WTO  
香港閣僚会議報告 その3「閣僚宣言の問題点」 
2006年1月6日


 閉会式の前日、17日に提出されたTsang議長の閣僚宣言の最終修正案は途上国をいらだたせた問題を多く含んでいた。前夜の代表団代表会議(HOD)の会議で多くの途上国が多くの問題点を指摘した。HOD会議は午前中からはじまり、24時間続き、終了したのは閉会式が始まる直前の18日午後3時であった。そこでは、「閣僚宣言」を合意文書とするか、あるいは合意文書なしとするかの間にシーソーゲームのように揺れた。
 香港閣僚宣言の最大の成果は、EUが農産物の輸出補助金を2013年までに廃止することに合意したことであったと宣伝されている。しかし、途上国にとってこれは全く勝利ではない。なぜなら、これは、とうの昔に廃止すべきものであったし、途上国にその代償を要求すべきものはないからだ。EUは誰もが合意できる2010年という期限に合意すべきであった。
 それもEUはすべての代表団が香港を出発するぎりぎり前に合意した。その結果、途上国からあまりにも多くの譲歩を引き出すことに成功した。ドーハも香港も「開発」についての視点があまりにも欠如している。

1)「開発パケージ」の欺瞞

 「開発パケージ」とは、LDCsの市場アクセス、貿易に対する援助、綿花の補助金廃止の3つの柱からなる。 
 途上国側はあまりにも「開発」問題が抜けていると感じた。またある代表は、先進国は途上国に対するアグレシッブな要求を覆い隠し、途上国を金縛りにするために「開発パケージ」を飾りにしていると述べた。
 LDCsに対する「特別な、差異のある取り扱い(SDT)」もほとんど欠如している、と感じた。SDTとは、「途上国の開発発段階に応じて、WTOの全協定の実施を免除される」というものいである。
 LDCsの幹事国であるザンビアのDeepak Patelと貿易産業大臣は、SDTについて170項目の要求を出していたが、香港閣僚宣言では、そのうち5項目しか受け入れられなかったと怒りを表明した。しかも、この5項目の交渉は、06年12月までとなっている。これはドーハ・ラウンドが終わる時である。
 そもそも、ドーハ・ラウンドでは、「開発」問題は、香港WTO報告その2で述べたように、GATT 交渉で欠けていた南北の貿易不均衡を是正するという包括的なものであった。しかし、香港では、LDCsの「無関税、数量制限なし(Duty-free、Quota-free)」問題に矮小化されてしまった。
 先進国はLDCsに対して、100%の品目ではなく、97%に制限した。それも08年までにということを約束しただけであった。残りの3%(繊維、縫製品、コメ、砂糖、皮製品、海産物など150品目)こそは、LDCsが国際市場で競争力を持っている品目であった。日本などは2%の例外を要求していたので、3%では逆に「重要品目」が増えたことになる。
 また「無関税、数量制限なし」は拘束力のある約束ではない。これと引き換えに途上国の農民、漁民、先住民は、先進国の補助金漬けの安い農産物の流入によって苦しめられることになる。

2) 途上国の貿易に対する援助

 先進国は、LDCsの貿易の円滑化について、援助供与を申し出でていた。これでもって、LDCsを他の途上国から切り離そうとする陰謀であった。
 米国は2010年までに年間27億ドル、日本は3年間に100億ドル、EUは年間10億ドルの貿易援助を発表した。しかし、この内容は、ほとんどが港湾、道路などインフラ建設プロジェクトに充てられる。
 ワシントンのNGO、Public CitizenのLori Wallachによれば、ブッシュ大統領がこの援助費を予算書に組まなければ、27億ドルの援助は不可能だし、LDCsの輸出に対するDuty-Free, Quata-Freeも、1974年以来、議会の承認なしには関税ゼロには出来ない、という。議会がゼロ関税を承認するわけがない。 
 またEUの10億ドルも、単にこれまでのODAから支出するものに過ぎない。EUはすでに旧植民地のAPCグループに対して、Duty-Free、Quota-Freeを実施しているので、これをもって代えるといっている。
 日本の公約の場合は、もっとひどく、05年7月、グランイーグルスG7サミットで小泉首相が出した100億ドルの援助のことであって、これは援助ではなく、イラクの債務帳消しでもって代えるというものである。

3)農業協定について

 農産物の輸出補助金の削減期日について、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチなどの農産物輸出国だけでなく、米国も、2010年を期限にすべきであると主張した。しかし、フランス、アイルランドを先頭にしてEUはこれに頑として反対した。HOD会議に並行して、17日夜から18日午前4時まで「グリーンルーム」会議が開かれた。これはラミイ事務局長が開催するもので、すべての先進国と一部の途上国が出席を許された。
 ここでは、主として農産物の補助金の削減の期限をめぐって、EUと他のすべての国との間の激しいやりとりが続いた。
 そして、EUのマンデルソン通商代表が「これ以上の提案をする権限がない」と発言した時、ブラジルのアモリン外相は、「ここにいる全員が時間を無駄にしているということか」と怒って、席を立とうとした。
 とうとう18日午後、ぎりぎりの時点でマンデルソンは2013年を期限とすると提案した。彼の作戦は成功し、途上国を含めて、多くの国が喜んで賛成した。
しかし、03年に改正したEUの「共通農業政策(CAP)」には2013年までに輸出補助金を廃止するとすでに記されている。また国連のMDGsの達成期限が2015年であるので、2013年までに廃止するのでは、とうてい貧困の半減という目標を達成できないことは火を見るより明らかである。
 EUがぎりぎり最後の時点で2013年という期限を提案した理由は、EUとAPCとの協定が2012年に終了することを念頭に置いたものであった。そして、EUは2013年には10億ユーロの補助金を削減することになるが、その時点で農業への国内補助金として支出するのは550億ユーロに上る。
 たとえば、EUの穀物への輸出補助金は92年には22億エキュであったのが02年には1億2,100万ユーロと減った。そかし、国内補助金は同じ期間、1億1,700万エキュから13億ユーロに増えている。この間の穀物の輸出量は3,640万トンから、1,840万トンに減っている。つまりトン当たりの補助金は20%も増えているのだ。
 西アフリカ4カ国は、米国の綿花の輸出補助金を前倒して06年中に、また国内補助金の80%を06年中に、残りは数年のうちに削減せよ要求していた。アフリカにとって唯一綿花が米国の輸出補助金の項目のなかで影響を受ける品目である。
 しかし、米国は輸出補助金を06年中に削減すると公約しただけだった。米国の綿花生産業者が毎年受け取っている40億ドルのうち、輸出補助金の割合は僅か10〜20%にしか過ぎない。アフリカが得たものは何もない。
 ちなみに、EUは、牛肉、てんさい砂糖、米国はとうもろこし、大豆、コメ、綿花、などに巨額の輸出補助金を出している。EU、米国合わせて、輸出補助金の額はイラクの戦費に等しい。

4) NAMA(工業製品の市場開放)について

 途上国、とくにアフリカは、「開発」問題の視点が欠けていることを指摘した。ACPグループは関税の高い品目ほど、引き下げ率を高くするという「スイス方式」に反対し、このパラグラフを括弧に入れることを要求した。
 ブラジル、インド、アフリカなどの途上国は、関税を引き下げるのはどの品目、どれだけ、いつにするかという「柔軟性」については、草案には明確に記述されていないと指摘し、さらにこの問題を引き下げ率の方式とバーターにすべきでないことを指摘した。
 アフリカは、04年の「7月枠組み」に沿ったパラグラフである関税引き下げから、除外されるべきだと主張した。
 しかし、閣僚宣言では、ジュネーブで提案された草案より強いスイス方式が採択された。

5) サービスについて

 途上国の多くは、ここでも「開発」問題が欠如していると感じた。とくにジュネーブでEUが提出した「アネックスC」のパラグラフは途上国の開発政策に対する脅威であると指摘した。そして、「アネックスC」を括弧にすべきだと主張した。
 サービス部門の項目は多岐に亘る。通常は金融、証券、流通などを指すが、ここでは教育、医療、水など基本的な公共サービス部門から政府調達、農業、漁業、森林、鉱山など19サブ部門、つまり工業以外の産業のすべてを含む。これらのすべての市場開放を意味するもので、疑いなく、先進国の大企業が利益を売るものである。 
 最後まで揉めた問題は、サービスのアネックスCのパラグラフの扱いであった。
 16日、G90がオルターナティブ草案をサービス委員会に提出した。しかし、韓国の金議長は、まずこれを加盟国に配布しなかった。G90が問いただすと、金議長は、これは参考文書として提出されたものと勘違いしたため、だと弁解した。やっとコピイが全員に配布されると、議長は「同じ内容の発言」を禁じた。90カ国のうち発言できたのはたった15カ国でしかなかった。そして採決になると、G90を1ヵ国としてカウントしたのであった。
 議長は「アネックスC」を括弧なしに採択することを要求した。ここで、インドがEUと米国に変わり、途上国、とくにAPCグループとアフリカ・グループの説得に当たった。
 インドは、「Plurilateral」条項の入った「アネックスC」は強制力のあるものではなく、任意的なものである、と説得したのであった。しかし、専門家の意見では、これは強制力をもつものである、と分析している。
 閣僚宣言には、「Plurilatralな交渉の請求は、そのグループのメンバー国に対して2006年2月28日までになされるべきである」と書いてある。すでにこのために多国籍企業は大勢のロビイストを香港会議に送り込んでいた。その中には、EU、米国、日本、インド、オーストラリアの大手のサービス産業の連合である「Global Services Coalition」も入っていた。
 さらにマンデルソンEU通商代表は、会議の当初から途上国がNAMA とサービスの市場開放に賛成しなければ、農業の補助金削減では一歩も譲歩しないというキャンペーンを大々的に繰り広げていた。途上国はこのわなに嵌ってしまった。そして、マンデルソンが最後の瞬間に補助金廃止の時期を2013年と“譲歩”したときには、G20のブラジル、インド、中国は、サービスの「アネックスC」の修正案に賛成する側に回ってしまった。そして、G90に対して賛成するように説得にまわった。

 WTOでは、これまで、途上国の中で、さまざまなグループに分かれていた。たとえば、ブラジルを幹事国とし、カンクン以前に結成された農産物の輸出国の「G20」、インドネシアがリーダーとなった中所得国のG33、EUの旧植民地アフリカと太平洋、カリブ海諸国からなるAPCグループ、国連が規定する低開発国32カ国のLDCs、綿花4カ国グループ、さらにG20以外のAPC、アフリカ連合、LDCsグループからなるG90などがそれぞれグループ別に会合を重ねてきた。
 12月16日、サービス草案をめぐって、これらグループが統一して先進国との交渉にあたることになり、G110が誕生した。そして、サービスの「アネックスC」のパラグラフに対抗したG90案に賛成することになった。
 その中で、ベネズエラ、キューバ、ケニア、南アフリカ、フィリピン、インドネシアの6カ国が、「アネックスC」のパラグラフそのものを削除すべきだという声明をTsang 議長に送った。
 会議の最後の瞬間で、インド、ブラジルの裏切りで、この途上国の団結は崩れてしまった。