WTO  
WTOドーハ1年後(その2)
2003年1月10日
 

 ジュネーブでは、12月20日、実施項目、つまり「ドーハ開発ラウンド」の交渉のデッドラインを迎えた。ドーハ以後1年間に交渉は進展を見ただろうか?「ノー」である。
以下は、農業、S&D、TRIPsなどの項目について、報告する。

1) 農業協定(AoA)

ハービンソン大使の議長任命をめぐる問題

 ドーハ以後、AoAの議長にハービンソン香港大使が任命された。しかし、彼はすでにスパチャイWTO事務局長によって、WTO事務局主任に任命されていた。WTOのルールでは、事務局員は交渉の当事者になれないので、これは違法な人事であった。
 2002年12月はじめ、ハービンソンAoA議長は、カンクン閣僚会議に向けて、82ページにのぼる「農業交渉のレビュー・ペーパー」を発表した。これは、過去2年間に加盟国から出された提案を、交渉の手続き(目的、参照条件、条件など)となるペーパーに纏めた。これを2003年3月末までにWTO加盟国の合意をとりつけなければならない。それは加盟国の農業部門に法的に拘束力をもつ公約となる。

ハービンソン・ペーパーについて
 ペーパーは12ページの概論とこれまでに出された提案をテーブルにした77ページのアネックスの2部から成る。
 ハービンソンの概論の部から判断すると、WTOは現在のAoAの不公平を改善することをめざしていないことは明かである。改善に関する多くの提案は、すべて「特別セイフガード(SSG)」の範疇に入れられた。しかし、そもそもSSGとは、輸入攻勢に見舞われた30カ国内外に認められた非常に特殊な手段である。一方、フィリピンの提案のように補助金漬けの輸入品に対して反ダンピング関税を課す権利といった提案は今回のSSGの範疇から除外された。また、食糧安全保障メカニズム(FSM)はSSGの範疇に入っている。
しかし、これを提案した国は、これをSSGではなく、むしろ農業に依存した途上国の食糧安保を確保する別のメカニズムと考えていた。
 ハービンソン・ペーパーの問題点は、各国の提案をどのような重要性で扱っているかというところにある。WTO設立以来、AoAが、SSGによって、農業途上国の食糧安保や農村の生活手段に如何にネガティブに影響を与えているかに重点が置かれてきた。
 しかし、ハービンソン・ペーパーは、アフリカ、カリブ海をはじめとした低開発国がだした「食糧安保と農村開発に関連した農産物をAoAの枠組みから除外する」という提案をほとんど無視している。
 途上国は、早いころから、「ポジティブ・リスト」の形で、AoAの枠組みに入る農産物を自ら選ぶことが出来るとしていた。しかし、この「ポジティブ・リスト」案は、それが「開発ボックス」の中で提案されたため、先進国から全く無視されたという経緯があった。そのため、途上国側は、以後、食糧安保に関連する農産物をAoAから除外するということだけを提案してきた。しかし、情勢が許せば、途上国は、「除外」よりも「ポジティブ・リスト」を提案したかった。AoA以来、食糧安保に関連した農産物は大きな打撃を受けてきた。
 途上国が要求する食糧安保、農村開発、公平のメカニズム、補助金廃止などはSSGの枠組みに入るべきではない。真のSSGとは、途上国が一次産品の価格の変動から守るためのものである。また、途上国は国内市場が輸入農産物によって打撃をうけるのを守るのがSSGである。
 先進国が、ジュネーブの交渉を「ドーハ開発ラウンド」と呼ぶなら、このようなメカニズムを取引きの道具にしてはならない。しかし、EU、オーストラリア、カナダなどは、SSGは、"食糧安保に基本的な主食"に限定されるべきだと主張した。しかし、ドーハでは、明確に「食糧安保と農村開発に必要な農産物」と記されている。
 一方、米国は、SSGの必要性すら認めていない。
 残り3カ月では、AoAの複雑な多くの問題を片付けることは出来ない。しかし、AoA交渉の行く方は、ドーハ開発ラウンドそのものに影響する。つまり、ハービンソン議長がいみじくも、ペーパーの中で述べているように、「すべてに合意しなければ、何も決まらない」という仕組みになっているからである。
 

2) 不平等な貿易相手国に対する特惠待遇(S&D)

 ドーハ以後、ジュネーブでは、S6Dについて、貿易開発委員会において、公式、非公式の会合が持たれた。途上国、そのほとんどはアフリカが85項目にのぼる提案を出していたが、12月20日までに、合意に達したのはわずか4項目であった。途上国は、先進国側の政治的意思のなさに絶望した結果、これ以上エネルギーと時間を無駄にすることは出来ないとして、12月20日、S&D交渉を打ち切り、途上国側が出した提案を一括してカンクンまで封印することを決定した。
 ジャマイカのRansford Smith貿易開発委員会議長は、提案を短期、中期、長期の3ブロックに分け、2003年1月、3月、7月をそれぞれの交渉のデッドラインにするというオプションを出したが、誰も賛成しなかった。本来のデッドラインは2002年7月であった。
 この1年間、最も多くの時間を費やしたのは、S&D交渉はS&Dの提案の交渉ではなく、S&Dのレビューと評価であると主張する先進国に対して、S6D交渉の権限は、S&D実施について交渉することであると説得することにあった。先進国は、S&D交渉をこれからも続けることを希望している。これによって、他の項目との取引きの材料になると考えている。

3) TRIPs協定と健康

 ドーハでは、TRIPs宣言に合意するのに多くの時間とエネルギーが費やされた。しかし、これは、ドーハの数少ない勝利であった。
 ドーハ以後の1年間は、「その国民の健康を脅かす危機的な病気に直面し、コピイ薬の製造能力のない国に迅速な解決」というドーハのTRIPs宣言をめぐってはてしない交渉が続いた。そして、事態は日増しに悪化した。10月、11月の2カ月間、草案の作成に費やされたのだが、12月に入って、アフリカ・グループは2週間にわたって交渉をボイコットした。12月20日、アフリカは最終草案を受け入れた。これには、TRIPs協定を超える義務、つまり、費用のかかる通告などが含まれていた。先進国側には、途上国に輸入され、強制的ライセンスを受けた安いコピイ薬が先進国に再輸入された際のセイフガードについてのTRIPs協定+対策について、反対した。米国は、草案そのものを拒否した。これは製薬会社がドーハTRIPs宣言に反対していることが理由であった。そして、これは成功した。結局、最終草案は採択されなかったのである。
 米国と協力の下に、韓国が、修正案を出した。これは、アフリカの15の病気に限定するという内容であった。しかし、アフリカ側は、ドーハの権限は病気の数についてではなく、くすりの製造能力のない国の疫病を対象にしているのだとして、拒否した。
 TRIPsについての交渉は2003年1月8日に再開される。そして、すべてあたらしいく議論が繰り返される。つまりドーハ以後の1年の交渉は全く無駄であった。そして、今後の交渉がアフリカに有利になるという保証はない。

4) 実施問題とカンクンへの道

 「実施問題」は、WTO成立以来の懸案である。これは、大きく言って、(1)先進国が実施を約束していながら、これまで実施していない問題、(2)WTO協定の中で先進国に有利な項目、とに2分される。
 実施問題は、シアトルが流れて以来、ジュネーブで交渉がはじまり、実施されていない項目として100を超える提案が出された。以来、ドーハとそれ以後、実施問題は、最重要問題となった。すべて、貿易交渉委員会(TNC)で統括される。
 2002年12月、TNCが実施問題の交渉をレビューした時、全く進展がないこと、さらに、実施問題の交渉をめぐって混乱があることが判明した。実施問題は常に、他の問題の交渉の際に取引き材料に使われてきた。
 例えば、途上国が問題にしているのは、ローカル・コンテンツはTRIMs協定によって禁止されている。これに対して、途上国は40項目の提案をしている。ブラジルとインドがこれをTNCに提出しようとしたら、カナダ、米国、EUなどが、TRIMs協定では文言の変更は許されないといってブロックした。
 スパチャイ事務局長は、12月のTNC会議で、実施問題について、(1)TNCでの交渉を終了する、(2)TNCの作業グループに持ち帰る、(3)すべてをTNCに持ち込み、スパチャイが議長を務める、(4)TNCの交渉機関に持ち込む、(5)交渉方法について交渉する、の5つのオプションを提案した。最終的には、スパチャイが交渉方法について交渉することになった。
 しかし、ここに至って、EUがGI問題を実施問題の1つとして、提案した。次いでインドが、すべて実施問題を一括して、TNCで交渉すべきだと発言した。ブラジルがこれに賛成した。一方、米国、オーストラリア、カナダといくらかのラテンアメリカは、実施問題とGI問題をTNCレベルに持っていくことに反対した。
 実施問題のデッドラインは2002年12月であった。しかし、これもカンクンの大きな課題となった。

5) WTOの政策決定過程の透明性

 WTOの一般理事会は4つの提案を受け取っている。

(1) ドーハの閣僚会議での最後の延長24時間の取り扱い。ドーハで、1日の会議延長が事前の通告なしに行われた。その結果、加盟国の半数の代表が「ドーハ宣言」に署名しなかった。
(2) ドーハの作業部会議長の選出方法。これには、ルールがない。ジュネーブで選出すべきである。
(3)素案は、すべての提案を含むべきである。
(4)小グループの交渉についてのルールがない。むしろ、全体会議はゴム印を押す場ではなく、議論と決定の場であるべきである。