WTO  
WTO交渉、ついに凍結(その2)
2006年8月8日

1. 米国とEUは非難の応酬

 7月24日(月)未明、14時間に及んだ米、EU、日本、オーストラリア、ブラジル、インドの6カ国(G6)によるWTO交渉は決裂した。
 決裂の原因をめぐって、米、EU間で、非難の応酬が起こった。
 EUのマンデルセン通商代表によれば、交渉決裂の非は米国が農産物の輸出補助金の削減について一切妥協しなかったことにあったという。
 米国のジョハンズ農務長官によれば、米国は妥協しようとしていたのだが、相手側が市場アクセスについて譲歩しなかったためだという。たとえば、EUは牛肉の輸入の関税の引き下げを拒否し、途上国は農産物市場の95〜98%を保護しているという。
 真の原因は、ブッシュ大統領がG8サミットで約束したにもかかわらず、スーザン・シュワブ米通商代表が、一切の「柔軟性」を拒否したことによる。ブッシュは、11月の中間選挙を前にして、保護主義の議会に対してイニシアティブを発揮できるような状態にはなかった。ブッシュはサンクトペテルブルグでは出来もしないカラ約束をしたのであった。

2. 交渉決裂後の動向

 G6交渉の決裂後、ラミイ事務局長は、同じ日に開かれた貿易交渉委員会(TNC)において、「農業とNAMAのルール作り(Modality)に失敗した以上、2006年中にドーハ・ラウンドの成立は不可能になった。このような状態の下で、私が勧告できることは、ラウンド(交渉)のすべてを凍結することである。実際には、進行中のすべての委員会の交渉を凍結することであり、同時にすべての委員会の交渉期限についても同じことが言える。そして、新たなデッドラインを提案しない」と言った。
 勿論、このTNC会議は非公式であったので、正式には、27日に開かれた一般理事会で決定された。
 途上国代表は、ラミイ事務局長が提起し、G6が賛成したドーハ・ラウンドの凍結という提案をめぐって、さまざまな疑問を抱いている。
 第1に、途上国は、G6交渉から除外されているので、凍結の条件や再開についての条件などについて、一般理事会までに考慮する時間がない。
 第2に、ラミイ事務局長に与えられた集中的な諮問を行うという権限もなくなるということだろうか。そして、将来、諮問を続けるためには新たな権限を必要とするのか。
 第3に、交渉が決裂したのはどの問題をめぐってなのか。凍結項目から除外されている問題はあるのだろうか。
 第4に、交渉が再開されるのは何時か。その引き金となるのは何か、
 第5に、ラミイの集中的な諮問とG6による会議、という7月のプロセスが失敗した以上、農業とNAMAについて、参加型、ボトム・アップのプロセスに戻ることができるのだろうか。
 第6に、より広範な問題点として、はたしてドーハ・ラウンドの交渉再開は何ヵ月、あるいは何年もかかるのだろうか。
 第7に、ドーハ・ラウンドでは優先順位に置かれたが、実際には、脇に追いやられた包括的な開発問題、すなわち「特別で、かつ差異のある扱い」や「実施」問題といったルール作りについて検証されるのか。
 第8に、8月の休暇前に開かれる一般理事会が、WTOのとって最後の公式会議になるのだろうか。
 これらの疑問に答えるには、GATTもウルグアイ・ラウンドでブルッセル閣僚会議の決裂した時の例がある。当時は、ダンケルGATT事務局長に、集中的な諮問を行う権限が与えられ、最後に「ダンケル草案」が生まれた。これについて交渉され、合意に達した。今、メディアはこのダンケル方式が採択されると憶測している。
 しかし、一部の途上国は、GATT時代と条件が違うと言っている。7月1日のTNC会議でラミイに与えられた権限は、7月末までに解決するというためのものであった。したがって、7月交渉が決裂したので、その権限も消滅したと考えている。
 一部の代表は、ラミイが交渉を凍結したのはドーハ・ラウンドであって、これに入っていない「グレイ・ゾーン」の議題があるという。たとえば、「貿易における援助」などは、ドーハ・プログラムに含まれていない。とくにマンデルセンEU通商代表は、休み明けの9月には、「貿易における援助」、「LDCsに対する技術援助などの新統合フレームワーク作り」、「香港閣僚会議でのLDCsに対する関税・数量フリーの市場アクセスなどの合意」、「特別の、差異のある扱い」などの「開発パケージ」や「貿易円滑化」、「原産地ルール」、「紛争解決方法の改善」などを議論すべきだといっている。
 9月以降、EUはこれらの問題を凍結対象からの例外として、提案するだろう。これは、論議を呼ぶだろう。なぜなら、「貿易の円滑化」、「紛争解決」などは開発パケージに入っていないからだ。
 途上国側は、交渉の再開についてのルール作りについて憂慮している。とくに事務局長、あるいは一部のメンバーによって決められることになるということに警戒している。

3. NGOはWTO交渉の凍結を歓迎

 WTO交渉の決裂と凍結をめぐって、ほとんどのNGOは歓迎している。
 それは、1999年11月のシアトル以来、市民社会が要求してきたことだからだ。シアトルのWTO閣僚会議に集まった7万5,000人の抗議デモは「新ラウンド(当時はミレニアム・ラウンド)反対」、あるいは「WTOを倒せ」をスローガンにしていた。そしてシアトル閣僚会議は流産した。
以後、先進国は、これまでの「実施」問題についてのみ交渉し、貿易自由化の新ラウンドに入らないという途上国の要求を拒み続けてきた。
 また、先進国は、途上国に対しては、最大の市場開放を要求し、自分自身は最小の譲歩しかしないという態度を貫いてきた。
 9.11の反テロ旋風が吹き荒れていた2001年11月のドーハ閣僚会議は、貿易自由化派にとって神風であった。米国に反対するものは「テロ」と見なされるという風潮のなかで、さらにわざわざドーハ「開発」ラウンドと名づけて、途上国をなだめることによって、途上国の抵抗を抑え込むのがやっとであった。ドーハでは「ドーハ・ラウンドを開始する」ことに合意しただけであった。すべての議題で貿易交渉のルール作りについては、ドーハ以後に持ち込まれた。
 2003年9月のカンクン閣僚会議もシアトルと同様、ルール作りの段階で交渉が決裂した。そして2005年12月の香港閣僚会議でも、農業と工業製品(NAMA)協定のModality作りに入ることに失敗した。
 これまで、貿易自由化が途上国にとって不利であると主張してきたのが、途上国政府とグローバルなNGOであった。しかし、最近では自由化のチャンピオンである世銀までもが、ドーハ・ラウンドが貧困層に恩恵をもたらすといっていたことを修正しはじめている。
 2005年秋に発表された世銀の報告書によると、ドーハ・シナリオは「10年間でたった160億ドルの恩恵をもたらすに過ぎない」と述べた。
 この世銀の数字も故意に膨らませたものである。なぜなら、世銀の数字には、WTOの特許権協定(TRIPs)の企業の特許権独占による損失が含まれていない。途上国はTRIPsによってエイズなどの医療品へのアクセスを奪われている。
 国連のUNCTADの調査では、途上国は、ドーハ・ラウンドによる関税の損失が年間320〜630億ドルに上るという。この額だけで、世銀がいう10年間で160億ドルの恩恵をはるかに帳消しすることになる。
 さらに、最も貧しいアフリカでは農業の市場開放によってアフリカの人口の大多数を占める農民は壊滅的な打撃を受けるだろう。

4. これからの問題

 WTO交渉の崩壊以後、考慮すべき点がいくつか考えられる。
 第1に、米国とEUは自由貿易協定(FTAs)や経済パートナーシップ協定(EPAs)の成立に拍車をかけるだろう。
 途上国にとって、これらはWTO協定よりも危険な存在である。なぜならFTAs、EPAsには、投資、知的財産権、サービスなど、途上国にとって不利な問題が入っている。さらにFTAsもEPAsも2国間協定であるので、途上国は単独で強大国と交渉しなければならない。途上国の中には、これを理由に、WTOを擁護するものもいる。一方では、これまで見たところでは、WTO交渉よりもFTA交渉の方が、国内世論が敏感に反応して、活発な議論が交わされている。なぜなら、協定交渉がWTOのように遠いジュネーブではなく、国内で行われるからだ。
 第2に、最も貧しい国にとっては、交渉力を持つことが出来るとして、WTOに固執する危険性がある。これは、パンくずしか与えられず、しかも彼らを搾取し、傷つけるWTOを守るというのは悲劇でしかない。LDCsは、世銀が押し付けている構造調整プログラムによって、すでに貿易の自由化を強制されている。
 この途上国、とくにLDCsが、貿易自由化、輸出志向が経済成長をもたらすという誤った理論をただし、WTOと対決するようになるのは、市民社会の任務である。
 多国籍企業の利益ではなく、多様で、ダイナミックな地方、地域経済を振興し、雇用を拡大し、食糧主権を守り、互恵の貿易を確立する新しい南・南協力こそが、WTOに対する対抗策である。