世界の底流  
ハリウッドとCIA

2013年3月20日
北沢洋子

「アルゴ」と「ゼロ・ダーク・サーティ」を観て

このところハリウッド映画でCIAものが続けて封切りになった。私は、「アルゴ」と「ゼロ・ダーク・サーティ」を立て続けに観た。

1.アルゴ(ARGO)

(1)CIAの敵地での救出作戦

この映画のタイトルは、ギリシャ神話で天を駆ける船の名前からとった。フィルムの冒頭に、「全てが実話なのだ」というテロップが出てくる。すでにここで、観客はCIAに洗脳にされ、実際にあったCIAのヒーローの演技に魅了される。上映時間は120分である。

映画の主人公であるCIAのトニー・メンデスが、CIAを引退後に書いた回想録『変装の達人』を下敷きにして、Joshuah Bermanが書いた2007年の『Wired』誌に載った「偉大なる脱走」を映画化した。このメンデス役を監督のベン・アフレックが演じている。1981年、Lamont Johnsonよって監督がテレビ番組で放送された。

この事件の公式の記録は、CIAで18年間封印され、クリントン政権になって公開された極秘文書である。メンデスが大統領から贈られた「情報スター」のメダルも1997年に公開された。

(2)アルゴのあらすじ

ストーリーは、イラン革命直後の79年11月4日、イラン人学生がテヘランの米大使館を占拠して、66人を人質にした時からはじまる。彼らの要求は、癌の治療を口実に米国に入国したパーレビ国王の引渡しであった。

この時、混乱にまぎれて大使館員の中の6人の男女がカナダ大使公邸に逃げ込んだ。この6人を急遽イランから出国させるために、CIAで敵地の人質救出のエキスパートであるメンデスが選ばれた。メンデスは、「アルゴ(ARGO)」というタイトルのハリウッド映画の製作話をデッチ上げ、6人のカナダ人パスポートを用意して、イランに“ロケハン”に赴く。そして、6人を出国させる計画だった。

ところが、途中で、ワシントンの方針で、軍による米大使館の全人質救出作戦が決まり、これを優先するために、メンデスの作戦はキャンセルになった。この様な逆境の下で、メンデスは、6人をスイス航空に乗せて、テヘランを脱出させることに成功する。

ロケ地はトルコのイスタンブールで撮影された。

(3)米国とイランの本当の話

この映画は、昨年の第85回アカデミー賞で作品賞、脚本賞、編集賞の3部門で受賞した。この時のオスカー賞牌をプレゼントする役がミッシェル・オバマ大統領夫人であったことも物議をかもした。このほか、ゴールデン・グローブ賞など数々の賞をとった。さらに製作費が4,450万ドルであったに対して、米国内で1億3,500万ドルの売り上げというヒット作品になった。

アルゴには触れていないが、米大使館内の人質たちは、81年1月20日、レーガン大統領就任の20分前に、444日ぶりに釈放された。これはWilliamu Caseyが交渉に当たったのだが、レーガンに気に入られて、CIA長官に任命された。

人質の解放は大統領選でカーターが負けるのを見届けるまで、CIAと国務省が発表を引き伸ばしていた、と言われる。

カーター大統領時代に、米海兵隊が人質作戦を敢行したが、砂あらしによって、ヘリが不時着し、失敗に終わった話。また、レーガン政権の1986年、CIAがイランに売却した武器の代金を、ニカラグアの反共ゲリラ「コントラ」の武器援助に流用したという「イラン・コントラ事件」が発覚した。

これは米国がテヘラン人質事件でイランと敵対し、公式に武器を禁輸していた時期だった。実は、ベイルートでヒズボラの人質になった米兵を救出するために、米大使館はヒズボラの後ろ立てであるイランと秘密交渉したのであった。

イラン・コントラ事件は、CIAがかかわったレーガン時代の最大のスキャンダルであった。これらの失敗した恥ずべき事件を抜きにして、英雄的なCIAの活動ばかり一方的に描くことは間違いである。

2.ゼロ・ダーク・サーティ

(1)ビンラディン暗殺の15分間

ゼロ・ダーク・サーティは、女性のキャサリン・ビグロー監督で、女優はジェシカ・ジャスティン主演の映画である。ゼロ・ダーク・サーティ(Zero Dark Thirty)の意味は軍隊

用語で午前零時30分を指し、ビンラディン邸宅を襲撃した作戦の時刻である。

ストーリーは、1990年代以来、CIAが「アルカイダ」のオサマ・ビンラディンを追

跡して、最後にパキスタンで暗殺するまでの10年間をカバーしている。

まず冒頭、2011年5月2日、パキスタン北部の軍都アボタバードに潜んでいたビンラディンの隠れ家を、米海軍特殊部隊「シールズ」の2機のステルズ(忍者)ヘリがアフガニスタンの米軍基地から出発して、彼を銃殺するまでの場面が15分間長々と続く。この部分は、ドキュメンタリー風のバトル・シーンで、怖いぐらいにリアルである。

2機のヘリの内1機が着陸に失敗して、帰りしなに爆破するところなど、私が『ニュ―ヨークタイムズ』紙で読んだとおりであった。また、家の中にいた女性を撃ったことも、非武装のビンラディンを問答無用に撃ち殺して、サックに詰めて、ヘリに載せる場面も同じであった。遺体はペルシャ湾の上空から海に投げ込まれた。

聞くところによると、この映画は、ビンラディン暗殺の前にすでに完成していたと言う。そこで、最後の15分間を継ぎ足したので、158分という長い映画になったのであろう。

非武装のビンラディンを処刑したことは、攻撃部隊が検事・判事。陪審・処刑、埋葬役を同時にこなしたことになる。裁判を受ける権利、弁護する権利など、すべての人が生まれながらにして持っている人身保護令(Corpus Habias)さえも無視された。

この15分間の台本は、ページごとにCIAの検閲を受け、書き直したと言われる。

(2)女性CIAの孤独な追跡物語

最初の15分間のドキュメント風の場面と全く違って、本編部分は9.11以前から「アルカイダ」の首謀者ビンラディンを、CIAの1人の女性分析が追うというストーリーである。「マヤ」と呼ばれるこの女性は、実在する複数のCIAの合成である。彼女は、美しい赤毛をなびかせて、上司も恐れず、直接ホワイトハウスをも動かす。容疑者を尋問し、データを分析することにかけてはスーパーウーマンだと言うことになっている。つまり、映画の大半はCIAのヒロインの熱演が続く。

ビンラディンがアフガニスタンの山中「トラボラ」の洞穴に潜んでいるという情報にもとづいて、世界一大きい砲弾を撃ち込むシーンがある。実際には、山の形を変えたといわれていたが、映画だと思っていても、その威力に圧倒された。戦争は最大の自然破壊だが、映画のロケ地も例外ではない。

(3)拷問をプロパガンダ

「アルゴ」が間接的にCIAのプロパガンダ映画だったが、「ゼロ・ダーク・サーティ」は、CIAを賛美しているばかりか、拷問や超法規的なその行動を正当化している。映画はアカデミー賞5部門でノミネートされたのを始め、数多くの賞を受賞している。それゆえ、この映画の持つ政治的、社会的なインパクトが論議を呼んだ。

ブッシュ大統領は、2001年9月11日に「テロに対する戦争」宣言をした。それは、米国という国家が「アルカイダ」や個人のテロリストと戦争することになる。そして、この戦争には、拷問、虐待、裁判なしの処刑、国家主権の侵害などすべての違法行為が許された。捕虜や容疑者に、裁判に掛けずに、やりたい放題のことを世界中でやっている。 

すでに、我々は、キューバのグアンタナモ基地やイラクのアブグレイブ刑務所での捕虜虐待のニュースを知っている。

拷問に関しては、オバマ大統領が禁止したが、国境を超え、市民を巻き添えにする無人機(Drone)のよる暗殺などはむしろエスカレートしている。国家ぐるみで「人身保護令」を無視している。

この映画で問題になったのは、アルカイダの容疑者に対する拷問が、ビンラディンなど首謀者の情報を得るには、効果があるという米軍やCIAの主張である。これに対して、Diane 

Feinstein上院議員(カルフォルニア選出・民主党)とJohn McCain 上院議員(アリゾナ州選出・共和党)は、「上院の情報委員会は、4年間に及ぶCIAの拷問プログラムの調査を

行ってきたが、ビンラディンの発見に至っていない」と主張した。両議員は、映画が拷問プログラムを宣伝しているとして、製作会社のソニー・ピクチャーズに抗議文を送っている。

またこの映画は大統領選挙戦に関係した。ソニーは、始め昨年10月に封切りを予定していたが、オバマ再選を利するとして、共和党候補から抗議が来た。ソニーは、オバマ大統領は、直接「ゼロ・ダーク・サーティ」に出てこないと反論したが、結局クリスマス過ぎの封切りになった。

3.CIAのハリウッド浸透作戦

オバマ大統領は2008年の就任の際、「テロに対する戦い」を優先すると述べた。これは、アフガニスタンやイラクからの米地上軍の撤退することを意味する。残るは、CIAによる武装無人機による戦略となる。

1972年のウォーターゲート事件、80年代のイラン・コントラ事件などで、みそをつけたCIAは、一時期、おとなしくしていた。しかし、オバマの新しい戦略で、地上軍による直接の戦闘ではなく、CIAの情報と特殊部隊によるコマンド攻撃に代わったために息を吹き返したのであった。

CIAは映画の持つ影響力とマインド・コントロール力に目をつけた。そのため、ハリウッド内に連絡事務所を構え、「アルゴ」や「ゼロ・ダーク・サーティ」のような、CIAのヒーロー・ヒロイン物語の企画を持ち込んだ。この場合、CIA所蔵の機密文書、フィルムなどが映画製作に提供される。

これはTricia Jenkinsの本『“Hollywood Confidential』の中の The CIA in Hollywood; How the Agency Shapes Film and Televisionの章に詳しい。Jenkins はCIAとHollywoodの関係が、重大、かつ法的問題であると指摘している。

ハリウッドのCIA連絡事務所のPaul HarryはCIAの娯楽産業担当官である。HarryはJenkinsのインタービューに、「ハリウッドだけがCIAを正しく伝えられるところだ」と答えている。

CIAが持ち込む企画には、CIAを理想化するだけでなく、その拷問など違法が行為を正当化することになっている。Jenkins は、これは、連邦政府法に違反すると言っている。

「アルゴ」のフィルムの終わりに「CIAはこの映画の製作を承認、正当化、または推薦するものではない」というテロップが出てくる。これはあたかも映画がハリウッドで独自に製作されたような印象を与える。しかし、これは小さくて、目につかない。

逆に、観客は、CIAが良いことを秘密にしている、と感じてしまう。CIAは目覚ましい活躍をしているのだが、一般に知られていない。このようなCIAの嘆きを解消してくれるのが「アルゴ」だった。