世界の底流  
イスラエルのガザ攻撃と中東情勢

2012年11月26日
北沢洋子

1.イスラエルのガザ空爆はじまる 

 それは、11月14日、イスラエル空軍がガザを爆撃し、ハマスのアフマド・ジャアバリ最高軍事司令官を殺害したことから始まった。イスラエル側の報道によると、彼が乗っていた車をピンポイント空爆したのであった。
 ジャアバリ司令官は、2006年にイスラエル軍兵士Shalitを捕虜にし、約5年間拘束した事件を指揮したことで知られる。11年、ジァバリとイスラエルの平和活動家Adam Kellerの協力で、イスラエルはこの兵士の解放と引き換えに、イスラエル刑務所に収監されていたパレスチナ政治犯1,027人を釈放した。また彼は民兵でしかなかった武装勢力を規律のある正規軍に仕立て上げ、独自の武器製造工場を建てた。
 ジァバリ司令官は、イスラエルとの「恒久和平協定」の交渉の当事者であった。彼は殺害される数時間前に協定文の草案をKellerから受け取っていた。
 ジャアバリ司令官殺害と同時に、イスラエル軍はガザの軍事拠点など10ヵ所以上を(米国から援助された)F16機で空爆した。海からも爆撃した。イスラエルの空爆はその後も止むことなく続き、ターゲットは1,350ヵ所に上った。21日未明、イスラエル空軍機がハマス政府の内務省、農業省が入っている合同庁舎をミサイル7発で破壊した。
 さらにイスラエルは、16日、予備役兵士1万6000人に召集令状を出し、ガザへの地上侵攻の態勢に出た。このほか、さらに75,000人を追加することを決定した。4年前のガザ侵攻の時は、10,000人の動員であったことを比べると、規模は桁外れに大きいことが判る。
当然ハマス側も反撃に出た。イスラエル政府の発表によると、ガザの地下100ヵ所からGrads型ロケット砲がイスラエルに向けて546回発射された。イスラエル軍は対空ミサイル砲で302発を迎撃したが、数発はテルアビブ近郊の住宅街とエルサレム近郊に着弾した。16日には、ハマスが対空ロケット砲でイスラエル機を撃ち落とした、と発表した。イスラエル国防省はこれを否定したが、ガザのテレビやYouTubeに映像が掲載された。
 ハマスのロケット砲はかなり精度が上がり、射程距離も伸びたようだ。イスラエル住民には、大都市に空襲警報のサイレンが鳴ることは、91年の湾岸戦争の時イラクのScudに備えた時以来、初めての経験だった。
 ロケットはイラン製で、分解され、スーダンを経由し、エジプトの砂漠をトラックで横断し、シナイのトンネルを通って、ガザに送られる。ガザでは再び組み立てられる。イスラエル国防省は、「この間、イラン人技術者が偽のパスポートで、ロケット砲の運送に付き添ってガザ入りをしている」と言う。

2.エジプトの仲介で停戦

 今回のガザ紛争で活躍したのは、イスラエルとハマス双方に外交関係とを持つエジプトであった。ガザを実効支配している「ハマス(イスラム抵抗運動)」はムルシ大統領が所属するムスリム同胞団のパレスチナ支部である。
 エジプトはガザ攻撃が始まると、すぐに駐イスラエル大使をカイロに召還した。そして戦火の真最中の16日、カンディール首相をガザに送った。彼は、エジプトとガザの境にあるラファ検問所を越えて首相府に向かい、3時間滞在した。同じ日、チュニジアの外相がガザを訪問している。これで、ハマスは、トルコ、カタール、エジプト、チュニジアの4カ国から支援を受けることになった。(今年10月24日、カタールのビン・ハリファ・サーニ首長がガザを訪問している)
 エジプトの首相はガザに連帯を表明するとともに、停戦交渉を開始した。まず彼は、ハニヤ首相と会談した。ハニヤ首相が公の場に姿をみせるのは、イスラエルの攻撃以来始めてであった。ハニヤ首相は「革命後の新しいエジプトを象徴する訪問だ」とたたえた。実質的な和平交渉は、カイロ空港そばのインターコンチネンタルホテルで行われた。エジプトの治安当局が仲介者となり、イスラエルの治安当局者とハマス、ジハードのメンバーが、「間接協議」をした。
 ムルシ大統領は、近日中にパレスチナ各派をカイロに集め、和解統合の会合を開催する予定である。
 「アラブの春」以後のエジプトは、まだ1979年のイスラエルとの和平条約の見直しには踏み込んではいない。しかし、この「和平条約の見直し」はエジプトの対イスラエルの外交カードにもなっている。
 ムバラク政権時代のエジプトは、米国とイスラエルに連携していた。パレスチナに対しては、自治政府の主流派ファタハとの関係を重視して、イスラエルに対する武装闘争を掲げて和平交渉を拒否するハマスとは接触がなかった。
 11月20日、潘基文国連事務総長、アラビ・アラブ連盟事務局長がエルサレム入りをして、ネタニヤフ首相と会談した。その後、アラビ事務局長は、エジプト、サウジアラビア、ヨルダン、トルコなど中東11ヵ国の外相とともにガザ入りして、ハマスのハニヤ首相と会談した。
これらの和平交渉は実を結び、21日、ハマスとイスラエルの停戦が発効した。これにはガザの少数武装闘争派である「ジハード(聖戦)」も同意した。
 11月19日、ハマスのメシャール政治局長はカイロで記者会見した。そこで彼は「イスラエルがエジプト、トルコなどを通じて、ハマスに停戦を申し出た」と述べた。ハマスは「イスラエルがガザへの攻撃と封鎖を停止すれば、停戦に応じる用意がある」といった。停戦合意書を見ると、メシャール氏の言った通りだ。
 ガザは360km2の狭い回廊に150万人が暮らす人口過密な地帯である。ガザ医療当局によると、8日間の空爆で、ガザの死者は152人、負傷者は1,200人以上に上った。そのうちの7割は子どもと女性であった。4年前、3週間のイスラエルのガザ侵攻の時の死者の数は1,400人であった。今回のパレスチナ人の犠牲の大きさが判るだろう。一方、今回のイスラエル人死者は3人、負傷者は数十人にとどまった。
 このように軍事力では圧倒的に優勢なイスラエルがエジプト主導の和平案に応じたのは、まさに、2年前にはじまった「アラブの春」の真実を物語っている。中東情勢は確実に変わった。
 その一例が、イスラエルと国境を接する4ヵ国の変化である。エジプトは、ムスリム同胞団の政権が誕生し、ムバラク政権時代のイスラエルとの対話のチャンスはなくなった。ヨルダンは、パレスチナ系の住民や難民キャンプが多く、平和条約を結んだ後もイスラエルには批判的だ。そして、民主化を求めるデモが現在もなお続いている。シリアは、文字通り内戦状態にある。イスラエルとは、ゴラン高原を占領されたまま、「冷たい平和」状態になってきた。しかし、11月に入り、シリアからゴラン高原に迫撃砲が着弾し、緊張が高まっている。レバノンでは、イスラエルと国境を接する南レバノンをシーア派の「ヒズボラ(神の党)」が支配している。2006年イスラエル軍が侵攻したが、ヒズボラが撤退させたことで知られる。このように、イスラエルと安定した関係を持つ隣国はない。その分だけイスラエルは不安定だ。

3.米国の退場  

 それは、米国の中東からの退場である。オバマ大統領は、巨大なロビー団体である「米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」の軍門に下り、今回のガザ攻撃を「イスラエルの自衛権の行使」だと支持した。せいぜい「市民の犠牲者を出さないように」、「地上軍で侵攻しないように」と述べるにとどまった。
 一方、米国はハマスを「テロ組織」と認定しているので、対話のパイプはない。したがって交渉が出来ない。20日、プノンペンのASEAN首脳会議に出席していたオバマ大統領は同行していたクリントン国務長官を急きょ中東に派遣した。まずクリントン氏はエルサレム入りをして、ネタニヤフ首相と会った。この時、クリントン氏は、イスラエルのミサイル防衛システム「鉄のドーム」に対する米国の支援を約束した。この露骨なイスラエルよりの姿勢では、和平交渉は出来ない。
 その後、西岸のアバス自治政府議長と会談した。しかしアバス氏はガザの統治権を持っていないので、この会見は無意味だ。翌21日、カイロでムルシ大統領と会談した。 これでは交渉とは言えない。中東をうろついただけだ。
 米国はイスラエルに毎年31億ドルの援助をしている。その大部分はイスラエルが米国製の武器購入に充てるので、援助金は米国にリサイクルされる仕組みだ。ワシントンにあるNGO「イスラエルの占領を止めさせるキャンペーン」によれば、過去10年間にイスラエルは米国から大小6億7,000万個、188億ドルの武器を購入している。
 イスラエルのガザ爆撃の1ヵ月前、10月18日、イスラエル国内で、3,500人の米軍と1,000人のイスラエルの共同軍による「戦争ゲーム」を行った。この時の米軍は1,000人が軍事アドバイザーや特殊部隊として駐留し、2,500人はイスラエルに駐留しているが、地中海の第6艦隊の指揮下に置かれている。米国とイスラエルの軍事協力はここまで強まっている。
 米国と並んで、地位の転落を感じさせるのは、国連安保理である。11月14日夜、非公式会合を開いた。パレスチナ、イスラエル双方から説明を受けたが、議論がまとまらず、議長声明すら出すことが出来なかった。モロッコとエジプトがパレスチナを支持が、米国が猛反対した。

4.イスラエルの総選挙とイラン軍事介入の可能性

 ネタニヤフ首相は、イスラエルの総選挙の日取りを来年1月22日に繰り上げた。選挙に勝つためには、ガザ攻撃は格好の材料であった。
 イスラエルはハマスをイランの代理人と看做している。10月23日、ハマスに密輸していたとされるスーダンの工場を、イスラエルが空爆した、と報じられている。
ちなみにハマスは、今年2月、それまで支持者であったシリアのアサド政権と絶縁した。これまでのハマス・ヒズボラ・シリアという枢軸は亡くなった。したがってイランは重要な支援国になった。
 ネタニヤフ首相は、選挙後、来年春には、イランに対する攻撃を計画している。これについては、オバマ大統領も戦術こそ異なるが、数ヵ月後ということでは一致している。この場合、イスラエルのイラン攻撃に際して、ガザのハマスやレバノンのヒズボラがイランからエルサレムにとどく次世代ロケット砲を供与されてはならないと考えている。
 現在行われているイスラエルの選挙戦では、ネタニヤフ首相のリクードを含めて保守派が優勢である。一方、労働党などの中道・左派は「社会問題」を目玉として取り上げているが、これは間違っている。なぜなら、ここ数週間、マスコミは「戦争、死、破壊、流血」などの記事で埋め尽くすだろうし、社会問題は人びとの関心を呼ぶことが出来ない。
 ガザ爆撃「防衛の柱作戦」については、ほとんどすべての政党は「テロに対する自衛戦」として支持している。例外は左派のHadash党のDov Haninだけが、爆撃に反対している。

 オバマ大統領は、今のところイランに対するイスラエルの軍事介入には反対しており、ネタニヤフ首相とは不仲だと言われている。しかしイラン攻撃が始まれば、イスラエルの自衛権を守るために、米軍も出動するだろう。
 そうなれば中東全域が不安定になる。石油の輸入の90%を中東に依存している日本も傍観者ではいられない