世界の底流  
コメディアンの五つ星運動

2013年3月7日
北沢洋子

債務危機に見舞われている南ヨーロッパでは、新自由主義の緊縮政策と、反緊縮の急進ポピュリズムとが競い合っている。また一方では、ネオ・ナチの政党が台頭している。このような構造は、右派対左派といった従来の単純な対立の様式に当てはまらない。

これまで、IMF、EU、ヨーロッパ中央銀行(ECB)のトリオの言うことを良く聴いて、新自由主義の財政削減を行ってきたのは、どちらかといえば中道左派の政権である。

一方、社会運動レベルで反緊縮を掲げて闘っているのは、反資本主義の急進左翼勢力である。しかし、あたりまでのことだが、彼らの意思が選挙に直接反映されるわけではない。しかし、最近の一連の選挙で、彼らが従来の2大政党制の安定を脅かす勢力になっていることを読み取ることが出来る。

ヨーロッパでは、最近あちこちで総選挙が行われているが、とくに、債務危機が社会運動の街頭闘争化を誘発している国での選挙結果には面白い傾向が見られる。

私は11年6月に総選挙が行われたギリシャのことを『底流』に書いた。選挙では、反資本主義、反緊縮を掲げる「急進左翼進歩連合(SYRIZA)」が2位に躍り出た。そして、これまでIMF、EU、ヨーロッパ中央銀行(CEB)のトリオの言うことを聴いていた中道左派「全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が第3位に下落した。

2004年に結党したSYRIZAの躍進は。多分に党首アレクシス・チプラスの若さと人気で所為だろう。ロイター通信によると、「歯切れのよい弁舌」「巧みな戦術」「細身に短髪」「37歳という若さ」「ノー・ネクタイ」「I padやスマートフォンを駆使」などにより、ギリシャの若者の怒りの代弁者として、「熱狂的な支持を得た」と報じた。彼は、CNNのインタービューに、「マダム・メルケルは、我々に緊縮政策を強いることで、地獄に落とそうとしている」と真っ向から批判した。ロイター通信はこの記事に「セクシー・アレクシー」という見出しをつけた。

今回、イタリア選挙で、投票数の4分の1を獲得した「五つ星運動」はギリシャのSYRIZAのそれに似ている。まず、この党を設立したのが人気の高いコメディアンのペッペ・グリッロであったこと、反緊縮を唱えている事、それに結党が若いことなどが、ギリシャと似ている。

グリッロは、コメディアン時代、古くから人気が高かった。1980年代、彼は、腐敗した政治家を笑いものにした。彼は、スキャンダルまみれのParmalat乳製品多国籍企業、イタリア・テレコム、Monte dei Paschi di Siena 銀行などを笑いものにした。そして彼らの損失が納税者から相殺されたことを暴露した。そのことで、彼はイタリアのテレビ界から締め出された。

グリッロは、擦り切れたジーンズ、ねずみ色のT―シャツ、はだしというガンジーのスタイルを真似ている。

グリッロは、インターネットやソーシャルメディアをフルに使いこなして、彼のメッセージを若者に伝えることに成功した。2005年、彼はブログを始めたが、すでに数百万人がディベートに参加している。これらの成功を元にして、グリッロは「五つ星運動」を設立した。

選挙後、グリッロに連立を申した右派、左派の党首を「バカ」にして、「イタリアの政局を安定することなどありえない。これまでの政治はすべて壊す」と語った。

五つ星運動は、「この崩壊した国を、手の汚れていない人びとの手で立て直し、真の参加型民主主義を打ち立てる」と宣言した。

具体的な政策は、公共水道、公共のごみ処理、公共運輸、開発、インターネットの接続と利用、などの改善と環境保護を行う、とマニフェストに書いてある。

また、サラリーマンの収入を上げること、失業手当を出すこと、などを緊急の事項に挙げている。これを、無駄を省き、腐敗をなくし、バラまき予算をなくす、年金の上限を1ヵ月5,000ユ―ロ(約60万円)とする、各種の税控除を廃止する、そしてアフガニスタンから撤退して軍事費を浮かす、などによって賄う、と言っている。

グリッロは、「イタリアがEU圏に留まるべきか」の国民投票を唱えている。

五つ星運動は、「グリリニ(Grillini」)の愛称で呼ばれているが、早くも地方選挙に乗り出している。シシリイ地方やパルマで圧勝している。

五つ星運動は、イタリア下院に180人の議員を送り粉だ。しかし、彼らは全く議会の経験がない。この議員たちが、その未熟さゆえに失敗しないことを願っている。