・世銀(本部はワシントン)と異なる。
 IMFと世銀は、米国と英国によって、1944年、第2次世界大戦後のヨーロッパの復興と安定をめざして設立された。このとき、米国が反対したため、WTOの設立は見送られた。代わりに、1947年、ジュネーブ会議でGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が調印された。そのときの調印国は32カ国であった。GATTは、貿易の自由・無差別を原則とし、国家の主権としての関税・課徴金を認めるが、輸入数量制限(IQ)などを禁止するものであった。
 GATTは、加盟国による「ラウンド(多角的貿易交渉)」方式で進められてきた。1987年、関税の段階的引き下げで合意を見た「東京ラウンド」が終了し、88年9月、プンタデエステで開かれた閣僚会議から「ウルグアイ・ラウンド」が始まった。ここでは、モノの貿易に加えて、新たに金融・情報・通信などサービスの貿易が対象に加わり、GATTSと呼ばれた。その交渉項目は15分野に亘り、93年12月、合意に達した。
 94年4月、ウルグアイ・ラウンドに参加した124ヶ国の閣僚が、モロッコのマラケシに集まった。ここで、WTOの設立が決まった。
 1995年1月、WTOは発足した。そしてイタリアの元貿易相でFIAT社の取締役であったルギエロが事務局長に就任した。WTOは国連機関の1部になっており、加盟国すべてのコンセンサスによって決定されることになっているが、本質はIMF・世銀と変わらない。それは、WTOが貿易の自由化をめざす機関であり、貿易の自由化とは、先進国、とくに米国の利益につながるものだからである。
 WTOは、96年12月、シンガポールで第1回閣僚会議を開いた。すでにこの時、先進国と途上国の間の溝が明らかになっていた。同時に、「グリーン・ルーム」と呼ばれる交渉の方式が定着した。これは、先進国プラス1部の途上国が秘密裏に交渉し、そこでの合意事項を総会にかけて全員に追認させるという方式である。したがって中小の途上国に不満は大きい。すでに、ここで緊急に解決すべき課題として、「WTOの透明性」が浮かび上がっていた。
 米国とEUは、投資・競争政策・政府調達などについての自由化を優先的な交渉項目にするよう主張した。これに対して、途上国側は、先進国の市場開放、後発途上国に対する特恵待遇など、ウルグアイ・ラウンドで合意したにもかかわらず、いまだに実施されていない項目を優先的に議論すること(略して「実施」と呼ばれる)を要求した。
 しかし、シンガポールでは途上国間の意志統一がなく、結局、それぞれ新規項目別の委員会をジュネーブに設立することが決まった。ただし、この委員会は、1998年5月、第2回閣僚会議(ジュネーブ)を経た今日もなお、その作業を完了していない。

シアトルへの道

 ジュネーブでは、早くも次期WTO事務局長のポストをめぐって米国と途上国が対立した。途上国は、タイのスパチャイ貿易相を候補に立て、EUなど非途上国の内諾も取り付けていた。しかし、米国が強引にニュージーランドのムーア元首相を立候補させた。
 この人事は解決せず、最後には任期を2分して、前半の3年をムーア、後半をスパチャイが務めるということで妥協が成立した。ムーアが就任したのは、シアトル会議の3ヶ月前であった。
 さらに、シアトルでの交渉項目についても、途上国と先進国は真っ向から対立していた。途上国側は、ウルグアイ・ラウンドで合意した貿易とサービス協定の「実施」問題だけを交渉項目とすることを主張し、一方、先進国側は、新しい部門や項目を討議事項に加え、これらすべてを包括的に交渉する「ミレニアム・ラウンド」を開始するよう主張した。
 このような南北対立に加えて、この間、バナナと牛肉のホルモン使用をめぐって、米国とEU間の貿易紛争が発生した。また最も緊密な同盟関係にある日本と米国の間でも、コメの輸入やダンピング問題で対立が生じている。ダンピング問題については、途上国は日本側に立っている。
 シアトルの1ヶ月前、ジュネーブの事務レベル政府間交渉において、ある事件が起こった。1999年9月20日から始まった非公式理事会の会議の席上でのことであった。議長であるタンザニアのムチュモ大使が、加盟国政府から出された意見をまとめて、閣僚会議の宣言草案を起草することになっていた。しかし、期日の10月4日が来ても草案は出なかった。
 10月7日(金)になって、理事会のメンバーに送られてきた12ページの薄っぺらな第1次草案を見て、途上国の大使たちの怒りは爆発した。EUも日本も途上国側につき、「米国がシアトル会議をハイジャックした」と非難した。
 途上国が理事会に提案したものすべてが、草案の中から削除されていた。国際会議のルールでは、提案された項目はすべて取り込まねばならない。この中でコンセンサスが得られていない部分は、[ ]で囲まれる形になる筈であった。
 1991年のウルグアイ・ラウンドで合意した「繊維・縫製品協定(TAT)」を例にとって見よう。草案では、米国が途上国からの輸入規制を廃止するのは、新ラウンドの終了から2年後、ということになっていた。しかし、今回、何とその見返りに、シアトル直後に途上国は米国製品に対して市場を開放すべきであるという文章が加えられたのであった。
 また、途上国が反対している「ミレニアム・ラウンド」については、2000年1月1日から3年続く、と書かれていた。しかもこの文章には、[ ]が付いていなかった。
 途上国の反撃を受けて、10月11日付けで、ムチュモ議長は、途上国が提案していた「実施」項目を列記した7ページの付録草案を提出した。当然、途上国は、議長草案と付録草案を同時に討議することをは出来ない、と審議を拒否した。そこで、この2つの草案を一本化する非公式の代表委員会が設けられ、10月19日、やっと最終草案が作成された。シアトルでの閣僚会議が始まる3週間前のことであった。
 WTO内に流れた噂によると、ムチュモ大使が事前に草案を米国代表に見せ、それを米国が徹底的に書き直したということであった。WTOの事務局が先進国に支配されていて大使に協力しないこと、また、最貧国のタンザニアには大使の下で働くスタッフを派遣する力がないことなどが、このような悲劇が起こった理由と言われる。
 この間、ジュネーブを離れて、さまざまなグループがシアトルに向けての会議を開いた。たとえば、10月11〜15日、バハマでEUとアフリカ・カリブ・太平洋(APC)の86カ国が貿易会議を開いた。APCはヨーロッパの旧植民地71カ国からなり、そのうち55カ国がWTOに加盟している。またその中の39カ国は後発途上国である。
 これまで25年間、APC諸国は、EU市場への輸出について、特恵的な待遇を受けてきた。EUのカリブ海地域からのバナナ輸入が米国の怒りを買い、スコットランド製羊毛セーターが制裁措置にあった事件は、つい最近のことである。
 APCの特恵待遇は、2000年1月末で期限切れになる。そしてwのルールに従えば、ここでうちきられることになる。EU側は、延長は2005年までといっている。しかし、少なくともこの中の後発途上国39カ国については、この特恵待遇措置を今後15〜20年ほど延長すべきである。バハマ会議では、WTOのルールの改正が必要であり、EUがこれについてWTOにロビイしていくことに合意した。

WTOは多国籍企業の代理人

 シアトルの閣僚会議を開催したのは、米国政府であり、米通商代表のバシェフスキーが会議の議長を務めた。しかし、会議の運営費用を負担したのは、1999年3月に設立された「WTOシアトル主催協会」であり、マイクロソフト社のビル・ゲイツとボーイング社のフィル・コンディットが共同代表であった。資金を提供した米国の大企業は約40社にのぼり、その中には、プロクター&ギャンブル、GM、ゼロックス、ヒューレット・パッカード、ノース・ウエスト航空、ボーイング、フォード、マイクロソフトなどが含まれる。これらの企業は、出資額に応じて、「WTOのビジネス・プログラムに参入できる」という。
 WTOが多国籍企業の代理人となっているという批判に対して、「シアトル主催協会」のメディア・PR担当者は、「昨年、ワシントンで開かれたNATO50周年首脳会議も12社がそえぞれ25万ドルを拠出した。また、デンバーのG8サミットも、同様に企業が会議の運営資金を提供した。WTOのシアトル会議はこれら前例に従ったまでだ」と語った。
 WTOのシアトル閣僚会議が失敗したのは、労組、環境団体、NGOなどのグローバルな市民社会の史上最大の抗議行動によるものであった。しかし、それだけではない。WTO会議の崩壊は、WTOの内部矛盾によるものである。
 WTOは、自由貿易・民営化・規制緩和というネオリベラルな市場経済政策を推進する国際機関である。当然、先進国と途上国の利害が対立する。しかし、その交渉項目が広がるとともに、その利害関係も複雑化し、単純な南北対立の構図ではなくなっている。
 まず、途上国は、ウルグアイラウンドで合意された貿易とサービスに関するこれまでの諸協定の実施を主張する。それには、繊維・縫製品、農業があり、これに反ダンピング・制裁措置の乱用、さらに坊業とサービスについての協定、TRIPS(貿易関連の知的所有権協定)、TRMS(貿易関連の投資措置協定)についての検討、などの項目が含まれる。
 一方、先進国は、ウルグアイ・ラウンド以降の閣僚会議で提起された新しい項目のすべてを包括的に交渉する新ラウンド「ミレニアム・ラウンド」の開始を主張する。
 まず、シンガポール閣僚会議で提起された項目には、貿易と投資、貿易と競争政策、政府調達の透明性がある。ジュネーブでの第買い閣僚会議では、グローバルな電子商取引きが加えられた。また、後発途上国についての閣僚会議での決議の実施という項目もある。 
 最後に、シアトルに向けて先進国が出した新規項目として、貿易と環境、貿易と労働条件、WTOそのものの透明性、グローバルな木材自由化協定、遺伝子組替え作物などが挙げられる。
 農業については、EUと日本、韓国などが「多面的機能」という名称で、米国やオーストラリアの自由化要求に反対している。これに途上国は、「食糧の安全保障」を主張している。だが、途上国の中でも、ブラジルなど農産物の輸出国は、米国に同調している。繊維と縫製品については、市場開放を求めるインド、ブラジルなど、途上国の中でも中所得国と米国、EUは対立している。
 反ダンピング問題をめぐっては、日本、EU、途上国の連合が見直しに反対する米国と対立している。
 米国が提案している労働基準の強化については、これを新たな制裁措置であるとして、途上国、とくに児童労働をめぐってインドなどが反発している。この問題は、貿易制裁を伴うWTOではなくて、政労使3者が参加しているILOにまかせるべきだというコンセンサスが生まれている。
 投資については、すでに1998年、OECD内で秘密裏に進められていたMAI(多国間投資協定)交渉が、NGOの反撃に遭い、廃案になったいきさつがある。EUと日本は、これを再びWTOに持ち込もうとしており、途上国の反対に遭っている。この問題について、米国の態度は、いま一つ明らかでない。