WTO  
カンクンWTOニュースNo.4
 
カンクンWTO閣僚会議宣言草案について

 8月24日午後、Castillo一般理事会議長は、カンクンのWTO閣僚会議で採択される宣言文の最終草案を発表した。
 草案は、短い前文、6ページの本文、A〜Gの付属文書で構成されている。この付属文書にすべての対立項目と、それぞれの主張が併記されている。

1. ドーハの繰り返しか?

 ジュネーブでは、すでに代表たちのカンクンへの移動がはじまっており、対立点をじっくり審議する雰囲気ではない。とすると、ドーハのように、ジュネーブの一般理事会は、この草案にゴム印を押すだけで、直接カンクンの閣僚たちに送るということになりそうだ。
 8月26〜27日、ジュネーブでは、一般理事会が開かれている。多くの代表は、この文書を交渉の草案とすることに反対している。しかし、多くの反対意見にもかかわらず、これは、Castillo議長の言うところの"議長の責任において"、あるいは、ある代表によれば、"議長の無責任において"、 カンクンの閣僚会議に送られるだろう。

2. 農業について
 草案の農業についての付属文書は、WTOには、全く交渉と合意のルールが存在しないかを示す良い例である。農業の付属文書は、8月13日に発表された米国とEUの合意文書を単に下敷きにしたものである。
 とりもなおさず、これは、2年間の情報交換、その後3年間の交渉というこれまでの5年間に亘る農業交渉(AoA)を無にしたことになる。Castillo議長は、米国とEUが、国内の農業補助金を削減すると際の猶予期間やグリーン・ボックス交渉を再導入するといった点については修正したが、多くの点では、米国・EU合意を踏襲している。これに対して反論したブラジル、インド、中国に加えた14カ国の途上国の主張は全く無視されている。
 議長の草案は、米国とEUが当然コミットしなければならない期限などについては、全く触れていない。また途上国にとって死活的な特別の生産物、つまりこれまでのAoAでは除外されてきた農産物(SP)や輸入攻勢から国内産を保護する特別セーフガード・メジャー(SSM)についてはほとんど触れていない。これまで途上国は、自国の農民や食糧安保が侵されるような分野の自由化に反対してきた。この点について、SPとSSMについて交渉が必要である。

3. 市場アクセスについて
 草案は、途上国に対して、関税の「需要アプローチ」、つまり「高い関税についてより高い平均値で関税を引き下げる」というウルグアイ・ラウンド方式か、または、高い関税についてはドラスチックに引き下げるというスイス方式をとるかの選択を要求している。
 米国は、途上国に対して、スイス方式をとるよう盛んに攻勢をかけていた。それは、途上国がこれまで関税という手段で自国の作物を保護してきたものが、まず、ドラスチックに関税が引き下げられるだろう。途上国にはその見返りは何もない。
 したがって、カンクン以後は、これまでのAoA交渉に比べると、途上国にとってはより不利になるだろう。
「平和条項」、あるいは「柱間の連携」、つまり補助金漬けの輸入品に対する対抗的課税手段、あるいは多くの途上国グループが提案してきた「柔軟性」については、付属文書に何の脈絡もなく入っている。しかし、これらの記述は、カンクンでは、もし、EU、日本、スイス、ノルウエーといった先進国の利益に関連するのでなければ、無視されるだろう。ちなみに、EUは「平和条項」の拡大に関心を持っていると言われる。
 草案は、限られた代表たちによる、ほとんど非公式、非公開の会合の結果をまとめたものであった。
 これには、WTO加盟国全員が審議に参加していない。事実、ここ2〜3週間の会合は、直前に召集がかけられ、夜半過ぎまでつづくといった、混乱と秘密主義のなかで行われた。これが、いわゆるHoD、つまり「正式代表会議」の実態であった。AoAのHarbinson議長は、米国とEUの合意文書を下敷きにしろという強い圧力をあまりにも強く受けたため、ここ1年間の審議の結果をまとめた自身の草案を破棄してしまったほどであった。Harbinson草案に激しく反対したのは、スイス、EU、日本であった。

4. 特別な、差異のある待遇(S&D)について
 アフリカ・グループは、「カンクンではS&Dについては、実質的な審議をすべきでない。カンクン以後は貿易と開発委員会に送られるべきである。」という声明を一般理事会議長に送った。しかし、議長は「アフリカ・グループはその主張を引き下げるべきだ。なぜなら、加盟国は付属文書Cを承認しているからだ」と返答した。アフリカ・グループと後進開発国グループ(LDs)は、付属文書Cは経済的に恩恵を受けないし、加盟国をS&D公約に拘束していないと主張しているにもかかわらずである。
 
5. 実施について
 草案ではすっぽり抜けている。加盟国はこの問題では適切な解決を得るために、努力すべきだと書いてあるだけである。8月27日に一般理事会の会議では、何人かの代表が、「途上国にとって、この問題は重要である」と述べたに留まった。

6. シンガポール項目
 宣言草案では、1)交渉に入る、2)交渉に入らずに、これまでの作業委員会(WG)において、シンガポール項目について解明していくという、2つの選択肢が述べられている。しかし、「投資」についての付属文書は、EUと日本の提案を引き写したものである。
また、途上国側は、「貿易のルール作り」の付属文書などは、加盟国が全く見たことがないもので、付属文書とする根拠がないと述べた。
 このように、一部のメンバーの提案にしかすぎないものを、議長が付属文書としたのは、どのような根拠に基づいているのだろうか?一方、途上国側は、独自の提案を行ったのだが、「シンガポール項目の交渉を拒否する」という一点の記述を除いて、草案に全く取り入れられなかった。全く合意がないにもかかわらず、すでにModalitiesが設立されたのという印象を受ける。例えば、EUは、「すでにドーハにおいてシンガポールの4項目ともに交渉に入っているので、第2の選択肢は無効である」と強調した。しかし、つい最近まで、EUは、ドーハで交渉が始まったということについては明確ではなかった。Modalitiesについての明確な合意があるのかどうかについて、加盟国の多くははっきりしていない。事実、「投資」の作業委員会の議長(ブラジル代表)は非公式会合において、「この項目について、合意はない」と明言した。
 
7. 非農産物関税交渉(NAMA)について
 これもまた、問題の項目である。途上国は、国内の弱体な、あるいは中小の企業を保護するために自由化の枠を限定することを要求している。しかし、議長の草案は、ドーハでの合意を超えるものであった。またドーハの合意自体が途上国にとっては妥協の産物であった。一方、EUは議長草案さえも不満であると言っている。したがって、カンクンではこの問題の審議は難航すると予想される。

 現在進行中の一般理事会における審議の結果がどうであろうと、この議長草案は多国間貿易機関としてのWTOにとってきわめて問題であることは明らかである。というのは、この草案は、大国にあまりにも偏っており、何億人もの人々の利益は無視されているからである。WTOは肥大化しており、多国間交渉の組織としては「合意」に基づくという原則との間に綻びが生じている。ドーハでも、またカンクンでも、非公開の、非透明性の審議が日常化している。その上、加盟国全員の立場を反映していない草案が提出された。何年もの審議を集約している筈の草案が、何の法的根拠を持っていない。その付属文書にいたっては、大国の提案だけが取り上げられている。

議長の最終草案はwww.tradeobservatory.orgに掲載されている。
Institute for Agriculture and Trade Policy (IATP)発行の『Trade Information Project』8月27日号「ジュネーブ・アプデート」より