世界の底流  

中東和平交渉の真実

2014年6月1日
北沢洋子

1.パレスチナのハマスとファタハの和解

さる4月27日付けの『朝日新聞』は、
  「パレスチナ人の代表組織(PLO)は、26日、ヨルダン川西岸の自治区ラマラで中央評議会を開き、ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとの和解合意を支持し、暫定統一政府の設置、自治政府の設置、自治政府議長、評議会選に向けた動きを進めることで一致した」ことを報道した。

 これは嬉しいニュースである。と言うのには、昨年、ケリー米国務長官が中東でシャト
ル外交を展開し、イスラエルとパレスチナの和平交渉の再開を呼びかけた。しか
し、肝心のパレスチナの組織が分裂している状態では、PLOに交渉の主体としての正統性
があるのか、といった交渉以前の問題が横たわっていたからであった。
 現在、パレスチナ解放機構(PLO)は、パレスチナ人の実質的な自治政府だが、大きく
いってヨルダン川西岸を支配しているファタハと、ガザのハマスとに分裂している。

2.ハマスはイスラエルとの交渉を拒否

 2006年1月のパレスチナの総選挙で、ハマスはガザ回廊で圧勝し、2007年6月
以降、ガザを実効支配してきた。対立するファタハが、1997年のオスロ合意にもとづ
いて、イスラエルを承認し、武装闘争を放棄したが、オスロ合意に縛られないハマスは、
イスラエルを承認せず、武装闘争を続けた。
 2009年1月、イスラエルは報復として、ガザを地上からの砲撃と空からの爆撃をし
た。これは、皆殺し作戦だとして、イスラエルに対する国際的な非難が高まった。しかし、ヨルダン川西岸のファタハは、ガザの同胞に対して、連帯行動をとらなかった。
 オスロ合意には、イスラエルは「平和と土地の交換(Land for Peace)」、すなわち平和のために占領した土地を放棄することを受け入れ、一方、パレスチナ側は、イスラエルを承認し、武装闘争を放棄することと、国際社会が認める国境線で建設されるパレスチナとイスラエルの2つの国家を設立することが盛り込まれていた。
 オスロ・プロセスを認めないハマスは、イスラエルに対する攻撃を開始した。イスラエルもオスロ・プロセスを破棄し、圧倒的な火力でもって反撃し、同時にイスラエルは、ハマスをテロ組織と規定した。
 やがて、ハマスとファタハは7年間の対立に終止符をうち、「ハマス­­­・ファタハ協定」を結んだのであった。この交渉は、昨年7月、カイロとドーハでの会合を経て、最後にはガザの地で最終合意を見た。ハマス・ファタハ間の和解と統一政府の設立は、イスラエル・パレスチナ間の和平交渉にとって、前進だと考えられた。

3.マルワン・バルグーティは「パレスチナのマンデラ」

 ガザばかりでなく、西岸の中にも、イスラエル・パレスチナの和平プロセスに見切りをつけるべきだという勢力が台頭した。
 オスロ・プロセスを開始するにあたって、イスラエルがパレスチナの土地に入植地建設を凍結し、パレスチナ人政治犯を釈放することが前提条件であった。
 しかし、イスラエルは入植地建設を続行した。そればかりでなく、イスラエルが提出した政治犯釈放のリストを見て、パレスチナの怒りは高まった。リストの中にマルワン・バルグーティ(Marwan Barghouti)の名がなかったからであった。
 彼は、アムネスティ・インターナショナルに「良心の囚人」と指名され、同時に「パレスチナのマンデラ」とも呼ばれている。「イスラエルの協力者」と看做されて、全く人望のないアッバス議長に代わって、西岸・ガザの統一リーダーになれる唯一の人物と言われる。彼は、パレスチナ中央評議会のメンバーであり、第一次、第二次インティファーダを指揮したことで知られる。
 2004年5月、バルグーティはイスラエル人5人を殺害したという容疑で、イスラエル警察に逮捕された。そして、3人のイスラエル人判事のパネルが、「バルグーティは無実」という判決を下した。にもかかわらず、数週間後の裁判では、40年の刑プラス5回の終身刑という重い判決が下った。
 法廷では、「イスラエル国家は、大量虐殺、民族浄化、土地収奪、不当逮捕、不法投獄、女性、子ども、老人など弱者にたいする攻撃などの罪を犯している」と非難した。「イスラエルは不当にパレスチナを占領しており、したがって、この裁判は国際法違反」として、「イスラエルは私を裁く権利はない」と宣言した。
 バグルーティは縦2メートル、横1・5メートルの独房に入れられている。国際赤十字が差し入れる6冊の本を6ヵ月ごとに受け取るだけで、外界から完全に隔離されている。そのような過酷な条件の下で、彼は、ヘブライ語を習得した。
 バルグーティは、獄中からパレスチナの統一を呼びかけていた。「これは中東和平交渉の前提である」と言った。また、彼は国連でパレスチナが正式メンバーとして認められるべきだと主張していた。また彼はイスラエルの軍や政府の責任者が国際刑事裁判所で裁かれるべきだと言っている。

4. パレスチナの国連加盟申請

 国連では、パレスチナ自治政府は、オブザーバーの資格を持っている。これは、1970年代、民族解放運動の南アフリカと南西アフリカ(ナミビア)の解放運動がオブザーバー資格を得たと同じ時期だった。その後、南アフリカはアパルトヘイトが解体され、ナミビアは独立したので、現在残っているオブザーバーは、パレスチナだけだ。
 実際には、正式メンバーとオブザーバーの違いはほとんどない。唯一の違いは、オブザーバーには投票権がないということだ。しかし、冷戦後、国連はコンセンサス(合意)方式をとっているので、投票することは滅多にない。一握りの大国を除いては、国連での一国の外交の優劣は、国連に出席する外交官の手腕にかかっている。
 たとえば、バチカンはオブザーバーであるが、有能な外交団の働きで、国連内ではかなりの影響力を持っている。一方、パレスチナ代表団は常に“ビッグ・ブラザーズ”の役を演じたがるアラブの代表団の影でしかない。
 パレスチナが正式メンバーになったとしても、アラブ代表団の影になっていることには変わりがないだろう。しかし、正式のメンバーになることは、パレスチナ国家の正統性の象徴的な勝利であり、さらに、独自に国際司法裁判所に訴える資格を持つことになる。また、国連正式加盟はパレスチナ紛争の法的国際化をもたらす。パレスチナは国連、人権協定組織、国連司法裁判所などにおいて、イスラエルを提訴することが出来る。
 国連への新規加盟を総会の議題にするには、「安保理事会の推薦による」ことが必要である。安保理事会では、投票で決める。これには、少なくとも、15カ国の中で9カ国が賛成し、また、常任理事国が拒否権を振るわないことである。もし、米国が棄権(拒否権ではない)をするならば、9カ国の賛成は堅い。そして、安保理の推薦を受け入れて、国連総会がパレスチナの加盟を決議するだろう。
 したがって、米国が拒否権を発動しないで、棄権に回るかにかかっている。ということは、米国をどのように説得するかが問題だ。
 米国が安保理で拒否権を行使した場合、国連総会は、現在「平和のために団結」として知られるメカニズムを発動できる。「平和のための団結」とは、1950年11月3日の国連総会決議377(V)で、当時のアチソン米国務長官の名をとって「アチソン計画」と呼ばれる。
 これは、安保理事会が、国際平和と安全を維持することに失敗した場合、つまり常任理事国間で意見が一致できない場合、ただちに国連総会で議論できる。もし総会が会期中でなければ、臨時総会を開くことが出来る。
 「平和のための団結」メカニズムは1950年に導入されて以来、すでに10回発動された。ただし、これには加盟国の3分の2の賛成票(全員が出席した場合135カ国)が必要である。
 現在、112カ国が、「1967年以前の国境を持ったパレスチナ国家」を承認している。したがって、米国、イスラエル、ドイツなどが、135カ国の壁を打ち破ることは、困難であろう。
 パレスチナ自治政府は、現在、国連総会のほかに国連貿易開発会議(UNCTAD)、国際労働機構(ILO)、食糧農業機構(FAO)などの国連機構に正式加盟の申請をしている。こらは、国連総会と違って、拒否権がない。したがって、パレスチナはたとえ総会での審議が遅れても、これら一連の国連機構で十分に手腕を発揮できるだろう。