WTO  
WTOのシアトルから10年
2007年2月19日

1.はじめに

 WTOは、昨年11月30日〜12月2日、ジュネーブの本部で第7回閣僚会議を開催した。閣僚会議の議題は、「多国間貿易システムと今日のグローバル経済環境」であった。
 パスカル・ラミーWTO事務局長は、「この会議は貿易交渉の場ではなく、むしろハウスキーピング、すなわちWTOの機能を検討するプロセスであり、WTOには幅広い多くの課題があることを世界に知らしめるものだ」と述べた。しかし一方では、彼は「ドーハの問題点についての南北のギャップをなくすための交渉の場である」と、全く反対のことを言った。
 結局、今回の閣僚会議は2001年ドーハラウンド以後、中断していた農産物補助金、農産物や工業製品に対する関税などの交渉を再び蘇生させようとすることが目的だった。これらの議題については、とくに米、EUが激しく反対してきた。
 閣僚会議は、折からグローバルな経済不況、食糧危機、環境危機が同時進行する中で開かれた。これらの課題の解決は、WTOのモットーである「貿易の自由化」と真っ向から対立する。そのため、閣僚会議は再度交渉を中断せざるを得なかった。そして、加盟国はそれぞれ、国内の農業と工業を保護し、支援する方向に走ったのであった。
 ラミー事務局長が会議の閉会式でまとめとして語った「ドーハラウンドを迅速に完了させる」という文言について、誰も確信していない。そればかりか、閣僚たちやWTO事務局のスタッフたちは、実体経済の危機が深化する中で、企業主導型のWTOのプログラムは信頼を失い、その存在意義を失っているのではないかと疑っている。
 米国NGOの「農業貿易政策研究所(IATP)」のジュネーブ駐在のAnne Laure Constantinは、「今回の閣僚会議は無意味だった」「世界は前例のない危機に見舞われているにもかかわらず、WTOはもはや時代遅れになった、これまでの議論を終わりなく繰り返し、有効な改革をする意思を持っていない」と語った。
 またIATPのKaren Hansen-Kuhn所長は「今となっては、ドーハラウンドは誤ったアプローチになった。オバマ大統領は、貿易政策に関しては、米国の輸出品に対する市場開放を要求する議会と、貿易が株主ではなく労働者に利益をもたらすことを要求している労組との間にはさまれ、身動きできないでいる」。しかも、オバマ大統領は、ジュネーブWTO閣僚会議までに、新しい米通商代表Michael Punke氏の議会承認を得られなかった。たとえPunkeが通商代表に任命されたとしても、大きな変化を期待できなかっただろう。
 「オバマ政権は、これまでと異なる、全く新しいルールを大胆に提案すべきだなのに、途上国に市場開放の圧力を掛けているだけだ」そして、「09年12月1日に米議会に提出された貿易法案は、この新しいルールつくりの一歩と言えるだろう」とIATPのHansen-Kuhn所長は語った。

2.WTOの14年

  WTOの14年の歴史は、貧しい国に破滅的な結果をもたらした。91年のドーハ会議で「ドーハ開発ラウンド」が採択されたにもかかわらず、「開発のアジェンダ」は忘れさられている。
そして、WTOの唱える輸出市場の拡大、雇用の増大、収入の増加につながらなかったばかりでなく、「貿易・投資の規制緩和、公共財や公共サービスの民営化」というWTOの唱えるマントラは、まさに反対の結果をもたらした。特にこれは、農業部門の退潮に顕著に現れた。
 たとえば、フィリピンでは、GDPの中での農業部門のシェアは、1996年には21.4%であったが、2000年には16.5%にまで下落している。これは、先進国の補助金漬けの安い農産物が、国内のコメ、とうもろこし、野菜、鶏肉、魚の市場を壊滅させた。これは小農民を破産に追い込んだ。そしてフィリピンは、ますますコメなど主食の輸入に依存するようになった。
 2010年1月1日より、フィリピンなどASEAN6カ国は、域内のすべての商品の関税をゼロにする。一方それぞれの国内では農民や漁民の保護や支援を止め、灌漑など農業インフラの援助を停止した。これは、さらに事態を悪化させた。

3.WTOの地殻変動

 アフリカグループを代表するエジプトのHicham Badr大使は、「途上国の力を見くびってはならない。WTO加盟国の中で先進国は世界のGDPの85%を占めているが、我々は人口では85%を代表している」と語った。
 一方、米国のRonald Kirk通商代表は、閣僚会議の全体会議で「先進国はグローバル経済の中で重要な役割を果たしているが、新興途上国は益々重要な役割を果たしている」と語った。
 IMFによれば、2010年から2014年間には、中国、インド、ブラジル、アルゼンチン、南アフリカ、それにASEAN諸国が、グローバル経済成長の58%を占めることになると予測している。

3.アフリカの立場

  今日、WTOでは、アフリカ勢が主導権を握ったようだった。
一刻も早くドーハラウンドを完了したいという先進国に対して、急いで終わらせるより、「開発に優先順位」を置くべきだと主張している。第7回閣僚会議では、ドーハラウンドを2010年末までに完了させるという決定がなされたが、アフリカグループの代表のBadr大使は、記者会見で、「アフリカグループはドーハラウンドの決定である開発問題を主張し続ける」と語った。
 先進国は、これまでWTOの交渉を決裂させてきた責任がある。とくにアフリカの「綿花問題」については、2005年9月の第3回カンクン閣僚会議に綿花生産4カ国が提起して以来のことである。カンクンでは、米国の綿花輸出補助金の廃止という「綿花問題」を優先的に解決することが決まった。アフリカの綿花輸出4カ国とはブルキナファッソ、マリ、ベニン、チャドである。
 ブルキナファッソのMamadou Sanou貿易相は、「何千もの綿花生産者が貧困と闘っている。一刻も早く、米国政府の綿花輸出補助金を廃止すべきであり、綿花の国際市場価格問題を解決すべきだ」と語った。そして、アフリカの綿花生産者たちは、たとえラウンドが完了しなくても、WTOの紛争解決メカニズムに提訴する用意がある、といっている。
 Ali Mchumo タンザニア大使は、低開発国(LDCs)を代表して、「少数の国(米・EU)
がすでに8年間も問題解決を阻んでいる。一刻も早く、LDCsの関税フリー、数量フリーの市場へのアクセスを決定すべきだ」「2005年、香港での閣僚会議では、すでに綿花問題を特別に、早急に解決することに合意したはずだ」「先進国は未だに、多量の補助金漬けの綿花を輸出市場にダンピングしている」「これらの補助金は違法であり、アフリカの小農民を苦しめている」と語った。
 またMchumo大使は、「サービス分野での自由化問題については、LDCsを例外とすべきだ」と語った。