WTO  
ドーハWTO閣僚会議の向けて その8
2001年9月
 

ハービンソン議長の最終草案をめぐって(その1)

1.新ラウンドに反対するものは、テロ擁護者だ!

 ジュネーブのWTO本部では、10月27日、一般理事会議長のハービンソン大使(香港)が、ドーハの閣僚会議で議論される宣言文の最終草案を発表した。
 WTOは、2年前、大規模な反対デモが起こり、失敗に終わったシアトルの轍を踏まないために、今回はビザなしには容易に反対派が入国できない湾岸の首長国カタールを選んだ。
 しかし、シアトル会議が流会に終わったもう1つの原因、つまり南北の対立は、2年経っても解消していない。これを一口で言うと以下のようになる。
 途上国は、ウルグアイ・ラウンド協定の「実施」を議論すべきであると主張しており、先進国は、新しい議題で新ラウンド(多国間貿易交渉)に入ることを主張している。言いかえれば、途上国は先進国の市場開放を求め、先進国は、投資、競争、政府調達の透明性、環境、労働などといった新しい問題をWTOに持ちこみ、途上国に自由化を強要しようとする。この南北の対立は、1994年のウルグアイ・ラウンド協定締結時点からすでにはじまっていた。
 ドーハには、オサマ・ビンラディンの声明を唯一世界に送り出しているアルジャジーラ衛星放送局がある。9月11日以前に、すでに米、英、イスラエルなどの代表団の安全が危ぶまれていた。テロ事件後、シンガポールという代案も出ていたが、「テロに断固として屈しない」という米国の一声で、ドーハ開催が確定した。米国は「貿易の自由化がテロを根絶する」というレトリックを持ち出し、途上国に対して「新ラウンド」に反対するものをテロリストだと見なす、と脅迫している。

2.議長草案はWTO規約違反

 ハービンソン議長草案が発表されると、一斉に、途上国、市民社会から失望と非難の声が挙がった。これは、10月13〜4日、シンガポールで開かれたミニ閣僚会議についてのマスメディアの報道を聞いていたものにとっては大きな驚きだった。シンガポールでは、「南北の溝が埋まった」という報道だった。実際、シンガポールでのモア事務局長の記者むけブリーフィングは、会議の内容とは異なっていた。
 シンガポール会議以降、EU、米、日などの先進国は、途上国本国政府に猛烈な圧力をかけた。本国の貿易相からジュネーブの代表に「ジュネーブに交渉を一任してある筈なのに、どうして、ワシントン、ロンドンから新ラウンドを支持しろと言って来る。そちらでなんとかしろ」という電話が毎日にように掛かってきた。先進国は「ODAや世銀融資を減らすぞ」とまで脅した。
 インドのマラン通商産業相がWTO草案に抗議して、WTOからの脱退をほのめかしたことについて、バンダナ・シバ女史は、記者会見で、「インド政府は、国内の声に押されて、反対の立場をとっている。だがドーハまでに、先進国のブルドーザーで押しつぶされ、閣僚会議では、手を捻じ挙げられ、草案に署名させられるだろう」と語った。
 加盟国の貿易、経済相が参加する2年毎の閣僚会議は、WTOの最高意思決定機関である。日常的には、ジュネーブの本部で、常時各議題毎の理事会、委員会が開かれている。これを集約するのが、ジュネーブで全加盟国代表が参加する一般理事会である。いわば国連の総会に相当する。したがって、閣僚会議に提出される宣言草案は、一般理事会の合意が前提になっている。
 途上国は、(現在まで)142カ国の加盟国中、100カ国を超えている。中でも議長草案に強く反対しているのは、低開発国(LDCs)とアフリカ・グループであり、これだけで少なくとも加盟国の半数に達する。このようにコンセンサスのない草案を閣僚会議に提出すること自体、WTOの規約違反である。しかし、ハービンソン議長は、この草案を修正することなく、ドーハに提出すると言っている。
 ジュネーブの状況は、シアトル直前に酷似している。

3.先進国はウルグアイ・ラウンド協定を「実施」せよ

 ウルグアイ・ラウンド協定は15の分野に及んでいる。途上国は、そのいくつかに不満を持っており、レビュー(改定)を求めている。それは貿易と知的所有権協定(TRIPs)や最恵国待遇などである。
 また、途上国は、先進国がウルグアイ・ラウンド協定の実施をサボっていると非難している。それは、農業に対する補助金の撤廃、繊維などの市場開放などの問題を指す。

(1) 農業
 農業部門に対する補助金問題は、南北間の最も大きな争点の1つである。多くの途上国は農産物の輸出に依存しており、また途上国にとって、農業は比較的優位な産業部門である筈だ。しかし、政府から年間2,000億ドルという巨額の補助金を受け、途上国に安い農産物をダンピングしているEUや米国の農産物には、とても競争出来ない。したがって、途上国は、EUや米国に対して、補助金の撤廃を要求してきた。
 途上国は、先進国の補助金撤廃要求では一致している、しかし他の農業問題では、途上国内部の事情は複雑だ。
 例えば、アルゼンチンなど南米諸国は、穀物輸出国グループ(Cairns)に属している。彼らは、オーストラリアやカナダの「農産物を工業製品と同様に扱う」、つまり農産物の輸入関税を工業製品並みに引き下げる、すなわち農業部門の完全な自由化要求に、同調している。
 一方、低開発国食糧輸入国は、自国の小農民を保護する、あるいは外国からの穀類ダンピングを阻止する措置についてWTOに「柔軟性」を要求している。この内容を盛り込んだペーパーを、2000年6月、キューバ、ドミニカ、エルサルバドル、ホンデュラス、ケニア、ニカラグア、パキスタン、セネガル、スリランカ、ウガンダ、ジンバブエが、共同で提出した。このペーパーは「開発Box」と名付けられ、そのグループは、「開発Boxの友」と自称し、その後WTO内でロビイ活動を続けてきた。彼らは、ドーハでも、「開発Box」を宣言に盛り込むよう要求している。「開発Boxの友」グループは、農業を工業製品と切り離して扱うべきだというEUと、農業の完全自由化を要求しているCairnsグループという二極の間で、第3勢力になろうとしている。しかし、先進国側はこれを完全に無視し、グループのあるメンバー国に「脱退しろ」と言い、あるいは「月に向かって吼えているようだ」と冷笑した。
 議長最終草案の農業の項を起草したのは米国ではないかと言われている。実際、草案は、EUとCairnsの中を仲裁した文書のように見える。しかし、草案に「満足」しているのは米国だけで、他のすべてのメンバーが不満である。例えば、草案は、先進国の農業補助金の撤廃を明確に記載していない。また、これまでNGOが要求してきた「過度な換金作物生産と輸出を、持続可能な農業生産に変え、食糧安保と食糧主権を確立する」問題についても、草案は全く触れていない。