世界の底流  

シリア政府のおぞましい拷問の写真シリ-ズ

2014年02月1日
北沢洋子

1.アサド政権の囚人大量虐殺の証拠写真が流失

 スイスのモントルーでシリアの和平会議の開催直前の1月22日、カタールの衛星テレビ『アル・ジャジーラ』が、「アサド政権がこれまで3年間、1万1,000人を系統的に拷問し、死に至らしめた」と題して、一連の証拠写真を暴露した。
 それは、すさまじい拷問の痕跡、えぐれた腹部、絞殺の跡、むち打ちなどの写真で、歴史的なナチのホロコーストのイメージと重なる。
 『アル・ジャジーラ』は、「これは、シリア警察の写真師が国外に持ち出した5万5,000枚のデジタル写真の一部だ」と報じている。3年前に、アサド大統領の退陣を求める民主化デモがはじまって以来、この間、シリア警察は、秘密の刑務所で、囚人に対して、厳しい拷問にかけた。その後は食事を与えずに放置し、餓死させた。これら死体は、集団墓穴に埋められる前に、なぜか病院に搬送され、ここで記録写真を撮られた。今回の写真はその一部である。
 アサド政権の政治犯に対する系統的な拷問と虐待については、アラブ世界ではすでに知れ渡っていた。米CIAが、ヨーロッパの秘密の刑務所からアルカイダ容疑者をそれぞれの本国に連れ戻したことがあった。このときシリアに連れ戻された囚人だけが、その後、行方不明になった。彼は、ダマスカスの情報局の尋問所に入れられ、2〜3日間、彼の悲鳴が外まで聞こえたが、その後の消息はわからない。
 警察の写真師たちは、毎日、この記録写真を撮らされていたが、その中の1人は、あまりのおぞましさに耐え切れず、反政府派の活動家の手助けで、カタールに亡命した。この時、彼は、1万1,000人分について、5万5,000枚の写真をポータブルのディスク・ドライブに入れて、国外に持ち出した。彼は、身元が判らないように、“シーザー”と名乗っている。これはシリアに残してきた家族がアサド政権の報復にあわないためである。

2.カタール政府が、3人のパネルを任命

 カタール政府は、まず、これらの証拠写真を、ロンドンの法律事務所に、専門家の検証を依頼した。
 そこで選ばれたのが、これまで国連の大量虐殺法廷の検察官を務めた3人の専門家であった。それは、シエラレオネの国連特別法廷での元主任検察官のデズモンド・デ・シルバ氏(スリランカ)、元ユーゴスラビア大統領ミロセビッチ裁判の主任検察官ゴッドフレイ・ナイス氏(英)、リベリアのテイラー大統領裁判の主任検察官デイビッド・クレーン氏(米)であった。
とくにナイス氏は、コソボの大量虐殺の調査を行ったことがある。ナイス氏は、これまでの戦争犯罪で、これほど多くの証拠があったことは、ニュールンベルグ以来、初めてのことだ、と語った。このパネルのほかに、法病理学、人類学、そして、デジタル写真の専門家の3人が任命された。
 パネルは、アサド政権による政治犯に対する虐殺の証拠写真と“シーザー”に対する1月12、13、18日の3日間、長時間のインタービューにもとづいて作成した「報告書」をカタール政府に提出した。報告書は、「写真は真正な証拠物件であり、『戦争犯罪と人類にたいする犯罪』が成立する」と結論付けている。
 また報告書は、「“シーザー”は警察の官僚組織の中では低い地位にあった。そのため、彼の行為は責任が問われない」、と書いてある。報告書によれば、写真は、遺体を遺族に返却する代わりに、死亡証明書を作成するためだった、とある。
パネルの3人は、「カタール政府はこのプロジェクトに財政を負担し、同時に完全な独立を保障してくれた」と述べた。
 カタール政府は、報告書を国連、各国政府、人権団体、さらにマスメディアを通じて一般に公表した。しかし、証拠写真については、写真のすべてを公表することは出来ない。なぜなら、遺体の写真を通じて、“シーザー”の身元が露呈するからである。また証拠写真の公表が、遺族を冒涜することになるからだ。
 また、 “シーザー“は、「ほとんどの犠牲者は、写真を撮るために病院に運ばれる以前にすでに死んでいた」と証言した。

3.“シーザー”が5万5,000枚の証拠写真と証言

 カタールに亡命した警察写真師“シーザー”は、パネルに対して、1日に50の遺体の写真を撮らされたと証言した。そして、1つの遺体の写真を撮るのに15〜30分かかった。彼は、写真を撮る理由としては、「第一に、犠牲者が、病院で死亡したという死亡証明書を書くためで、第2に、アサド政府に捕虜の死刑執行を報告するためだった」と述べた。“シーザー”は、「遺体は、地方で埋葬された筈だ」と証言した。
 アサド政権は、3人のパネルの報告書に対して、「これは、ただ単に、写真を恣意的に集めたものにすぎない。この中には、シリア軍の検問所や民間の建物を襲撃した外国のテロリストの写真も混ざっている」という声明を出した。
 これに対して、デ・シルバ氏は、報告書は「シリア政権による工場の“機械生産”のような規模での虐殺の決定的な証拠である」と反論し、「写真は、シリア政権が、何年にもわたって、囚人を、拷問、餓死、目玉を刳り抜く、死体の切断、あるいは殴打などによって、死に追いやっていることを証明している」と述べた。報告書は、「犠牲者は1人を除いて、すべて男性だった。年齢は、20代から40代で、最も多いのは餓死だった」ことを明らかにした。

4.3人のパネルによる報告書の行方は・

 報告書は、『アル・ジャジーラ』テレビにつづいて、英紙『ガーディアン』と米『CNNテレビ』でも報道された。反政府派は、かつて、1995年、セルビアのスレブレニツァでの大量虐殺の暴露が、NATOの空爆をつながったように、この報告書が、西側政府にアサド退陣の圧力を強めていくことを願っている。
 しかし、実際には、これらの写真が、人々の人道義的責任を誘うが、現在の政策を変えるところまで行かないだろう。なぜなら米国が中東でもう一つの軍事行動を展開する意志がないからだ。
 またオバマ政権は、シリア政府に化学兵器の廃棄させることに最も力を注いでいるからだ。しかしこれもシリア政府の行動はスローで、オバマ大統領をいらだたせている。