WTO  
香港WTO閣僚会議に向けて その2 農業一般
2005年11月28日

1. EUが農業についての新提案

 10月27日、ブレア首相が主催して、ロンドン郊外のハンプトンコートで非公式なEUサミットが開催された。ここで、フランスのシラク大統領は、農産物への補助金について、「現在の補助金制度を決めた2003年のCAP改革(2013年まで有効)を変更するつもりはない。補助金をこれ以上削減しなければならないなら、フランスはWTO交渉をやめさせる」と語った。
 その翌日、10月28日、EUは農業協定についての新しい提案を発表した。この提案の題名は、「香港を成功させるためのヨーロッパの貢献」というごたいそうなタイトルがついていた。
 これは、G20と米国が要求していた農産物の関税率の引き下げをはるかに下回っていた。しかもEUは、その条件として途上国に対して、工業製品(NAMA)とサービス部門の市場開放についての大きな要求を突きつけたのであった。
 たとえばNAMAについては、途上国に対して工業製品の輸入関税を極端に切り下げることを要求した。サービス部門の市場開放についてEUが要求したものは、ウルグアイラウンドで合意した「GATS(貿易とサービスに関する一般協定)」の骨格そのものを変えるものであり、すでに途上国から激しく反発されたものであるにもかかわらず、再びEUは提出してきたのであった。
 EUの新提案は、28日の夕方、米国、EU、ブラジル、インド、オーストラリアの5カ国(FIPs)に配布された。そして週明けの10月30日、ビデオ会議で2時間あまり議論された。さらに11月2日に再びビデオ会議が開かれた。ここでは、EU提案は、激しく批判はされたが、誰も拒否するまでには至らなかった。そして、これは、11月7日、ロンドンで、さらにジュネーブで8日、FIPs間で議論された。しかし、すでに「その1」で述べたように、いずれの議論でも合意にいたらなかった。
 米国は、EU提案の中に、あまりにも多くの重要品目が含まれていることに反対した。また各階層の関税引き下げ率が低すぎると批判した。ブラジルは、この米国の批判に同調した。
 一方インドは、EUが農業の分野で譲歩する見返りに、工業製品とサービスの自由化交渉にリンクさせ、あまりにも多くのことを要求していると批判した。

2.各グループの提案

 関税率によって農産物を階層(Band)別に分類し、関税の高い階層ほど削減率を大きくして行くというやり方がある。また自国の農産物生産者を保護するために高い関税を掛けている(たとえば日本のコメやヨーロッパの乳製品など)の「重要品目」については、その数を農産物全体の品目の中の何%とするか、またその関税率の上限を何%とするか、などについての提案を各グループが提案した。

EU案

  先進国の農産物輸入は、0〜30%、30〜60%、60〜90%、90%以上の4階層に分け、削減率は35%、45%、50%、60%とする。しかし、それぞれの削減率は柔軟性をもたせてあり、たとえば0〜30%の階層では品目によって関税率は、35%が20〜45%となる。関税率の上限(Cap)は100%とする。
重要品目については2200品目中8%とする。

 特別セイフガードの品目は、牛肉、鶏、バター、果物、野菜、砂糖とする。
EUにとって最も重要な問題である国内農業に対する補助金についてはEU提案では、米国が60%、日本など他の先進国が50%の削減を行うという条件で、70%の削減を行うといっている。これはその2週間前に開かれたチューリッヒでのミニ閣僚会議でEUは同様な提案を行っている。

 一方、EUは途上国の農産物輸入については、かねてから差異のある待遇を与えるべきだとしてきたところから、0〜30%、30〜80%、80〜130%、130%以上の4階層に分類(先進国向けの提案より3分の1高い)し、それぞれの階層で平均25%、30%、35%、40%削減する。これは先進国の3分の2の率である。関税率の上限は150%とする、という提案を行った。
 低開発国(LDCs50カ国)に関しては、EUは「Round for Free」、つまり、まったく削減しないでよいという提案をしている。
 途上国に対するEU提案は、G20の提案と同じである。
 
米国案

 先進国の農産物輸入は、0〜20%、20〜40%、40〜60%、60%以上の4階層に分ける。それぞれ、55〜65%、65〜75%、75〜85%、85〜90%の削減率とする。

 上限関税率は、75%とする。
 重要品目の数は1%とする。
 農産物の補助金の削減は米国が60%、日本とEUは83%の削減を要求する。これを2010年までに達成すると公約している。

G20提案 (ブラジルなど途上国の農産物輸出20カ国グループ) 

 先進国の農産物輸入の関税率は、0〜21%、20〜50%、50〜75%、75%以上の4階層に分類し、それぞれ45%、55%、65%、75%の削減率とする。上限関税率は100%とする。

APC提案 (アフリカ、カリブ海、太平洋などの旧ヨーロッパ植民地諸国)

 APCは、10月21日、APCを代表してモーリシャスが農業に関する提案を行った。それは、他のグループの提案よりも低い削減率であった。関税率は0〜50%、50〜100%、100〜150%、150%以上の4階層に分類され、それぞれ、15%、20%、25%、30%の引き下げを行う。これは平均して24%を超えない。
 また、APCは先進国に対して、0〜20%、20〜50%50〜80%、80%以上の4階層で、引き下げ率については何の要求も出していない。
米国、EU、G20ともに観世の上限を決めるように要求しているが、APCは、先進国、途上国ともに上限を決めることに反対している。

 以上見たように、EUが提案した農産物の関税の削減率は、米国やG20が提案した引き下げ率よりもはるかに低い。
 米国が要求する90%の削減率は、これまでの多国間貿易交渉ではかつてないほどの高い要求である。これではEUのように過剰に保護されている農業は破壊されるだろう。さらにEUが最恵国待遇を与えてきたAPC諸国のEUへの農産物輸出も、現行の年間94億ユーロから64億ユーロに減るとEUは予測している。また、G20が要求している75%の引き下げ率もダメージを与えるものである。
 EUは、高い関税率の階層の引き下げ率については、60%の削減を提案している。
 ただし、100%を上限とする関税率についてはG20の提案と同じである。
 
 EUは、農産物への輸出補助金について、70%を削減するという。しかし、OXFAMによると、これは実際には現行の補助金額についてではない。実際には、削減をしないことになる。なぜなら、2003年、EUはCAP(共通農業政策)を改正しており、補助金は生産者に直接支払われなくなっている。EUが提案している削減はすでに古くなった「風景に維持」のための補助金に基づいている。 現在は「内部改革(Internal Reform)」に代わっている。
 EUは現在、世界で最も多くの農産物を途上国から輸入している。EU一地域だけで、他の先進国のすべてを合わせたものより多くの農産物をLDCsから輸入している。LDCsが輸出する農産物の70%はEU向けであり、米国は17%しか輸入していない。APC80カ国からの農産物の輸出のほとんどはEUに無関税か低い関税で入っている。

3.孤立する日本

日本など食料輸入10カ国グループ(G10)提案 10月12日

 上限関税率を設けることに反対。
 関税の削減方式は0〜20%、20〜50%、50〜70%、70%以上の4階層とする。これらについての削減率は一定の水準に固定するか、幅を認めるかのどちらかを選択できる。たとえば関税率70%以上の階層では、削減率を45%に一本化するか、品目によって40〜60%と幅をもたせるかを選べる。
 重要品目の数は10〜15%とする。日本の場合、1,326品目が上がっているので、133〜199の重要品目が認められることになる。
 日本のコメについて言えば、G10提案では、現在の778%から500%に引き下げられることになる。しかし、低関税でのコメの輸入枠を拡大すれば、その分だけ関税の引き下げ幅を圧縮できるという選択肢もある。
 このG10提案がWTOに受け入れられる可能性は少ない。なぜなら、これはこれまで共闘する立場にあったEUからも見放され、G20、米国からも反対されている。さらに、食料輸入国である低開発国からも、内容が先進国の利益しか反映していないとして、支持されていないからである。 

4.食糧主権についてのG20の声明

 ロンドン、ジュネーブでのミニ閣僚会議の直後、G20を代表してブラジルのアモリン外相は、「農業問題はドーハラウンドの焦点であり、交渉のエンジンである」という声明をだした。そして、途上国の食糧と生計の安全保障を維持するために、さらに農村の開発のニーズを最大限に考慮した「特別の、差異のある取り扱い(Special and Differencial Treatment)」を要求することを再確認すると述べた。
 そして、10月28日のEU提案について、市場アクセスについてはマージナルな譲歩にすぎず、G20が要求したように、最も低い階層の削減率を45%とすべきである、とした。国内の補助金についても実質的な削減とは言えないし、最終達成時期が策定されていない、と述べた。G20はこれを少なくとも、2010年までに達成すべきだと要求している。
 アモリン外相は、ブラジルの例を挙げ、EUの提案によれば、農産物の輸出ではブラジルは39%の削減の恩恵を受けるが、一方では、ブラジルに輸入される工業製品の関税率は75%削減しなければならない。このような、不公正な結果を受け入れることは出来ないと語った。