世界の底流  
シリアの化学兵器廃棄の米ロ合意

2013年11月25日
北沢洋子

1.シリア政府軍がついに化学兵器を使用

8月21日、シリアの首都ダマスカスの郊外グータ地区で、ついに、政府軍が化学兵器を使用した。このことは、2011年3月、「アラブの春」の一環として始まったアサド政権に対する反乱が膠着状態に入っていたのを、一夜にして、国際化したのであった。つまり、シリアをめぐる国際情勢を劇的に変えた。
グータ地区はスンニー派住民が多い地域で、反体制派の「自由シリア軍」が掌握していた。政府軍はこの地区を包囲し、補給路を遮断、砲撃や空爆を行った。しかし、思うようにこのグータ地区を制圧出来ない焦りと、首都の安全を確保出来ないという恐怖から、ついに化学兵器の使用に走ったと考えられる。
このニュースは、まず現地のソーシャル・ネットワークに流された。ここではサリンが使われ、子ども426人を含む1,429人が死亡したと伝えられた。
アサド大統領は、9月17日、米テレビ局のインタービューで「政府軍は、進撃中には大量破壊兵器を使わない。反体制派が他国から手に入れたものだ」と答えた。しかし、反体制派が、掌握している地区に対して、自ら化学兵器を使うことは誰の目から見ても考えられない。

2.シリアをめぐる国際情勢は膠着化

2011年3月、シリアで始まった反アサド・デモは当初、平和的であった。これに対して、アサド大統領は、同年6月3日、中部の都市ハマで、武力弾圧を開始した。ここでは、60人の犠牲者が出た。この頃から、英・仏両国政府は、シリアへの人道的軍事介入を声高に主張しはじめた。しかし、この段階では、オバマ政権は、リビアの経験に懲りて、介入にはむしろ消極的であった。
国連安保理では、ロシアと中国の反対で、「憲章第7章」、つまり軍事介入の決議は到底通らないと考えられた。とくにロシアは、冷戦の終了と「アラブの春」によって、中東の権益の大半を失っていた。その中で、シリアはロシアの唯一の友好国である。ロシアの軍艦にタルトス港の使用を認める軍事条約は、ロシア艦隊の唯一の地中海進出を許すものであった。
そのためロシアは、アサド大統領の退陣と軍事的介入を示唆するいかなる安保理決議案には、中国を引きずって、2国で拒否権をもって、阻止したのであった。
安保理では、11年10月4日、「シリア政府が30日以内に弾圧を止めなければ、対抗手段をとる」という決議案がロ・中の拒否権で採択されなかったことを皮切りに、12年2月4日、アサド大統領の退陣を求めているアラブ連盟の和平案を支持する案がロ・中の拒否権に会い廃案になった。
さらに12年7月19日、「政府軍が住宅地域から撤退しなければ、国連憲章第7章第41条の非軍事的対応をとる」という決議案にロ・中が拒否権を行使したため、採択されなかった、という記録がある。
ちなみに、国連憲章第7章は、「侵略行為に対して、安保理が経済制裁などの非軍事的措置や、平和的手段が尽くされた場合、軍事的措置をとる」となっている。

3.国連安保理でのオバマ大統領の立場

シリアをめぐる国際情勢が膠着化するにつれて、それまで声高に軍事介入を叫んでいたEUの態度は不鮮明になった。
まず、キャメロン英首相は、軍事介入の提案が議会で否決されると、さっさと降りてしまった。なぜか、オバマ大統領も、到底通りそうもない軍事介入案を米議会に提案した。
オバマ大統領は、「もし、アサド政権が化学兵器を使用したら、軍事介入に踏み切る」と言い始めた。国際政治では、これは拙い戦略であった。なぜなら、@ もし化学兵器が使われないとすれば、あいからず、12万人と言われる民間人の犠牲は、さらに増え続け、国際世論は、オバマ大統領の優柔不断を非難するだろう。
また、A もし化学兵器が使われたならば、米国単独でも軍事介入に踏み切らざるを得なくなるだろう。いずれにせよ、オバマ大統領は自ら手足を縛った状態に陥った。
9月14日、ロシアのプーチン大統領がオバマ大統領に対して助け舟を出した。ロシアの提案は、「シリアの化学兵器の廃棄」であった。これは、「政府軍の武力弾圧の阻止」を「化学兵器の廃棄」に問題をすり替える意図を持っていた。しかし、外交的に行き詰っていたオバマはこれに飛びついた。

4.国連安保理2118号決議


そして、今年8月21日、アサドの政府軍はついに化学兵器の使用に踏み切った。米・ロの水面下の交渉の末、9月27日夕、国連安保理は、「シリアの化学兵器使用を非難する」とし、シリアは「使用、開発、生産、取得、貯蓄、獲得しない」、「または、直接、間接に他国政府、あるいは非国家アクターに移譲しない」とする決議2118号を採択した。シリアがこの決議の条項に反した場合、「安保理は、国連憲章第7章にもとづき、措置をとる」という、これまでにない強いトーンの決議に見えた。
しかし、この決議は大きな抜け穴があった。決議には、「もしシリアが化学兵器を使用した場合、制裁に踏み切る前に」、「再度、安保理にこの決議を差し戻さなければならない」とある。これは、化学兵器が使用された場合の憲章第7章の発動については、自動的ではなく、再度米・ロの交渉が繰りかえされることになる。つまりこの決議にはシリアに対する拘束力がない。
しかしサマンサ・パウアー米国連大使は、「この決議は拘束力がある」と、採択の夜、記者会見で自慢した。英国などEUの国連大使も、ツイターに「拘束力がある」と書いた。
9月27日の安保理決議は、国際政治の見本である。米・EUは、「国連第7章」が明記されたことをもって勝利とし、しかし、実際には、拘束力のない決議である。また、内戦下のシリアにはたしてこの決議が執行されるのか、疑問である。つまり、この安保理決議は、12万人の犠牲者を出しているシリア内戦の終結には触れていない。

5.化学兵器の廃棄

安保理決議2118号の執行は、ハーグの「化学兵器禁止機関(OPCW)」にゆだねられた。ここでは、「国連化学兵器廃止条約」を批准した政府で構成される。シリア政府はOPCWへの加入を申請した。 
そこで、OPCWは、シリア政府が提出した化学兵器プログラムに基づき、2014年半ばまでに、化学兵器の廃棄を完了することになった。シリア政府は、OPCWに対して、化学物質を20ヵ所に1,290トン保有していると、OPCSに報告した。
化学兵器の廃棄は簡単ではない。まず、20ヵ所の中には、反政府派が掌握している地区が、少なくとも2か所ある。ここでの化学物質の搬出作業は困難である。
次に、14年半ばまでに化学兵器を廃棄するには、今年12月までに化学物質をシリア国外にとり出す作業を終えなければならない。その持ち出し先として、アルバニアなどの国の名が挙がっているが、正式の受け入れ表明はない。
さらに政府軍と武装反体制勢力との間の停戦の、見通しはない。誰が和平会議に出席するか、が問題になる。第1に、アサドの退陣を要求しているEUとアラブ連盟から成る「ロンドンU」の参加をめぐってもめるだろう。第2に、反体制派から誰が出席するかをめぐって、もめるだろう。
反体制派は、2年半以上の抵抗運動のなかで、運動形態は変化し、さまざまなグループが生まれた。反体制派の代表になっている「シリア革命的・反体制勢力連合」がある。さる9月14日、トルコのイスタンブールで会合を開き、暫定政府の首相に歯科医で長い抵抗運動家のアフマド・トーメ氏を選出した。彼は、今年3月に首相に就任した在米のビジネスマンのガッサン・ヒット氏が、不評判で、7月に辞任したのを引き継ぐ形になった。
マスコミは、「シリア国民連合」と呼んでいる。この「反体制派連合」は、主として、トルコ、ヨルダン、レバノンなどに住む亡命者によって構成されている。9月には、クルド政治勢力が加入した。
2011年3月以来、反アサド・デモを展開してきたのは、「国内調整委員会」である。彼らは、国内で、「反体制連合」には独立して戦っている。
同じく、形式的に「反体制連合」に加盟しているが、国内で独立して闘っているのが、「自由シリア軍」である。彼らは、武器を湾岸諸国、トルコなどから受け取っている。しかし、その軽武器に限られている。政府軍のミサイルや空爆には太刀打ちできない。彼らは、米欧からの、高度な武器の供給を要求している。
「自由シリア軍」もまた、異なった要素のルーズな連合体である。主として、政府軍から脱走した将兵だが、「ヌスラ戦線」というイスラム主義者で、アルカイダとの関連を非難されている武装勢力もいる。彼らはトルコ国境沿いの広大な地域で、政府軍と激戦を繰り返している。
9月16日付けの『ニューヨーク・タイムズ』紙は、「反体制派は、トルコ国境沿いの広大な地域を支配下に置いている。政府軍と自由軍との間が膠着状態になっているのは、中部の都市イドリブからアレッポにいたる地域である。ここでは、住民が国外国内に難民となって逃げ、無人の町と化している。
国内の反体制派は、9月27日の「米ロ間の化学兵器の廃棄合意は、アサドの退陣を含めたシリアの和平を目指す幅広い和平会議に続かなければならない。化学兵器の廃棄が、アサドに自由に住民を攻撃することを許すことになるのは、反対だ」という声明をソーシャルメディアで語った。