世界の底流  

複雑極まりないウクライナの政変


『社会民主』14年04月号掲載
北沢洋子(国際問題評論家)


 キエフのデモを書き始めたのは、2月末であった。その段階では、親ロシア政権を倒したデモが単に「親EU」ではないことに注目した。しかし、3月に入ると、プーチン大統領が上院の承認を得て、ロシア軍をクリミア半島に展開するという事態に発展した。
 まさに米ロの対立という冷戦時代が再現した。月刊誌では急展開する事態に間に合わせることが出来ないので、ここでは、キエフのデモの本質、クリミア経済とIMF, クリミア半島の地政学などにとどめる。

1.親ロ政権の崩壊

 ウクライナでは、昨年11月21日、ヤヌコビッチ大統領が、仮調印まで済ませていた「ヨーロッパ連合(EU)との貿易協定」を破棄すると発表した。これに抗議する学生が、首都キエフの「独立広場」に座り込みを始めた。最初は、非暴力で、広場を取りまく官公庁や議事堂を包囲する戦術を取っていた。
 彼らは、この広場を「ユーロマイダン」と名付けた。これは広場を意味する「マイダン」にヨーロッパを象徴する「ユーロ」を合わせたデモ隊の造語である。彼らは、広い意味では左派に属するが、豊かなヨーロッパに憧れているナイーブな若者たちだった。「ユーロマイダン」には、組織も指導者もいない。広場には野戦病院や図書館、法律相談所などが設けられているのは、これまでのオキュパイデモと同じだ。「ユーロマイダン」は、解放区となった。
 デモの目指す最終目的は、EU加盟である。それは彼らにとって、法の支配、恐怖からの解放、腐敗の一掃、そして自由市場である。最後の自由市場が、彼らの憧れるすべての自由を奪うものだということを知るだろう。
 12月にはいると、政府は広場に機動隊を差し向けた。学生たちに向かって、放水車、催涙弾、棍棒で殴り、ゴム弾を発射した。広場は血で染まった。これを見て、アフガンの帰還兵が駆けつけた。中年になったかつてのソ連赤軍は子どもたちを守る決意をした。
 やがて、一般市民、野党、そして民族主義者が加わるにつれて、デモは暴力的な様相お呈し始めた。とくに最後のグループは、「反ロシア」、「反ユダヤ」そして「親ナチ」などが集まった、広い意味の「右派」である。この中の「親ナチ」には、第二次世界大戦中、ドイツ軍について、ソ連軍と戦ったものがいる。火炎瓶などの武器をデモに持ち込んだのも彼らである。
 ヤヌコビッチ政権は、2月18日から20日にかけて、「ベルクト(いぬわし)」と呼ばれる内務省の特殊部隊をデモの鎮圧に投じた。その結果、デモ側に約80人の死者が出た。 
 これは、ソ連邦崩壊以来、「最大規模の虐殺事件」となった。2月28日、クリミアのロシア領事館は、「ベルクト」にビザを発行すると発表した。この時点で、ヤヌコビッチ大統領はクリミア経由でロシアに亡命したと思われる。

2.EU加盟と財政援助はIMFの緊縮政策が条件

 キエフの議会は、ヤヌコビッチの与党「地域党」の議員たちの支持を得て、トゥルチノフ議長を、臨時大統領に選んだ。ヤヌコビッチの政敵で、牢獄から釈放されたチモシェンコ元首相などが、5月に予定されている大統領選に出馬を表明した。 
 ヤヌコビッチ政権を崩壊させたデモの人びとは、ウクライナ経済の現実を知れば、愕然とするだろう。
 ウクライナは財政赤字、対外債務、景気悪化、失業に苦しんでいる。とくに、対外債務は1、400億ドルにのぼる。これはGDPの80%、外貨準備高の10倍である。うち今年中に外国の投資家に返済しなければならない債務は100億ドルである。これは事実上の「債務不履行(デフォールト)」だ。
 ウクライナは、今後2年間で350億ドルの支援が必要だと言われる。これは、ウクライナ発の金融危機が蔓延するのを防ぐためだ。ウクライナにはロシアであろうと、EUであろうと、財政支援が必要だ。
 EUはIMFの承認なしには援助できないという。そして、IMFのラガルド専務理事は、「改革」が前提条件だという。これまで社会主義時代に享受していた各種補助金の撤廃、財政赤字の解消、国有企業やサービス部門の民営化、為替の自由化などを含んでいる。
 ロシアは150億ドルの援助を申し出ているが、ウクライナがEUと手を切り、ロシアが提唱する「ユーラシア連合」に加盟を条件にしている。「ユーラシア連合」はまだ存在しない。ロシアにとって、4,500万の人口を抱え、発達した工業や農業を持つウクライナは、「ユーラシア連合」の要である。奇しくも、ロシア語を話す東南部は工業地帯であり、首都キエフやウクライナ語の地域は穀倉地帯である。

3.クリミア半島の地政学

 プーチン大統領は上院で「ウクライナで起こっている異常事態で、ロシア国民や、クリミアに駐留しているロシア軍人の生命が脅かされている」ことを、軍事介入の理由に挙げた。この「自国民保護」を軍事介入の根拠とするのは、ほとんどすべての侵略の手口である。
 プーチン氏は、ウクライナについては、社会主義時代ではなく、帝政ロシアの支配の再現をはかっているようだ。スターリンは、クリミア半島をウクライナに帰属させた。しかし、ウクライナ自体がソ連邦の第2位の共和国となり、クリミアのセバストポリ港にはソ連の黒海艦隊が駐留していた。したがって、クリミアの帰属問題は大きな問題ではなかった。 
 1954年、クリミアはウクライナの中の自治共和国となった。一方、帝政ロシアは、クリミアをロシア領に編入した。
 ヤヌコビッチ前大統領は、黒海艦隊の駐留期限を2017年から25年延長する協定をロシアと締結した。これも「ユーロマイダン」の抗議の1項目であった。
 3月4日の段階でも、ロシアはクリミアへの軍事介入を否定している。しかし、3月4日の段階でも、2か所の空港やセバストポリ軍港を占領したのは、軍服の記章を外した謎の武装部隊である。これまでのところ、この謎の部隊とウクライナ軍の間に衝突が起こった気配はない。