WTO  
カンクンWTOニュースNo.3
2003年8月26日
Martin Khorの論文『Third World Network』 2003年8月14日付け抄訳

1.概説


 8月13日、米国とEUは、「農業」についての共同声明を発表した。これが、カンクン閣僚会議で採択される文書の草案となることにつながる。
 これは、米国とEUの利益に沿ったものである。他のメンバーの利益を考慮していないことを隠そうともしていない。当日の記者会見で、「これがEUと米国の対立を解消するもので、途上国の利益をカバーするものではない」と明言した。にもかかわらず、この文書は、カンクンでの草案の体裁をとっている。
 しかし、これは他の文書と同様に、カンクンに向けた文書の1つとして取り扱われるべきである。一般理事会のデルカスティヨ議長は中立を貫くべきである。

2.「対立解消」は、誰の犠牲の上に?

 恐らく、米国とEUの対立の解消は前進であろう。しかし、それはすべてのメンバーの利益につながり、とくに途上国の農民の利益、世界の農業の利益につながるものである時に限られる。それはどのようにしてそれがなされたかということだ。
 それには、3つの間違った手段がとられた。
1) それは、米国とEUが相互に譲歩することによって、対立の解消がはかられた。両者の農業についての保護主義の解消に向けてのコミットメントがない。
2) そればかりか、両者は途上国の農業市場の開放推進については一致している。一方では、自らの保護主義を強化している。これは、彼らの補助金漬けの安い農産物が途上国に氾濫することにつながら、貧困削減、農村生計、食糧安全保障に計り知れない打撃を与えるだろう。
3) したがって,これは、現在の農業交渉の不平等性、不正義の解消、途上国に特別の差異のある待遇に妨げとなる。
4) 世界農業貿易は、歪められるだろう。保護主義がより隠れたものになり、それを見極め、対処することが困難になるからである。
 EU・米国案は、国内補助金、輸出競争力、市場アクセスという3つの柱について、米国・EUの狭い利益を擁護し、一方では EU・米国の農産物の激しい保護主義と売り込みを途上国が防衛できないようにし、途上国市場を一層解放させるものである。

3.「国内補助金」について

背景
農業協定では、国内補助金は、琥珀色、青色、緑色のボックスに振り分けられている。うち、青色と緑色のボックスの補助金は貿易を妨げないというのは誤りであり、この2つも同様に規則に当てはめて、削減すべきである、と途上国は主張している。
 琥珀色の補助金ボックス(高価格政策による補助金)が廃止されても、十分な無償援助と収入支援政策を受けることができれば、たとえ非効率な農業で、その農産物価格が生産コスト以下でも、生き延びられ、輸出することが出来る。これが青色と緑色の補助金ボックスである。
 米国とEUでは、無制限にこの青色と緑色のボックスの補助金が認められているので、琥珀色のボックスから他のボックスへの転換が起こっている。その傾向は、米国ではとくに激しい。WTOのデータによれば、1999年、緑色の補助金は500億ドル、琥珀色は169億ドル、青色は197億ドルであった。EUは、琥珀色は473億ドル、青色は196億ドル、緑色は197億ドルであった。将来、EUは緑色の補助金ボックスを増やす予定である。
 ウルグアイ・ラウンド以後、OECD諸国では、琥珀色が減った分を他の色でカバーしてきた結果、国内補助金総額は減っていないばかりか、増えている。その結果、OECD諸国の農業はより保護さあれている。価格にもとづく補助金が減っており、国内価格が低下しても、農業は利益を得ている。そして、輸出補助金がなくなっても、この安い農産物が途上国の市場に溢れ、打撃を与えるだろう。保護主義は隠れたものになり、対応が困難になる。
 この農業交渉の欠陥を正すべきであるのに、Harbinson議長の草案は正しく対処していない。しかし、少なくとも、その中のいくらかの問題を指摘している。草案は青色ボックスに支出に上限を懸けるべきで、先進国は50%削減するか、あるいは、琥珀色に統合すべきだといっている。途上国が青色ボックスを削減するようにとの呼びかけがあるにもかかわらず、Harbinsonは規則を厳しくすることしか提案していない。また彼は、先進国が琥珀色ボックスを5年間で60%削減することを提案した。

4.市場アクセスについて

 先進国では、一部の"Sensitiveな"製品については高い関税を課してはいるが、一般的には関税は低い。例えば、農産物ではEUは5.8%、米国は6.9%だが、多くの途上国では30〜100%である。
 理想論では、先進国が農産物の関税を廃止するか、削減すべきである。一方、途上国はその開発段階により、また、先進国からの高い補助金漬けの農産物に晒されているので、その削減は途上国の意思に任されるべきである。ましてや、高い関税の場合、削減率も高いというスイス方式のハーモニゼーション政策を取るべきではない。 
 米国・EU提案は、関税削減方式について、3つに分類している。

(1) 直線型
(2) ハーモニゼーションのスイス方式
(3) ゼロ関税

  しかし、この3つの間の比率や、それぞれの関税の引き下げ率については、米国・EUテキストは提案していない。これは交渉のテーマだという。しかし、すでに両者間では理解があるようだ。
 米国・EUは、Sensitiveな高関税製品については、(1)の直線型削減に入れている。その他の低い関税製品については、(2)に入れている。すでにゼロ、または低い関税製品については(3)に入る。結局、EUも米国も何もしないで良いと言う提案である。
 米国EUでは、農産物の補助金が上記のように間接的に支出されているので、国内農産物価格はすでに安いので、海外からの安い農産物が入ってきても影響を受けない。したがって、急激な削減が可能になる。
 しかし、これによって、途上国の農業は打撃を受ける。途上国政府は財政逼迫ゆえに、国内農民に補助金を出せない。農民の生計と食糧安保を保持するには、WTOの農業交渉で輸入品の数量制限を禁止されているため、関税政策に依存せざるを得ない。途上国では、農産物の輸入関税は高いので、多くの農産物輸入がスイス方式の急進的な削減を強いられるか、ゼロ関税を強要される。したがって、米国・EU提案では、途上国は農産物市場の開放を強いられる。一方、この提案で、途上国は、人工的に安い価格のダンピングされた農産物に対する僅かに残された防衛手段をも失うことになる。一方、先進国は国内補助金を増やして行くので影響を受けない。
 事実、米国・EU提案は、Harbinson草案にあった途上国のSとD種に入れられていた
途上国の「特別な農産物(SP)」については全く触れていない。これまでの交渉では、途上国は、ゼロあるいは非常に低い削減を公約出来るSPを、自身で選択する権利を持つことを要求してきた。
 途上国の言うSPは、米国・EUの"Sensitiveな製品"という新しい概念に刷りかえられた。
 途上国は、この提案を受け入れるべきではない。これは、先進国の公約にとどめるべきであり、途上国が拘束されるものではない。
特別農産物セーフガード(SSG)
 米国・EU提案ではSSGは続行することになる。これは農業交渉では、ウルグアイ・ラウンドで関税から数量制限に変えた国だけが、SSGを使えることになっている。したがって、SSGを使える国のほとんどは先進国である。途上国は、先進国がSSGを使わないことを要求してきた。
 一方、この不平等性を是正するために途上国は、特別セーフガード・メジャー(SSM)を提案してきた。これはHarbinson草案に入っている。しかし、交渉中、先進国からの抵抗が多かった。先進国はSSMの導入に反対か、もしくは、条件をつけるか、使える国を制限するか、要求していた。

5.輸出競争について

 ドーハ宣言では、すべての輸出補助金を、廃止の方向に向かって、削減することが呼びかけられた。
 米国は、EUに対して、輸出補助金の廃止の圧力をかけてきた。一方、EUは米国の輸出融資制度の廃止を要求してきた。補助金も融資もともに途上国に打撃を与えるものである。
 米国・EU提案では両者は、それぞれの利益のために妥協した。補助金と融資を廃止するタイムテーブルを示すのではなく、"並行的なアプローチ"なるものに同意した。米国は、EUの補助金に対して、「ソフト」になり、EUは米国の融資に「ソフト」になる。結局、限られた農産物の補助金が廃止される。また、「途上国にとってとくに影響のある」という言葉をどう解釈するか、混乱と問題が起こるだろう。EUはこれからも、砂糖と乳製品に対する補助金を出していくだろう。これはあ「ドーハ宣言」の精神と内容に反する。